2019年02月20日

「普通」であることの偉大さ

 航海、じゃなかった、公開中のこの映画作品を先月と今月、それぞれ一回ずつ観てきました。

 はじめに断っておくと、この手の作品 −− アニメ映画 −− は、やはり観る人を選ぶファクターが「実写映画」よりつよいように感じる。以前『あなたへ』のときにも書いたが、これは高倉健さん自身、「わかる人だけわかればいい」といったことを生前、おっしゃっていたこととも通底する。いまひとつは作品の理解、解釈の深さというのはとどのつまり、観る側がいままで蓄積してきた経験なり背景知識なり人生観なりがストレートに反映される、ということ。アニメ作品にもイロイロあるのにもかかわらず、なーんだアニメかくだらん、と切り捨てる向きもいるでしょう。それはそれでいい。でも前に見たアニメについて識者が語っていた TV 番組で、「観る人の世界観を変えてくれる作品がよいアニメ作品」のような趣旨の発言をしていた人がいまして、この点は不肖ワタシもまったく同意見。というわけで、ワタシが見るかぎり、このアニメ作品(TV シリーズ 26 話と映画作品)は、まさしく「観る人の世界観を変えてくれる作品」だと思う。

 映画版『サンシャイン!!』のストーリーは TV シリーズ最終話のつづき、として始まるけれども、公式サイトにあるように冒頭場面ははっちゃけたミュージカル仕立て。観光PV として切り取って使える構成で、いわゆるアヴァンタイトルというやつ。このシリーズの特徴でもある楽曲の冴えもあいかわらずで、たとえ TV シリーズ本編を観ていなくてもここでいっきに作品の舞台世界に引き込まれる仕掛けになっている。

 2回観ても、本編100分の物語の展開はTV シリーズと遜色ないと感じました。主人公の高海千歌持ち前の強引さ(?)に、気づいたら自分も『サンシャイン!!』のパラレルワールドな内浦や沼津に引きずりこまれてしまった感もなくなくはないですわ、というのが正直なところではあるけれど、一部で見かけた「ストーリー展開が … 」みたいなことはあまり感じなかった。おそらくこれは、なにかとユング心理学的、キャンベルの比較神話学的思想にどっぷり浸っているがゆえに勝手に感激しているだけなのかもしれないし、逆にそういう感想を持つ向きというのは、なにか「非日常の体験」をどこか期待しているがゆえに展開になんとなくハリがないというか、事件性がないというか、そんなふうに思われてしまったのかもしれない。

 じつは2回目の鑑賞というのが、このシリーズの監督である酒井和男氏、劇伴担当の作曲家・加藤達也氏、そしてシリーズの撮影監督の杉山大樹氏のお三方によるトークイベント付き、というの観に行く理由のひとつで、先行販売当夜、なかなかつながらない映画館サイトにイラつきながらもからくも席をとることができて観に行ったもの。じつは2回目の鑑賞のほうがトシがいもなく泣いてしまったのではあるが(杉花粉症というのもある)、酒井監督をはじめとするゲストのお話を伺って、ああ、自分が思っていたことはあながち的外れではなかった、ということは再確認したしだい(→ スタッフトークイベントについてもっと知りたい方はこちらのブログ記事をどうぞ)。

 ワタシが酒井監督のお話でとくに感激したのは、「変化していくこの街の風景を作品に残す」という趣旨の発言。映画パンフを買われた方はすでにご存じだと思うが、酒井監督は「3年生が卒業していっても、彼女たちの内浦での日常は変わりません。映画だからっていきなり怪獣が出てくるわけでも、なにするわけでもありません」と書いている。このシリーズはいかにも昭和テイストなスポ根ものの学園ドラマなんかじゃない(「ラブライブは … 遊びじゃない!」by 理亞&ルビィ)。そうではない! ここで描かれているのは「変化をどう受け入れ、肯定し、世界ではなく自分がどう変われるのか」であり、奥駿河湾に面した地区に住む女子高生の日常を描いているようでじ・つ・は、普遍的かつ壮大な視野の世界観を持った作品なのだ。この隠れメッセージにビビっとくるかどうかで、観る側の作品理解も当然、変わってくる。

 この話を聞いたとき、すぐさま脳裏をよぎったのはジェイムズ・ジョイスが『ユリシーズ』ついて言ったこと −−「たとえダブリンが滅んでも、『ユリシーズ』があれば再現できる」と語ったという話だった。もちろんリクツは抜きに、もうひとつの主役と言うべき劇伴も含めた音楽が、またいい。そういえば昨年、「今日は一日『ラブライブ!』三昧」を最初から最後までずっと聴いてたんですけど、ほとんどの楽曲に詞をつけた畑亜貴さんの歌詞のすばらしさにほんとうにシビれた。なるほど、おっさんでさえこうなんだから、若い人がハマってもなんの不思議はないな、とひとりごちた。この作品に関して、音楽は完全にアニソンというジャンルを超越しており、作品と不可分の重要な存在だ。

 今回はもうひとつ「Aqours の3年生組の逃走の舞台」として、これまたうれしいことに小学生時分、美術図鑑でダ・ヴィンチ絵画に親しんでいたあのフィレンツェが出てきた。美術館のシーンとかはなかったけれども、あいかわらず精緻な描画で、しかもスクリーンに大写しされるしテンポのよい楽曲はかかるしでこういう演出も最高でしたね。

 撮影監督の杉山氏のお話ではラストの三津[みと]海水浴場の波打ち際に打ち寄せる波の場面、あれが超絶たいへんだった、というのも門外漢からすればすこぶる興味深かった。じっさいには4分弱の長さしかないのに、「レンダリングに1,400時間かかった」という !! ここにも本気度というか、職人気質を感じる。まさしく「神は細部に宿る」ですな。ラクーン屋上庭園での夢の競演のときに香貫山からさっと差す曙光の描写もすばらしい(現実の3〜4月の朝陽の登る位置はもっと北側にズレて、じっさいには多賀山地あたりから昇ると思うけど、あえてこう表現したかったんだと思うしこれで正解だと思う)。「神は細部に宿る」ついでに、冒頭部の「僕らの走ってきた道は … 」のメンバーが「びゅうお」とか商店街でダンスするシークエンス、あれよくよく見たらジェスチャーで LoveLive Sunshine って書いている振付なんですね、芸が細かい! 

 ラストシーンがらみではよその舞台挨拶で、酒井監督みずから「声だけ出てくる女の子ふたりの意味」について語っていたそうですが、小説の結末シーンにはなにげない風景描写で思わせぶりにしずかに終わる、というのが多いように、観る側めいめいが自由に創造の羽を広げておけばよいと思うし、こういう終わり方のほうがこの手の物語のエンディングにはふさわしいとも思う。

 また、『サンシャイン!!』26話 + 映画版「Over the Rainbow」を観てはじめて思い至ったのは、あれほど千歌が否定的に考えていた「普通」ということの大切さというか、人間が生きるうえでなにがもっとも大切か、ということもこの作品は訴えているのかも、ということだった −−「マズっ! このままじゃほんとうにこのままだぞ! 普通星人を通り越して、普通怪獣ちかちーになっちゃう〜って、ガオーッ!!」。だから、映画版を観る前までは「普通怪獣」がほんものの怪獣、持って生まれた潜在能力をぞんぶんに発揮し、輝くというイメージでとらえていたが、けっきょく怪獣に変身するまでもないのだ。その証拠に、すでに TV 版で同級生の桜内梨子が千歌にこう語りかけている。
「自分のことを普通だって思っている人が、あきらめずに挑みつづける。それができるってすごいことよ。すごい勇気が必要だと思う」

「普通」をつづけていける、というのは、よくよく考えてみればじつに非凡な才能を要求されることでもある。だから、高海千歌は、「普通」のままでいっこう問題ないのだな、と。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

付記:この前、地元紙の「社説」に、なんと『サンシャイン!!』が取り上げられて、「人気を一過性で終わらせてはもったいない」と書いてありました。で、その社説に、
できることなら、劇場版に登場する印象的なシーンを、声優によるユニットで実現させられないか。
なんてことまで書いてあっておお、そこまで書くのかって思ったんですけど、これってひょっとしたら南口広場のライヴのことなのかなん? さすがにあの大通りを全面通行止めにするのはムリだと思うけど、「よさこい東海道」のときみたいに駅前のタクシープールの空間を利用してステージ設置してライヴ、ということならじゅうぶん可能かとも思ったし、そんなワタシも「Next SPARKLING !!」のライヴをこの目でぜひ見たいと願っているひとりではある(3人ずつのユニット単位での出演でもかまわない)。「ご当地アイドル」も活躍しているので、いっそのこと Aqours + Saint Snow + Orange Port のジョイントライヴで Hop? Stop? Nonstop! 

