2010年02月07日

通り名は'ジェリー'

 こちらの共同通信配信の記事を読まれた方も多いかと思いますが、探してみたら元記事はどうもこれらしい。

 言わずと知れたホールデン少年の「反抗の」物語、『ライ麦畑でつかまえて』の作者、小説家J.D.サリンジャー氏が91歳で逝去しましたが、晩年を過ごしたのはニュー・ハンプシャー州のコーニッシュというコネティカット川沿いの人口わずか1700人の片田舎だったという。でも共同通信配信記事でも「要約」されていたように、けっしてrecluseだったわけじゃなくて、地元住民からは「ジェリー」と呼ばれて親しまれていたそうです(→サリンジャー生前のコーニッシュ取材記事)。

 もっとも最初から気やすく、というわけでもなかったみたい。世界的なベストセラー作家になった直後に人目を避けるようにしてこの地に移住してきたことから、当初口をきいたのは大人の住民ではなく、大作家であることをなにも知らない子どもたちだけだったらしい。その後は住民のあいだで「'ジェリー'氏のことは物見高いよそ者にはいっさい口外しない」というのがいわば不文律になったようです。

How far afield the directions went “depended on how arrogant they were,” said Mike Ackerman, owner of the Cornish General Store.

 …こう発言しているのは左の画像でピザこさえている人(なんとなく「フルハウス」のジョーイみたい)。ずいぶん意地が悪いですな(失礼)! 

 その当人が亡くなったいま、住民がすこしずつ、このジェリー氏との思い出を話しはじめた――たとえばプレインフィールドにあるPhilip Read Memorial Libraryという図書館の常連で、Plainfield General Storeというお店には毎日、閉店前にやってきて買い物をし、「マディソン郡の橋」みたいな「屋根つき橋」を渡ったところにあるウィンザーというとなり町にあるスーパーマーケットにも現れ、またそこの経食道でランチを食べていた。南に隣接するマサチューセッツ州にあるダートマスカレッジ図書館にも足繁く通っていたという。また50年代のサリンジャー氏は、ウィンザー高校の生徒たちと交流していたとも。ここ数年、ほとんど自宅から外出することはなかったらしいけれども、ローストビーフの出る費用12ドルの教会の夕食会は大好きで常連だったという。一時間半くらい前に教会にやってくると、時間になるまでらせん綴じのちいさなノートになにかを書いていたという。給仕している子どもたちに「チップ」をはずむ、数少ない参加者でもあった。キルト編みの達人でもあった二番目の夫人コリーン・オニールさんは、とくに町のことに熱心で、町にまたがる広大な土地を買い上げて、開発による破壊からコーニッシュの静かな環境を守ったという。最後に教会の夕食会に出席したのが昨年12月、亡くなるまでの2回はコリーン夫人が食事を持ち帰っていたらしい。

 …いま「紙に印刷された」本がアマゾンのKindleに代表されるような「電子媒体」に取って代わられるかもしれない、という時代ですが、個人的には「辞書・事典」のたぐいはしかたないとしても、あんなもので小説とか読む気はさらさら起きない。新聞記事は抵抗ないかもしれないが…げんにNYTはこうして「電子版」を引いているし。またGoogleの進めている「電子図書館構想」とかもどうなのかな…あっちこっちでものを書いて食べている人々・出版社とそうとうやりあっているけれども…サリンジャー氏がこの怒涛のごとき趨勢を見たら、いったいなんと言うのだろうか。

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2010年02月06日

アンタイとバッハのBWV.593

 「バロックの森」、チェンバロつながりではもうかなり前になりますがガルッピの「チェンバロのなぐさめ」から「ソナタ 第5番 変ロ長調」というのが印象的でしたが、先々週の月曜にかかったバッハのひじょうに有名な「半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV.903」もすばらしかった。演奏者はレオンハルトの弟子でもあるピエール・アンタイ。この人は自前の古楽アンサンブルで指揮もしてまして、昨年の――早いもんだ――LFJ音楽祭にて実演をはじめて聴ききました(バッハのカンタータ二曲)。小柄な体型に似合わずエネルギッシュな指揮が印象的でした。で、チェンバリストとしてのアンタイ来日公演のもようが1日の「ベスト・オヴ・クラシック」にて放送されまして、こちらも負けずおとらず秀逸。フレスコバルディ、フローベルガー、クープラン、ドメニコ・スカルラッティ…とどれもすばらしかったのですが、バッハの「イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV.807」も脂の乗り切った円熟の名演だったんじゃないでしょうか。プログラムもバランスがとれていたと思います。また録音もよかった。たいてい、チェンバロの実演を集音マイクでひろうとなんとも頼りない響きしか聴こえてこないんですが、今回は会場もよかった(?)のか、さほど音量をあげる必要もなくエアチェックできました。

 今週の「バロックの森」の月曜日の回ではボアモルティエの「カンタータ 冬」なんていうめずらしい曲が聴けてよかったけれども、「冬」とくれば本家(?)のヴィヴァルディの「冬(もち、「四季」の)」もかかりました。木曜朝にはブクステフーデの「テ・デウム」というオルガン作品もかかりまして、いかにも北ドイツオルガン楽派らしい、出だしからしてバリバリと豪壮に轟くコラール幻想曲ふうの作品でした。

 ブクステフーデとくると若きバッハの「リューベック詣で」がつとに有名ですが、バッハは北ドイツオルガン楽派のみならず、南欧の楽派、とくに当時の音楽の中心イタリアの、もっとも先進的だったヴェネツィア楽派からも多くを学んでいます。ちょうどそのころ、バッハの仕えていた領主の甥っ子、ヨハン・エルンスト公子が「教養旅行先の」オランダ・ユトレヒト大学から二年ぶりに帰ってきた――大量に買いこんだ楽譜とともに。そのなかには1711年にオランダで出版されたヴィヴァルディの「調和の霊感」もふくまれていた。またエルンスト公子(オランダに旅立ったときはまだ14歳!)はアムステルダム新教会の盲目のオルガニスト、デ-グラーフによる「妙技」にも強い感銘を受けていた。それは、イタリアふう協奏曲をひとりで弾いてのける、というものだった。というわけでエルンスト公子の命を受けたバッハはさっそく「合奏協奏曲」を「オルガン独奏用の協奏曲」へと編曲を開始する。ヴィヴァルディの「調和の霊感」からも編曲をおこない、こんにちBWV.593の作品番号がつけられているオルガン編曲もこのときの産物です。

 先週のBBC Radio3のDiscovering Musicという「楽曲解剖番組」では、このバッハ編曲版とヴィヴァルディの原曲とを聴きくらべしてまして、これがひじょうにおもしろかった。バッハ編曲版を弾いたのがダニエル・ハイド氏。まだ若い人ながら、名門ケンブリッジ大学ジーザスカレッジの学内礼拝堂聖歌隊の音楽監督をつとめていた人(いまはオックスフォード大学モードリンカレッジに移籍)。ストリーミング放送はまだあと一日残っているので、興味のある方はこの機会にぜひ。

 …ここでまったく関係のないガス抜き恐縮。せんだっての朝青龍関の引退…はそんなにおどろかないけれども、もっともおどろき呆れたのは某自動車メーカーの執行役員氏(?)の暴言、いや妄言。「ブレーキの違和感は運転しているあなたの感覚の問題だ」という趣旨のものでしたが、いやもうaghastするほかなし。ブレーキですよ、ブレーキ! 止まってほしいときに「あれ? なんかこのブレーキおかしい」ではおっかなくって、とてもじゃないけど運転なんかできやしないですよ。クルマは「走って、曲がって、止まる」ことがきちんとできればいい。でもこの三つのうちどれかひとつでも不具合があったりしたらもう×。これがほんとうにクルマを作っている会社の人間の発言だとはにわかに信じがたし。げんに事故だって起きているのに、なんというたわけた無神経な発言だろうか。その後国交相の批判を受けるかたちであわてて社長が謝罪会見を開くとは、ここもそうとうヒドイ大企業病にかかっているとしか言いようがないですわ。

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2010年02月01日

...And he calls this a translation.

