2019年05月25日

「誤訳」指摘を軽々にすべきではない話『嵐が丘』編

 マクラもなにもなくいきなりなんですけど、まずはこちらをご覧ください。
… 私は馬を乗りつけたとき、彼の黒い目が、ひどくいぶかしげに眉のかげに引きこもるのを見、それから私の名を告げたとき、彼の指がかたく自己を守ろうというように、チョッキのなかにかくれるのを見たが、それで私の心がどれほどあたたかく彼に対して燃えたか、彼もほとんど知るまい。

…「私」だの「彼」だのといったほんらいの日本語にはない人称代名詞がたったこれだけの一文に入れ代わり立ち代わり現れ、そう言っているのが語り手の「わたし」なのか相手の「彼」なのかまるで判然とせず、よくもまあこんなシドい文章つづってシラっとしていられる、と思ったそこの方。それではつづいてこちらをご覧ください。
わたしが馬で乗りつけると、あの人の黒い目はうさん臭げに眉の奥へひっこみ、わたしが名乗れば、その指は握手のひとつも惜しむかのように、チョッキのさらに奥深くへきっぱりと隠れてしまった。そんなようすを目にしたわたしが親しみを覚えたとは、あちらは思いもよらなかったろう。


じつはこれ、エミリ・ブロンテの名作『嵐が丘』の出だしの一節。先に出したほうはウン十年も前の古〜〜い岩波版で、つぎの訳はここ数年来はやりの(?)「新訳」版のひとつから。作家・演出家・評論家であり、エド・マクベインや、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』などの映画化作品を含めて多岐に渡る英米文学もの翻訳を手掛けてこられた中田耕治氏はかつて、「翻訳なんて 30 年ももてばいいほうだ」と発言されていて、『星の王子さま』のような稀有な例外はともかく、一般論としては「ことば」の持つ耐用年数を考えると、翻訳も新しいほうがよいと思う。

 ところがつい最近、こんな世評、いや「ネット上の酷評」を目にした。
出版の許可が下りたのがおかしいと思うくらい、誤訳が多いし、日本語として成立してません。英語力は知らないけど、それ以前に日本語能力が欠如している人だ。

 ネットの世界は「集合知」であったり、「玉石混交」であったり、はたまた最悪の場合は「無法地帯」でもある。ついこの前来日した大統領閣下が大好きな Twitter をはじめ、この WWW ネットワークというのは個人がめいめい好き勝手に、しかもいともかんたんに「発信」できちゃう媒体なので(ここもそうか)、いちいち目クジラ立てることもなかろうとは思うが、こういった無責任な発言はいくらなんでも名誉棄損ものではないの? あろうことか「調べてみたら、翻訳がひどい誤訳であることがわかり、『〇〇版はふつうの翻訳』と書きこみを見たので、こちらにした」なんてのも見た(フツーの翻訳って??? まるで意味不明)。「バタフライ効果」じゃないけれど、実害もしっかり出ている。

 『嵐が丘』は超がつくほど有名なので、「誤訳」なんてのが出てくるとそれ見たことか(gotcha!)と騒ぐ人がかならず出てくる。ちなみに最初に挙げた何十年も昔の訳は正真正銘の「悪訳」であることはまちがいない。だってどう転んだって日本語で書かれた文章、しかも物語としてとてもじゃないが読めた代物じゃないから。こういうのは槍玉に挙げられてもしかたないので、さっさと絶版にして清新な「新訳」にバトンタッチすべきでしょう。

 たまたま↑で引用した「新訳」本を先日、買った人間として、またいちおうこれでも翻訳の仕事を請け負っていることもあり、看過するには忍びない、というか黙っていられなくなり、この紙弾を投げつけたしだいです(本題とまるで関係ない話ながら、先月末、ほんとうにひさしぶりに上京して、こちらの授賞式を見に行った。『ガルヴェイアスの犬』の訳者の方がとてもお美しい方だったので、さらに驚いた[笑])。

 長編で、しかも内容の「解釈」をめぐっては 1847 年に初版本が刊行されたときから毀誉褒貶相半ばしたという、通俗的な文学ジャンルではとてもくくれないとてつもない作品ですので、とりあえず有名な書き出しを中心に気になった箇所とかをほかの訳者による邦訳と突き合わせて比較してみます。自分で買った訳書も含めて用意できた4つの出版社からそれぞれ刊行されている日本語版と、ネット上で見つけた二例も引用してくっつけておきます。ただし今回はすべて匿名で列挙するので、まずは虚心坦懐に鑑賞されたし。例によって下線強調は引用者、そしてルビィちゃん、ではなくてルビを振ってある訳文の場合はルビを割愛して引用。まずは冒頭部から。原書はペンギンクラシックスのペーパーバック版です。

1801.−I have just returned from a visit to my landlord−the solitary neighbour that I shall be troubled with. This is certainly a beautiful country! In all England, I do not believe that I could have fixed on a situation so completely removed from the stir of society. A perfect misanthropist’s heaven: and Mr. Heathcliff and I are such a suitable pair to divide the desolation between us. A capital fellow! He little imagined how my heart warmed towards him when I beheld his black eyes withdraw so suspiciously under their brows, as I rode up, and when his fingers sheltered themselves, with a jealous resolution, still further in his waistcoat, as I announced my name.

A 訳:1801年──いま家主に挨拶に行って、帰ってきた──これからはこの男以外、かかわりをもつ相手はいない。それにしても、この土地は美しい! イングランドじゅうを探してみても、ここまで完全に騒がしい世間から隔絶されている場所は見つかるまい。まさに人間嫌いの天国だ──そして家主のヒースクリフ氏は、この荒涼たる世界を私とわかちあうには絶好の相手だ。とびきりの男ではないか! 私が馬で乗りつけたとき、彼の黒い瞳が眉毛の下でいかにもうさんくさそうに光り、私が名乗ると、彼の手がぜったい握手をさせまいとするようにチョッキの下に深く隠れるところを見たとき、私がどれほど胸を熱くしたか、彼には想像もつかなかっただろう。

B 訳:1801年──いましがた、大家に挨拶をして戻ったところだ。今後めんどうな近所づきあいがあるとすれば、このお方ぐらいだろう。さても、うるわしの郷ではないか! イングランド広しといえど、世の喧噪からこうもみごとに離れた住処を選べようとは思えない。人間嫌いには、まさにうってつけの楽園──しかも、ヒースクリフ氏とわたしは、この荒涼たる世界を分かち合うにぴったりの組み合わせときている。たいした御仁だよ、あれは! わたしが馬で乗りつけると、あの人の黒い目はうさん臭げに眉の奥へひっこみ、わたしが名乗れば、その指は握手のひとつも惜しむかのように、チョッキのさらに奥深くへきっぱりと隠れてしまった。そんなようすを目にしたわたしが親しみを覚えたとは、あちらは思いもよらなかったろう。

C 訳:1801年──家主をたずねて、いま戻ったところだ。厄介な近所づきあいもあそこだけですむ。実にすばらしい土地だ。騒がしい世間からこれほど隔絶したところは、イギリスじゅうさがしても、おそらく見つかるまい。人間嫌いにとっては、まさに天国のようだ。そしてこの寂しさを分かち合うのに、ヒースクリフ氏とぼくはちょうど似合いの相手である。なんと素敵な男だ。ぼくが馬で乗りつけると、ヒースクリフ氏は眉の下の黒い両眼を疑わしそうに細め、ぼくが名のるのを聞いても、ますます油断なく両手をチョッキの奥に押し込んだ。それを見てぼくの心がどんなに和んだか、向こうは想像もできなかったことだろう。

D 訳:1801年──大家を訪ねていま戻ってきたところ──ぼくがこれから関わりをもつことになりそうな唯一の隣人。ここは確かにすばらしい地方だ! イギリスじゅうで、これほど完全に社会の喧騒から隔てられた場所に身を落ち着けることができたなんて信じられない。完璧な人間嫌いの天国だ──それにミスター・ヒースクリフとぼくはこの荒涼たる世界を分かち合うにはもってこいの相棒。実にいい奴だ! ぼくが馬で乗りつけると、彼の黒い眼が何やら疑わしげに眉の下に引っ込んでいくのを見たとき、またぼくが名乗ると、油断してなるものかと決意も固く彼の指がチョッキのなかへずっと深くもぐりこんでいったとき、ぼくの心がどれだけ彼に引かれていったか、彼の方はほとんど想像もしなかっただろう。

付録:ネットで見かけた別訳者による訳二例

1). 1801 年──家主をたずねてたったいま帰ってきた。うるさい近所づきあいもここでは一軒だけですむ。いやはや、すてきな片田舎だ! たとえイギリスじゅうさがしたって、さわがしい俗物どもの世界からこれほど完全に隔離された環境はめったに見つかるものではない。……

2). 1801 年──ぼくはいま家主を訪問して帰ってきたばかりである。──彼だけがまた、これから付き合わねばならない隣人というわけだったが──。とにかくすばらしい土地である! まずイングランド中探しても、これほど世間のさわがしさから完全に切り離された場所がほかにあるとは思われない。 ……


 冒頭部でまず気になるのが、'This is certainly a beautiful country!' をどう訳すかについて。ヒースくらいしか生えない、寒風吹きすさぶ丘陵地帯を 'a beautiful country' と評しているのは文字どおりそう感じたから、ではないだろう、この「語り手」ロックウッド氏の性格付けからしても。そういう「気持ち」が certainly にこめられている。こちらのページの掲載画像を見ると、「嵐が丘」邸周辺の風景はアイルランドのコノートかドニゴール地方を思わせる美しさはたしかに感じるとはいえ、「荒れ地」的印象のほうが強い。そしてこのあとの展開を見ればわかるように、やんわりとした皮肉も響いている、と考えるのが妥当な線ではないかと(それにすぐあとで'... a suitable pair to divide the desolation between us.' って書いてあるし)。なので個人的には「実にすばらしい土地だ」とした C 訳は字面どおりであっさりしすぎ、「それにしても、この土地は美しい!」の A 訳はあともう一歩、さりとて「ここは確かにすばらしい地方だ!」とした D 訳もどうかと。というわけで「さても、うるわしの郷ではないか!」とした B 訳のほうが好ましいと感じます。