@〜C 燦々沼津大使続投決定❣️ 今年もよろしくお願いします、それと逢田さんがはやくインフルエンザから快復されますように
D 千本浜からマジックアワー
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2019年02月12日

「直訳」でさえない訳がオンエアされた話

 たまには珍しく? 即時ツイートもどきの感想をすこしだけ。つまり、それだけひじょーに気になってしまった、ということです。

 いまさっき午前の仕事を終えてお昼ごはん食べつつ某民間テレビ局の午後のワイドショーをながら視聴していたんですが、取り上げられていたのが大坂なおみ選手とドイツ人コーチのサーシャ・バイン氏との突然の「決別」の話題。で、なんとはなしに見ていたら、いきなりちょっと待ったぁ〜っ、とヒゲじいよろしく言いたくなってしまった。番組ではその「コーチ契約解消(→ NYT の関連記事)」をしごくかんたんに、いやはっきり言ってすごくあっさりと告知する内容の大坂選手のツイートが全文、紹介されてまして、
Hey everyone, I will no longer be working together with Sascha. I thank him for his work and wish him all the best in the future.
で、下線部の訳が、「彼の将来が最高であることを祈っています」みたいになっていたことです。

 'all the best' というのは手紙、というかいまじゃメールのほうがふつうですけど、文末に添える決まり文句のひとつで、「ごきげんよう」ほどの意味。つまり紋切り型というかあまりご丁寧な表現でもないし、ましてや「将来が最高であるように」と心から願う意味でもない。「ハイ、みんな。わたし、もうサーシャとは仕事をしない。これまで彼がしてくれた仕事に感謝。そして今後の成功を祈ってる」くらいの、わりとサバサバした気持ちだと思うぞ。もっともたった3行とはいえ、この文面をしぼり出すのにえらく時間をかけて考えて考え抜いて … というのもあったかもしれないが、すくなくともこの文面はこうとしか読めません。

 さらにそのサーシャ氏の返事のツイートまで紹介されてたんですが、こちらのほうがさらに問題大ありでして、
Thank you Naomi ゴメン/お願い I wish you nothing but the best as well. What a ride that was. Thank you for letting me be part of this.
下線部の訳がなんと「なにも言うことはない」ですと !!! 口に含んだお茶をぶちまけそうになってしまった。「ありがとう、なおみ。ぼくからもきみの成功を祈っている、それだけだ。なんてすばらしい時間だったろう。その時間を共有できて感謝している」くらいでしょう['what a ride'は、ジェットコースターとかワクワクする楽しい経験をしたときに使う colloquial な表現]。

 さすがにこの悪訳? には黙っていられなかったか、進行役のひとりの安藤優子さんも「それはちょっとちがう」と異議を唱えていたけれどもけっきょくムニャムニャという感じになっていたところに、さらに大きなニュースがいろいろ飛びこんだ関係上、それっきりに。… いつもこういう話を見聞きするたびに思うんですけど、これってチェックする人ってだれもいないんだろうか。ええいままよ、なんていう言い方は古いが、テキトーにやっつけて本番でタレ流すってどうなのって。安藤さんみたいな英語が堪能な方だって現場にいるのだから、チェックくらいしてもらえばいいのに。

 さらにムッときたのは局アナの人かな、安藤さんに「それちがうよ」と指摘されたとき、「ま、いちおう直訳するとこんなふうに … 」なんてのたまっていたこと。こういう方には、高名な仏文学者で名翻訳家だった生田耕作氏が「わたしは直訳主義です」と言い切った話とか語って聞かせてもナントカの耳に念仏ぶつぶつでしょうな。'nothing but ...(… するのみ / … するだけ) ' も見えてない訳なんて直訳でさえない。直訳でさえないものをポンと全国ネットで紹介するなんてツイートしたご本人に対しても失礼、ですわ〜(黒澤ダイヤふうに)。これ以上、くどくどこぼしてもただのボヤきにしかならないからもうやめますけど、もうすこしなんとかなりませんかねぇ、と「深き淵よりの嘆息」。

 … それにしても池江璃花子選手の白血病の発表にはほんとうに驚かされた。いまは治療に専念されて、元気に復帰されるようにと祈るばかりです。

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2019年01月28日

センター試験問題 ⇒ 北川民次の慧眼

1).今年もまたセンター試験の季節がやってきました。… とはいえいま自分の仕事とかヤボ用とかいろいろ立てこんでおり、英語の試験問題にはまだろくに目を通してない。でも「国語」の試験問題の現代文に、なんと「翻訳」ものの評論からの抜粋から出題されていたのにはいささかびっくり。興味を惹かれた門外漢は手許の資料だの参考文献だのをいったん「積ん読」して(この件については後述)、さっそく問題文を読み、設問を解いてみた(… とはいえ巻頭からいきなりの「誤字訂正」とは、いったいどうなってんだか)。

 今年の国語の出題文は、言わずと知れたロシア文学者で、2013 年度に放送されたラジオ講座「英語で読む村上春樹」の講師でもあった沼野充義先生が書いた『翻訳をめぐる七つの非実践的な断章』から。「僕は普段からあまり一貫した思想とか定見を持たない、いい加減な人間なので、翻訳について考える場合にも、そのときの気分によって二つの対極的な考え方の間を揺れ動くことになる」という、なんともユーモラスな書き出し。そのすこし先にはラブレーとともに、ジェイムズ・ジョイスの名前まで挙げられている! 名翻訳家の青山南先生の名前も見える。

 いちおう「評論」というカテゴリになるようだけど、文芸翻訳の仕事とはどういうものか、その体験談というか翻訳のウラ話的な楽しいエッセイと言ったほうが近い気がした( → ご本人もそうおっしゃている )。だから今回、試験問題としてなかば強制的かつ時間に追われながらの「読解」に終わった受験生のみなさんで、「おー、なんかおもしろそう!」と、Aqours の高海千歌のような気分になったらぜひ図書館から借りるか、買ってみるといいと思う。べつに厳密な解釈を要求される翻訳者の視点で読むわけじゃなし、この評論文にもあるように「普通の読者はもちろん言語哲学について考えるために、翻訳小説を読むわけではない」から、ソファにでもゴロンと転がって純粋に楽しんで読めばいい。

 え、問題はどうなのかって? 問5がちょっとヒッカケ? ぽい設問だったけれどももちろん正しく解答できました(問5の、「… 考えてみれば私たちは父親にそんな言い方['I love you.' に相当する言語表現]」をしないし、結局そこにも文化の差があるってことかな」というのは … 原文のどのへんを指して言っているのだろうか)。

 … でもあいかわらずこれシドいな、と毎度思うのが、「世界史B」。なんでこう、前後脈略見境いっさいなしな設問のオンパレードなのか。たとえば第1問の問題文「ロンドンのウェストミンスターには、国会議事堂をはじめとする歴史的建造物があり、それらはユネスコの世界遺産に登録されている。… 」ってあります。で、上の「下線部について述べた文として正しいもの」を四択で選べってあるんですが、その選択肢が
@ ヴェルサイユ宮殿は、フランソワ1世によって建てられた。
A スレイマン=モスクは、タブリーズに建てられた。
B アンコール=ワットは、クメール人によって建てられた。
C アルハンブラ宮殿は、セルジューク朝によって建てられた。

 正解は B ですけど、これってどこが「下線部について述べた文として正しいもの」なんでしょうかね ??? そういえば昔、英語の大学入試問題がヒドいって批評書いたら「そんなの正答以外はみんな不正解に決まっとるだろ!」ガシャン !! って電話を切られたっていう、笑うに笑えない話を読んだことがあります。

 いずれ現行のセンター試験も廃止されるみたいですが、すくなくともこんなワケワカラン設問を解くのは時間のムダじゃないかって思います。いっそのこと大学入学は小論と面接だけでいいのでは、とさえ思う。そ・の・か・わ・り、卒業が超絶むずかしいシステムにすればいい。こんなこと書くと何年か前だったら「欧米か!」とツッこまれるところですが、だってそう思いませんか。昔もいまも、この国の若人はたいてい、大学入試時点が学力のピークなんですぞ(もちろん、なにごとにも例外はある)。もうかれこれ 30 年以上も前から、サークルだのなんだのに明け暮れろくに講義に出席もしない学生と、それを許している大学双方を揶揄して、「大学のレジャーランド化」と言われてたんですから。いまや超がつくほどの少子高齢化、大学側もとくに「費用対効果」が薄いとして切り捨てられる傾向がある文系学部を中心に統廃合が加速して、いまの大学には 30 数年前では考えもおよばなかった危機感があるとは思います。あるとは思うが、「世界史」の設問なんか見てますと、なんかこう、いまだ十年一日(ジュウネンイチニチじゃないよ)の感ありです。

2).そんな慨嘆にたえない先週末、たまたま「日曜美術館」を見てたら静岡県出身の反骨の画家、北川民次のことを取り上げてました。で、その北川は最晩年、『夏の宿題』という作品を描いています。ワタシみたいなのが御託を並べるより、作品を観ればたちまち会得されるはず。この作品が描かれたのは大阪万博の開催された 1970 年。あれから約半世紀後のいま、北川の警句はますます大きく響いてくる気がしますね。ちなみに子どもの手許に広げられた紙の上には、こう書いてあります−−「シュクダイがないと子どもは 何を考えていいか分からなくなるとラヂオの先生がいいました。ナニが私たちをこんなにしたのでしょうか」。この国の教育の宿痾を、端的に喝破した至言だと思いませんか? 