 …というわけで、きのうのつづきです。というより、ここからが本題かも(苦笑)。Happy for no reasonの邦訳本、『「脳にいいこと」だけをやりなさい!』を取り上げてみましょう。まず結論を先に言いますと、「なんだコリャ、これでも翻訳か?」。原本によっては日本人読者には不要と思われる箇所を大幅にカットして、「全訳」ではなく「抄訳」として出版することがあります。たとえば手許にある『中世キリスト教の典礼と音楽』なんかがそう。それでもこんな大胆不敵に「改変」された訳書というのははじめてお目にかかりました…とりあえず原本の「まえがき('Welcome to a happier life!')」の出だしを拙訳とならべてみます。

[試訳]

 大きな石がごろごろ転がる泥道をガタゴト走る年代物の平底トラック。わたしはほかの西洋人30人とともに荷台にすし詰めにされ、ヒマラヤ奥地の丘陵地帯にあるちいさな村を目指していました。もうもうと舞い上がる土埃で息が詰まらないよう、皆バンダナですっぽりと鼻と口を覆っています。山を登りきったところにあるその村で、わたしたちは村人の教育や医療、住宅建設などの人道支援を提供することになっていました。わたしは疲れてイライラし、おまけに全身痛くてたまりません。こんな苦行を6時間も強いられたあげく、運転手はトラックを停車させて出てきました。そしてみんなの荷物をぞんざいに泥道へ放り出しはじめたのです。
 「こっから先は歩いてくれ。村まであと1マイルだ。この先は道が急な登りでしかも狭すぎて、わしのトラックじゃ通れない」
 トラックはわたしたちを置いてガタゴトともと来た道を走り去り、わたしは40キロはあるスーツケースを見て、その場にへたりこんでしまいました――なんでこんなに要らないものばかり詰めこんできたのよ? バッカみたい。険しい山道で二、三メートルほどこのとてつもない荷物を引きずって歩こうとしましたが、力がなくて、どうすることもできません。日が暮れてだんだん暗くなってきます。どうすればいい? ほかの仲間はめいめいの手荷物と格闘するのに精一杯、他人の面倒なんか見ている余裕なんかありません。仲間が手荷物を引きずってどうにかこうにか山道を登り、ほどなくしてその姿も見えなくなってしまいました。わたしはその場に座りこみ、二、三分のあいだ、募ってくるパニックを抑えこもうと必死でした。このへんはトラが出たりするのかしら? 
 するとそのとき、小柄なかわいらしいおばあさんが森から現れ、わたしのほうに向かって裸足で道を登ってきました。しわだらけの顔ににっこりと笑顔を浮かべて近づいてきたおばあさん、わたしの荷物をつかむと、なんとおどろいたことにいともたやすく、果物かごよろしくヒョイと頭にかつぎ上げて、急な山道を登りはじめ、早くついてきなさいとわたしを手招きしたのです! 
 わたしはこのおばあさんとふたりして山道を登りはじめました。ことばは通じません。でもおばあさんの瞳の輝きと、おばあさんの放つシンプルな幸福感にすっかり心を打たれてしまいました。わたしたちがやっと山のてっぺんにある村に到着すると、おばあさんの仲間たちは熱烈な歓呼の声をあげ、はち切れんばかりの笑顔でわたしを出迎えてくれたのです。…(pp.3-4)

 …で、↓が邦訳本の出だし。

 以前、著者の私はヒマラヤの山奥で二週間暮らすという経験をしたことがあります。
 村の人々とともに、子どもたちの世話、食事の支度、医療活動の手伝いをし、彼らと同じように地面で眠り、川で身体を洗い、しぼりたての牛乳を飲むような生活です。


 …この書き出しを見てもわかるとおり、ようするにこの邦訳本はハナからまじめに翻訳しようなんて気はさらさらなし。たんなる「要約」とおんなじです(上記訳の二番目の段落は、原書では拙試訳のつぎにつづくくだりになっている)。

 訳者先生の職業柄なのか、てっきり「脳科学関連本」みたいな印象をあたえますが、拙記事にも書いたように、原本はどうひっくり返ったってそれをテーマにした本じゃありません、ぜったいに。たしかにセロトニンがどうのこうのとか、「脳内では毎秒10万回以上もの化学反応が起きている」とか、「最新の研究によれば、大脳新皮質の左前頭前野に幸福感が宿り、幸福感の強い人はここの活動が活発で、そうでない人は右前頭前野の活動が活発だ」とかいう記述も散見されるけれども、あくまでも「とことん幸福でいられるようにすること」が目的で書かれた本。たとえば上記引用文の終わりに、「…そしてどうやらその答えは、私たちの『脳と心』にあるようです」なんて書いているけれども、原本にはそんなこと書いてない。完全な作文

 この訳書のすごいところ(?)は原本の構成まで変え、あることないことつき混ぜて、また原文を大胆に端折り、強引なまでに「脳科学本」だという印象をあたえようとしていること。さっきも言ったけれどもものによっては「部分訳」でもかまわないと思う。もし自分がこの手の本を訳出するとしたら、やっぱり不要と思われる章ないし箇所は訳さないだろうと思う(この内容の本文だけで287ページなんて多すぎる)。でもこの訳書の場合、「翻訳」という「制約」をはるかにトビこえちゃっている。なんというか、doing at large、やりたい放題し放題、という感じ。各章の見出しもぜんぶ脳がらみの言い方に変え、'Happiness Habit for...'というキーワードにもいちいち「幸せを呼ぶ『脳の使い方』」なんて書いてあるし。このキーワードとて原書と逐一符号していないし、章構成じたいがほぼ原形をとどめないほど変えられているので、なんと「テキトーな」翻訳かと思う。

 というわけでどれがどれの訳なんだかさっぱり、というところばっかなので、シッポがつかみにくいけれども、いちおうキチンと訳出してあるところでもヘンな箇所がないわけでもない。たとえば「急に笑い出しそうになる。いかにも七十年代風だわ。花に囲まれて、今話題の瞑想法を試すなんて(p.173)」という一文。原文は'...What a cliché I am, sitting here in this room, in the seventies, with flower power at its peak, ...(p.190)'。ちなみにこの語り手は「プライベート・ベンジャミン」で主演した女優さんで、はじめての「瞑想体験」を回想している場面。70年代でフラワー、とくるとflower childrenのほうじゃないかと思わないのがある意味不思議ではある(部屋にはバラの花びらが撒かれているだけで、こういうのを「花に囲まれた」とは言わないです)。またけったいな表現(?)もちらほらあって、「とにかく誰に対しても目をハートにして会うこと(p.126)」。この箇所の原文は'You can restart your heart's flow by sending lovingkindness to anyone and everyone you see.(p.141)'。邦訳の言い回しは、まるでマンガですわ。またp.133の図中の4の舌足らずな書き方では、ワタシみたいにそそっかしい読者には「家族か友人を思い浮かべて」祈るという意味にはとれないような気が…。

 また訳書にはやたらと「朱書き太字印刷」された文が目につくけれど、これももちろん、原本を忠実に反映したものではない(原文のゴシック体印刷箇所と対応しているのはほんの一部だけ)。
 