 そしてつぎの下線部の訳ですが、「 C 訳が比較的自然な日本語で、かつ原文も大事にしていてオススメです」とのネット評を書いていた人がいたけれども、「眉の下の黒い両眼を疑わしそうに細め」という一節を見ただけでこちらの目まで疑わしげに細くなってしまう。眉の下にいきなり鼻があるわけじゃなし、眉の下に目があるのは当たり前でことさら断って書くことじゃない。それにほかの科白や地の文もなんというか、小説としてそぐわない箇所が散見されます。「英文解釈 100 点、だけど翻訳は…」という典型例のように見えたのも事実。なので「ブロンテの原文の字面を忠実になぞった訳」が読みたい向きにはこちらでよいとは思うが、「文学作品を読んでいる」という気分にはならなかった。それはたとえばすこし先の箇所(The ‘walk in’ was uttered with closed teeth, and expressed the sentiment, ‘Go to the Deuce!’ )の訳が「ろくに口も開かずに言うので、言葉は『入ってください』でも、まるで『とっとと失せろ』という意味に聞こえる」というのもヒースクリフの個性がまるで感じられないし、いかにも平板。「この『入んなさい』という言葉を吐いたとき彼の口は閉じられていて、『死んじまえ!』とでも言いたそうな気持が露骨に見てとれた」とした A 訳は ‘Go to the Deuce!’ の訳が難あり、B 訳は「"入れ"とは云いながら歯を食いしばるようにするので、"失せやがれ!"とでも云いたげな気持ちが伝わってきた」で、自分としてはわりとすんなりイメージが頭に入る。「入」と「失せやが」で脚韻を踏ませることまで意識したのかな、とも感じた。「死んじまえ」は、やはり文章の流れ的に「浮いて」見えます。家主は「さ、入れ」と言いつつ、そのじつ「おめーなんか、おとといおいでってんだ」みたいな気持ちであり、それが語り手の間借り人にも伝わってきたんでしょ、ここは(「おとといおいで / おととい来やがれ」の意味がわからない人のほうが多い今日このごろではあるが、古い作品にはこのような手垢のついた言い回しも使用可能だと思っている)。「その『入りなさい』ということばは歯を食いしばったままいわれたので、『くたばってしまえ』という気持ちを表していた」とした D 訳は A 訳に近い。

 かなり先に飛んで原書の第 15 章、お手伝いさんのネリー・ディーンの回想から。幼いヘアトンが怒り狂った父親ヒンドリーにむりやり抱えられて階上に連れていかれ、ヒースクリフがやってきたと思ったその刹那、父親の腕から落下した直後のネリー自身の科白で、「坊主にケガはなかったか?」と訊いてきたヒンドリーに対し、頭にきたネリーが叱責するところ。原文はシンプルに 'Injured! I cried angrily, If he's not killed, he'll be an idiot!' で、下線部の訳がどうなってるのかそれぞれ見てみると──
A 訳:「怪我ですって!」あたくしはかっとなりました。「怪我はしていなくても、障害児になってしまうでしょうよ!」
B 訳:「怪我ですって!」あたしは怒鳴りましたよ。「殺されなくても、頭が馬鹿になってしまいます!」
C 訳:「けがですって?」わたしは腹を立てて、大声で言いました。死んでしまうか白痴になっていたか、どっちかのところですよ!」
D 訳:「怪我をしたですって!」わたしは怒って叫びました。「たとえ死ななかったとしても、頭がおかしくなりますよ!」


けっきょく読み手の好みの問題と言ってしまえばそれまでかもしれないが、すくなくとも A 訳の「障害児」はないでしょう! 場にそぐわない訳語の選択。ここは読み、表現ともに C 訳のほうが適切だと思いました。ネリーの気持ちをはっきり書けば、「けがはないか、っていったいどの口が言ってるんです? 死ぬか、頭がバカになってしまうか、どちらかってところではないですか、ちがいますか!」くらいの、いくら雇われ人とはいえカンカンに怒っている感じが出てない訳ではいかんと思うのです。

 こんなこと書くと、「意訳ではないのか?」って言う人がかならず出てくる。んなことはない。ヤナセ語訳『フィネガンズ・ウェイク』だって、わからないながらも気になった箇所を原文と比べてみたらけっこうストレートな訳になっていたりする(以前、ここで書いた『フィネガンズ・ウェイク』関連拙記事を参照のこと)。ようは、ここまで表現できてはじめて翻訳と言える。読むのはあくまでも日本語で書かれた文学作品。「原文で何度も読んでいるけど、日本語版はどれもイマイチ」みたいなことを書いていた人もいたが、それならブロンテの原文を熟読玩味すればよろしい。古典新訳ブームという言い方はよく聞くけど、ようするに版権が切れてるから / 切れたから新訳を出しやすくなった、それだけのことなんでしょう。とはいえ『嵐が丘』新訳刊行ラッシュの場合、なんか出版社どうしによるライバル心むき出しの競争みたいな印象もなくなくはない。

 誤訳については、ヒースクリフ家の番犬に襲われそうになったときのことを話すロックウッドの科白の「焼き印」を取り上げていた人もいましたが、たしかにそうだとしても、だからといって全体までが悪い、みたいな物言いはいくらなんでも乱暴にすぎる。ちなみに仏語訳版でその箇所がどうなってんのか調べてみたら、 
── Si je i'eusse été, j'aurais laissé mon empreinte sur le mordeur.

これを英語に再度もどせば "If I had been, I would have engraved my seal on the biter." で、まさかこれをただ「噛みつこうとしたそいつにわたしの印を押しつけてやるところでしたよ」とやって、「印章付き指環をはめた手でおたくの番犬にパンチのひとつもくれてやったでしょうよ」と解釈できる読み手はひとりもいないでしょうよ。「焼き印」とした訳は以前からあり、ひょっとしたら「既訳本に敬意を払って」先達の仕事を参考にしたのかもしれませんが、イメージはしっかり伝わっているから、ここはしかたない処理かと。ストレートに「げんこを喰らわせた」とすると、意味的には正解[ただしかなり自由度の高い意訳になってしまう]ですが、「印章付き指環(signet)」の「印章」をしっかり犬の額に刻印させてやる、というイメージはまるで伝わらず、「焼き印(日本語化して久しい brand)」としたほうが無難な線だと判断したためではないかと思われます(ちなみにこの signet、O.E.D. で調べたけど意外? にも『嵐が丘』のこの科白は例文として収録もされていなかった)。

 「誤訳」というのはいちばん最初に挙げた、だれが見てもヒドい訳はいざ知らず、どんなすぐれた訳にも大なり小なり含まれているものでして、「鏡に映したような翻訳」は、目指さなければいけないことはわかっているけれども、そうそうお目にかかれるものではありません。ワタシなんかむしろ、『嵐が丘』ひとつでこんなにさまざまな日本語表現ができるんだ、と感心しきりなんですけどね。正直、「唯一絶対の翻訳」なんてのもありえない。また批評子というのは、ここも含めてすべて批評する側の視点、ものの捉え方で書くもので、やはり絶対ではない。ましてや「ありもしない勝手な理想像をこさえて、それを絶対的基準のように人さまの翻訳をバッサバッサと斬り捨てる」というのも、厳に慎まなければならない。世の中にはそういうお門違いもいいところな誤訳指摘という名の揚げ足取りがあまりにも多すぎる。かくいう自分も締め切り直前に拙劣な訳をしていた箇所に気づいてあわてて訂正して納品した、なんてことがあるから口幅ったいことは言えないが、翻訳というのはかんたんな仕事じゃないですよ、マジで(digit)。辛気臭いわりに報われること少なく、ついでに原稿料も少ない(嘆息)。

 原稿料で思い出したが、たとえばつぎのような訳文だったら、これはもう拙劣の批判は甘んじて受けなければならないし、クライアントに翻訳料金を請求するのもおこがましい、と考える。
… わたしの父は、少なくとも石に彫られている碑文を書くことなく、……を放棄すべきだったのに、そうしなかったことは、いつも私にとって奇妙に思えた。

原文は 'it always seemed to me strange that my father should have abandoned the ...... where he did, without at least writing the inscription that was carved on the stone.' で、すぐあとに '... At some later time he entered roughly on the manuscript the inscription on the stone, ...' とつづきます。上記訳文ですと、しっかり碑文を書いていたことになり、「あとになって、父はその石に彫り付けた碑文のおおまかな内容を草稿に書き入れた」とつながらなくなるから、あきらかに誤読していることがわかります。もちろん息子にとって長年、腑に落ちなかったのは、「父が石の碑文を書くことなく中断してしまったとは、いったいどうしてだろう」ということ。

 というわけで、きわめて casual な気持ちでツイートする読書好きの方も含め、「誤訳の指摘、誤訳に対する批判」を全世界に発信する前に、ひと呼吸おきまして、いまここで書いたことなども思い出していただければありがたいと思います。ところで最初に引き合いに出した中田先生ですけど、お元気そうでなにより。こちらのブログ記事にあるように、
──女の作家は、けっして女性を代表するわけではないのです。
世間では優れた女流作家は女性を代表すると考えるわけだけれど、わたくしに言わせれば、誤りです。
むしろ一般の女性からはかけ離れた特異な存在です。
特異な存在だからこそ、自分自身が作家でありえたのだし、創造性を持ちえたというふうに、ぼくは考える。

というのは、もうさすが、としか、ここにいる門外漢は言うことばがありません。先生の評はそのまんま『嵐が丘』という作品にも当てはまりますし(中田先生は昔、高校生だったか、若い読者から誤訳指摘の手紙を受け取ったことがあるという。こんな大御所になんとまた大胆な、とも思ったけれども、その内容がかなーり辛辣だったようです。で、この怖いもの知らずの若い読者にまたご丁寧にこう書いて返信をしたためたんだそうです──「このつぎはきみが訳してね」)。

posted by Curragh at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳の余白に

2019年04月28日

ノートルダム大聖堂の悲劇

 今月 15 日、パリのノートルダム大聖堂の大火の映像を見たときには絶句するほかなかった。不幸中の幸いは、数々の美術品や聖遺物、焼け落ちた鐘楼のてっぺんにあった銅製の風見鶏像とかはなんとか難を逃れて「生還」したとはいえ、個人的には 1868 年にカヴァイエ=コルの建造した大オルガン(先代のフランスバロック期のオルガンビルダーのフランソワ・アンリ・クリコの製作した楽器を大幅に改造したもので、中世以来のパイプも一部まだ残っているとか)。昨年、そのカヴァイエ=コルがここにオルガンを収めて満 150 周年、ということなのかどうかはよく知らないけれども、とにかく大規模な修復が施されて演奏台も新デザインに更新されたばかり。なので今回の失火(!)はほんとに残念でしようがない。

 国内ではどうもこのカヴァイエ=コル・オルガンについて報じていたのは NHK だけのようでして(さすが自前の大オルガンを持っている組織だけある)、しかも二晩つづけて報じていたのにはちょっとびっくり。いくらクラシック音楽好きを自認する日本人でも、オルガン音楽が大好きという人の絶対数は向こうに比べればはるかに少ないしオルガニストの仕事数じたいも少ないはずなので、いたしかたないとはいえ、もうすこし報じられてもよさそうなところではある。とにかく映像で確認したかぎりでは、とりあえずぶじのようです … もっとも消火活動でいろんなものが天井から落っこちてきたり、放水で大量の水とか浴びているかもしれない。オルガンパイプは鉛と錫の合金、つまりブリキなので、ちょっと熱に触れただけで溶けてしまうし、コツンとどこかにぶつければ −− Macbook Air とかアルミ一枚板削り出しのノート PC みたいに −− すぐ傷ついたりへっこんだりする。もちろん木のパイプ、木管をはじめ木でできた部分もたいへん多いため、水を浴びれば即使用不能となる。このへんはやはり気がかりではあります[→ 関連記事]。