3).先日、兼高かおるさんが逝去された。兼高さん、とくると、往年の名番組、「兼高かおる世界の旅」に、小学生だったワタシは日曜の朝、わけもわからず見ていた「時事放談」につづいてこの番組をなによりも楽しみにしていたものだ。ツタンカーメン王の墓の玄室とかギザの三大ピラミッドとか、ルーヴル美術館や見たことも聞いたこともない南の海の島とか、とにかく地球上のいろいろな場所をあの decent な調子で紹介していたのがついきのうのことのように思い出されます。いつだったか兼高さんの著書を読んだ折、フィゲラスのサルバドール・ダリの邸宅を訪問したときの話とかが興味深かった。「そのピンと立った口ヒゲは、どういう意味がありますの?」とダリ本人に訊いたら、「これは宇宙からの信号をキャッチするアンテナじゃ!」みたいなこたえが返ってきた。「口ヒゲは、どういうものを使って固めてらっしゃるの?」と訊いたら、「シュガー」とこたえたんだそうな。

 そんなダリもいまからちょうど 30 年前、日本では平成元年の 1月 23 日に亡くなっている。そのとき買った Time の死亡記事タイトルはたしか 'Bewilderment of Perplexity' だったように思う。またおなじく兼高さんの著書にはシュヴァイツァー博士のランバレネの病院を訪問したときのことも出てきて、「ここだけ時代に取り残されているように見えた」といった記述の記憶がある。当時、シュヴァイツァーはいわゆる「シュヴァイツァー批判」にさらされ、日本の教科書からも彼の名前がいっとき消えたりした時期があった。まだ若かった兼高さんには、あの病棟は「過去の栄光」のように見えていたのかもしれない。そんなシュヴァイツァー博士の名言として、先日、地元ラジオの朝のローカル番組でこんなことばが紹介されてました。
世界中どこであろうと、振り返ればあなたを必要とする人がいる('Wherever a man turns he can find someone who needs him.')

 馬齢ばかり重ねてきた感ありの門外漢も、かくありたいと思うのでありました。合掌。

 でもって最初の「積ん読」にもどりますが、この前、ある米国人女性版画家を紹介する Web サイトを見てたら、'currently-reading pile' なる表現にお目にかかりました … なるほどこういう言い方もあるのかと、感心したしだいです。

posted by Curragh at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳の余白に

2018年12月31日

fake news と「ワルツ王」と

 早いものでもう2018年の大晦日ですよ。… 昨年、個人的にすこし異動があって労働時間が短くなりまして、職場環境が変わったのを機になかばフリーの文筆業みたいなことを始めました。もちろん翻訳も。金銭的にも実力的にもまだまだだと痛感はしているものの、それでも今年になってからわりと仕事が切れずに入りはじめたりと、軌道に乗っているとは恥ずかしながら言える状態じゃないけれども、昨年よりは進歩したのかな、という感じ。じつは電子書籍の個人出版にも興味があり、折よく(?)書きたいテーマも持っていることだし来年はそういうものにも果敢に挑戦してもいいかな、などと妄想だけはたくましくしている、今日このごろ。

 で、とあるクラシック音楽関連サイトに寄稿している記事の調べものとして図書館から借りたこちらの本。「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世を中心とした音楽一家のシュトラウスファミリーのことを書いた伝記もののノンフィクションなんですが、これが読み始めたらじつにおもしろい。だいたいクラシック関連の翻訳本ってその道の専門家が訳す場合がほとんどで、翻訳専業の人が訳した本は半分もないんじゃないかと思う。1987 年に刊行されたずいぶん古い本ではあるけれど、内容といい、ウィンナワルツ好きにはたまらない一冊だと自信をもってお薦めしたい本です。

 で、開巻早々、シュトラウス一族の先祖にはユダヤ系が含まれているのは公然の秘密なのにもかかわらず、「その遺産を狙っているユダヤ人の連中は、彼の現世の子孫の幾人かに今や屈辱的な生活をさせようと細工している」などと書き立てた、当時のナチス政権の息のかかった反ユダヤ主義の新聞に掲載されたこの広告について書き出されています。ようするにさすがのナチスもシュトラウス一族の音楽は「第三帝国のラジオとコンサートのレパートリーに欠くことができなかった」から、弾圧するわけにもいかなかった、ということらしい。この記述を見て、当たり前のことながら捏造記事、つまりインチキイカサマペテン記事というのはいつの時代も、どこの国でも地域でも存在していた、という単純な事実をあらためて確認したしだい。

 この伝記本にはほかにも『フモリスト』というウィーン(ほんとうはヴィーンと表記したいのだが、ここは訳書表記に統一)の雑誌のシュトラウス2世関連記事にも虚報があったり、シュトラウス2世の最初の伝記を著したルートヴィヒ・アイゼンベルクによる、シュトラウス2世の傑作オペレッタ『こうもり(1874)』ウィーン初演回数の「不正確な、誤解を招く記述」とかも紹介しています。シュトラウス2世をはじめ、父ヨハン・シュトラウス1世、ヨーゼフとエドゥアルトのふたりの弟など、じつはバッハ一族にも負けないくらいの音楽家一族でもあったシュトラウス一家についてはまったくと言ってよいほど無知だったので、今回はなんだか得した気分でもありました。

 シュトラウスファミリーのいままでの個人的イメージは、ウィンナワルツやポルカといったダンス音楽作品をたくさん書き、また『ラデツキー行進曲』など、お正月気分を盛り上げてくれる「軽い」音楽を書いた人たち、くらいの印象しかなかった。でもじっさいには「ワルツ王」シュトラウス2世はヨハネス・ブラームスやリヒャルト・ヴァーグナー、リヒャルト・シュトラウス、名指揮者アルトゥール・ニキシュに、ロシアの作曲家でピアニストのアントン・ルビンシテインなど、錚々たる面々から賛辞を贈られるほどの大物音楽家のひとりであり、地元ウィーン社交界のみならず、当時のヨーロッパ大陸ではその名を知らぬ者はいないほどの超有名人だった。その名声は米国にも届き、自前の管弦楽団を引き連れて驚くべき長距離移動と長期間の公演を行ったりと、移動手段も限られていた当時のことを考えると超人と言ってよいくらいの活躍ぶり。それと、ベートーヴェンの『第九』で有名な、シラーの「歓喜に寄す歌」を引用したワルツ『抱き合え、汝ら百万の友よ』なる作品まであるんですね〜。末の弟のエドゥアルトは晩年、人間不信(?)のようなところがあり、反対を振り切って貴重な遺産でもある兄たちの作品を含むシュトラウス管弦楽団の膨大なレパートリーの楽譜類を大量に溶鉱炉にくべちゃったとか。現場に居合わせた工場従業員の証言によれば、「オリジナルな草稿や未出版の作品を含む楽譜の山が燃え尽きるのに、午後の2時から夜の7時までかかった」という! 

 そんなシュトラウス2世、意外や意外に書かれた作品と相反して(?)内省的かつおカネにうるさい人だったようで、とくに晩年は心気症要因と思われるさまざまな病気にも罹っている。典型的な夜型で、「嵐の夜には、いちばん美しい夏の夜の二倍も」作曲ができると書いた手紙も残っています(ちなみに晩年、別荘テラスで作曲中のシュトラウス2世を撮影した写真とか見ると、いわゆる立ち机で立ったまま仕事をしていたみたいです。腰にはよいかもね!)。「死」というものを病的に嫌い、なんと自分の親をはじめ、夭折した弟ヨーゼフの葬儀にさえ出席を拒否したとか、ヨーロッパ中の聴衆を踊らせてきた作品を書いた張本人がまったくワルツが踊れなかったりと、とにかくはじめて知ることのオンパレードです。癇癪持ちでもあり、精神分析的に見ると扱いづらさという点では大バッハといい勝負かも。

 そんな欠点もいろいろ持ち合わせているシュトラウス2世ですが、ベルリンの劇場主が贈ったという墓碑銘が心を打ちます。
50年の間、ヨハン・シュトラウスは、姿こそ見せなくとも、文明世界のほとんどすべての娯楽施設の現場にいた。幸福な人々がのびのびと楽しみを求めるところには、必ずヨハン・シュトラウスの霊がかたわらにいた。彼の作品が世界に貢献した幸福と享楽の量をはかれるとしたら、ヨハン・シュトラウスは今世紀最大の恩人の一人と見てよいだろう。

 というわけなので、もうすぐ始まる新年恒例のウィーンフィルのニューイヤーコンサートは、例年にも増して心して耳を傾けようかと思っています。

 この本を一読して思ったこと。それは冒頭にも挙げたように、この本の著者ピーター・ケンプという英国人がシュトラウス一家にかんする文献資料を渉猟して、かつての伝記作家の誤記ないし不注意なども丹念に拾いだし、訳者先生のことばを借りれば「正統的な証拠集めによって再検討」して本を書いたこと。これ、いやしくもモノ書き稼業の人間にとってはもっとも大事なことなんじゃないでしょうか。どうも最近、トマ・ピケティの『21世紀の資本』に出てくる r>gなる不等式の話じゃないけど、米国はじめ世界中の主要な国々のトップがそろいもそろってナチスドイツ、いやそれ以前の社会にまで時計の針をもどそうもどそうとしているのがひじょーに気になる一年でもありました。そしてもちろん、クラカタウ火山崩壊による突然の津波という悲劇や米国カリフォルニア州の大規模森林火災、北海道や大阪北部の地震に西日本を襲った豪雨災害など、2018年の戌年は地球温暖化の影響によると考えざるを得ない前例のない風水害も世界各地で多く発生した一年でもありました。

 ワタシは基本的に「個人がめいめいを救う努力をつづけていれば結果的に世界も救うことにつながる」と信じている派ですが、環境問題についてはこれはもう「意識」を変える以外にない。すべてはそこからかな、と思います。今年もこのとりとめのないブログをお読みいただき、妄評多謝。最後にウィーン少年合唱団による、『美しく青きドナウ』をどうぞ。




本の評価:るんるんるんるんるんるんるんるん
posted by Curragh at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本

2018年11月18日

Sailing to the Sunshine !! 