 オビには「60万部突破!!」とかあり、「これはこれでいいんじゃないの」と言う向きもあるかもしれない。でも翻訳という制約をはるかに逸脱した翻訳本として出す必要が本当にあったのだろうか。これで翻訳ですと言って売りに出せるなんて、訳者も編集者も版元もなんてお気楽なんだろう。売れりゃいいのか。なるほど、だから先生はいつも「楽しそうに」見えるんだな(笑)。ここまで完膚なきまでに「別物」に改変しておきながら、その旨いっさいの説明がないというのはどういうこと? せめて「抄訳です」くらいは断るべきでは? 「原書は脳科学の観点から見てもたいへんおもしろい。なので、生活に役立つ脳の使い方、という視点に立って再構成してみました」くらいのことは書くべきでしょう。いかにもシャイモフ女史が書いたように思わせるのはフェアじゃないでしょ(日本では「実売部数」ではなくて、「印刷した部数」で表記するのが慣例。なので60万部突破、と言ってもきっちり60万部売り上げたという意味にはならない。いまや書籍の寿命はひじょうに短く、返本率も50%[!]にものぼるそうです)?。以上、「申告漏れ」騒動で腹が立ったしがない一読者が検証してみました。キャンティでも飲むか。

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2010年01月31日

Happy for No Reason

 この手の本はまるで縁のない人ながら、原本も邦訳本も売れに売れて、携わった関係者はさぞ笑いがとまらないのだろう(とくに邦訳本訳者は)と以前から思っていたところ、訳者先生の「申告漏れ」騒動とかありまして、ついその気になって――先に読むべき本を押しのけて――とりあえず原本のほうだけ手に入れてみた(訳本のほうは買う気もしないので、図書館でいつものように順番待ちして借りました)。いったいどんなおもしろいことが書かれてあるんだろうか、とすこしは期待して。

 …著者はいわゆる「自己啓発」もののひじょうに名の知られた講演家・カウンセラーらしくて、この手の「産業(?)」の本場、米国ではつとに有名な人らしい(↓の動画参照)。『チキンスープ』シリーズの共著もあり、また邦訳も出ているThe Secretという本と映画にも出てくる人みたい。なので書き方もたいへんくだけた講演調で、手練れた感じ。



 でも300ページ近いこの本を読み終えても、どうにも腑に落ちない点が多いというか、全体的にパッとしないというか…ひとことで言えばたいして目新しいことはほとんどなにも書かれていないと思う。もっとも'The Happy100'と著者が呼ぶ、「心からの幸福感に満たされた」100人から21人の体験談が引用されていて、なかにはとても感動的な話もあったりする。しかしながら個人的な印象としては「玉石混交」という感じ。フセイン政権下のイラクで過酷な体験をした過去を持つ女性が、世界各地の紛争地で心身ともに深く傷ついた女性たちを助ける運動を起こし、運動をつづける過程で自分自身の辛い過去に向きあい、その体験を書くにいたるという話はたしかに感動的だし、またヘミングウェイの孫娘である女優の「容姿にかんする自己嫌悪との闘い」の話とかも興味を惹かれた(ヘミングウェイが毎日、体重計に乗ってはこまめに測定値をトイレの壁に書いていた、なんて話はちょっとおどろいた)。でもたとえば、見ず知らずの人をパッと見て「この人はわたしの家族」なんていう話とかは、もうついてゆけない(苦笑)。で、この「ハッピーな21人」の体験談のうち、半数近くがなにやらあやしげな(?)宗教関係者もしくはおんなじ自己啓発ビジネスの同業者っぽい人のもの。どんな基準で選んでるの?? 

 著者がこの本で書いているのはひとことで言えばタイトルどおり「理由もないのに幸せ」という状態になるにはいかにすればよいか、その方法をご教示しましょう、というもの。著者はこの「至福」の状態へといたる過程を家づくりにたとえて、土台から頭、心、体、魂の各柱を建て、「ほんとうの使命感をもって打ちこめるもの」を「屋根」にして、「自分にとってプラスになる人間関係」という「庭」をつくり、「とくに理由はないのに幸せ」という名の「心の平安・充足感」をあなたも手にしましょう、その目的達成のために毎日のエクササイズの指針もついてます、どうです、さあいまからでも遅くはないからはじめませんか! みたいな内容。でも米国人の著者には悪いが、この本に書かれてあることってよくよく見てみると日本人にはすでにおなじみの諺に出てくる事例が多い――「足るを知る」、「病は気から」、「笑う門には福来たる」、「隗(かい)より始めよ」……「人間万事塞翁(さいおう)が馬」にいたっては、なんとごていねいなことにこの故事がそっくり引用されてもいます(p.69)。

 著者はどうもこのような「幸福感」は脳の活動や心臓の鼓動、体内の化学反応によって特徴づけられる計測可能な特定の生理学的状態ととらえているふしがある。それを裏づけるためなのか、スタンフォード大学とかMIT、WHOとかの統計や調査結果などをさかんに引用していますが、なかにはひじょうにdubiousなものまでありまして、たとえばこちらで解説されているような「エセ科学」までなんでもござれ(pp.126-7, p.196。波動エネルギーですって? 祈っただけで水道水に美しい結晶ができる、なんてどう考えてもこれは奇説珍説)。それと自分はこの本読んではじめて知ったけれども、巷では「引き寄せの法則」関連本がいろいろと売れているようですね。先日、そっち系の本も立ち読みしたのですが、この本もみごとに「便乗」してますね。なるほど、だからそっち系の作家だか講演家だかが入れ替わり立ち代り、「友だち」として登場してくるんだな。これを日本では「類は友を呼ぶ」と申します(もっともこれ暴論に近い。通り魔に襲撃されたり自爆テロに巻き込まれたりした人にたいしても、「あなたが引き寄せた結果だ」なんて言う気なんだろうか??)。

 最初のほうで著者はこの「引き寄せの法則」も含めた三つの「生きるよすがとしての道しるべ」を提示して説明しているんですが、だいいち「真の幸福状態」を獲得したという人100人に取材した結果の共通項にすぎないくせに「普遍的な法則」とはこれいかに。たかだか100人、その基準もかなーり恣意的と言わざるをえない。せっかく「(加工食品ではなくて自然食品を摂取することは)高くつくけれども、体が健康になったぶん医者通いは減るから結果的にはもとがとれるどころか、お釣りがくるくらい」とか、「幸せだから感謝するのではありません。感謝するから幸せなんです」とか、あるいは――「チャロ」にも出てきた――ハンフリー・ボガードの名科白、「美しい友情のはじまり(the beginning of a beautiful friendship)」なんて引用や詩人エリオットの「回転する世界の静止する一点」と呼ぶものが決定的に重要とか書いてあっても、この「玉石混交」状態で台なし、という感じ(加工食品について言えば、著者が十代だったときはまさにジャンクフード漬けだったらしくて、大学に入ってから菜食主義に切り替えたんだとか。いちおう毎朝しっかり「ごはん」を食べていた身としては育ち盛りの食事に気を遣わないむこうの親の神経を疑いたくなる)。