 オルガンもそうですけど、歴史的建築物と火災については古くは金閣寺や法隆寺をはじめ、昔から問題視されてきたから、たしかに一筋縄ではいかないかとは思う。ノートルダム大聖堂の場合、「オークの森」と称されるほど入り組んだオークの木組み約 1,300 本が使用されていた屋根裏部分にはスプリンクラーも設置されていなかったという。もちろんこれはスプリンクラー代をケチったわけじゃなくて、いろいろ事情があってのことだったらしい。でもこれだけテクノロジーが進化しているご時世なのだから、もうすこし防火対策はとれたはずだと思う。

 いまひとつ と感じたのは、地元紙に引用されていた米国人消防のもと幹部という御仁の話。この方は取材に対して、こう応じたんだそうだ(いつものように太字強調は引用者)。「大聖堂は燃えるためにあるようなものだ。礼拝の場でなければ、違法建築として摘発対象だ」。

 これ当のフランス国民が聞いたらどう感じるのかな。「違法建築のかどで摘発対象」というのは、そりゃ消防法を金科玉条の絶対的尺度に考えたらそうでしょうよ。ウチだって数十年経過した古い耐震基準の木造住宅なんで、摘発してくださいと言っているようなもの。それに法律や制度なんてアップデートが前提なので、時代が変われば昔はよかったものでもたちまち違法として取り締まりの対象になったりする。そんなもんふりかざすことじたい、単純化のしすぎというかノーテンキな発想だなというのが偽らざる感想。んなこと言っていたら「世界遺産」級の歴史的建築物は楽器のオルガンも含めて、ほぼすべてが「摘発対象」になって全滅すると思うぞ。

 じゃあどうすればよいのか、ここが大事なところだと思う。まさかいまの基準で「違法建築」だからって、失ったらそれこそ取り返しのつかない歴史遺産をぶっ壊すわけにもいくまい。というか、いくら「適法建築」に変えたって火災はなくならないでしょう。最悪の場合、放火されたらどうしようもないですし。一見、正しいことを言っているようでじつはトンデモ発言というのはまさにこれかと。19 世紀にさんざん鯨油やらなにやら搾り取っておいて、「アイスランドと日本はいまだに捕鯨をつづけている野蛮な国だ」なんてほざいている連中とあんまり変わりないんじゃないでしょうか。端的に言えば独り善がり、つまり独善。あるいは偽善。だって今回の火災の原因を作ったのは「違法建築」だったから、ではなくて、屋根の工事をしていた現代人による「失火」。燃え広がったからといって「違法建築で摘発する」というのは、いくらなんでもノートルダム大聖堂に対して失礼千万な失言じゃないですか。「違法建築」ということならギザの三大ピラミッドだって取り壊し対象でしょうよ。ひとつの価値観を押し付けるな、と言いたい。拙い経験から言えるのは、価値観なんてものはしょせん移り変わるもの、もっと言えばアテにはならない、ということです。

 とはいえいたちごっこかもしれないけど、とにかく「歴史的建築物」を火の手から守るためにはどうにかして知恵を絞らないといけないことに変わりはない。建物のせいにする時間があったら防火対策を真剣に考えないといかんと思うのですがいかが。そういえば 1996 年、スプリンクラーの誤動作でコンサートオルガンがずぶぬれになった、という悲しい事件が浜松のアクトシティ中ホールであったけれども、あのときも「被災」したのはフランスのオルガンだった。そのとき、オルガン建造メーカーの社長だったコワラン氏がこう言っていたのはいまでも鮮明に憶えている −−「楽器が被水したことを、ひじょうに悲しく思います」。よかれと思って設置した最新設備だって、「誤動作」すればこんなことになったりするのが人の世の常。

posted by Curragh at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2019年03月18日

ドナルド・キーンさん逝く

1).ドナルド・キーンさんが逝去された。享年 96 歳。謹んでご冥福をお祈りします。

 キーンさんは、三島由紀夫をはじめとする戦後に活躍した作家たちの作品や『源氏物語』といった古典の英訳や評伝、エッセイなどの著訳書、編著をたくさん残した日本文学研究の第一人者であり、また東日本大震災後に日本国籍を取得され、日本人に勇気を与えてくれた人でもありました。以前、キーンさんの半生を取り上げた特集番組が NHK で放映されたことがあって、感銘を受けたことなんかも思い出していました。

 キーンさんの訃報のあと地元紙に掲載された追悼記事に、個人的にはすこぶる興味深いことが書いてあったので、ここでもすこしばかり引用しておきます(書き手は静岡県立美術館名誉館長の芳賀徹氏、いつものことだが下線強調は引用者)。
[松尾芭蕉の「涼しさを我宿にしてねまる也」という一句について]… これをキーン氏はどう訳しているか、ふと興味をもって調べてみると、なんと "Making the coolness / My own dwelling' I lie / Completely at ease"。従来の訳の感嘆詞「おお」や「ああ」などの思い入れを一切排して、思いっきり即物的な平淡な直訳である。これでこそ「涼しさ」そのものをわが宿にして、その中に入りこんでほっとする、という私のとりたい解釈に一致し、芭蕉の感覚と想像力の意外なほどの斬新さが浮かび上がってくる。
 前にも書いたことの二番煎じで申し訳ないですけど、著名な仏文学者で名翻訳家だった生田耕作氏が、「わたしは直訳主義です」と言い切ったという話とも、やはりつながるなあ、とひとりごちたしだい。

 ただしここで言う「直訳主義」とはいわゆる字面をなぞっただけの、日本語として読むに堪えない拙劣な翻訳とはまるで似て非なるもの、まったくの別物なんである。こういう芸当ができる翻訳者というのはそれこそ何十年にひとり、いや百年にひとりとか、そういう突き抜けたレヴェルの人だけに可能な名人芸と言ったほうがいい。ようするにそれだけ「読み」が、「解釈」が深い、ということです。

2).… で、こちらは備忘録代わりのいつものヨタ話的ななにか、になってしまうのだけれども … 先月、地元紙に掲載された静岡県立大学の英語の入試問題。この時期恒例で、けっしてヒマじゃないのについつい目を走らせてしまったら、最初の出題文がいきなり気になった。

 出典はコレなんですが、内容のあまりの偏りっぷりに、昔、読んだ翻訳学習書に出ていた例文をつい思い出していた('The car kept off on to the shoulder'、「オレの車は路肩へ路肩へ切れてしかたなかったよ」)。ようは「経済における globalism と、政治や国家がらみの globalism とは相容れないもの」ということが言いたいことのようなんですが … 19 世紀英国の政治家で実業家のリチャード・コブデンを引き合いに出したりして「正論」ぶりをさかんに(?)アピールしてはいるんですが、だいいち「自由貿易のグローバリズムは善、それを押さえつけ、制限する国際機関や国家の覇権主義的グローバリズムは悪」と、コブデンの主義主張の受け売り的なよくわかんない主張をさんざん展開したあげく、「経済のグローバリズムは富をもたらすが、政治のグローバリズムは貧困をもたらす(Economic globalism brings wealth. Political globalism brings poverty.)」という結論の出題箇所に行き着く。

 これ書いたのは「キリスト教右派」と呼ばれる「福音派」の米国人ではなくて、なんとウィーンに本拠を置く NPO 研究機関の人。経済学はハナから門外漢だが、いわゆるウィーン学派に端を発する「新自由主義」にどっぷり染まった人がそろっている組織らしい。ええっと、globalism の定義云々、という前に、なんで自由貿易を含む「自由な[a.k.a. 野放図な]」経済活動がすべてよくて、それを阻害するものはみんなダメなのか、そのリクツがわからん。コラムでは EU に世界銀行、IMF、WTO といった「国際規制機関」が槍玉に挙げられているが、どういうわけか(?)WHO まで俎上にのせられていた。なんでも「WHO の政治的グローバリストらは、肉は食べるべきではない、次世代のために肉食にどのような制限が課せられるか、といった報告書を発表して毎日を過ごしている。政治的グローバリストらは新規枠組みをつきつぎと投入しては、気候変動対策の名のもとに貧困層の生活コストを押し上げている」のだそうだ。いずれにせよ、この書き手は「経済活動放任至上主義者」であり、さんざん叩いている国どうしの関係におけるグローバリズムと、企業の国境を越えた自由な商取引とのあいだに相関関係はまるでナシ、と頭から決めてかかって疑わない人らしい。もし、そんな放任を許せばいつぞやのリーマン危機みたいな大恐慌になりかねない。そうならないために世界銀行とか IMF、各国の中央現行とかがあるわけで、と素人は考えるのだが、これって的外れなんだろうか。

 もっともつづく設問のこちらの記事はむしろよい素材というか、おお〜、なるほど! みたいな発見がありましておもしろかった。もっとも入試問題なので、おもしろいだの偏ってるだのはいっこうカンケイないのだろうけれども、余力があればこんなふうにオリジナルの原文とじっくり向き合うことは、けっしてムダにはならないと思う。長文の余談失礼。

posted by Curragh at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | おくやみ

2019年02月20日

「普通」であることの偉大さ

 航海、じゃなかった、公開中のこの映画作品を先月と今月、それぞれ一回ずつ観てきました。

 はじめに断っておくと、この手の作品 −− アニメ映画 −− は、やはり観る人を選ぶファクターが「実写映画」よりつよいように感じる。以前、ここでも書いた『あなたへ』が遺作になってしまった故高倉健さん自身、監督の「映画を観てもわからない人はいる。わかる人だけわかればいい」という発言を引用されていたこととも通底する。いまひとつは作品の理解、解釈の深さというのはとどのつまり、観る側がいままで蓄積してきた経験なり背景知識なり人生観なりがストレートに反映される、ということ。ひと口にアニメ作品と言ってもピンキリ、イロイロあるのにもかかわらず、なーんだアニメかくだらん、と切り捨てる向きもいるでしょう。それはそれでいい。でもアニメについて識者が語っていた TV 番組で、「観る人の世界観を変えてくれる作品がよいアニメ作品」のような趣旨の発言をしていた人がいまして、この点は不肖ワタシもまったく同意見。というわけで、ワタシが見るかぎり、このアニメ作品(TV シリーズ 26 話と映画作品)は、まさしく「観る人の世界観を変えてくれる作品」だと思う。