 きのうと本日は Aqours のライヴだそうで、図書館で調べものを終えて駅南口に向かったら(途中、この時期恒例の Beaujolais-Village Primeur を買ったけど)、ちょうど折よく(?)、ラッピングタクシーがずらり勢ぞろいしてました。

 4回目となる今回のライヴのタイトルはずばり "Sailing to the Sunshine" でして、なんとふさわしいタイトルかと勝手に感じ入っていた。
Ascendit sanctus Brendanus in navim. Extensis velis coeperunt navigare contra solstitium aestivale.

聖ブレンダンは舟に乗りこみ、一行は帆を揚げて、夏至の太陽に向かって船出した[ちなみにこれを Google 先生に英訳させたら 'St. Brendan up on the boat. Stretching to do after the summer solstice and began to sail against the waning Summer.' と、けっこういい感じに仕上がって出力されたのにはちょっとビビりました。ラテン語の 'contra solstitium aestivale' というくだりは直訳すれば 'against the summer solstice' 。引用したのは『聖ブレンダンの航海』最新の校訂版となるオルランディ版から]。

 ようするに5世紀のアイルランド人修道院長ブレンダンたちが夏至の太陽へ向かって、つまりほぼ真北に南中する太陽を目印にして船出したように、Aqours 声優さんたちによるライヴもまた、おなじ太陽、もっと言えば輝き(radiance)に向かって船出した、ということになる。

 不肖ワタシは自分の住む街が思いがけずこの作品の主要な舞台となり、かつこの作品を自分なりにしっかり見てきたひとりとして思うところを以下、書き出してみたい。というか、言わずにはおれなかった、というのが本音ではある。

1). アニメ作品『ラブライブ! サンシャイン !! 』1期放映を見たのは前にも書いたとおり、昨年夏の Eテレでの全話再放映からで、遅くやってきたという感じではあるが、ちょうど昨年あたりから明らかに街のようすが変わってきた。市広報紙で特集を組んだり、「街歩きスタンプ」設置店舗が急増したり。そもそもこの作品に興味を持ったのもその市の広報の特集を読んだからで、だから再放映を知ったとき、「特集を組むほどの作品ならば、なら見てみますか」というごく軽い気持ちからだった。

 … あれからはや一年、「寝そべり」を月見団子よろしく積み上げた店がずいぶんと多くなり、関連イベントも開催されるようになったし、駅前のコラボカフェを訪れる人もずいぶんと増えた。もちろん内浦地区を散策する人も目に見えて増え、シリーズ2期の放映が開始されるとその数はますます増えていった。

 市民のなかには白眼視する向きも少なくない、というような話も聞くけれども、すくなくともワタシが見るかぎりでは聖地巡礼のお客さんと地元民とのあいだの関係は表立ってよくない、なんてことはまったくないと思う。一部、心ない茶々ないし作品ファンに対するクレームをネット上で見かけるが、個人的には悪い印象、というのは皆無(もっとも駅前に三脚を立てたりバスターミナルのベンチを荷物で占領するといったことはたまさか見かけるが)。むしろこの作品の放映が始まったおかげで市中心部の治安が改善された印象のほうがつよい。商店街も、Aqours メンバー9人のフラッグや横断幕、タペストリーなんかが整然と掲げられ、それだけでも街全体の雰囲気がずいぶん明るく、華やかになった。そしてクラウドファンディングの資金で製作・設置されたカラーマンホール蓋。はじめてあれを目にしたときはアートワークとしての出来のよさにほんとうに驚いたものだ。

 聖地巡礼にやってくる人を十把ひとからげに「オタク」だ、とのたまうのもどうかと思う。ワタシの見聞したかぎりでは、ワタシのようにアニメなんぞにまるで興味がなかった人がこの作品にハマった、という事例のほうが大多数でして、こういう人たちまでいかにもダゲレオタイプならぬステレオタイプに「アニメオタク」と揶揄するような発言はよろしくないし、だいいち失礼だ。彼ら / 彼女らは観光客でもある。もしワタシがこの作品に対してなんの興味もないままだったとしても、数年前までの駅前と商店街のさびれた状況を知っている者としては、このにぎわいはありがたい、という気持ちのほうが勝ると思う。アニメだろうとなんだろうと、「よいものはよい」という主義なので、こういう偏見ははっきり言って理解不能。はるばるドイツからやって来てくれたお客さんに向かってそんなこと言えますか。

2). もし、『ラブライブ! サンシャイン !! 』が一部ネット上で叩かれているような低俗な作品だったら、ではなぜ十代、二十代のみならず、幼い子どもを持つ若い夫婦といった社会人までこの作品のファン層が幅広いのか、説明がつかない。「メディアミックス展開だから」という意見もあるかもしれない。ゲーム、声優さんたちによるリアルな Aqours、アニメに登場する挿入歌などの楽曲や「寝そべり」やフィギュアの販売も、たしかにあるとは思うし、商売に走っている感じもなくなくはない。でもそれもこれも「浦の星女学院スクールアイドル Aqours の成長と奮闘の物語」というストーリーそのものが観る者のココロに訴えないかぎり、いくらメディアミックスしたってとうていここまでの社会現象的ななにか、にはいたらないはず。なんたってこの作品がきっかけで移住する人までいるんですぞ! 何十年も鉄道高架化が遅々として進まず、2011 年の大震災以降、内浦をはじめとする沿岸地区の過疎化に拍車がかかり、街からは住民がどんどん出ていくいっぽうさびれるいっぽうだった、というのに !! これを「奇跡」と言わずしてなんと言うのか

 いいトシした大人が「寝そべり」持って歩いていたり、キャラクターをあしらったマンホール蓋のそばにフィギュア置いて写真撮影しているのが気持ち悪い? たしかに Aqours マンホールの蓋をごしごしやってる人とかはたまに見かけますよ。個人的には布の繊維くずのほうが問題だと思うので、やるんならダストブロワーでシュッとひと吹き、くらいでいいとは思ってますけど、通行人の邪魔にならないていどならばべつにいいじゃないですか。チャリンコ暴走族のほうがよっぽどコワいですよ、それにくらべたらかわいいもんですわ。5月の狩野川こいのぼりフェスティヴァルのときだって、津島善子 a.k.a. ヨハネの住む設定になっている商店街に向かって、女子高生らしきふたりの女の子がニッコニコしながら「伊勢海老」のぬいぐるみかついで走ってました。またあるとき帰りのバスを駅前で待っていたら、だしぬけに「全速前進、ヨーソロー!」と元気よくかけ声かけていた女の子もいました。たちの悪いヨッパライが管巻いている光景しか見たことのない一住民としては、こっちのほうがよっぽど精神衛生によいし、よもやこんな時代が来ようとは beyond my wildest imagination だったずら。

3). そんなふうに思ってるのってオレだけなのかな、なんてショボくれていたら、西浦地区で民宿を営んでいる方のツイート見て小躍りしたくなるくらいに、「わたしはうれしかった[英国人作曲家パリーの同名の合唱曲のパロディです]」。本日の Aqours 声優さんたちのライヴ(しかも東京ドームずら!)、なんとその方と息子さんが「参戦」するという内容だったんですけれども、「『学校で先生が見せてくれたアニメにみんなで驚いたあの日、こんな日が来るとは思わなかった』と語る、高校生になった息子と明日、東京ドームに向かいます」とあり、トシなんでつい涙腺が緩んでしまった。しゃすが本家、「みんなで叶える物語」だと感じ入ったしだいです。

 キャッチフレーズでもある「みんなで叶える物語」、ほかにもいくつか事例はあって、地元商業高校の生徒さんたちがコラボ商品の開発と販売をしたり、あとアルミ缶入りの地元産お茶飲料のパッケージに描かれた高海千歌をはじめ茶娘姿の Aqours のあのイラストも、地元の女子高校生が描いたもの。この物語は、確実にこの街を変えつつある。

4). でもさあ、『ラブライブ! サンシャイン !! 』もリアル Aqours もいずれ終わっちゃうんでしょ、先代の音ノ木坂学院スクールアイドル μ's のときのようにさ、という声がチラホラ聞こえもする、今日このごろ。「『サンシャイン !! 』は黒船だったな」といううまい表現も見かけたりしたけど、たしかに黒船なのかもしれない。でもあの作品の制作に関わった監督はじめスタッフさんたちの「本気度」はどうですか。ワタシがなによりもこの作品と Aqours が好きになったのも、ひとえにこの「本気度の高さ」。たとえば地元ゆかりの小説家、芹沢光治良氏との関連はかなり指摘されているけれども、黒澤ルビィの「ルビィ」は幼少期の芹沢氏が近所に住んでいた兄ちゃんにいつもくっついていて、それが「漢字のルビみたいだ」ということで、寺子屋の先生が芹沢氏のことを「ルビちゃん」と呼んでいたことにちなむ、とか、主人公の高海千歌の千歌も、芹沢氏の幼少時に面倒を見ていた叔父さんの奥さんの名前の「千賀」から、また小原鞠莉の鞠莉も、芹沢氏が学生時代に世話になっていた実業家の娘の名前「鞠」から、といったぐあい(以上の説は芹沢光治良記念館配布資料によるもので、「ラブライブ!」シリーズの運営元の公式見解ではありません)。