 また取材した「100人」に共通する意識として、たとえなにがあっても「宇宙は助けてくれる」。アインシュタインが、「この宇宙はfriendlyなのか?」なる問いを発した、なんて話は初耳だったが、とにかく「宇宙はfriendly」説をとる…でもたとえばハイチの震災もそうだけど日本も地震大国で、いつどうなるかわかったものじゃない、そんな毎日を送っている身としてはなんて能天気な話だとつい思ってしまう。スマトラ地震の大津波の直前、逃げもしないでただ眺めていた白人観光客がいましたが、あのときさるMLにて「神はどうしてこのような仕打ちをされるのか」とたいそうお怒りの方がいた(発生したのが折悪しくクリスマスのつぎの日だった)。申し訳ないが、津波で避難しない観光客のほうが当方には信じられない。またこの本の冒頭、著者がヒマラヤ奥地の寒村支援のヴォランティアとして参加した時のことが書かれてあるけれども、西洋人より貧しい暮らしをしているこの村人たちがどうしてこんなに屈託ない笑顔を見せてくれるのかと衝撃を受けた…らしい。なにが起ころうとも助けてくれるという宇宙観、また同業者にして師匠(?)ジャック・キャンフィールドのこさえたという奇妙な数式、「出来事+それにたいする反応=結果」という単純すぎる発想…このへん溢れ返るモノ(と一部の人はお金)にどっぷり浸かった資本主義西洋人の傲慢さを感じるのは、自分だけかな…。引用といえばシュヴァイツァー博士にマザー・テレサ、マイスター・エックハルトにアビラの聖テレジアにジョーゼフ・キャンベル(「至福を追い求めよ、そうすれば思いがけないところで扉が開く…」)やら、こちらもなんでもござれの感あり。また内なる「霊的存在」の声に耳を傾けよというのは、いささか危険な気もしないわけではない。キャンベルはこんなことも書いてますよ。「被造物たる己の内側をのぞいたところで、ただ己の姿が見えるのみ」って(たしかThe Masks of Godの一節だったと思う)。また人間関係について述べたくだりでは「自分に害のある人は避け、自分を成長させる人を選べ」というのも、取りようによってはかえって人間関係を悪化させないだろうか…それにこの本は基本的に「あんたが変われば、世界は変わる」みたいな論調に終始している。「他人様を変えよう、などと思ってはならない」。ごもっとも。でもそこまでして「わたし」を変えようとすることもないんじゃ…ないですか?? もちろん、「よりよい世界に変えるため」に大なり小なり、各人の能力を活かしてそういった活動に積極的に関わることはいいことだ。身近な例ではたとえばこんな活動をしている方たちがいて、ほんと頭の下がる思いです。そうそう、「アイバンク運動」もそうでした(まだ登録してない…今年中に、がとり急ぎの目標)。

 著者は、もっとも身近な「理由はなくてもハッピー」な人として、開業歯科医だった父上をあげていて、随所に心なごむエピソードが散りばめられている(ダンナさんのセルジオ氏なるイタリア男の話はややうっとうしい気はするが…)。父上は、なんでほかの人がもっと幸せになりたい! と汲々とするのかさっぱり理解できなかった、という。父上は苦労人で、大恐慌を体験した人。キャンベルとおない年くらいなのかな…かつてNHK教育で放映された番組で、キャンベルが「あのころはよかった。みんな親切で、助けあっていた」と回想していたのがひじょうに印象的でした。このすてきな父上は91歳という天寿をまっとうして亡くなったのですが、その父上に娘、つまり著者シャイモフ嬢が19のときに、生きていく上でなにか助言してほしいと言ったら、返ってきた返事が

 「ハッピーでいなさい!」

だったそうです(p.28)。で、「わかったわ。でもどうすればいいの?」と著者が訊き返したら、父上は黙してしまったというのです。著者としてはおそらくそのこたえをついに見つけた、というわけでこの本を亡き父上に捧げたのかもしれないが、父上のほうが正しい、と思う。著者自身、「十人十色('different strokes for different folks')」なんて言っているくせに、なんかこうひとつの方向へ向かわせようという意図が感じられてしようがない。おまけに巻末では関連グッズの商売までしちゃってるし(笑)…ふたつの慈善団体に「本の売上げの一部」を寄付していると書いているけれども、世界的に売れているのだからどうせなら半分くらい差し上げればいいのに、ケチくさいなぁ(はじめて知ったのですが、「スピリチュアリティ」と身体の関係についての関心の高まりを受けて、米国ではなんと医学部の25%がそういうものと身体とのかかわりを扱う課程を設置しているという!)。

 父上がだまってしまったわけは――考えれば当然のことだけど――「どうやって」はそれぞれが山あり谷ありの体験を通して苦労して獲得するしかないから。つまり「どうすればいいのか」についてはだれにもわからない。道を開拓して進路を見いだすのも当事者しだいだし、また「他人を殺すところで自分を殺す(キャンベル)」か、あるいはその逆になるのか、あるいは突然にして人生の道が絶たれてしまうのか、自然災害に巻きこまれるのか…そんなことわかりっこない。なにがあっても動じない心、というのはたしかに理想ですが、本に掲載されている21人の話を読んだところでそれがそのまま、何千何万という読者ひとりひとりに「適用」できるはずもない。そんなのはただの幻想にすぎない。この手の本を書く人は、見方によっては現代の「柱頭隠者聖シメオン」みたいな人生の達人、カウンセラーなのかもしれないが、この手の業界がしっかりあることからして、はっきり言ってこれは商売。安易にこういうものに頼ろうとする人が米国にかぎらず、ひじょうに多いということでしょうね。マーケットがあるから、ビジネスになるんだし。だいいち「Mパワーマーチ」なる体操(?)をしたところで、深く嘆き悲しむ人の心がいきなり晴れるとはとうてい思えない。もっともマスター・リンの「気功」は、効果があるかもしれませんがね。真剣に悩んでいるのであれば、自分だったらデーケン先生の一連の『死生学』ものとか、キャンベルの比較神話学入門書とかのほうがおすすめ(古今東西の「古典」と呼ばれる文学作品でもいい。『山月記』なんかけっこう好きですね)。またこの本読んでいて思ったのは、いくら個々人がそれぞれ『ハッピー』になったって、自然環境に多大な負荷を強いる現在の経済活動を「持続可能な」方向へ変えることなくして真の幸福安寧なんてありえない、ということ。この点、おなじ「自己啓発」系だったら、『ニュー・アース』という本のほうがまだましかと思う(ぶくぶくにふくれあがった「エゴ」を捨てよ、と説いている)。

 この本ではネットや携帯電話と同類の扱いをされちゃってる「音楽」も、「心の安らぎ」を得る方法としてはすごくおすすめ(p.187、著者によれば地球上の6人にひとりが携帯電話をもっているという)。個人的なことで恐縮ながら、自分の場合はバッハの音楽はじめ、音楽なくしては生きてゆけない。べつに一般の人が瞑想するのにぜったいなにもしてはいけない、身も心も空っぽにしろ、なんてことはないでしょ? バッハのオルガンコラールなんか、瞑想するにはぴったりですよ(ジャンル的には「絶対音楽」なので、なおいい)。というわけで、稿を改めてつづく。

評価:るんるんるんるん

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2010年01月29日

バロックオルガンの精密なレプリカ

 じつは昨年暮れ、こんな興味深い記事があったということをいまごろ知りました。音楽関連…なのに扱いはなぜかScienceだったというのも、気づくのが遅くなった理由かもしれない。

 コダック社創業者ジョージ・イーストマンは苦労人だったから、自身が成功を収めたあとは積極的に慈善事業へも寄付をしたりしていますが、教育にたいへん熱心で、教育機関を設立してもいます。イーストマン音楽大学もそのひとつ。で、ここのオルガン科教授陣にスウェーデン・イェーテボリに本拠を置く古オルガン修復の専門家集団の創立者であるオルガニスト先生が2000年に加わり、ロチェスターの米国聖公会クライスト教会に新オルガンを建造することになった。新楽器建造の方針は、「盛期バロック時代オルガンのレプリカ」。できればバッハ自身が演奏した可能性のある楽器を再現すること。でもいざ調査をはじめてみると、教会の西入口上にあらたに設置されるオルガンロフトにぴったり収まるような楽器が見当たらない。そのとき教授陣が目をつけたのが、1776年に建造されたリトアニアの首都ヴィリニュスにある聖霊教会に現存する後期バロック型オルガン。バルト三国は旧ソ連邦だったため、原理主義的な共産主義政府からオルガンを守るため、リトアニアのオルガン建造家によって長いことこの楽器は「塩漬け」状態で封印されていた。皮肉なことにそれが幸いした。欧州の現存する古オルガンは、後世の「修復」を受けているのがつねで、とくに19世紀以降の「修復」によってかえってオリジナルの「響きのよさ」が完全に損なわれ、最悪の場合はまるでべつものの楽器に「改造」されたりした場合がひじょうに多い。リトアニアのこの楽器の製作者は東ザクセンで活躍したアダム・ゴットロープ・カスパリーニという人。カスパリーニは叩き上げの職人(journeyman)で、カスパリーニが建造にかかわった楽器のうちすくなくとも一台は、バッハその人が検査したことがわかっているという。

Then they thought of the Vilnius organ. It had been built 26 years after Bach died, but Casparini had worked as a journeyman on at least one organ that Bach had tested, and could have known him.