 映画版『ラブライブ! サンシャイン!!』のストーリーは TV シリーズ最終話のつづき、として始まるけれども、公式サイトにあるように冒頭場面ははっちゃけたミュージカル仕立て。観光 PV として切り取って使える構成で、いわゆるアヴァンタイトルというやつ。このシリーズの特徴でもある楽曲の冴えもあいかわらずで、たとえ TV シリーズ本編を観ていなくてもここでいっきに作品の舞台世界に引き込まれる仕掛けになっている。

 2回観ても、本編 100 分の物語の展開は TV シリーズと遜色ないと感じました。主人公の高海千歌持ち前の強引さ(?)に、気づいたら自分も『サンシャイン!!』のパラレルワールドな内浦や沼津に引きずりこまれてしまった感もなくなくはないですわ、というのが正直なところではあるけれど、一部で見かけた「ストーリー展開が … 」みたいなことはあまり感じなかった。おそらくこれは、なにかとユング心理学的、キャンベルの比較神話学的思想にどっぷり浸っているがゆえに勝手に感激しているだけなのかもしれないし、逆にそういう感想を持つ向きというのは、「非日常の体験」をどこか期待しているがゆえに展開になんとなくハリがないというか、事件性がないというか、そんなふうに思われてしまったのかもしれない。

 じつは2回目の鑑賞というのが、このシリーズの監督である酒井和男氏、劇伴担当の作曲家・加藤達也氏、そしてシリーズの撮影監督の杉山大樹氏のお三方によるトークイベント付き、というのも理由のひとつ。先行販売当夜、なかなかつながらない映画館サイトにイラつきながらもからくも席をとることができて映画館へ。じつは2回目の鑑賞のほうがトシがいもなく泣いてしまったのではあるが(杉花粉症というのもある)、酒井監督をはじめとするゲストのお話を伺って、ああ、自分が思っていたことはあながち的外れではなかった、ということは再確認したしだい(→ スタッフトークイベントについてもっと知りたい方はこちらの記事をどうぞ)。

 ワタシが酒井監督のお話でとくに感激したのは、「変化していくこの街の風景を作品に残す」という趣旨の発言。映画パンフを買われた方はすでにご存じだと思うが、酒井監督は「3年生が卒業していっても、彼女たちの内浦での日常は変わりません。映画だからっていきなり怪獣が出てくるわけでも、なにするわけでもありません」と書いている。このシリーズはいかにも昭和テイストなスポ根ものの学園ドラマなんかじゃない(「ラブライブは … 遊びじゃない!」by 理亞&ルビィ)。そうではないずら! ここで描かれているのは「変化を受け入れ、肯定し、世界ではなく自分がどう変われるのか」であり、奥駿河湾に面した地区に住む女子高生の日常を描いているようでじ・つ・は、普遍的かつ壮大な視野の世界観を持った作品なのだ。たとえばイタリア滞在中、3年生が抜けて6人となって「再出発」した Aqours について、千歌が松浦果南に率直な不安を打ち明ける場面。そこで果南は千歌の胸に人差し指を当てて、
でも、気持ちはずっとここにあるよ。鞠莉の気持ち、ダイヤの気持ち、わたしの気持ちも、変わらず、ずっと。
と返す。そのとき、千歌のなかでなにかが変わった。古い世界が終わり、新しい地平が垣間見えた瞬間、「エピファニー」の瞬間が訪れる −− 「なんか、ちょっとだけ見えた。見えた気がする!」。後半、浦の星女学院を再訪した Aqours メンバーに対し、千歌は
大丈夫、なくならないよ!  −−浦の星も、この校舎も、グラウンドも、図書室も、屋上も、部室も、海も、砂浜も、バス停も、太陽も、船も、空も、山も、街も。
と語りかける。彼女たちが「変化する現実をすべて受け入れ、肯定し、新しく出発する」ことが、みごとに表現されていると思う。このシークエンスはたとえばキャンベルの「《いまここ》の次元で永遠を経験しないかぎり、他のどんなところでも永遠は経験できない」という発言ともリンクする。この作品に込められた、いわばメタ・メッセージにどれだけビビっとくるかどうかで、観る側の作品理解も当然、変わってくる。

 酒井監督の話を聞いたとき、すぐさま脳裡をよぎったのはジェイムズ・ジョイスが『ユリシーズ』について言ったこと −−「たとえダブリンが滅んでも、『ユリシーズ』があれば再現できる」と語ったという話だった。もちろんリクツは抜きに、もうひとつの主役と言うべき劇伴も含めた音楽が、またいい。そういえば昨年、「今日は一日『ラブライブ!』三昧」を最初から最後までずっと聴いてたんですけど、劇伴以外の挿入歌すべてに詞をつけた畑亜貴さんの歌詞のすばらしさにほんとうにシビれた。なるほど、おっさんでさえこうなんだから、若い人がハマってもなんの不思議はないな、とひとりごちた。この作品にかぎって言えば、音楽はアニソンというジャンルを完全に超越しており、作品と不可分の重要な存在だ(そうです!)。

 今回はもうひとつ「Aqours 3年生組の逃走の舞台」として、これまたうれしいことに小学生時分、美術図鑑でダ・ヴィンチ絵画に親しんでいたあのフィレンツェが出てきた。美術館のシーンとかはなかったけれども(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂と、その真ん前に建つサン・ジョヴァンニ洗礼堂は出てきた)、あいかわらず精緻な描画で、しかもスクリーンに大写しされるしテンポのよい楽曲はかかるしでこういう演出も最高でしたね。

 撮影監督の杉山氏のお話ではラストの三津[みと]海水浴場の波打ち際に打ち寄せる波の場面、あれが超絶たいへんだった、というのも門外漢からすればすこぶる興味深かった。じっさいには4分弱の長さしかないのに、「レンダリングに1,400時間かかった」という !! ここにも本気度というか、職人気質を感じる。まさしく「神は細部に宿る」ですな。ラクーン屋上庭園での夢の競演のときに香貫山からさっと差す曙光の描写もすばらしい。「神は細部に宿る」ついでに、冒頭部の「僕らの走ってきた道は … 」のメンバーが「びゅうお」とか商店街でダンスするシークエンス、あれよくよく見たらジェスチャーで LoveLive Sunshine[黒澤姉妹が sunshine の S と S を宙に描いている] って書いている振付なんですね、芸が細かい! 

 ラストシーンがらみではよその舞台挨拶で、酒井監督みずから「声のみで姿の見えない女の子ふたりの意味」について語っていたそうですが、小説の結末シーンにはなにげない風景描写で思わせぶりにしずかに終わる、というのが多いように、観る側めいめいが自由に創造の羽を広げておけばよいと思うし、こういう終わり方のほうがこの手の物語のエンディングにはふさわしいとも思う。

 また、『サンシャイン!!』26話 + 映画版「Over the Rainbow」を観てはじめて思い至ったのは、あれほど千歌が否定的に考えていた「普通」ということの大切さというか、人間が生きるうえでなにがもっとも大切か、ということもこの作品は訴えているのかも、ということだった −−「マズっ! このままじゃほんとうにこのままだぞ! 普通星人を通り越して、普通怪獣ちかちーになっちゃう〜って、ガオーッ!!」。だから、映画版を観る前までは「普通怪獣」がほんものの怪獣、持って生まれた潜在能力をぞんぶんに発揮し、輝くというイメージでとらえていたが、けっきょく怪獣に変身するまでもないのだ。その証拠に、すでに TV 版で同級生の桜内梨子が千歌にこう語りかけている。
「自分のことを普通だって思っている人が、あきらめずに挑みつづける。それができるってすごいことよ。すごい勇気が必要だと思う」

「普通」をつづけていける、というのは、よく考えてみればじつに非凡な才能を要求されることでもある。だから、高海千歌は、「普通」のままでいっこう問題ないのだな、と。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

付記:この前、地元紙の「社説」に、なんとこの劇場版『サンシャイン!!』が取り上げられてまして、「人気を一過性で終わらせてはもったいない」と書いてありました。で、その社説に、
できることなら、劇場版に登場する印象的なシーンを、声優によるユニットで実現させられないか。
なんてことまで書いてあっておお、この前ワタシがここで書いたこととおなじじゃん、なんて思ったんですけど(「人気を一過性で終わらせてはもったいない」ということ)、これってひょっとしたら南口ロータリーのライヴ場面のことなのかなん? さすがにあの大通りを全面通行止めにするのはムリだと思うけど、「よさこい東海道」のときみたいに駅前のタクシープールの空間を利用してステージ設置してライヴ、ということならじゅうぶん可能かとも思ったし、そんなワタシも「Next SPARKLING !!」のライヴをこの目でぜひ見たいと願っているひとりではある(3人ずつのユニット単位での出演でもかまわない)。「ご当地アイドル」も活躍しているので、いっそのこと Aqours + Saint Snow + Orange Port のジョイントライヴで Hop? Stop? Nonstop! 

@〜C 燦々沼津大使続投決定❣️ 今年もよろしくお願いします、それと逢田さんがはやくインフルエンザから快復されますように
D 千本浜からマジックアワー
#燦々沼津大使 #直筆絵馬 #燦々絵馬ギャラリー #伊波杏樹 #逢田梨香子 #鈴木愛奈 #斎藤朱夏 #Aqours #沼津あげつち商店街 #布澤呉服店 #マルサンホビー #ロットン #紳士服ノーブル #numa_1 #沼津千本浜 #沼津千本浜海岸 #lovelivesunshinetheschoolidolmovieovertherainbow #afterglow #shizuokaprefecture


2019年02月12日

「直訳」でさえない訳がオンエアされた話

 たまには珍しく? 即時ツイートもどきの感想をすこしだけ。つまり、それだけひじょーに気になってしまった、ということです。

 いまさっき午前の仕事を終えてお昼ごはん食べつつ某民間テレビ局の午後のワイドショーをながら視聴していたんですが、取り上げられていたのが大坂なおみ選手とドイツ人コーチのサーシャ・バイン氏との突然の「決別」の話題。で、なんとはなしに見ていたら、いきなりちょっと待ったぁ〜っ、とヒゲじいよろしく言いたくなってしまった。番組ではその「コーチ契約解消(→ NYT の関連記事)」をしごくかんたんに、いやはっきり言ってすごくあっさりと告知する内容の大坂選手のツイートが全文、紹介されてまして、
Hey everyone, I will no longer be working together with Sascha. I thank him for his work and wish him all the best in the future.
で、下線部の訳が、「彼の将来が最高であることを祈っています」みたいになっていたことです。

 'all the best' というのは手紙、というかいまじゃメールのほうがふつうですけど、文末に添える決まり文句のひとつで、「ごきげんよう」ほどの意味。つまり紋切り型というかあまりご丁寧な表現でもないし、ましてや「将来が最高であるように」と心から願う意味でもない。「ハイ、みんな。わたし、もうサーシャとは仕事をしない。これまで彼がしてくれた仕事に感謝。そして今後の成功を祈ってる」くらいの、わりとサバサバした気持ちだと思うぞ。もっともたった3行とはいえ、この文面をしぼり出すのにえらく時間をかけて考えて考え抜いて … というのもあったかもしれないが、すくなくともこの文面はこうとしか読めません。