 そしてなんといってもあの緻密な風景の描写と Aqours メンバーの内面の掘り下げ方、そして音楽が主役な物語だけに、挿入歌も含めて「劇伴」ものどれをとっても出色のできのよさで、とくに作詞の畑亜貴さんの歌詞はじつにすばらしい(NHK-FMでも「今日は一日ラブライブ! 三昧」を長時間にわたってオンエアしてましたっけ。かかった楽曲なんと 74 曲 !! これでもまだぜんぶじゃないからもっと驚く)。なるほど、これだからみんなライヴに行きたがるのもうなずけるお話ではある。そういえばいまさっき NHK-FM 聴いていたら、リスナーのこんなお便りが読まれました。なんでもバンド活動をしていた方のようで、バンド仲間は結婚を機に音楽活動から遠ざかり、いまだに活動をつづけているのは自分だけ、ひさしぶりに仲間どうしで再会したとき、「まだ音楽やってるの?」と言われるのではないかと不安だったが、いざ会ってみたら昔、みんなが大好きだった洋楽をいまも心の支えにして生きている、と聞かされうれしかった、というものでした。これですよ、アートの力というのは! 『ラブライブ! サンシャイン !! 』の音楽にも当てはまると思う。スターバックスじゃないけれども、人間ってのは「第三の場所」が必要だ、とする主張には全面的に賛成する。比較神話学者キャンベルの言う「神聖な空間」とも近いものがあるように思う。こういう体験なり空間なりを提供できるのは、質の高い作品だけ。『ラブライブ! サンシャイン !! 』は長い間の鑑賞にもしっかり耐えられる物語だと思ってます。

 アニメシリーズが終わったあとはどうなるか、についてですけど … 図々しいのは承知のうえで言わせてもらえば、8月に急逝されたさくらももこさんの代表作『ちびまる子ちゃん』のようになってくれれば、というのが個人的な理想。『まる子ちゃん』と『サンシャイン!! 』はそもそも比較にならんだろ、と突っこまれるのはわかってます。わかってるが、地元出身ではない人びとがこれだけ真剣に向き合い、ここまで丁寧に物語を作ってきてくれたのだから、これをシリーズ終了、ハイおしまい、ではなんとも情けない。こんどは地元が主体となって永続的な取り組みにすべきだと思う。前にも書いたがこの物語はただたんに消費されるだけのコンテンツなんかじゃない、これはすぐれた文学作品とおなじく、長く残る「作品」であり「物語」なのだから。

 … というのがようするにワタシの結論です(聖地巡礼の人はアニメに関係する場所しか興味がなく、ほかの名所とかには見向きもしない、という声もときおり聞くけど、たとえば前にも書いたようにワタシなんか地元民のくせに知らなかったあの場所、この場所を「浦の星写真部」の作品を通じてずいぶん教えてもらった口なので、その批判も当たっていない。だいたい人間なんて最初はそうでも、しだいに興味関心の間口は広がっていくもんですよ。ついでに脱線すれば、自分はこの街の出身者ではなく、生まれは東京。つまり「梨子ちゃんビーム!」の桜内梨子と立ち位置がおなじだったりします)。

 そういう意味では、「みんなで叶える物語」はまだ始まったばかり。Let's SAIL TO THE SUNSHINE !! 

2018年10月30日

ルオーとキャンベルにとっての radiance とは

 今日、10 月 30 日は Halloween eve … じゃなくて、米国の比較神話学者ジョーゼフ・キャンベルが異界へと旅立った日。自分が好きでコツコツ訳しためているとあるキャンベル本に収録された文章に、ゴーギャンやジョイスといった「破滅型の芸術家」についての考察がありまして、たとえばこんなふうに言っている。*
 もしあなたが壁で囲まれた集落に留まって生きてゆくのなら、身のまわりのことはその集落が面倒を見てくれるでしょう。でもひとり冒険の旅に出るのだったら、果たしていまが出発すべき時なのか、よくよく考えてみなくてはなりません。冒険の渇望に取り憑かれるのが人生後半、すでにあれやこれや責任を負っている年齢にそんな炎が灯ったとしたら、これはのっぴきならない問題になります。ゴーギャンがそうです。彼の後半生は破滅そのものでした。自身の人生はおろか、家族の人生までもが滅茶苦茶になったのですから。ですが、ゴーギャンの人生は破滅だったでしょうが、彼の芸術はそのためにかえって偉大なものとなりました。彼が絵を描くことに真剣に向き合いはじめたのは、45歳くらいから。以後、彼の人生は絵を描くこと以外になくなりました。ゴーギャンの生き方は、ある種の英雄の旅だったでしょうが、その代償はあまりにも高くつきました。なんとも皮肉なことです。ゴーギャンは人間としては大いなるしくじりを犯したと言えるでしょうが、しかし芸術家としては勝利者だったのです。[中略]

 最後の大作『フィネガンズ・ウェイク』を書き上げるのに、ジョイスはじつに16年を費やしています。さてこの作品が出版されたとき、いかなる書評が書かれたのか、ぜひ読んでみるべきでしょう。曰く、「この男はいったいなにをしようとしているのだろうか? 発狂でもしたのか? いかれた破壊行為を働いているだけなのか?」。『フィネガンズ・ウェイク』初版本は2か月と経たないうちに見切り本扱いとして安売りされました。わたしはこの作品を4部、それぞれたったの56セントで買いました。見切り売りがはじまったとき、版元はどうにかして出版費用を回収しようと立ち回ってました。よって著者のジョイスの手許にはなんの見返りもありませんでした。
 ジョイスは生涯最後の本として計画していた作品に手をつけることなく、59歳の誕生日を迎える3週間前に亡くなっています。ジョイスの生き方は、わたしにとっては手本たりえない。ですがわたしにとっての芸術の手本は、まちがいなくジョイスです。トーマス・マンはジョイスについて、おそらく20世紀最高の小説家だと評しました。でも、そのために彼が払った犠牲がどれほどのものだったか。
 またこの文章には『4分 33 秒』で有名な前衛作曲家ジョン・ケージのことば「名声などつまらんもの」という引用もあったりで興味は尽きないけれども、引用者がキャンベルのこの文章(もとはエサレン・インスティテュートというリトリート研修施設で行われた集中セミナーみたいな場での講義)でもっとも感動したのは(下線強調は引用者)、
 ジョイスは、これらもろもろの苦難を耐え忍んだ。ひとえに自身の希求する「完全さ」ゆえに。この完全さこそ、芸術の内包する成就であり、ジョイスはそれを成し遂げました。対して「生きる」というのは、不完全なものです。生きる上で立ち現れるあらゆるものはみな不完全なものにすぎませんが、芸術の働きというのはこの不完全な生を貫く「輝き(radiance)」を目に見えるようにすることにほかなりません
 先日、たまたま見たこちらの番組で、フランスの宗教画家ジョルジュ・ルオーの展覧会のことを取り上げてました。ルオー、とくると、パブロフのなんとかですぐ、あのぶっとい黒い線に囲繞されたキリストのご聖顔を思い出すんですけれども、イエスと聖家族を描いた最晩年の作品『秋、またはナザレット(1957)』を見た瞬間、ジョイスの言うエピファニーを感じてしまった。ルオーは十代のとき、ステンドグラス職人の徒弟修業に出ていたとのことでして、なるほどそれであんなぶっとい黒線か、とも思ったんですが、こちらの作品でつよく感じるのは背後から差しこむ後光のようなおごそかな「輝き」のほうでした。ステンドグラスから教会堂の石の床にまだらに投げかける、あの光、あの輝きが、その作品にはたしかにあった。もっとも絵画というのはホンモノを見るにかぎる、というわけで、まだ会期中だし、見てこようかなと思案中です(エドヴァルド・ムンクのほうも気にはなってる)。