 20世紀前半、ロマンティックオルガンに代表される建造のあり方を見直し、「バッハへ帰れ」と唱えたシュヴァイツァー博士の運動の影響もあってか、第二次大戦後は一転して「ネオバロック様式」の楽器が中心になり、当時の楽器の建造報などもさかんに調査されたりした。けれどもこれらの楽器の大半は「成功していない」。そう取材にこたえているのは、なんと日本人オルガンビルダー、横田宗隆氏という方。寡聞にしてお名前は存じあげなかったのですが、こちらのページにも紹介されていて、日本人って器用なんだなあと感心しきり(典型的な不器用人 orz)。

 計画発足からまる4年は、オルガンの各部材の調査と製作にかかった。使われている釘の寸法からなにからなにまで計測しまくって図面を引いた――集めたデータはなんと電話帳数冊分にもなったというからこれだけでもすごい話(オリジナルは演奏不能のため、将来のレストアのためにも正確な資料作りが必要だった)。苦労してやっと完成させた楽器を米国に運びこみ、建造をはじめたのが2007年。楽器が組み上がるまでさらに一年かかったというから、このような「古楽器」を精密に再現するのがいかに難事業かがわかろうというものです。当然、ストップのコンビネーションとかスエルペダルもなし。そしていまや常識となっている「送風機(ブロワー)」もなくて、送風までなんと人力(!)。徹底的です(足踏み式の、巨大な革製のふいごで風を送る)。

 金属パイプはオリジナル楽器とおんなじ配分の錫と鉛の合金。それを――伊・マショーニ社同様――一本一本ていねいに手作り。木管はマツ材で、こうしてこさえられたパイプはぜんぶで2200本以上。二段手鍵盤と33のストップもすべて昔ながらのローラーボードにトラッカーアクション(オークとシナノキ材)で各パイプと連結されています。金属ワイヤとか滑車のたぐいはいっさいなし。

 こうして2008年10月、新しいけれども古いオルガンは晴れてこけら落としの連続講演会と演奏会でデビューとあいなる。いまは日々のミサなどの礼拝に使われるほか、イーストマン音楽大学のオルガン科生徒の授業に使われてもいる――米国でバッハ時代そのままの楽器を演奏できるのは、まさしくここだけというわけです(→イーストマン音大オルガン・プロジェクト内の関連ページ)。

But if you play it right, added Stephen Kennedy, the musical director at Christ Church, it will do you proud. “It’s fabulous for hymn-singing, and the lighter sounds have incredible vitality,” Mr. Kennedy said. “It screams with joy.”

 …ところで取材中の記者が聴いたという「神の子は来たれり」というコラール前奏曲って、BWV.724のほうなのか、それともBWV.703のほうなのか??? 音声ファイルも聴いてみましたが、なるほど温かみのある音色で、アンドレアス・ジルバーマン製作の楽器の響きにも似ているかなと思った(秋に退職したNYTのもと編集者氏がAll the stopsなんて米国におけるオルガン通史本まで書くほどのオルガン好きだった、というのも興味を惹かれた)。

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2010年01月24日

『日本人なら必ず誤訳する英文』

A: 「なにその新書本? 英語関連?」

B: 「ついオビにつられて買っちゃった。アタマの体操にはもってこいだよ」

A: 「ずいぶん挑戦的なタイトルだな」

B: 「これ書いた人はあのThe Da Vinci Codeを訳したプロの翻訳者先生で、掲載された英文はおもに自分が講師を努める翻訳学校の『誤訳をなくすシリーズ』という一連の講義で長年、蓄積されてきた教材から選んだものらしい。たしかにこれ全問正解できる人はなかなかいないかも」

A: 「しかもオビには『英語自慢の鼻をへし折る!』なんてまたまた刺激的な惹句が書いてあるじゃない。もっともこれは編集者がつけたもんだろうけど。どうだい、ハナはへし折られたかい?」

B: 「誤解のないように言っておくけれども、自分は英語ができる、なんて思ったことない。いまさっきアタマの体操でやってみた今年の『センター試験』の英語筆記試験問題だって、じつにつまんないミスをふたつばかし犯して、マイナス4点さ。なので、へし折られるハナもないってわけ。あ、でも最後の長文は、ちょっと身につまされるかな…『〈子供〉の誕生』のアリエスとかも出てくるんだけど…技術革新が進むなか、古い世代の『おとな』の知識は時代遅れになりがち。だからファッションとか見かけだけじゃなく、あたらしいスキルを身につけるとか、そういう点でも年とった人も若い人も立場はおんなじだってさ」

A: 「だからうかうかしてられないぞ、というわけか。ハナについては、うまい言い訳だな(笑)」

B: 「この本にもどって、掲載されている『設問』について言えば、前半はなんかひっかけ問題みたいな感じで、基本的な文法項目別にならんでいる。たとえばダストカバーにもある、'I waited for fifteen minutes――they seemed as many hours to me.'なんてのはよくある言い方だから、知ってないといけない。俗に言う『クジラの構文』* とかもね…。でもさすがに後半は…解説読むと、なんか『コロンブスの卵』って感じになるんだけど。著者の言うとおり、日本人がまちがいやすい英文ばかり集めてあるから、まちがえたってかまわない。まちがえて、恥じかくことで覚えればいいんだから。そうと知っていれば二度とおなじまちがいはしないでしょ? それくらいでいいと思う」

A: 「どれどれちょっと見せて…フーン、関係代名詞もそうだけど、日本人にとって難物なのはやっぱ仮定法だよなぁ」

B: 「『現実に反する仮定』というのがわかりづらいとこだよね。関係代名詞とならんで、日本語のシンタックスにはない発想だし」

A: 「とくにif節のないタイプが…」

B: 「そうだね。たとえば手許にある本からいくつか例を引くと…

 'Thank God, no one was in earshot; they'd have thought I was a crazy woman(近くにだれもいなくてよかった。だれかいたらきっと、この女いかれてるんじゃないの、なんて思われるところだった).'
 'It was so immediately clear that this was the only thing to do. I would not have accepted any other answer(これこそまさに自分のなすべきことだと直感した。これ以外のこたえだったらおそらく受け入れなかっただろう).'
 'I'd give you anything you want to stop that noise(このやかましい音を止めてくれれば望みのものはなんだってあげるよ)!'

それと、'It is high time that...(そろそろ…してもいいころだ)'というのも、よくある言い方だね。'I wish I were...'というのは、すでにおなじみだと思うけれども」

A: 「そういえばきのうの朝、バラカンさんの『ウィークエンド・サンシャイン』でビートルズの歌の歌詞に的をしぼった特集をやってたね」

B: 「聴いた聴いた。あれほんとおもしろかった」

A: 「'You can't do that'だったっけ。canを『可能』の意味だけでとらえていると、とんでもない解釈になっちゃう」

B: 「『そんなことやっちゃダメ』。このcanは能力じゃなくて許可とか禁止ね」

A: 「…ほんとだ、後半は難問奇問ぞろいだ」

B: 「わざと『悪文』というたぐいのものも載せているからね…コンマなしでだらだらつながっていたりする文とか。あとこの本でおもしろいのは、やっぱり著者自身の経験を語っているコラム、というかインタヴューかな。いちばん共感したのは、英語学習について。『結局、英語を正しく理解しているか否かを知るには、訳してみる以外に方法はないんです。…少なくとも日本語を母語として育った人間について言えば、おそらく正しく訳せないものはぜったいに理解できていないと思います』。またこうも言っている。『僕自身、いまでもちょっと気を抜けばすぐ誤訳する(笑)。どんなに勉強したって完璧になんかなれません。だから、謙虚さが大事なんです』」