 さらにそのサーシャ氏の返事のツイートまで紹介されてたんですが、こちらのほうがさらに問題大ありでして、
Thank you Naomi ゴメン/お願い I wish you nothing but the best as well. What a ride that was. Thank you for letting me be part of this.
下線部の訳がなんと「なにも言うことはない」ですと !!! 口に含んだお茶をぶちまけそうになってしまった。「ありがとう、なおみ。ぼくからもきみの成功を祈っている、それだけだ。なんてすばらしい時間だったろう。その時間を共有できて感謝している」くらいでしょう['what a ride'は、ジェットコースターとかワクワクする楽しい経験をしたときに使う colloquial な表現]。

 さすがにこの悪訳? には黙っていられなかったか、進行役のひとりの安藤優子さんも「それはちょっとちがう」と異議を唱えていたけれどもけっきょくムニャムニャという感じになっていたところに、さらに大きなニュースがいろいろ飛びこんだ関係上、それっきりに。… いつもこういう話を見聞きするたびに思うんですけど、これってチェックする人ってだれもいないんだろうか。ええいままよ、なんていう言い方は古いが、テキトーにやっつけて本番でタレ流すってどうなのって。安藤さんみたいな英語が堪能な方だって現場にいるのだから、チェックくらいしてもらえばいいのに。

 さらにムッときたのは局アナの人かな、安藤さんに「それちがうよ」と指摘されたとき、「ま、いちおう直訳するとこんなふうに … 」なんてのたまっていたこと。こういう方には、高名な仏文学者で名翻訳家だった生田耕作氏が「わたしは直訳主義です」と言い切った話とか語って聞かせてもナントカの耳に念仏ぶつぶつでしょうな。'nothing but ...(… するのみ / … するだけ) ' も見えてない訳なんて直訳でさえない。直訳でさえないものをポンと全国ネットで紹介するなんてツイートしたご本人に対しても失礼、ですわ〜(黒澤ダイヤふうに)。これ以上、くどくどこぼしてもただのボヤきにしかならないからもうやめますけど、もうすこしなんとかなりませんかねぇ、と「深き淵よりの嘆息」。

 … それにしても池江璃花子選手の白血病の発表にはほんとうに驚かされた。いまは治療に専念されて、元気に復帰されるようにと祈るばかりです。

posted by Curragh at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳の余白に

2019年01月28日

センター試験問題 ⇒ 北川民次の慧眼

1).今年もまたセンター試験の季節がやってきました。… とはいえいま自分の仕事とかヤボ用とかいろいろ立てこんでおり、英語の試験問題にはまだろくに目を通してない。でも「国語」の試験問題の現代文に、なんと「翻訳」ものの評論からの抜粋から出題されていたのにはいささかびっくり。興味を惹かれた門外漢は手許の資料だの参考文献だのをいったん「積ん読」して(この件については後述)、さっそく問題文を読み、設問を解いてみた(… とはいえ巻頭からいきなりの「誤字訂正」とは、いったいどうなってんだか)。

 今年の国語の出題文は、言わずと知れたロシア文学者で、2013 年度に放送されたラジオ講座「英語で読む村上春樹」の講師でもあった沼野充義先生が書いた『翻訳をめぐる七つの非実践的な断章』から。「僕は普段からあまり一貫した思想とか定見を持たない、いい加減な人間なので、翻訳について考える場合にも、そのときの気分によって二つの対極的な考え方の間を揺れ動くことになる」という、なんともユーモラスな書き出し。そのすこし先にはラブレーとともに、ジェイムズ・ジョイスの名前まで挙げられている! 名翻訳家の青山南先生の名前も見える。

 いちおう「評論」というカテゴリになるようだけど、文芸翻訳の仕事とはどういうものか、その体験談というか翻訳のウラ話的な楽しいエッセイと言ったほうが近い気がした( → ご本人もそうおっしゃている )。だから今回、試験問題としてなかば強制的かつ時間に追われながらの「読解」に終わった受験生のみなさんで、「おー、なんかおもしろそう!」と、Aqours の高海千歌のような気分になったらぜひ図書館から借りるか、買ってみるといいと思う。べつに厳密な解釈を要求される翻訳者の視点で読むわけじゃなし、この評論文にもあるように「普通の読者はもちろん言語哲学について考えるために、翻訳小説を読むわけではない」から、ソファにでもゴロンと転がって純粋に楽しんで読めばいい。

 え、問題はどうなのかって? 問5がちょっとヒッカケ? ぽい設問だったけれどももちろん正しく解答できました(問5の、「… 考えてみれば私たちは父親にそんな言い方['I love you.' に相当する言語表現]」をしないし、結局そこにも文化の差があるってことかな」というのは … 原文のどのへんを指して言っているのだろうか)。

 … でもあいかわらずこれシドいな、と毎度思うのが、「世界史B」。なんでこう、前後脈略見境いっさいなしな設問のオンパレードなのか。たとえば第1問の問題文「ロンドンのウェストミンスターには、国会議事堂をはじめとする歴史的建造物があり、それらはユネスコの世界遺産に登録されている。… 」ってあります。で、上の「下線部について述べた文として正しいもの」を四択で選べってあるんですが、その選択肢が
@ ヴェルサイユ宮殿は、フランソワ1世によって建てられた。
A スレイマン=モスクは、タブリーズに建てられた。
B アンコール=ワットは、クメール人によって建てられた。
C アルハンブラ宮殿は、セルジューク朝によって建てられた。

 正解は B ですけど、これってどこが「下線部について述べた文として正しいもの」なんでしょうかね ??? そういえば昔、英語の大学入試問題がヒドいって批評書いたら「そんなの正答以外はみんな不正解に決まっとるだろ!」ガシャン !! って電話を切られたっていう、笑うに笑えない話を読んだことがあります。

 いずれ現行のセンター試験も廃止されるみたいですが、すくなくともこんなワケワカラン設問を解くのは時間のムダじゃないかって思います。いっそのこと大学入学は小論と面接だけでいいのでは、とさえ思う。そ・の・か・わ・り、卒業が超絶むずかしいシステムにすればいい。こんなこと書くと何年か前だったら「欧米か!」とツッこまれるところですが、だってそう思いませんか。昔もいまも、この国の若人はたいてい、大学入試時点が学力のピークなんですぞ(もちろん、なにごとにも例外はある)。もうかれこれ 30 年以上も前から、サークルだのなんだのに明け暮れろくに講義に出席もしない学生と、それを許している大学双方を揶揄して、「大学のレジャーランド化」と言われてたんですから。いまや超がつくほどの少子高齢化、大学側もとくに「費用対効果」が薄いとして切り捨てられる傾向がある文系学部を中心に統廃合が加速して、いまの大学には 30 数年前では考えもおよばなかった危機感があるとは思います。あるとは思うが、「世界史」の設問なんか見てますと、なんかこう、いまだ十年一日(ジュウネンイチニチじゃないよ)の感ありです。

2).そんな慨嘆にたえない先週末、たまたま「日曜美術館」を見てたら静岡県出身の反骨の画家、北川民次のことを取り上げてました。で、その北川は最晩年、『夏の宿題』という作品を描いています。ワタシみたいなのが御託を並べるより、作品を観ればたちまち会得されるはず。この作品が描かれたのは大阪万博の開催された 1970 年。あれから約半世紀後のいま、北川の警句はますます大きく響いてくる気がしますね。ちなみに子どもの手許に広げられた紙の上には、こう書いてあります−−「シュクダイがないと子どもは 何を考えていいか分からなくなるとラヂオの先生がいいました。ナニが私たちをこんなにしたのでしょうか」。この国の教育の宿痾を、端的に喝破した至言だと思いませんか? 

3).先日、兼高かおるさんが逝去された。兼高さん、とくると、往年の名番組、「兼高かおる世界の旅」に、小学生だったワタシは日曜の朝、わけもわからず見ていた「時事放談」につづいてこの番組をなによりも楽しみにしていたものだ。ツタンカーメン王の墓の玄室とかギザの三大ピラミッドとか、ルーヴル美術館や見たことも聞いたこともない南の海の島とか、とにかく地球上のいろいろな場所をあの decent な調子で紹介していたのがついきのうのことのように思い出されます。いつだったか兼高さんの著書を読んだ折、フィゲラスのサルバドール・ダリの邸宅を訪問したときの話とかが興味深かった。「そのピンと立った口ヒゲは、どういう意味がありますの?」とダリ本人に訊いたら、「これは宇宙からの信号をキャッチするアンテナじゃ!」みたいなこたえが返ってきた。「口ヒゲは、どういうものを使って固めてらっしゃるの?」と訊いたら、「シュガー」とこたえたんだそうな。

 そんなダリもいまからちょうど 30 年前、日本では平成元年の 1月 23 日に亡くなっている。そのとき買った Time の死亡記事タイトルはたしか 'Bewilderment of Perplexity' だったように思う。またおなじく兼高さんの著書にはシュヴァイツァー博士のランバレネの病院を訪問したときのことも出てきて、「ここだけ時代に取り残されているように見えた」といった記述の記憶がある。当時、シュヴァイツァーはいわゆる「シュヴァイツァー批判」にさらされ、日本の教科書からも彼の名前がいっとき消えたりした時期があった。まだ若かった兼高さんには、あの病棟は「過去の栄光」のように見えていたのかもしれない。そんなシュヴァイツァー博士の名言として、先日、地元ラジオの朝のローカル番組でこんなことばが紹介されてました。
世界中どこであろうと、振り返ればあなたを必要とする人がいる('Wherever a man turns he can find someone who needs him.')