 ところでキャンベル先生は最晩年になっても若々しくて、あんなふうに年を取りたいものだなんてのほほんと思っていたりするんですが(白髪は増えたが)、そんなキャンベル先生はわりと新しもの好きだったようで、
モイヤーズ われわれは自己のイメージに従って世界を改造したい、われわれがそうあるべきだと思ったとおりに作り直したい、という願望を持っており、機械はそれを実現するのに役立っている。
キャンベル そうです。ところが、そのうちに機械が人間に指図を与える時期がやってきます。たとえば、わたしは例のすばらしい機械、コンピュータを買いました。いまわたしは神々に関する一権威者といったところです。コンピュータをそんなふうに見てるんですよ。旧約聖書に出てくる、たくさんの掟を持つ情けを知らぬ神のようなものだと。…… わたしは自分のコンピュータから神話についての啓示を得ました。あるソフトウェアを買うと、そこに自分の目標を達成するために必要なすべての記号がセットされているのです。べつのシステムのソフトウェアに属する記号をいろいろ操ったところで、なんの役にも立たない。
…… ある人がほんとうにある宗教にのめり込み、それを基盤にして自分の人生を築こうとするのなら、その人は自分が得たソフトウェアだけを用いつづけたほうがいい。でも、このわたしみたいに、あれこれのソフトウェアをもてあそびたい人間は、たぶん聖者に近い経験を持つことは永久にないでしょうな。―― 『神話の力』飛田茂雄訳、早川書房 1992[なお表記は自分のスタイルにあわせてあることをお断りしておきます、以下同].
 いま、インターネットをめぐってはさまざまな問題があり、そうは言ってもすばらしい可能性もまだまだ未開拓のまま残されている余地はひじょうに多い、と個人的には思うけど、「移民集団にはおおぜいのギャングや悪いヤツらが交じっている。どうか引き返してくれ。これはわが国への侵略でわが軍が待ちかまえているぞ!(「讀賣新聞」サイトの訳)」といったたぐいのツイートを垂れ流し、悪いのは fake news をまき散らす CNN や NYT だ、オレはなーんも悪かない、みたいな人間が世界の超大国にしてキャンベル先生の故国のリーダーでもある現状は、先生の眼にはいったいどう映るんだろうと、そういう妄言録を見聞きするたびに思う、今日このごろ。あの人の言っていることにいちいち心酔するような人たちってちょっとゾッとするんですけど、ひとことで言えば前にも言ったけど、90 年近くも前にオルテガ・イ・ガセットが『大衆の反逆』で書いたような人々なんでしょうな(どうでもいいけど、いまの米国大統領ってどうしてこう「時計の針」をもどそうもどそうとばかりするのか? なんかもう『風と共に去りぬ』の世界にまでもどってしまいかねない危惧がある)。

*... from A Joseph Campbell Companion: Reflections on the Art of Living, selected and edited by Diane K. Osbon, Harper Collins, New York, 1991.

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2018年10月22日

「生きているあいだは輝きなさい」

 いまごろなんですけど、本庶佑先生のノーベル医学生理学賞の受賞はすばらしかったですね! オプジーボでしたか、従来の抗がん剤とはまったく発想の異なる免疫療法による特効薬の研究開発。そして寡聞にして知らなかったが、なんと静岡県ともゆかりがけっこう深くて、昨年まで静岡県公立大学法人理事長を務められ、そして「ふじのくに地域医療センター」の現理事長でもある、というからさらにびっくり(→ 関連記事)。そしてなによりも自身の経験に裏打ちされた「名言」もまた、すばらしい。やっぱりこういう「個」をしっかり持った人というのはけっして狭量ないわゆる専門バカであるはずもなく、普遍的な「輝き」、radiance を放つ人物なのだ、ということを再認識させられもした。

 「一生をかけるなら、リスクが高くても自分がやりたいことをすべき」、「生命科学はどの研究が実を結ぶかはわからない。一見役に立たない、すぐに結果が出ないように見えても無駄ではないのでいろんな分野やパターンに挑戦するべき。だから教科書に書いてあることも正しいとはかぎらない。まず疑うこと」といったことば、胸に響きますね … とくに「健全な批判精神」ということを強調されていたことなんか、もう感激。そういえば地元紙もノーベル賞受賞が決まったとき、本庶先生のことばとしてつぎのように掲載していた[引用は一部抜粋、下線強調は引用者]。
一般的にいまの学生は浪人する人が少ないなど安全志向が強い。人生は一度しかないからチャレンジしてほしい。自分が決めた枠の中にいるだけではおもしろくない。好奇心やおもしろいと思ったことに挑戦してほしい。

 1回や2回失敗したっていい。再起は可能。失敗してもあきらめず継続すること。やる以上は全力で集中してやる。ずっとやっていると、そのうちなんとなく自分に自信がでてきて開けてくる
本庶先生は研究室で若い院生に、よくこんなふうに問いかけたんだそうです。「それは、ほんとうにキミがやりたいことなのか?」。心からやりたいと思っているのかどうか、これが判断のひとつの基準だったことはまちがいない(→「いちばん大切なのはできるかどうかじゃない。やりたいかどうかだよ!」by 高海千歌)。この点もしごく共感できて涙が出そうになる。

 自分が夢中になれるかどうか。ほんとうに好きなら、たとえカベにぶつかってもあきらめたりせず、やかましく無責任な外野の声なんぞいっこう気にもとめず、おのれの究めたいことをひたすら追求すること。… っておや、なんかどっかで聞いたことある話 … そう、比較神話学者のキャンベルの言う「あなたの至福に従え」ですよ、まさしくこれ。言わんとするところはけっきょくおんなじじゃないですかね。 

 前にも書いたけど、ほんとうに自分のしたいことならば、あるいは自分が大好きな分野ならば、とにかく喰らいついてなにがあろうと離さない、そうすれば ―― 確約はできないが ―― 以前、ここでも触れたある翻訳家の先生の言われたごとく、「きっといいこともありますよ」。不肖ワタシもそうかたく信じている( → 本庶研究室で助手、講師を勤めた弟子筋の方の書かれた寄稿文)。

 そういえば先日、原稿書きの調べものをしていたら、まったく予期せずこんなことばに巡り合った。古代ギリシャの墓碑銘だかに刻まれていた歌詞の一部らしき一文で、こう訳されてました。「生きているあいだは輝きなさい。命は短いのだから、思い悩まないように」。かくあれかし、と思う。語学の勉強もこれと似たところがあるかな。ほんの数年くらい学んだからといって澎湃たることばの海を泳ぎきれると思ったらそれはちがうゾ、といっつも思っているので。でもいまはインターネットとか Google とかあるし、調べものひとつとっても昔とくらべれば、そりゃラクにはなりましたわ(その代償? に、ワード当たり単価もどんどん落っこちているというのは好事魔多し、ということなのかどうか)。

 地元紙の読者投稿欄に、学校の英語教育で生きた英会話を教えてほしいという、ある意味切実なお悩みの声が掲載されていた。が、とくに公立学校においてそこまで求めるのはどだいムリだろう、というのが偽らざる感想。そこでインターネットを十全に活用しまくるのだ !! と、声を大にして言いたい。ポケモンGO とか課金ゲームもいいけど、昔にはなかった「特権」がみなさんにはあるのだから、もっともっと活用すればよい。べつにムリして語学留学に行くこともないと思う。ロハでもいくらだって勉強できますよ、ほんとうにその気があるのならば。相手が用意してくれるのをポカンと待ってるだけじゃイカンです。昔、翻訳の勉強をはじめたころに読んだあるエッセイに出てきた「水族館に飼われている太ったイルカ」の比喩とおんなじ。「サメやシャチに襲われる心配もないし、食事だって飼育員がすべて用意してくれる。18, 9 歳くらいでこんな感じになり、ただひとつの不安といえば、退屈すること」。学校では、英語だったら英語ということばの成り立ちと「基礎」さえ身につけてくれればよいと思う。そこから先は、「好奇心やおもしろいと思ったことに挑戦」すればいいだけのこと。じゅうぶん羽ばたけるだけの力は身についているはずです。なんでもかんでも学校の英語の先生に求めちゃダメずら。そんなことしたら倒れちゃう。

 科学研究の場合、もうずいぶん前から基礎研究の研究費の削減と優秀な研究者の不足が問題になっています。お金というのはこういうところにこそ使うべき、と主張してもいる本庶先生はほんと正しいと思いますね。カネの使い道、ひいては税金の使途という点でも、真剣に考えなくてはいかんと思います。

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2018年09月10日

Aestas Horribilis 2018

 いまさっき、米国の臨床医向けポータルサイトでこういう ↓ 書き出しの論説文を見た。
Toward the end of 1992, Queen Elizabeth II of Great Britain referred to a year of misfortune that had befallen the British royal family as “annus horribilis.”

As I write this editorial, I feel much the same about the summer that has just passed − aestas horribilis − with death, misery and destruction wrought upon the Mexican, Caribbean and U.S. populations by a series of hurricanes, earthquakes, gunmen and political extremists.