A: 「なるほどねェ」

B: 「神話学者キャンベルの著作を何冊か訳している飛田茂雄先生が、以前こんなこと書いていたよ。あるときぼんやりしていて、'tube'を『試験管』って訳したんだって。校正の人が、先生、これは「地下鉄」の意味じゃありませんかってメモ書きしてくれたので、未然に誤訳を防ぐことができたって」

A: 「この本の書き方を借りれば、『誤訳する英文というのはだれにでもある』ということ?」

B: 「そういうこと。日本語の文章だってそうでしょ? 小説しか読まない人にいきなり「蛍光タンパク」の論文読んだって、わかるわけがない。なじみのないこと、知らないことはどうしたって限界がある。なので、大先生も人の子、つまんないミスを犯しちゃったりするんだから、われわれ学習者はもっと肩の力を抜かなくちゃ。もっとも真剣に取り組まないと、身にはつかないが(笑)。あ、それで思い出したんだけど、'You'll be so nice to come home to.'なんていう歌があるでしょ。昔、中村保男先生が著作のなかで書いてたんだけど、'...come home to'の'to'のあとになにが省略されているか、わかる? 会話会話って言うけれど、こういうcolloquialな言い回しがすっとわかり、自分でも使えるようにならないと本物じゃないと思うね。ってオレも人のことは言えないが」

A: 「裏表紙に、『日本人が誤読しやすい英文が集められているというわけである。読者は自分の英語読解力に欠けていた部分を発見し、飛躍的な進歩を遂げることができるに違いない』とか書いてあるけど…」

B: 「まずもって全問、取り組むべき。やればやったぶんだけ、まちがいは減る。でも当たり前のことながら掲載英文はどれも短文ばっかだから、なんでもいいからとにかく一冊、読み通してみるといいよ。ってしがない門外漢がこんなこと言うのははなはだおこがましいが…でもこの本はひじょうにおすすめ。買った代金以上の効果はあると思うよ」

* …手許にある本に出てきた「クジラの構文」の例: Your thoughts and feelings are no more attached to you than the pen is attached to your hand(思考と感情は、そのペンが手にくっついていないのとおんなじで、生来そなわっているものではありません).

評価: るんるんるんるんるんるんるんるん

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2010年01月23日

どこでも風力発電にまつわる問題はあるものだ

1). まずはこちらから。米国東海岸マサチューセッツ州の景勝地ケープコッド沖に浮かぶナンタケット島。そのちょうど中間、ナンタケット海峡のほぼ中央の海上に巨大な風力発電用の風車を130基、建設する計画があるらしい。地元先住民のマシュピー・ワンパノアグ、アクィナー・ワンパノアグ部族が建設反対を表明していて、この二部族代表の要請を受けた国立公園局(NPS)が4日、「歴史登録財」の対象になったと発表したことで、計画はさらに遅れることになった、という。

 'Cape Wind'と名づけられたこの大型風力発電所計画、2001年に建設計画がもちあがった米国初の海上風力発電計画で、州知事も計画を積極的に後押し。風車の建設予定水域はなんとマンハッタン島がすっぽり入るほどの広さ。二部族のおもな反対理由は――「日の出を迎える儀式ができなくなる」こと。海上に風車が林立したら伝統儀式ができなくなって困る、先祖代々の埋葬地も汚される、あの海域には先祖の残した遺物も眠っている、と猛反対。国立公園局の決定は風力発電所計画じたいを頓挫させるものではないけれど、計画の変更もしくは「移転」ということもありうる、という。内務省長官が先住民代表と発電会社とのあいだで3月1日までに合意に達するようにとも言っているそうですが、それでもダメなら長官自身が「歴史的遺産の保存に関する諮問委員会」という第三者機関の意見を聞いたうえで判断するとか…それでも国立公園局の決定という追い風を受けた反対派側は訴訟を起こすかもしれない(反対派にはこういう団体もいる)。記事の書かれた時点でつぎの週に、内務省長官は反対派先住民代表と開発業者双方と直接会って話を聞く予定とも(じっさいに会ったかどうかは知りませんが)。ちなみに「頑強な」反対派のなかにはナンタケット海峡を見下ろす高台に家屋敷をもつ故ケネディ上院議員もいたという(ナンタケット島は超高級避暑地でもある)。

 じつは伊豆半島でもこの風力発電所建設が問題視されていて、たとえば東伊豆町奈良本の背後にそびえる尾根づたいに10基ある風力発電用風車の騒音問題があり、また石廊崎背後の山稜線沿いにも風力発電施設がすでに建設され、今年から運転を開始するということも聞いた。またいま調べてみたら西伊豆町安良里の背後にそびえる標高605mの大野山あたりも風力発電用風車の建設予定地に入っていて、びっくりした。当然、高規格道路の走る西天城高原にも同様の計画が…「風早峠」あたりだろうか。船原峠付近に建設計画があることは承知していたけれど、このせまい半島内でこれだけ風車建設計画があると、これではかえって自然環境にダメージをあたえかねない。かつてのゴルフ場とおんなじだ、という反対派の方の書かれた文章も読んだ。いまのところは「浮体式」と呼ばれる海上用の巨大風車の計画はないようですが、「クリーンエネルギー」という大義名分のもとならなにやってもいいわけではむろんない。あのばかでかいブレードの風切り騒音は深刻のようだし、東伊豆の発電施設であったように、勝手に自損事故を起こしたりして、運用効率的にも問題があるように感じる。こちらのNEDO報告書によると、洋上発電タイプは稼働していない時間、「ダウンタイム」が多いみたいです。

 自分はまだ石廊崎の施設を至近距離で見たことがないけれど、けっきょく問題なのは建設予定地の自然破壊と自然景観の破壊、そして周辺住民の健康被害に尽きるように思う。「バードストライク」など、野生動物にたいする影響もある。ナンタケット海峡の風車は高さ134mにもなる。これが130基も出現したら…事前の環境調査では自然環境にたいする影響は「わずか」だとして計画は推進されたという経緯があるようですが、ほんとに「わずか」なんだろうか。こんな超大型風車ではなくて、マッキベンが『ディープ・エコノミー』で書いていたように、各居住地区ごとに小型発電を設置させたほうが、メンテナンス面でも効率がいいんじゃないでしょうかね(国内の風力発電施設関連では、環境省が4月から低周波音による健康被害の実態調査にはじめて乗り出す予定で、東伊豆町の風力発電施設も調査対象になるという)。

2). 話変わりまして、みなさんは歩行中、ケータイをいじくってませんか? ワタシは――前にも書いたか――ケータイに夢中になっている女子高生の自転車にはねられそうになったことがありますが、こっちの事情もおんなじらしくて、こんな記事が目にとまった。このほどまとめられたオハイオ大学の調査によると、2008年だけで、携帯端末をいじりながら歩いていたことがもとで怪我をして救急にかつぎこまれた人がなんと1000人以上もいたという。この数字は前年度比で2倍、前年度はその前の年度とくらべて2倍近くて、ようするに2008年は2年前にくらべて4倍近い数の人が携帯端末が原因で事故にあっている(この手の調査ははじめて行われたという)。もっとも調査を指導した教授に言わせればこの数字は「氷山の一角」。たしかにコケたりぶつかったりすべったり転んだりしても、たいした怪我もない場合は多いですよね。車を運転しながら…はもちろんご法度ですが、歩いていてもやっぱり「注意散漫」になることが証明されたかたちです。

 また西ワシントン大学で心理学を教えるアイラ・ハイマン教授によると、画面を見てテキストを打ちこんで、ということをしなくても、ただ「通話」しているだけでも「目の前のものをちゃんと見ていない」、「非注意性盲目」という現象に陥るという。教授は学生のひとりに道化の格好をさせてキャンパスの中央広場で一輪車に乗ってもらったら、携帯で通話しながら通りがかった学生は、一輪車のクラウン学生を見ているにもかかわらず、それが脳に「認識」されることなく、文字どおり「右から左へ」抜けちゃっていて、クラウン学生を認識したのは25%にすぎないという。おなじ「会話」でもふたりで会話しながら歩いていた学生のほうが認識率は倍以上だったようなので、携帯電話での「会話」が脳にあたえる影響のほうが深刻だ、ということを暗示している。おなじ「ながら」なら、まだガムを噛み噛み、のほうが「繰り返しの行為ですっかり慣れ、無意識のうちに」できるからまだましだという。これにたいして携帯での通話のほうは、聞くことのみならず見ることにかかわる脳機能も使うから問題だ、ということらしい。米国ではこの手の事故、やはりiPhone発売後から急増しているみたい。ちなみに、

Cognitive psychologists, neurologists and other researchers are beginning to study the impact of constant multitasking, whether behind a desk or the wheel or on foot.

の下線部、behind the wheelというのは「ハンドル(steering wheel)をにぎって」、つまり「運転しながら」。

 カリフォルニア大学の神経科学者先生ももっともなことを言ってます。

“An animal would never walk into a pole,” he said, noting survival instincts would trump other priorities.

典型的な仮定法の文章ですが、たしかにそうだよね。

 …そういえばNYTって来年から有料化…するみたいですね。具体的にどうなるのかはよくわからんけれども(→国内関連記事)。

posted by Curragh at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | Articles from NYTimes

2010年01月18日

Gumblarに要注意

1). 本題に入る前に…Gumblarなる「悪質な不正プログラム」がたいへんな勢いで――それこそ新型インフルみたいに――つぎつぎと「亜種」を作ってはあっちこっちのWebサイトに感染してはアクセスしてきたPCを踏み台にして被害を広げている…らしいです。こうなるとうかうかしていられませんね…とりあえずいまのところ、自分のPCも拙サイトも大丈夫みたいですが、なかにはタイミング悪く感染してしまった方もいるかと思います。

 取り急ぎ役立ちそうなリンクを貼っておこうと思います。Flash Playerのヴァージョン確認ページAdobe Readerの最新版(v.9.3)配布ページ。→関連ニュースサイト1その2。またJavaを入れている人は同様に最新版にしたほうがいいでしょう(jqs.exeという自動で更新版を探しに行くプログラムがあらかじめ入っているから、PC起動時にこれが自動実行されると思います)。

 ところでGoogle側が主張する中国からのサイバー攻撃…にはどうもIEの「未知の」脆弱性が悪用されたらしいとのことですが、困ったことにIEのこちらのセキュリティホールについてはいまだMS社側から正式にパッチをリリースするという発表はなし。しかたないからFirefoxをメインブラウザとして使う、というのがいちばん手っ取り早い回避策(workaround)かも(この攻撃を受ける恐れがあるのはIE6らしい→関連記事)。

2). たまたまお休みに当たった月曜、朝からNHK-FMをいつものごとくかけっぱなしにしていてうとうとしていたら、澄んだボーイソプラノのハーモニーが聴こえてきた…けさの「にっぽんの歌 世界の歌」は、「ウィーン少(WSK)」の特集らしかった(注:狙っていたわけではありません、念のため)。いつぐらいの音源かは不明ですが、十八番(「じゅうはちばん」じゃありません)のウィンナワルツはさすが、という感じ。もっとも後半の日本語の歌は、やっぱりちょっときついものがありますが。それでも案内役の富沢アナは、「彼らの歌声で聴く日本の歌は、またちがった魅力をみせる」みたいにうまくフォローしておりました。聴いていてふと思ったのですが、長い歴史を誇るWSKが初来日してからすでに半世紀、彼らほど日本語の童謡・唱歌を歌ってきた海外の合唱団というのはほかに例がないのではないか、と。英国の聖歌隊も来日するといくつか日本の歌を歌ってくれて、それはそれで日本の聴衆のひとりとしては嬉しかったりするのですが、経験という点ではWSKのほうがはるかに積んでいるのかもしれない。もっともこの件にかんしては「パリ木」だって負けてはないとは思うけれども。今年のイースターは4月4日だけれども、イートンカレッジはいつぐらいに来るのかな? 

 先週の「バロックの森」、木曜はC.P.E.バッハの「わがジルバーマン・クラヴィールとの別れ ホ短調 Wq.66」がふたたびかかりまして、これはしっかりエアチェック(え、死語??)。でも今回はクラヴィコード独奏盤でして、WSKの歌う日本の歌同様、おんなじ曲でもチェンバロとはかなり印象が変わりますね。また作曲者本人が、「クラヴィコードをうまく弾きこなせる者はチェンバロもうまく弾くことができる。その逆はありえない」とか、自身のものした理論書に書いているとか。エマヌエル・バッハは、クラヴィコードの表現の豊かさと教育的効果を高く評価していたらしい(このへんは父親譲りかもしれないが)。クラヴィコードが弾けるようになるにはまずもってチェンバロがきちんと弾けないとダメ、ということか。あれは微妙な指の力加減が要求されるみたいだから、たしかに難易度は高いのかもしれない――オルガンとはまたべつの意味の難易度が。

 …それにしても「リンク集」にも入れてあるBCSDサイトがなくなる、というのはやはり寂しい気がする。なにか探しもののとき、ここが手っ取り早くて便利だったので。マークさん長いことお疲れさまでした(このサイトはだれでも項目を追記できるようになっているけれども、いま見たらこんな記事まであった[苦笑])。

追記:BCSDサイト、いつのまにか復活(?)してました。

posted by Curragh at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK-FM

2010年01月17日

こんどは町中みんなが合唱団

 あいにく前編は見逃したけれど、前回の放映分はしっかり録画(いまのTV受像機といっしょに買ったVHSつきDVDレコーダー)。で、見てみましたが、今回も企画もの? かどうかはわからないけれど、けっこうおもしろかったですね。

 マローン先生は現地ではアイドル(?)的な人気者らしいけれども、ロンドン交響楽団の合唱指導や「マタイ」で福音史家を努めるなど、とても30代前半の若い先生とは思えないくらいの活躍ぶりです。以前見たThe Choirboysのときもそうだったけれども、教え方がとてもうまいですね。乗せ方がうまいというか。とくに児童合唱では長時間のレッスンに飽きて好き勝手なことしはじめる子どもたちに、結成わずか5年で英国ではすでに知られる存在となった児童合唱団の歌声を聴かせて奮起させるとか。もっともみんな合唱経験のないずぶの素人、'Tears in Heaven'はやや危なっかしかったけれども、数か月間でよくこれだけの人数の歌声をひとつにまとめあげるものだと感心しきり。大人の合唱団も負けじと大健闘。窓拭き職人のディーンさんのことばだったかな、たしかに人間というのはなんらかの「帰属意識」というものが不可欠なのかもしれない。とくに欧米では行き過ぎた個人主義がはびこっているようなところがあるから…この欧米流の個人主義、個人的にはデカルトの「われ思う、ゆえにわれあり…('Je pense donc je suis')」あたりからはじまっているんじゃないかと思ってるけれども…。それはさておき、サウスオキシー・コミュニティ合唱団の初舞台では、地元のCDショップで働く青年くんのソロもなかなかだったけれども、やはり大勢の聴衆を前に緊張(?)したのか、もうすこし声量があるともっとよかったように感じた。それでもこの青年の声の素質を見抜くマローン先生の耳はさすが、という感じ。もうすこし場数を踏めばもっとよくなるでしょうね。またこの青年は正規の音楽教育を受ける機会に恵まれなかったから、いまはこうして日々の生活のために働いているけれども、音楽の夢はあきらめきれないと話してました。サウスオキシーという町は――英語版Wikipediaによるとかつてはマナーハウスがあったとか――労働者層の多く住む町で、いまだに偏見の目で見られたりもするようですが、そう、ほんとうに自分のやりたい事があるんなら、かんたんにあきらちゃいけないですね。がんばれ! 

 …先週のBBC Radio3のChoral Evensongは「御公現の祝日(主の公現)」で、聴いていたら、聖書の朗読(「東方の三博士」訪問のくだり)にまじってイヴリン・ウォーのHelena(邦訳『十字架はこうして見つかった――聖女ヘレナの生涯』)の一節が出てきました…ウォーってこういう作品も書いていたんだ! こんど図書館に行ったら探してみよう。最後のヴォランタリー、バッハの「オルガン小曲集」から「汝にこそわが喜びあり BWV.615」が、いかにも小躍りしそうな快活なテンポで演奏されてました(バッハのこの編曲の場合、コラール定旋律はかなーり最後のほうになってから足鍵盤で出てくる)。



 …現日本ハム一軍投手コーチの小林繁氏が急死したという一報には驚かされた。また桑田真澄氏の父上の悲報にも…ほぼときおなじくして、N響でもおなじみだったドイツの巨匠スウィトナー氏も亡くなった(8日)。先週の「N響定演」では、スウィトナー氏を追悼して、バッハの「管弦楽組曲 第三番 BWV.1068」から有名な「エア」が演奏されてました。合掌。

posted by Curragh at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連

2010年01月11日

METの騒動と15歳の新星

1). まずはMET関連の記事から。初耳だったがMETは自前で児童合唱団をもっているようで、そこの合唱団を20年以上にわたって引っ張ってきたエレナ・ドリア女史。寡聞にして知らなかったが米国では有名な合唱指導者らしくて、METの児童合唱団の卒業生には女優のエミー・ロッサムもいるとか。名伯楽、と言いたいところではありますが、昨年のシーズンしょっぱなの1月、突然、辞職してしまったという。この件について当初MET側からはなんの公式発表もなくて、最近MET側が明らかにしたところでは、ドリア先生は「退職した」。でもシーズン途中の突然の辞職というのは常識的に考えにくい。ということで辞めた本人に取材を申し入れたら、取りつく島もなく断られたという。

 こちらの記事に動画がありますが、かなーり強面の女性とみた。じっさい、子どもたちにとってはそうとうおっかない鬼(?)先生だったようで、その指導方針をめぐって子どもたちの親と対立することがあったらしい。辞任した直接の原因となったのは、言うことを聞かないある女子団員との揉めごとだったようです。

 記事によるとここの児童合唱団は総勢約125人という大所帯で、今シーズンは「トスカ」や「三部作」、「魔笛」などに出演していた。合唱のクラスは週一回、90分から2時間ほど。オーディションで出演者を選び、本番および長時間の稽古にも報酬が支払われるけれども、学校を休んでいいのは週二日だけという。

 でもいくら指導が厳しいとはいえ、たとえばこういうのはどうなのかと思う。

Corkie Jarrett said her son Sky was a member of Actors’ Equity when he joined the chorus but dropped out when he won a part in a workshop for the musical “How the Grinch Stole Christmas.” That angered Ms. Doria, Ms. Jarrett said.
“She felt that Sky was kind of not being loyal,” Ms. Jarrett said. “I was intimidated by Elena’s kind of fierceness, but it was clear to me that she was fierce about the children’s chorus because she wanted it to be great.”

これって「二重契約」にならない? こんなことされたらだれだって怒るわな(引用中のミュージカルは、米国では有名なDr.Seussの絵本が原作)。

 ドリア先生がとくにうるさかったのは行儀作法と時間厳守。とはいえただガミガミ厳しいだけじゃなくて、入団試験のときに子どもたちに歌わせるのはなんと'Happy Birthday'の歌。かつてNYTの取材を受けたとき、ドリア先生は基本的な指導姿勢として、「子どもたちには舞台上でやってはいけないことはぜったいにさせない。あくびしたり、時計をちらちら見たり、鼻に手を当てたりとか。それとつねに自分のほうを見る癖をつけるつけるようにしている。自分が指揮者の代わりだから」とこたえたそうです。

 インタヴュー番組に出演したときは、「子どもたちにはMET最高の歌い手になってほしい。それに耐えられないのなら、テニスでもしていればいい。いまのところ、みんながんばっていますけれども」みたいにこたえていたドリア先生。大多数の団員はドリア先生が好きだといいます。音楽にとどまらず、人としていろいろ学んだと感じている子どもたちが大半のようです。

 いまの指導者はもとニューヨーク市立オペラ児童合唱団を率いていたアンソニー・ピッコロ(なんかかわいらしい名前だ)氏。あたらしい指導者のもとでもおおいに活躍してほしいものですね。

2). 音楽つながりではこっちの記事も目にとまった。カナダ・オンタリオ出身の15歳のシンガー、ジャスティン・ビーバーなる少年。こういう記事を見ますと頭に思い浮かぶのは天才少年カントリーシンガーのビリー・ギルマンですが(1988年生まれだからもう21になるんだね。ということはけさ再放映されていた辻井伸行さんとおない歳か)、時間がないからほんの二、三のみ、歌っている動画を見たけれども、見たかぎりでは例の五段階評価でいくと「うまうま」ではなくて「うまい」と「ふつう」のあいだくらいか(「紅白」で歌っていたボイル女史は「うまい」かな?)。身長が160cmあるかないかのようだから、声変わりの進み方がゆっくり目みたい(この数か月で半音、下がったとのこと)。ビリーくんと決定的にちがうのは、記事の扱いにも現れているけれども、シンガーというよりいわゆるティーンアイドル。でも従来のアイドルとまるでちがうのは、一般のファンが彼をスターダムへと押し上げたこと――YouTube世代のスターということですね。

 ジャスティン少年が12歳のとき、地元のタレントコンテストに参加したら二位に入り、当日見にこられなかった家族や友だちのためにYouTubeに自分の歌っている動画をアップしたときからことははじまったみたいです。まったく偶然にそれを見た、アッシャー・ロスなるラッパーを「発見した」マネージャー氏が興味をかきたてられ、ついにジャスティンくんが住んでいたオンタリオの小学校を突き止め、学校側を説き伏せて彼の家に電話を入れたのだという。その間、YouTubeの動画――アッシャー自身やクリス・ブラウンの曲のカヴァーも含まれていた――は口コミで広がって、すでに彼の固定ファン層が形成されていたらしい。彼の家庭はいわゆるシングルマザー世帯で、貧乏だったという。地元のコンテストに出たあと、ギターをかついで劇場前の路上で歌ってみたらなんと3000ドル(?、米ドル換算??)近くも稼ぎ出して、その金ではじめて母親とディズニーランドに遊びに行ったという(彼はギターのほかにピアノとトランペットの演奏も自己流で身につけ、またドラムも習っていたという)。いまは母親とともにアトランタに移住して、アッシャー氏とともに共演したりとたいへん忙しいようです(この記事の取材のときにはロードアイランド州プロヴィデンスのホテルでライヴ、つぎの日はアトランタへとんぼ返りでまたライヴ)。

 思春期まっただなかのジャスティン少年、最近はちっとも言うことをきかないと母親は嘆いておりますが、本人はけっこうけなげなことも言ってます。

“I grew up with not a lot of money,” Justin replied. “We never owned a house. I want to buy my mom a house.”

 ティーンエイジャー(と彼女たちの母親も)の追っかけがすごいらしいジャスティン少年のもっかの楽しみは、アトランタの自宅に帰ったら、現地でできた友だちとビデオゲームをすること。そして、運転免許試験を受けに行くことも楽しみにしているようです。

 声変わり後、この子がどんな歌い手になるのかはわからないけれども、お手本のアッシャー氏のような感じの歌い手になるのかな? 

おまけ:ウィンチェスター大聖堂の構内って、なんと冬場はアイスリンクになるんですねぇ。知らなかった。それにしても手袋もはめずに、みんな元気だな…(人一倍の寒がり)。

posted by Curragh at 23:45| Comment(6) | TrackBack(0) | Articles from NYTimes