 馬齢ばかり重ねてきた感ありの門外漢も、かくありたいと思うのでありました。合掌。

 でもって最初の「積ん読」にもどりますが、この前、ある米国人女性版画家を紹介する Web サイトを見てたら、'currently-reading pile' なる表現にお目にかかりました … なるほどこういう言い方もあるのかと、感心したしだいです。

posted by Curragh at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳の余白に

2018年12月31日

fake news と「ワルツ王」と

 早いものでもう2018年の大晦日ですよ。… 昨年、個人的にすこし異動があって労働時間が短くなりまして、職場環境が変わったのを機になかばフリーの文筆業みたいなことを始めました。もちろん翻訳も。金銭的にも実力的にもまだまだだと痛感はしているものの、それでも今年になってからわりと仕事が切れずに入りはじめたりと、軌道に乗っているとは恥ずかしながら言える状態じゃないけれども、昨年よりは進歩したのかな、という感じ。じつは電子書籍の個人出版にも興味があり、折よく(?)書きたいテーマも持っていることだし来年はそういうものにも果敢に挑戦してもいいかな、などと妄想だけはたくましくしている、今日このごろ。

 で、とあるクラシック音楽関連サイトに寄稿している記事の調べものとして図書館から借りたこちらの本。「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世を中心とした音楽一家のシュトラウスファミリーのことを書いた伝記もののノンフィクションなんですが、これが読み始めたらじつにおもしろい。だいたいクラシック関連の翻訳本ってその道の専門家が訳す場合がほとんどで、翻訳専業の人が訳した本は半分もないんじゃないかと思う。1987 年に刊行されたずいぶん古い本ではあるけれど、内容といい、ウィンナワルツ好きにはたまらない一冊だと自信をもってお薦めしたい本です。

 で、開巻早々、シュトラウス一族の先祖にはユダヤ系が含まれているのは公然の秘密なのにもかかわらず、「その遺産を狙っているユダヤ人の連中は、彼の現世の子孫の幾人かに今や屈辱的な生活をさせようと細工している」などと書き立てた、当時のナチス政権の息のかかった反ユダヤ主義の新聞に掲載されたこの広告について書き出されています。ようするにさすがのナチスもシュトラウス一族の音楽は「第三帝国のラジオとコンサートのレパートリーに欠くことができなかった」から、弾圧するわけにもいかなかった、ということらしい。この記述を見て、当たり前のことながら捏造記事、つまりインチキイカサマペテン記事というのはいつの時代も、どこの国でも地域でも存在していた、という単純な事実をあらためて確認したしだい。

 この伝記本にはほかにも『フモリスト』というウィーン(ほんとうはヴィーンと表記したいのだが、ここは訳書表記に統一)の雑誌のシュトラウス2世関連記事にも虚報があったり、シュトラウス2世の最初の伝記を著したルートヴィヒ・アイゼンベルクによる、シュトラウス2世の傑作オペレッタ『こうもり(1874)』ウィーン初演回数の「不正確な、誤解を招く記述」とかも紹介しています。シュトラウス2世をはじめ、父ヨハン・シュトラウス1世、ヨーゼフとエドゥアルトのふたりの弟など、じつはバッハ一族にも負けないくらいの音楽家一族でもあったシュトラウス一家についてはまったくと言ってよいほど無知だったので、今回はなんだか得した気分でもありました。

 シュトラウスファミリーのいままでの個人的イメージは、ウィンナワルツやポルカといったダンス音楽作品をたくさん書き、また『ラデツキー行進曲』など、お正月気分を盛り上げてくれる「軽い」音楽を書いた人たち、くらいの印象しかなかった。でもじっさいには「ワルツ王」シュトラウス2世はヨハネス・ブラームスやリヒャルト・ヴァーグナー、リヒャルト・シュトラウス、名指揮者アルトゥール・ニキシュに、ロシアの作曲家でピアニストのアントン・ルビンシテインなど、錚々たる面々から賛辞を贈られるほどの大物音楽家のひとりであり、地元ウィーン社交界のみならず、当時のヨーロッパ大陸ではその名を知らぬ者はいないほどの超有名人だった。その名声は米国にも届き、自前の管弦楽団を引き連れて驚くべき長距離移動と長期間の公演を行ったりと、移動手段も限られていた当時のことを考えると超人と言ってよいくらいの活躍ぶり。それと、ベートーヴェンの『第九』で有名な、シラーの「歓喜に寄す歌」を引用したワルツ『抱き合え、汝ら百万の友よ』なる作品まであるんですね〜。末の弟のエドゥアルトは晩年、人間不信(?)のようなところがあり、反対を振り切って貴重な遺産でもある兄たちの作品を含むシュトラウス管弦楽団の膨大なレパートリーの楽譜類を大量に溶鉱炉にくべちゃったとか。現場に居合わせた工場従業員の証言によれば、「オリジナルな草稿や未出版の作品を含む楽譜の山が燃え尽きるのに、午後の2時から夜の7時までかかった」という! 

 そんなシュトラウス2世、意外や意外に書かれた作品と相反して(?)内省的かつおカネにうるさい人だったようで、とくに晩年は心気症要因と思われるさまざまな病気にも罹っている。典型的な夜型で、「嵐の夜には、いちばん美しい夏の夜の二倍も」作曲ができると書いた手紙も残っています(ちなみに晩年、別荘テラスで作曲中のシュトラウス2世を撮影した写真とか見ると、いわゆる立ち机で立ったまま仕事をしていたみたいです。腰にはよいかもね!)。「死」というものを病的に嫌い、なんと自分の親をはじめ、夭折した弟ヨーゼフの葬儀にさえ出席を拒否したとか、ヨーロッパ中の聴衆を踊らせてきた作品を書いた張本人がまったくワルツが踊れなかったりと、とにかくはじめて知ることのオンパレードです。癇癪持ちでもあり、精神分析的に見ると扱いづらさという点では大バッハといい勝負かも。

 そんな欠点もいろいろ持ち合わせているシュトラウス2世ですが、ベルリンの劇場主が贈ったという墓碑銘が心を打ちます。
50年の間、ヨハン・シュトラウスは、姿こそ見せなくとも、文明世界のほとんどすべての娯楽施設の現場にいた。幸福な人々がのびのびと楽しみを求めるところには、必ずヨハン・シュトラウスの霊がかたわらにいた。彼の作品が世界に貢献した幸福と享楽の量をはかれるとしたら、ヨハン・シュトラウスは今世紀最大の恩人の一人と見てよいだろう。

 というわけなので、もうすぐ始まる新年恒例のウィーンフィルのニューイヤーコンサートは、例年にも増して心して耳を傾けようかと思っています。

 この本を一読して思ったこと。それは冒頭にも挙げたように、この本の著者ピーター・ケンプという英国人がシュトラウス一家にかんする文献資料を渉猟して、かつての伝記作家の誤記ないし不注意なども丹念に拾いだし、訳者先生のことばを借りれば「正統的な証拠集めによって再検討」して本を書いたこと。これ、いやしくもモノ書き稼業の人間にとってはもっとも大事なことなんじゃないでしょうか。どうも最近、トマ・ピケティの『21世紀の資本』に出てくる r>gなる不等式の話じゃないけど、米国はじめ世界中の主要な国々のトップがそろいもそろってナチスドイツ、いやそれ以前の社会にまで時計の針をもどそうもどそうとしているのがひじょーに気になる一年でもありました。そしてもちろん、クラカタウ火山崩壊による突然の津波という悲劇や米国カリフォルニア州の大規模森林火災、北海道や大阪北部の地震に西日本を襲った豪雨災害など、2018年の戌年は地球温暖化の影響によると考えざるを得ない前例のない風水害も世界各地で多く発生した一年でもありました。

 ワタシは基本的に「個人がめいめいを救う努力をつづけていれば結果的に世界も救うことにつながる」と信じている派ですが、環境問題についてはこれはもう「意識」を変える以外にない。すべてはそこからかな、と思います。今年もこのとりとめのないブログをお読みいただき、妄評多謝。最後にウィーン少年合唱団による、『美しく青きドナウ』をどうぞ。




本の評価:るんるんるんるんるんるんるんるん
posted by Curragh at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本

2018年11月18日

Sailing to the Sunshine !! 

 きのうと本日は Aqours のライヴだそうで、図書館で調べものを終えて駅南口に向かったら(途中、この時期恒例の Beaujolais-Village Primeur を買ったけど)、ちょうど折よく(?)、ラッピングタクシーがずらり勢ぞろいしてました。

 4回目となる今回のライヴのタイトルはずばり "Sailing to the Sunshine" でして、なんとふさわしいタイトルかと勝手に感じ入っていた。
Ascendit sanctus Brendanus in navim. Extensis velis coeperunt navigare contra solstitium aestivale.

聖ブレンダンは舟に乗りこみ、一行は帆を揚げて、夏至の太陽に向かって船出した[ちなみにこれを Google 先生に英訳させたら 'St. Brendan up on the boat. Stretching to do after the summer solstice and began to sail against the waning Summer.' と、けっこういい感じに仕上がって出力されたのにはちょっとビビりました。ラテン語の 'contra solstitium aestivale' というくだりは直訳すれば 'against the summer solstice' 。引用したのは『聖ブレンダンの航海』最新の校訂版となるオルランディ版から]。

 ようするに5世紀のアイルランド人修道院長ブレンダンたちが夏至の太陽へ向かって、つまりほぼ真北に南中する太陽を目印にして船出したように、Aqours 声優さんたちによるライヴもまた、おなじ太陽、もっと言えば輝き(radiance)に向かって船出した、ということになる。

 不肖ワタシは自分の住む街が思いがけずこの作品の主要な舞台となり、かつこの作品を自分なりにしっかり見てきたひとりとして思うところを以下、書き出してみたい。というか、言わずにはおれなかった、というのが本音ではある。

1). アニメ作品『ラブライブ! サンシャイン !! 』1期放映を見たのは前にも書いたとおり、昨年夏の Eテレでの全話再放映からで、遅くやってきたという感じではあるが、ちょうど昨年あたりから明らかに街のようすが変わってきた。市広報紙で特集を組んだり、「街歩きスタンプ」設置店舗が急増したり。そもそもこの作品に興味を持ったのもその市の広報の特集を読んだからで、だから再放映を知ったとき、「特集を組むほどの作品ならば、なら見てみますか」というごく軽い気持ちからだった。

 … あれからはや一年、「寝そべり」を月見団子よろしく積み上げた店がずいぶんと多くなり、関連イベントも開催されるようになったし、駅前のコラボカフェを訪れる人もずいぶんと増えた。もちろん内浦地区を散策する人も目に見えて増え、シリーズ2期の放映が開始されるとその数はますます増えていった。

 市民のなかには白眼視する向きも少なくない、というような話も聞くけれども、すくなくともワタシが見るかぎりでは聖地巡礼のお客さんと地元民とのあいだの関係は表立ってよくない、なんてことはまったくないと思う。一部、心ない茶々ないし作品ファンに対するクレームをネット上で見かけるが、個人的には悪い印象、というのは皆無(もっとも駅前に三脚を立てたりバスターミナルのベンチを荷物で占領するといったことはたまさか見かけるが)。むしろこの作品の放映が始まったおかげで市中心部の治安が改善された印象のほうがつよい。商店街も、Aqours メンバー9人のフラッグや横断幕、タペストリーなんかが整然と掲げられ、それだけでも街全体の雰囲気がずいぶん明るく、華やかになった。そしてクラウドファンディングの資金で製作・設置されたカラーマンホール蓋。はじめてあれを目にしたときはアートワークとしての出来のよさにほんとうに驚いたものだ。