1992年暮れ、英国女王エリザベス II 世は英王室につぎつぎと降りかかった災厄だらけの一年を回顧して、「ひどい年」だと評した。

 この論説を書く筆者もまた、過ぎ去ったばかりの今夏について、ほとんどおなじことを感じている −− ひどい夏。今年の夏、メキシコやカリブ海諸国、そして米国の人びとはハリケーンに地震、銃撃犯に政治過激派と立てつづけに襲われ、死と困窮と破壊とに見舞われている。

aestas horribilis ―― 今年の夏をひとことで言えば、「今年の漢字」じゃないけど、まさしくこれだったのではないか。ほんとうに「ひどい夏」だった。天候不順、雨が降ればスコール、ゲリラ豪雨にゲリラ雷雨、かと思えば「熱波(ここ静岡県でもほぼ全域で最高気温も軒並み過去最高を記録。これは太平洋高気圧とチベット高気圧の二段重ねが原因とのことらしいが、これはもう、欧州などでここ数年頻発しているりっぱな熱波ですよ)」、そして台風のたまごがオニヒトデよろしく異常発生、昔のギャグアニメの主題歌でもあるまいに東から西へ「逆走」した台風は出るわ(海蝕崖にへばりついて建つ熱海の某ホテルの大食堂の窓ガラスが台風の高波&高潮の直撃を受けて木っ端みじんになった、なんてこともあったが、個人的にはもっとはやく食堂を閉鎖すべきだったと思う。台風が直撃コースをとることはとっくにわかっていたはずで、これは人災的要素が大)、西日本では過去に例のないほどの広域での浸水害や土石流被害が発生。そして追い打ちをかけるように先週の北海道南東部を深夜、襲った M 6.7 の激震。

 東日本大震災のときもそうだったし、毎度、おなじことの繰り返しで申し訳なく思いますが、被災された方には心からのお見舞いと、亡くなられた方のご冥福を祈りたい。地元紙朝刊に大きく掲載された厚真町のひじょうに広範囲におよぶ地滑り的な山体崩壊の航空写真には、しばらく絶句して見入るばかりだった。

 日本の自然は四季がはっきりしていて、四季折々ということばがあるように基本的には昔、さる著名な風景写真家が評したように、「欧米などの大陸の自然とちがってやさしい」。でも同時に台風に代表される風水害や冬の雪害、たまさか発生するも甚大な被害をもたらす竜巻などの突風、そして火山の噴火に、地震、地震に伴う津波や軟弱地盤の液状化。思いつくだけでもこんなにある。ちょっと歴史を顧みれば日本の歴史はそのまま自然災害の歴史でもあり、互いに助け合わなければ生きてゆけない(日本が「超」がつくほどの均質社会と言われるのも、ひとつにはこの自然災害の突出した多さに起因するのはまちがいない。ひとり勝手なことをしようものならたちまち「村八分」になっただろうから)。

 言いたいことはいろいろあれど、やはりなにかお役に立てることを、ということで、「災害への備え」に特化した情報などを提供する Web サイトをここでもすこしご紹介したいと思う。

1). NHK の「災害もしもブック」&「災害もしもマニュアル
2). 無印良品の「わたしの備え。いつものもしも。七日間を生き延びよう[PDFファイル]」
3). 「いつでも持ち歩きたい防災ママバッグ」 幼児を抱えたお母さん向けに、必要最小限の用品を入れたバッグを用意しよう! という情報をまとめたもの。

ちなみに不肖ワタシが、たいしたことではないけれどふだん実践していることは ――

 ・懐中電灯を含む、携帯用 LED ライトをいくつか携行する。うちひとつはカバンにくっつけていて、夜間の発光材代わりにもなっている。
 ・ふだんからよく歩く。ブロック塀など、危険個所の点検という意味もあるが、津波がきたらこのルートで、とか、ここが使えなくなったらどうするかとか、安全に避難可能なルートを頭に入れておくため。
 ・「ハイレモン」とか飴玉類やハサミ、手袋、タオル、絆創膏、ポケットティッシュのたぐいもいつも持ち歩いてます。
 ・はじめて行く場所[コンサートホールとか美術館とかも含む]の避難経路の確認

 災害がとくに多かった印象を受ける今年の夏でしたが、最後にあの2歳の幼児をみごと発見救出したヴォランティアの師匠的存在の方について率直に感じたこと ―― それは、いくら当該分野の専門知識や経験があっても、「幼い子どもは上へ行く習性がある」という一見、まるで畑ちがいにも思える児童心理学的直観にはまるで歯が立たなかった、ということ。いまひとつはあまりに人任せな人が多い、ということ。たとえば大水害に見舞われた岡山市の低地地区の方が、「浸水予想区域地図」なんか見たことがない、と嘆いていたのを TV で見たとき、地元自治体広報紙にはさまってなかったのかなってちょっと信じられなかった。周知のしかたに問題ありかもしれないが、やはり「自分の命は自分で守る」のが、最強の初動態勢なんじゃないでしょうかね。危ないと感じたらさっさと逃げる、その場を離れる。大津波がきたら「てんでんこ」に散り散りになってとにかく高い場所へ高い場所へ逃げる。避難訓練はもちろんだいじだけれども、天災には、人間の都合でこさえた避難マニュアルなんて通用しない。そのときそのときの判断で生き死にが分かれる(昔見た風景写真雑誌に、「自然が発する警告にまるで気づかず、『わたしは危険がわからない』みたいな人が増えている」という趣旨のコラムを読んだことがあるが、最近、とくにそれをつよく感じる。台風接近時にサーフィンしに行くなんて、論外ずら)。

 また、こんどの地震でもこんなコメントを伝え聞く。「ここでは起きないと思っていた」。固定していない家具の下敷きになって亡くなった方もまた出てしまった。液状化とかはほんとどうしようもないですけど、せめてできることからはじめましょうよ。大阪の地震だって、あんな危険なブロック塀が何十年も放置されていたとは信じがたし。40年ほど前の宮城県沖地震の教訓がちっとも生かされてなかったってことでしょうね。人任せにしてはいけません。

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2018年07月08日

「餅は餅屋」ずら

 先日、地元紙に小さな扱いながらこんな記事が。「英大調査 / ソーシャルメディア曲がり角? ニュース利用減少」というもの。

 『自分の時間』という邦訳書名で知られる古典を書いたことでも有名な英国人小説家アーノルド・ベネットは、どこで読んだかかんじんなことは失念してしまったが、たしか自分自身の意見や考えというものを持たない人を「毎朝、新聞を読んでからでないと仕事に行けないような人間」というふうに評していた。そんなベネットが、この記事見たらどう反応するのかな? ほえ、21世紀人はソーシャルメディアなるもので、紙の上ではなく光る平滑な画面上に映し出される文字を読んでいるのか、しかもこの写真は動くし音も出る、まるで持ち運べる映画じゃ、なんて思うかも。

 ニュースを知るためのツールとくると、マスメディアの代表格のひとつでもある紙の新聞、あるいは NYT に代表されるようなインターネット上の「電子版」と称される媒体が思い浮かぶ。でもここ数年は事情が変わってきて、いまなにが起きているのかを知るのに Facebook や Twitter なんかで配信されるモノを頼りにするんだそうな。とくに FB は前回の大統領選以来、fake news の温床だとして叩かれてきたから、逆に言うと、ここ数年は旧来の新聞ではなくて、ソーシャルメディア経由でニュースに接する人が存外多いということを示している。これ、もっぱら地元の地方紙と、たまさか図書館なんかで「東京新聞」とか読んでいるにすぎない古いタイプの人間にはいささか信じられない。

 なんというか、やはり「モチは餅屋」、だと思うんですよね。記者が足で稼いで取材してきた記事や写真原稿を編集者がいったんまとめて、それにデスクがダメ出しする。最終的によしということになった記事原版が校閲・校正を経て印刷に回る。販売店に輸送されてきた新聞が配達員によって各家庭に配達される。これだけの労力と手間とカネがかかっているわけです。オンライン版とか電子版はどうか。まず印刷しなくて済むから木材資源の節約にはなる。省資源、省エネルギー。で、配達する必要もないから、とくに速報系、 breaking news 系にはとくに威力を発揮するでしょう。これはたいへんなメリットだと思う。でもなににも増してネット新聞の最大の利点は、ウチにいながらにして、いや iPhone などのモバイル端末さえあれば、いつでも、どこでも世界中のニュースをリアルタイムで知ることができちゃうことだろう。伊豆半島にいたってアイルランドの英字紙 The Irish Times が読める時代。

 問題なのは、そもそも報道機関でもなんでもないプラットフォーム企業の手のひらの上でめいめいが好き勝手に「配信」しちゃってるニュース「もどき」、報道「もどき」だろうと思う。fake news のたぐいはたしかに昔から存在しているし、写真の世界ではたとえば「心霊写真」なんか、150 年以上も前の写真術草創期にもう世間を騒がせていたりで、言ってみれば古く、かつ新しい話なんではあるけれども、いまは Instagram などの出現でだれもがかんたんに写真の加工や編集ができちゃったりする。ようするに小学生でも腕っこきの記者よろしく情報発信できてしまう世の中なので、文責というか、よほどハラをくくっていかないとマズい、とワタシなんかは感じるんですけれども … Twitter で遊んでばかりいる大統領閣下はじめ、甚大な災害が発生してただでさえ「正確な」情報がほしいときにじつにくだらないデマやホラを垂れ流す輩もいたり(この人の発言はしょせんプロパガンダにすぎない)。とくに Twitter は企業の PR、もしくは災害の現場がいまこうなっているからなんとかして、みたいな情報に使うぶんにはなんら問題ないし、このプラットフォームの持つ強みが十全に発揮されるように思う。でも現実はね …… これ以上は推して知るべし。

 キューバ危機の時代、米国ではいまだ LIFE とかの写真ジャーナリズム系雑誌がいまとはくらべもののないほどのパワーを持っていた。ユージーン・スミスとか、報道写真家と言われる人々も矜持を持って仕事に打ちこんでいたように思う。ジャーナリズムとジャーナリストの地位がこれほどまでに凋落したのは、ひとつにはネットでだれもが発信できるようになったということも大きいのではないか(ジャーナリズムの本場と思っていた米国でさえ、昨今は大学のジャーナリズム学科に入ろうものなら親が猛反対するんだそうな)。なにかとバッシングを受けたりする新聞ですが、英国 The Times の社説が書いているように、最後のよりどころとしての新聞はまだまだ捨てたもんじゃないと思いますね。とくに紙の新聞の持つ、パッと広げただけでだいたいが把握できる「情報の一覧性」は、すぐれた特性だと思う。

 ベネットですけど、こちらの方のブログ記事にたいへん興味深いことが書かれてあった。限られた可処分時間を有効活用するには関心領域の本を読むべし、でもそもそも「読解の基礎ができてない人が多い」。これ、ホントそう思う。「たおやめ」だの「ゆめゆめ」だのといった古風な言い回しはしかたないとしても、「気の置けない友だち」という表現が通じない。最近、日本大好きな YOU さんたちが多いみたいだけど、彼ら彼女らのほうがよっぽど日本語を知っている(「こうもり[傘]」がわからない若い日本人がけっこういる)。Twitter だろうとブログだろうとなんだろうと、カネをとる、とらないに関係なく、人さまに自分の主義主張を伝える前にまずもって「先人の書いた著作なり文章なり」をそこそこの量仕込んで自家薬籠中のものにするくらいでないとイカンでしょう。あと、タブレット世代のいまの小学生は習うかどうか知らんけど、「原稿用紙の使い方」とか、句読点の打ち方や禁則といった書きことばとしての日本語のルールも大事ですね。

 でもそれ以上に個人的にもっとも大切にしている原則は ―― 読んだ人が不快になるようなことはきょくりょく書かない、または自分が読んだとき、「これつまんねー」的な文は書かない。いわゆる『文章読本』ものじゃないけど、文章を書くという行為はそうとう疲れるもんです。かなり注意しているつもりでも誤字脱字が出てきたり、翻訳だったら誤訳していたり …… Twitter なんか見てますと、どうも日本語で文を綴ることのむつかしさ、こわさを知らないで御託を並べてるたぐいが多すぎて閉校、じゃなかった、閉口する。

 それと、ここで紹介したベネットの『自分の時間』、この夏の読書感想文どうしようかな、なんて考えあぐねている高校生の方は、ぜひ読んでみれば。この本の原題には How to live ... なんてあるものだからハウツーものかい、と思われるかもしれないが、はっきり言って百年以上も前に書かれたこの本はイマドキのなんとかハックものだの薄っぺらな self-help ものとはまるで似て非なる名著。マーク・トウェインは「古典は酒、でも自分の本はだれもが飲む水」であり、「古典はみなが褒めるだけで読みはしないご本」なんて言ってるけれども、おなじ一日 24 時間使うんならこういう本を読むくらいの時間は持ったほうがよいですよ。

posted by Curragh at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2018年05月20日

オルランディ版「専門家向け」の『航海』新校訂本について

1). 昨年のいまごろ、というかわれらが「聖ブレンダンの祝日 Lá Fhéile Bhreanainn 」に、イタリア人学者ジョヴァンニ・オルランディ教授による新校訂版『聖ブレンダンの航海』のことを書いた。…… そんなこんなではや一年。いまや地元が舞台のスクールアイドルを描いたアニメ作品にハマり、自宅から3時間(!)かけて歩いて現地に向かって発端丈山から昇る朝陽を撮りに行ったりとほとんど酔狂なことをしていた折も折、セルマー版の邦訳者の太古先生より「いつまでも遊んでるんじゃない、朝が来た!」とばかりにふたたびのメールを頂戴しまして、昨年、ついにオルランディ本の editio maior、つまり専門家を対象とした「大きな版」が上梓されたことをはじめて知った(ついでに「朝が来た!」のくだりは中世南仏のトルバドゥールたちが好んで歌った「アルバ[暁]」の転用。「アルバ」は、夜の逢瀬を楽しむ恋人たちに朝が来たことを警告する歌の形式のことで、やがてこれが北に伝わりシャンソンの原型となる)。

 太古先生によるとこちらの原著刊行は予定より遅れ、図らずもオルランディの没後 10 周年の節目の昨年になったのだとか。で、とりあえず目次だけでもというわけで先生みずから邦訳されたものをそのまま転記しますと、
前書き[pp. IX-X]

序文[pp. 3-429]
I. 写本[pp. 3-140]
II. エディションおよびテクスト伝承研究[pp. 141-157]
III. 祖型と「修正」[pp. 158-179]
IV. ファミリーα[pp. 180-235]
V. ファミリーβ[pp. 236-244]
VI. ファミリーγ[pp. 245-299]
VII. ファミリーδ[pp. 300-304]
VIII. ファミリーε[pp. 305-373]
IV. ファミリー間の不確かな関係[pp. 374-378]
X. 作品伝承の概要[pp. 379-390]
XI. 「選択」および他のテクスト選択[pp. 391-415]
XII. テクストへの注記[pp. 416-429]

参考文献[pp. 431-453]

『聖ブレンダンの航海』(ラテン語テクストとヴァリアント)[pp. 454-695]

補遺[pp. 697-714]

索引[pp. 715-745]
 「一般読者向け」とされる前著でさえ 515 ページ(!!)もある大著なのに、こちら editio maior は文字どおりの greater edition、さらにスケールアップしてまして、なんとなんと 745 ページ !!! 『ハリー・ポッター』シリーズかい、ってついツッコミたくなるとんでもない超絶労作でございます。個人的には拙サイト英語版にまるまる収録した「アランソン写本」や、セルマー校訂本の底本だった「ヘント写本」が、オルランディ−グリエルメッティ校訂による「写本系統」のどのグループに属するのか、というのが最大の関心事ではある。

 興味ある方は拙サイトの「参考文献ページ」から、となるとめんどうなので、版元 SISMEL 社のページに飛ばれて検討するとよいでしょう。

2). そんな折も折、って毎度こればっかで申し訳ないですけど、英国王室のハリー王子とメガン・マークルさんの結婚式、すばらしかったですね !! ってウチは BS 持ってないから、地上波のダイジェスト版みたいな映像しか見てないんですけど。それにしても型破りというか、よい意味でコチコチの「〜すべし」を徹底的に排除した式典だったように思う。ロイヤルウェディングにはちがいないが、こちらは王位継承権が低いというわりと身軽な(?)立場だったからなのかは知りませんけど、「ナイト[勲爵士]」の叙任式典が挙行されるウィンザー城の聖ジョージ礼拝堂で行われたんですね。ゴスペルで Stand By Me が歌われたり、慣習を破って王子が結婚指輪をはめたり、一般の招待客がいたりとどこをとっても unprecedented。もっとも印象的だったのは聖ジョージ礼拝堂の門前が純白のバラのアーチで飾られていたこと。あれはみごとでした。それで思い出すのがミンネゼンガー騎士、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハの書いた聖杯物語群のひとつ『パルツィヴァール[当時の古い独語読みでは「パルチヴァール」]』。大団円近くで、パルツィヴァールの腹違いの兄フェイレフィースが受洗する場面があるんですけれども、この兄貴の名前は文字どおりに訳すと「まだらの息子」。肌が黒と白のいわば混血児でして、不遜かもしれないが今回の花嫁嬢と二重写しになってしまった。そしてインタヴューでだれかさんが答えていたけれども、「今回の結婚式のすばらしいことはなんといっても diversity だ!」みたいに快哉を叫んでいた。これですよ、これ !! いまの時代にもっとも足りないものにして、プチ独裁者だかなんだか知りませんけどやれ fake news だのなんだのとそれこそ鳥じゃないけどウソ八百をつぶやいて瞬時に世界中に拡散させている指導者なんかもげんに出現しているご時世であるからして、ハリー王子ならびにサセックス公爵夫人となられたメガン・マークル妃の結婚式は、見ている者をひさしぶりに晴れ晴れとした気分にさせてくれたのであった。

 ところでメガン・マークル妃ですけれども、綴りは Meghan Markle で、とくにファーストネーム(ほんとうは Rachel Meghan Markle なのでちがうが)がちょっと珍しい。手許の『固有名詞発音辞典』にも載ってなくて、手っ取り早く Wikipedia のぞいたら「父親はオランダ・アイルランド系」とあり、どうもこれゲール語圏の人名らしい。で、これの日本語表記がこれまた「メーガン」派と「メガン」派に分かれてまして、どっちじゃね、と思っていたら、



どうやら音引きしない「メガン」が、「原音主義」の日本ではよろしいようで(でもべつのクリップで発音聞いたら「メイガン」のごとく発音していたが …)。そういえば昔、「ロナルド・リーガン」なんて表記していたのにいつのまにか「レーガン」になったり、「シュレジンガー」なのか「シュレシンジャー」なのかモメたりと、ほんとこの「原音主義」は翻訳者のみならず頭痛のタネ。もう原語そのまんまでいいじゃない、ってつい乱暴なこと考えてしまうんですけれども、やっぱりダメですかね? 

追記:いまさっき太古先生よりご返信がありまして、「アランソン写本」も「ヘント写本」もともに「ファミリーε」の同グループに分類される「祖型」にはない「帰還と聖ブレンダンの死[ch. 29]」付きで流布した写本で、ブレンダン院長一行の乗った革舟カラハの材料が「イチイ ivus 」という特定の木から包括的な「木、木材 silva 」に変更されている点が特徴だ、とのことです。