 聖地巡礼にやってくる人を十把ひとからげに「オタク」だ、とのたまうのもどうかと思う。ワタシの見聞したかぎりでは、ワタシのようにアニメなんぞにまるで興味がなかった人がこの作品にハマった、という事例のほうが大多数でして、こういう人たちまでいかにもダゲレオタイプならぬステレオタイプに「アニメオタク」と揶揄するような発言はよろしくないし、だいいち失礼だ。彼ら / 彼女らは観光客でもある。もしワタシがこの作品に対してなんの興味もないままだったとしても、数年前までの駅前と商店街のさびれた状況を知っている者としては、このにぎわいはありがたい、という気持ちのほうが勝ると思う。アニメだろうとなんだろうと、「よいものはよい」という主義なので、こういう偏見ははっきり言って理解不能。はるばるドイツからやって来てくれたお客さんに向かってそんなこと言えますか。

2). もし、『ラブライブ! サンシャイン !! 』が一部ネット上で叩かれているような低俗な作品だったら、ではなぜ十代、二十代のみならず、幼い子どもを持つ若い夫婦といった社会人までこの作品のファン層が幅広いのか、説明がつかない。「メディアミックス展開だから」という意見もあるかもしれない。ゲーム、声優さんたちによるリアルな Aqours、アニメに登場する挿入歌などの楽曲や「寝そべり」やフィギュアの販売も、たしかにあるとは思うし、商売に走っている感じもなくなくはない。でもそれもこれも「浦の星女学院スクールアイドル Aqours の成長と奮闘の物語」というストーリーそのものが観る者のココロに訴えないかぎり、いくらメディアミックスしたってとうていここまでの社会現象的ななにか、にはいたらないはず。なんたってこの作品がきっかけで移住する人までいるんですぞ! 何十年も鉄道高架化が遅々として進まず、2011 年の大震災以降、内浦をはじめとする沿岸地区の過疎化に拍車がかかり、街からは住民がどんどん出ていくいっぽうさびれるいっぽうだった、というのに !! これを「奇跡」と言わずしてなんと言うのか

 いいトシした大人が「寝そべり」持って歩いていたり、キャラクターをあしらったマンホール蓋のそばにフィギュア置いて写真撮影しているのが気持ち悪い? たしかに Aqours マンホールの蓋をごしごしやってる人とかはたまに見かけますよ。個人的には布の繊維くずのほうが問題だと思うので、やるんならダストブロワーでシュッとひと吹き、くらいでいいとは思ってますけど、通行人の邪魔にならないていどならばべつにいいじゃないですか。チャリンコ暴走族のほうがよっぽどコワいですよ、それにくらべたらかわいいもんですわ。5月の狩野川こいのぼりフェスティヴァルのときだって、津島善子 a.k.a. ヨハネの住む設定になっている商店街に向かって、女子高生らしきふたりの女の子がニッコニコしながら「伊勢海老」のぬいぐるみかついで走ってました。またあるとき帰りのバスを駅前で待っていたら、だしぬけに「全速前進、ヨーソロー!」と元気よくかけ声かけていた女の子もいました。たちの悪いヨッパライが管巻いている光景しか見たことのない一住民としては、こっちのほうがよっぽど精神衛生によいし、よもやこんな時代が来ようとは beyond my wildest imagination だったずら。

3). そんなふうに思ってるのってオレだけなのかな、なんてショボくれていたら、西浦地区で民宿を営んでいる方のツイート見て小躍りしたくなるくらいに、「わたしはうれしかった[英国人作曲家パリーの同名の合唱曲のパロディです]」。本日の Aqours 声優さんたちのライヴ(しかも東京ドームずら!)、なんとその方と息子さんが「参戦」するという内容だったんですけれども、「『学校で先生が見せてくれたアニメにみんなで驚いたあの日、こんな日が来るとは思わなかった』と語る、高校生になった息子と明日、東京ドームに向かいます」とあり、トシなんでつい涙腺が緩んでしまった。しゃすが本家、「みんなで叶える物語」だと感じ入ったしだいです。

 キャッチフレーズでもある「みんなで叶える物語」、ほかにもいくつか事例はあって、地元商業高校の生徒さんたちがコラボ商品の開発と販売をしたり、あとアルミ缶入りの地元産お茶飲料のパッケージに描かれた高海千歌をはじめ茶娘姿の Aqours のあのイラストも、地元の女子高校生が描いたもの。この物語は、確実にこの街を変えつつある。

4). でもさあ、『ラブライブ! サンシャイン !! 』もリアル Aqours もいずれ終わっちゃうんでしょ、先代の音ノ木坂学院スクールアイドル μ's のときのようにさ、という声がチラホラ聞こえもする、今日このごろ。「『サンシャイン !! 』は黒船だったな」といううまい表現も見かけたりしたけど、たしかに黒船なのかもしれない。でもあの作品の制作に関わった監督はじめスタッフさんたちの「本気度」はどうですか。ワタシがなによりもこの作品と Aqours が好きになったのも、ひとえにこの「本気度の高さ」。たとえば地元ゆかりの小説家、芹沢光治良氏との関連はかなり指摘されているけれども、黒澤ルビィの「ルビィ」は幼少期の芹沢氏が近所に住んでいた兄ちゃんにいつもくっついていて、それが「漢字のルビみたいだ」ということで、寺子屋の先生が芹沢氏のことを「ルビちゃん」と呼んでいたことにちなむ、とか、主人公の高海千歌の千歌も、芹沢氏の幼少時に面倒を見ていた叔父さんの奥さんの名前の「千賀」から、また小原鞠莉の鞠莉も、芹沢氏が学生時代に世話になっていた実業家の娘の名前「鞠」から、といったぐあい(以上の説は芹沢光治良記念館配布資料によるもので、「ラブライブ!」シリーズの運営元の公式見解ではありません)。

 そしてなんといってもあの緻密な風景の描写と Aqours メンバーの内面の掘り下げ方、そして音楽が主役な物語だけに、挿入歌も含めて「劇伴」ものどれをとっても出色のできのよさで、とくに作詞の畑亜貴さんの歌詞はじつにすばらしい(NHK-FMでも「今日は一日ラブライブ! 三昧」を長時間にわたってオンエアしてましたっけ。かかった楽曲なんと 74 曲 !! これでもまだぜんぶじゃないからもっと驚く)。なるほど、これだからみんなライヴに行きたがるのもうなずけるお話ではある。そういえばいまさっき NHK-FM 聴いていたら、リスナーのこんなお便りが読まれました。なんでもバンド活動をしていた方のようで、バンド仲間は結婚を機に音楽活動から遠ざかり、いまだに活動をつづけているのは自分だけ、ひさしぶりに仲間どうしで再会したとき、「まだ音楽やってるの?」と言われるのではないかと不安だったが、いざ会ってみたら昔、みんなが大好きだった洋楽をいまも心の支えにして生きている、と聞かされうれしかった、というものでした。これですよ、アートの力というのは! 『ラブライブ! サンシャイン !! 』の音楽にも当てはまると思う。スターバックスじゃないけれども、人間ってのは「第三の場所」が必要だ、とする主張には全面的に賛成する。比較神話学者キャンベルの言う「神聖な空間」とも近いものがあるように思う。こういう体験なり空間なりを提供できるのは、質の高い作品だけ。『ラブライブ! サンシャイン !! 』は長い間の鑑賞にもしっかり耐えられる物語だと思ってます。

 アニメシリーズが終わったあとはどうなるか、についてですけど … 図々しいのは承知のうえで言わせてもらえば、8月に急逝されたさくらももこさんの代表作『ちびまる子ちゃん』のようになってくれれば、というのが個人的な理想。『まる子ちゃん』と『サンシャイン!! 』はそもそも比較にならんだろ、と突っこまれるのはわかってます。わかってるが、地元出身ではない人びとがこれだけ真剣に向き合い、ここまで丁寧に物語を作ってきてくれたのだから、これをシリーズ終了、ハイおしまい、ではなんとも情けない。こんどは地元が主体となって永続的な取り組みにすべきだと思う。前にも書いたがこの物語はただたんに消費されるだけのコンテンツなんかじゃない、これはすぐれた文学作品とおなじく、長く残る「作品」であり「物語」なのだから。

 … というのがようするにワタシの結論です(聖地巡礼の人はアニメに関係する場所しか興味がなく、ほかの名所とかには見向きもしない、という声もときおり聞くけど、たとえば前にも書いたようにワタシなんか地元民のくせに知らなかったあの場所、この場所を「浦の星写真部」の作品を通じてずいぶん教えてもらった口なので、その批判も当たっていない。だいたい人間なんて最初はそうでも、しだいに興味関心の間口は広がっていくもんですよ。ついでに脱線すれば、自分はこの街の出身者ではなく、生まれは東京。つまり「梨子ちゃんビーム!」の桜内梨子と立ち位置がおなじだったりします)。

 そういう意味では、「みんなで叶える物語」はまだ始まったばかり。Let's SAIL TO THE SUNSHINE !! 

2018年10月30日

ルオーとキャンベルにとっての radiance とは

 今日、10 月 30 日は Halloween eve … じゃなくて、米国の比較神話学者ジョーゼフ・キャンベルが異界へと旅立った日。自分が好きでコツコツ訳しためているとあるキャンベル本に収録された文章に、ゴーギャンやジョイスといった「破滅型の芸術家」についての考察がありまして、たとえばこんなふうに言っている。*
 もしあなたが壁で囲まれた集落に留まって生きてゆくのなら、身のまわりのことはその集落が面倒を見てくれるでしょう。でもひとり冒険の旅に出るのだったら、果たしていまが出発すべき時なのか、よくよく考えてみなくてはなりません。冒険の渇望に取り憑かれるのが人生後半、すでにあれやこれや責任を負っている年齢にそんな炎が灯ったとしたら、これはのっぴきならない問題になります。ゴーギャンがそうです。彼の後半生は破滅そのものでした。自身の人生はおろか、家族の人生までもが滅茶苦茶になったのですから。ですが、ゴーギャンの人生は破滅だったでしょうが、彼の芸術はそのためにかえって偉大なものとなりました。彼が絵を描くことに真剣に向き合いはじめたのは、45歳くらいから。以後、彼の人生は絵を描くこと以外になくなりました。ゴーギャンの生き方は、ある種の英雄の旅だったでしょうが、その代償はあまりにも高くつきました。なんとも皮肉なことです。ゴーギャンは人間としては大いなるしくじりを犯したと言えるでしょうが、しかし芸術家としては勝利者だったのです。[中略]

 最後の大作『フィネガンズ・ウェイク』を書き上げるのに、ジョイスはじつに16年を費やしています。さてこの作品が出版されたとき、いかなる書評が書かれたのか、ぜひ読んでみるべきでしょう。曰く、「この男はいったいなにをしようとしているのだろうか? 発狂でもしたのか? いかれた破壊行為を働いているだけなのか?」。『フィネガンズ・ウェイク』初版本は2か月と経たないうちに見切り本扱いとして安売りされました。わたしはこの作品を4部、それぞれたったの56セントで買いました。見切り売りがはじまったとき、版元はどうにかして出版費用を回収しようと立ち回ってました。よって著者のジョイスの手許にはなんの見返りもありませんでした。
 ジョイスは生涯最後の本として計画していた作品に手をつけることなく、59歳の誕生日を迎える3週間前に亡くなっています。ジョイスの生き方は、わたしにとっては手本たりえない。ですがわたしにとっての芸術の手本は、まちがいなくジョイスです。トーマス・マンはジョイスについて、おそらく20世紀最高の小説家だと評しました。でも、そのために彼が払った犠牲がどれほどのものだったか。
 またこの文章には『4分 33 秒』で有名な前衛作曲家ジョン・ケージのことば「名声などつまらんもの」という引用もあったりで興味は尽きないけれども、引用者がキャンベルのこの文章(もとはエサレン・インスティテュートというリトリート研修施設で行われた集中セミナーみたいな場での講義)でもっとも感動したのは(下線強調は引用者)、
 ジョイスは、これらもろもろの苦難を耐え忍んだ。ひとえに自身の希求する「完全さ」ゆえに。この完全さこそ、芸術の内包する成就であり、ジョイスはそれを成し遂げました。対して「生きる」というのは、不完全なものです。生きる上で立ち現れるあらゆるものはみな不完全なものにすぎませんが、芸術の働きというのはこの不完全な生を貫く「輝き(radiance)」を目に見えるようにすることにほかなりません
 先日、たまたま見たこちらの番組で、フランスの宗教画家ジョルジュ・ルオーの展覧会のことを取り上げてました。ルオー、とくると、パブロフのなんとかですぐ、あのぶっとい黒い線に囲繞されたキリストのご聖顔を思い出すんですけれども、イエスと聖家族を描いた最晩年の作品『秋、またはナザレット(1957)』を見た瞬間、ジョイスの言うエピファニーを感じてしまった。ルオーは十代のとき、ステンドグラス職人の徒弟修業に出ていたとのことでして、なるほどそれであんなぶっとい黒線か、とも思ったんですが、こちらの作品でつよく感じるのは背後から差しこむ後光のようなおごそかな「輝き」のほうでした。ステンドグラスから教会堂の石の床にまだらに投げかける、あの光、あの輝きが、その作品にはたしかにあった。もっとも絵画というのはホンモノを見るにかぎる、というわけで、まだ会期中だし、見てこようかなと思案中です(エドヴァルド・ムンクのほうも気にはなってる)。

 ところでキャンベル先生は最晩年になっても若々しくて、あんなふうに年を取りたいものだなんてのほほんと思っていたりするんですが(白髪は増えたが)、そんなキャンベル先生はわりと新しもの好きだったようで、
モイヤーズ われわれは自己のイメージに従って世界を改造したい、われわれがそうあるべきだと思ったとおりに作り直したい、という願望を持っており、機械はそれを実現するのに役立っている。
キャンベル そうです。ところが、そのうちに機械が人間に指図を与える時期がやってきます。たとえば、わたしは例のすばらしい機械、コンピュータを買いました。いまわたしは神々に関する一権威者といったところです。コンピュータをそんなふうに見てるんですよ。旧約聖書に出てくる、たくさんの掟を持つ情けを知らぬ神のようなものだと。…… わたしは自分のコンピュータから神話についての啓示を得ました。あるソフトウェアを買うと、そこに自分の目標を達成するために必要なすべての記号がセットされているのです。べつのシステムのソフトウェアに属する記号をいろいろ操ったところで、なんの役にも立たない。
…… ある人がほんとうにある宗教にのめり込み、それを基盤にして自分の人生を築こうとするのなら、その人は自分が得たソフトウェアだけを用いつづけたほうがいい。でも、このわたしみたいに、あれこれのソフトウェアをもてあそびたい人間は、たぶん聖者に近い経験を持つことは永久にないでしょうな。―― 『神話の力』飛田茂雄訳、早川書房 1992[なお表記は自分のスタイルにあわせてあることをお断りしておきます、以下同].
 いま、インターネットをめぐってはさまざまな問題があり、そうは言ってもすばらしい可能性もまだまだ未開拓のまま残されている余地はひじょうに多い、と個人的には思うけど、「移民集団にはおおぜいのギャングや悪いヤツらが交じっている。どうか引き返してくれ。これはわが国への侵略でわが軍が待ちかまえているぞ!(「讀賣新聞」サイトの訳)」といったたぐいのツイートを垂れ流し、悪いのは fake news をまき散らす CNN や NYT だ、オレはなーんも悪かない、みたいな人間が世界の超大国にしてキャンベル先生の故国のリーダーでもある現状は、先生の眼にはいったいどう映るんだろうと、そういう妄言録を見聞きするたびに思う、今日このごろ。あの人の言っていることにいちいち心酔するような人たちってちょっとゾッとするんですけど、ひとことで言えば前にも言ったけど、90 年近くも前にオルテガ・イ・ガセットが『大衆の反逆』で書いたような人々なんでしょうな(どうでもいいけど、いまの米国大統領ってどうしてこう「時計の針」をもどそうもどそうとばかりするのか? なんかもう『風と共に去りぬ』の世界にまでもどってしまいかねない危惧がある)。

*... from A Joseph Campbell Companion: Reflections on the Art of Living, selected and edited by Diane K. Osbon, Harper Collins, New York, 1991.

posted by Curragh at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の雑感など

2018年10月22日

「生きているあいだは輝きなさい」

 いまごろなんですけど、本庶佑先生のノーベル医学生理学賞の受賞はすばらしかったですね! オプジーボでしたか、従来の抗がん剤とはまったく発想の異なる免疫療法による特効薬の研究開発。そして寡聞にして知らなかったが、なんと静岡県ともゆかりがけっこう深くて、昨年まで静岡県公立大学法人理事長を務められ、そして「ふじのくに地域医療センター」の現理事長でもある、というからさらにびっくり(→ 関連記事)。そしてなによりも自身の経験に裏打ちされた「名言」もまた、すばらしい。やっぱりこういう「個」をしっかり持った人というのはけっして狭量ないわゆる専門バカであるはずもなく、普遍的な「輝き」、radiance を放つ人物なのだ、ということを再認識させられもした。

 「一生をかけるなら、リスクが高くても自分がやりたいことをすべき」、「生命科学はどの研究が実を結ぶかはわからない。一見役に立たない、すぐに結果が出ないように見えても無駄ではないのでいろんな分野やパターンに挑戦するべき。だから教科書に書いてあることも正しいとはかぎらない。まず疑うこと」といったことば、胸に響きますね … とくに「健全な批判精神」ということを強調されていたことなんか、もう感激。そういえば地元紙もノーベル賞受賞が決まったとき、本庶先生のことばとしてつぎのように掲載していた[引用は一部抜粋、下線強調は引用者]。
一般的にいまの学生は浪人する人が少ないなど安全志向が強い。人生は一度しかないからチャレンジしてほしい。自分が決めた枠の中にいるだけではおもしろくない。好奇心やおもしろいと思ったことに挑戦してほしい。

 1回や2回失敗したっていい。再起は可能。失敗してもあきらめず継続すること。やる以上は全力で集中してやる。ずっとやっていると、そのうちなんとなく自分に自信がでてきて開けてくる
本庶先生は研究室で若い院生に、よくこんなふうに問いかけたんだそうです。「それは、ほんとうにキミがやりたいことなのか?」。心からやりたいと思っているのかどうか、これが判断のひとつの基準だったことはまちがいない(→「いちばん大切なのはできるかどうかじゃない。やりたいかどうかだよ!」by 高海千歌)。この点もしごく共感できて涙が出そうになる。

 自分が夢中になれるかどうか。ほんとうに好きなら、たとえカベにぶつかってもあきらめたりせず、やかましく無責任な外野の声なんぞいっこう気にもとめず、おのれの究めたいことをひたすら追求すること。… っておや、なんかどっかで聞いたことある話 … そう、比較神話学者のキャンベルの言う「あなたの至福に従え」ですよ、まさしくこれ。言わんとするところはけっきょくおんなじじゃないですかね。 

 前にも書いたけど、ほんとうに自分のしたいことならば、あるいは自分が大好きな分野ならば、とにかく喰らいついてなにがあろうと離さない、そうすれば ―― 確約はできないが ―― 以前、ここでも触れたある翻訳家の先生の言われたごとく、「きっといいこともありますよ」。不肖ワタシもそうかたく信じている( → 本庶研究室で助手、講師を勤めた弟子筋の方の書かれた寄稿文)。

 そういえば先日、原稿書きの調べものをしていたら、まったく予期せずこんなことばに巡り合った。古代ギリシャの墓碑銘だかに刻まれていた歌詞の一部らしき一文で、こう訳されてました。「生きているあいだは輝きなさい。命は短いのだから、思い悩まないように」。かくあれかし、と思う。語学の勉強もこれと似たところがあるかな。ほんの数年くらい学んだからといって澎湃たることばの海を泳ぎきれると思ったらそれはちがうゾ、といっつも思っているので。でもいまはインターネットとか Google とかあるし、調べものひとつとっても昔とくらべれば、そりゃラクにはなりましたわ(その代償? に、ワード当たり単価もどんどん落っこちているというのは好事魔多し、ということなのかどうか)。

 地元紙の読者投稿欄に、学校の英語教育で生きた英会話を教えてほしいという、ある意味切実なお悩みの声が掲載されていた。が、とくに公立学校においてそこまで求めるのはどだいムリだろう、というのが偽らざる感想。そこでインターネットを十全に活用しまくるのだ !! と、声を大にして言いたい。ポケモンGO とか課金ゲームもいいけど、昔にはなかった「特権」がみなさんにはあるのだから、もっともっと活用すればよい。べつにムリして語学留学に行くこともないと思う。ロハでもいくらだって勉強できますよ、ほんとうにその気があるのならば。相手が用意してくれるのをポカンと待ってるだけじゃイカンです。昔、翻訳の勉強をはじめたころに読んだあるエッセイに出てきた「水族館に飼われている太ったイルカ」の比喩とおんなじ。「サメやシャチに襲われる心配もないし、食事だって飼育員がすべて用意してくれる。18, 9 歳くらいでこんな感じになり、ただひとつの不安といえば、退屈すること」。学校では、英語だったら英語ということばの成り立ちと「基礎」さえ身につけてくれればよいと思う。そこから先は、「好奇心やおもしろいと思ったことに挑戦」すればいいだけのこと。じゅうぶん羽ばたけるだけの力は身についているはずです。なんでもかんでも学校の英語の先生に求めちゃダメずら。そんなことしたら倒れちゃう。

 科学研究の場合、もうずいぶん前から基礎研究の研究費の削減と優秀な研究者の不足が問題になっています。お金というのはこういうところにこそ使うべき、と主張してもいる本庶先生はほんと正しいと思いますね。カネの使い道、ひいては税金の使途という点でも、真剣に考えなくてはいかんと思います。

タグ:本庶佑
posted by Curragh at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから