2017年02月27日

ブルーナ氏 ⇒ Afrojack ⇒ 雅楽とミニマル音楽

1). 「うさぎのミッフィー」で世界的に著名なオランダのイラストレーターで絵本作家のディック・ブルーナ氏が今月 16 日に逝去された。享年 89 歳。ミッフィー、けっこう好きでしたので、ちょっとさびしいですね。奇しくも『帰ってきたヒトラー』をまんま地でゆくような方が超大国の舵取り役に就任したばかりというこのタイミング( 「すべてはタイミングだった」とメアリ・ヒギンズ・クラークの『子供たちはどこにいる』の一節をふと思い出してもいた )での訃報だっただけに、いろいろと去来することが多かったのもまた事実でした。

 26 日付地元紙にはブルーナ作品の翻訳者だった東京子ども図書館理事長の松岡享子先生による追悼文が掲載されてました。また松岡先生は TV ニュースでもコメントされていて、先生のお姿もはじめて拝見したのであった。松岡先生、とくると、個人的には『くまのパディントン』シリーズを思い出す。以前にもここに書いたけれども、'Please look after this bear thank you.' を「よろしくおたのみします」とさらっと名訳されているのをはじめて目にしたときの衝撃はけっこうなもんでした( それはまだ湾岸戦争以前のことだったから、思えばずいぶん古い話 )。

 ピアニストがモーツァルトを引き合いに出して、「ああいうシンプルな作品ほどゴマカシが効かないから、じつは演奏家にとっていちばん恐ろしい」みたいなことを話すのをときおり耳にしたりする。ブルーナさんの描く絵も、一見、だれでも描けそうでいて、そのじつすこしでも線と線との間隔やバランスが乱れるだけでてんで似て非なるものになったりする( 嘘だと思ったら試しにミッフィー、母国オランダでは「ナインチェ・プラウス[ Nijntje Pluis ]」を描いてみるといい )。それとまったくおんなじことがやはり追悼文にも引用されていて、ブルーナ氏がいかに天才的なデッサン力を持っていたかについて言及し、「それだからこそ、子どもたちは、あの単純な絵の中にあたたかみとリアリティーを感じとり、くりかえし、くりかえし同じ本にもどっていくのだろうと思います」。ブルーナ氏の描き方では、まずあの「正面性」が挙げられますね。写真家ルイス・ハインとおなじ技法。感情移入しやすくする工夫の結果、「どんなときでも読者の方を向いている」スタイルに行き着いたんだろうと思われます[ → 松屋銀座でブルーナさんのデザイン展が開催されるみたいですよ ]。

 そして音楽界からも訃報が。S.S.、ロシアの名指揮者、というより世界最高齢現役指揮者、と言ったほうがいいかもしれないが、あのスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ氏もつい先日、米国ミネアポリスにて帰らぬ人になってしまった。享年 93 歳。ただただ合掌、そして音楽の喜びを届けてくれたことに対する感謝をこの場を借りて捧げたいと思う。

2). きのうたまたま耳にしたNHKラジオ第1の「ちきゅうラジオ」で、おなじくオランダの DJ、アフロジャックさんのことが取り上げられていたので思わず耳をそばだてた。なんでもアフロジャックさんてすごく有名な DJ で、このほど病気の子どもたちのために慈善イベントを開催して、集まった寄付金にさらにポケットマネー( もちろん、半端な金額ではない )を上積みして病気と闘う子どもたちの基金に寄付したんだそうだ。もっとびっくりしたのはオランダの子どもたちにとって DJ というのはあこがれの職業でもあり、なんと学校教育現場でも DJ 講座のような特別授業みたいなことも行われているだとか。こちとらもう唖然とするほかなし。なんでも「世界 DJ トップ 10」みたいなランキングで、オランダ出身 DJ がなんと 5人も入っているというからさらにおどろき。そういえばだいぶ前ここでもすこし言及した少年歌手デーミスくんも、いまじゃその DJ ですし。なるほどねぇ、と感心したしだいです。

3). そういえばおなじ日放送の「きらクラ!」。まずは新年度以降の番組続投決定、よかったですね。でもって「オザケン」こと小沢健二さんって、なんと遠藤真理さんとお友だちだったんですね … で、さらにびっくりしたのが、小沢健二さんの紹介したデニス・ジョンソンという人の 'November' なる作品。曲が流れるなか、「これ、ある音楽がそのまま模倣されているですよ、なんだかわかりますか?」ときた。ふかわさんも真理平師匠も「?」だったみたいでしたが、このときこれを聴いてた門外漢は「なんかこれ、越天楽っぽいなぁ〜」なんてぼんやり思っていたら、なんと「こたえは、雅楽なんです」とおっしゃっていたのにはほんとにびっくりした。小沢さんによるとこのジョンソン氏、その後ぱたっと作曲の道からはずれ(!)、しばらく音信不通ののち NASA の有人火星探査計画( !!! )関連企画に参加して、現在は「5, 6 m 四方の家で」過ごしているという … ??? うーむ、なんだか 21 世紀版『方丈記』みたいなお話だ。ちなみにこの 'November' は、ミニマル音楽のはしりみたいな作品らしくて、「いまこの音源を知っている人はほとんどいないと思います」。

 で、ここからが小沢さんのすごいところ。「ピアノというまったく異なる西洋の楽器でこのように演奏されるからこそ、もとの雅楽の持っていたすばらしさが際立つ」みたいな趣旨のことを発言されていたんです。然り! 話では武満徹氏のことも引き合いに出されていたけれど、武満作品がいかに西洋音楽っぽく作りこまれていても、鳴り響いてくるのはやはり日本らしさと言うか、日本特有の音の響きであり、こうして「翻訳」されるからこそ、それを聴いた向こうの聴衆や批評家は感動する … そのような内容を話されてまして、まったくもってわが意を得たり、みたいな気分に浸ってしまった( とくに翻訳[ ここ重要 ]、という言い方を使ってくれたことに座布団 100 枚!)。とにかくいいお話が聞けてよかった。再放送希望( 笑 )

追記:先月末、地元のくせして一度も行ったことのなかった世界文化遺産、韮山反射炉を見に行ってきました。バスが見当たらず、めんどくさいので伊豆長岡駅からテクシーで行った( わりと近くてよかった )。反射炉周辺の道路もすっかり「観光仕様」に整備され、案内標識も充実しているから迷うことなく現地到着。「韮山反射炉ガイダンスセンター」で反射炉生みの親、江川英龍(号は坦庵)とその子息のこととか年表とか展示を食い入るように見つめているうちに、英龍の5男坊の江川英武がわずか 10 歳( !! )にして家督を継いだこととかいろいろ見ているうちに不意に泣けてきた( 最近涙腺弱いなあ )。ガイダンスセンターを出て反射炉本体を眺めていると、地元韮山高校の女子生徒さんがヴォランティアガイドを務めてまして、その堂に入った解説ぶりとかはたで眺めていた不肖ワタシはとてもとても心強い思いがした。

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2016年12月30日

Post-Truth だろうとなんだろうと、「すべては今日から」! 

 まずは関係のないマクラから。けさ聴取した「古楽の楽しみ / リクエスト・アラカルト」、いちばん印象に残ったのはルクレールの「ソナタ 第 11 番 ロ短調」とバッハの「フルート、オーボエとバイオリンのための協奏曲 ニ長調 BWV. 1064 a 」でした。ルクレールのほうはフルートソナタなんですけど、はっきり言ってこれ構成がパルティータ、組曲なんです。で、聴いているうちに、あ、これをそのまま鍵盤に移植したらバッハの鍵盤作品だと称してもじゅうぶん通用するな、と。いかにもフランス古典でござい、と思わせといて、じつはイタリア趣味満載だったりするところがおもしろかった。2番目のはバッハの「3台チェンバロのための協奏曲 ハ長調」の原曲復元、というか、編曲の編曲。で、岐阜県にお住まいのラジオネーム「やまあるきにすと」さんがリクエストしたのは、なんとなんと往年のマエストロ、ヘルムート・ヴィンシャーマン( まだまだご存命 ) !!! いや〜、なんという懐かしい響き !! 案内役の大塚直哉先生も言っていたけど、最近の古楽ではこの名前、ほんと聞かなくなった( リヒターもヴァルヒャも例外ではない )。2016 年最後にかかったリクエスト曲がこのようなすばらしい音源だったとは、これまたうれしいサプライズでありましたね。 本題。今年ほど、いろいろな分野の音楽家が物故した一年、というのはあんまり記憶にない。ちょっと思い出してみるだけでも中村紘子さん( 7.26 )、プリンス氏( 4.21 )、ピエール・ブーレーズ氏( 1.5 )、デヴィッド・ボウイ氏( 1.10 )、以前ここでもちょこっと書いたマーラー研究家で実業家のギルバート・キャプラン氏( 1.1 )、キース・エマーソン氏( 3.10 )に、おなじ ELP のギタリストだったグレッグ・レイク氏( 12. 7 )、サー・ネヴィル・マリナー氏( 10.2 )、そしてニコラウス・アーノンクール氏( 3.5 )… 直近でいちばんびっくりしたのは、キャリー・フィッシャーさんと、「雨に唄えば( 1952 )」の名演で知られる母親のデビー・レイノルズさんがあいついで亡くなられたことですね … 心よりご冥福をお祈りします。往年の SW ファンとしては次回作が気になるところだが、すでに「エピソード8」は収録済みなんだそうです。最終作は … いったいどういう展開になるのだろうか? 翻訳関連では『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』などのジョン・ル・カレのエスピオナージュものの邦訳で知られる村上博基先生も不帰の人になっている( 4.30、享年 80 )し、ここでも取り上げた柳瀬尚紀先生も逝去された( 7.30 )。 不肖ワタシは以前、のら(?)の子猫ちゃんを動物病院に連れてゆく展開になりまして、しかたないから移動中の車中では自分の膝の上に乗っけてたんですけど、病院到着前、なんか心なしか「ふっ」と子猫の体重が軽くなったような感覚が。そのときはあまり意識してなかったんですけど、まさにそのとき、子猫は天に召されたのであった。なので、魂とか霊魂とかいうのは確実に存在すると確信するようになった。だってげんに「軽く」なったんですもの。生命あるものにはそのエネルギーを吹きこむ「なにか」が、確実に存在する( inspire という動詞のほんらいの意味は、「息を吹きこむ」)。そういえばこういう番組も先だって見ました。 なんでまた音楽関係の著名人の訃報やら、子猫の話を持ってきたかというと、ここ数年ずっとそうだろうけれども、子どもたちの自殺がほんと後を絶たないからでして … いちばん個人的に心痛めたのは青森の女子中学生の件ですかね …… なんでこうも自分の命を粗末に扱うのかってほんとうに口惜しい。「線が細い」とかって言い方があるけど、たかが十何年生きただけでかんたんに死ぬなよ、と声を大にして言いたい。この件についてはいろいろ言いたいことがあるが、あんまりここで喋々してもしかたないだろうから、ひとつだけ。やっぱり親御さんの責任は大きいと思う。べつに責めるつもりは毛頭ないが、わが子の自尊心というか自分を大切にする心というのが、けっきょくはそれだけのものだったのではないか、とつよく感じられるからです。自分の子どもに遠慮なんかしてどうするのですか。「サザエさん」じゃないけど、もっとおおっぴらにやりあうくらい膝突きあわせて徹底的に話しあうとか、そういうことさえなかったのでは、と思ってしまう。学校の先生を責める前にもっとやるべきことはあったんじゃないのかな( もっともハレンチな論外教師は今年も相変わらずけっこういましたが … )。
もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。マンガもライトノベルもあるよ。一日いても誰も何も言わないよ。9月から学校へ行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、逃げ場所に図書館も思い出してね。
昨年の夏休み期間だったか、こんなツイートが話題を集めたことがありました。なるほど図書館ねぇ、と思ったもんですが、逃げ道を作る、という知恵はこういうときにこそ発揮すべきで、たとえば図書館とか物理的な場所ではなく、「他者に邪魔立てされない、自分だけの神聖な時間を作る」ということだっていいわけです。あっさり電車に飛びこんでしまう勇気があったら、なにかひとつ夢中になれるものを見つければいい。きっとそれがその子の命を救うことになるし、結果的に「全世界も救われる」ことになる … かもしれないのですよ。「蛇のように賢く、鳩のように素直であれ( 「マタイ 10:16」 )」というイエスの名言もありますし。とにかく生きること、これに尽きる。生きているだけでいいんです、あとはなんとかなる( ついでにキャンベルふうの物言いを又借りしてくれば、大金持ちだろうと貧乏人だろうと中間層だろうと、自分の思い描いたとおりに生きている人なんてひとりもいやしないんです )。 それにしてもこの一年ほど、人間のことばの持つ力のブライトサイドとダークサイドを見せつけられた年があったかな、とあらためて感じる。たとえばこういうのはどうですか。あるいはまたこちらの記事とか( こっちは今月 23 日付地元紙コラムにも取り上げられていた )。もうこうなるとこちとらは空いた口が塞がらない、いや、背筋がぞっと寒くなる。これじゃいつぞやここで書いたオルテガの『大衆の反逆』じゃないですか、いやこれこそ「帝国の逆襲」なのかな。
… すべての人々が、新しい生の原理を樹立することの急務を感じている。しかし ―― このような危機の時代にはつねに見られることだが ―― ある人々は、すでに失効してしまった原理を、過度にしかも人為的に強化することによって現状を救おうと試みている。今日われわれが目撃している「ナショナリズム」的爆発の意味するところはこれである。…… 最後の炎は最も長く、最後の溜息は、最も深いものだ。消滅寸前にあって国境 ―― 軍事的国境と経済的国境 ―― は、極端に敏感になっている。―― オルテガ・イ・ガセット / 神吉敬三訳『大衆の反逆』ちくま学芸文庫版、pp. 261 − 2
 地元紙コラムはかつて先輩記者に口酸っぱく言われたこととして、「事実と憶測を混同するな」を挙げています。いまは一見すると、かつては考えられなかったくらい多種多様な情報がそれこそ全世界から入ってきて、あるいはいま自分のいる場所から全世界に向けて発信できたりして、30 年ほど前に喧伝されていたような「高度情報化社会」になったかのようにも見える。でもそのじつ、以前ここでも書いたマッキベンの言う「情報喪失の時代」に生きているのではないかという思いがますます募るいっぽう。その最たるものが、ついったーでしょうかね。言い方は悪いが、次期米国大統領閣下は従来メディアへの対抗手段として、「特定のニーズを満たし、特定のニーズにのみ届く」という SNS の長所でもあり短所でもあるこの点を巧みに突いて利用( 悪用 ?? )しているだけなんじゃないかって気もしますね。ついでに個人的に Twitterというシステムが気に入らない。あれはどう見ても「中央集権的」構造で、「 PPAP 」みたいな例はまあよしとして、けっきょくのところジャスティン・ビーバーかトランプか、発言力のつよい人に大多数を追随させるようにできている。ひところネットで「フラット化」が進む、なんてもてはやされたりもしたが、フタを開けてみたらちっともフラットじゃなかった、ってことですかね。 人間のことばの持つ魔力にいちはやく気づいていたのは、われわれじゃなくて太古の人間だったと最近、ほんとに痛感します。いまの人は「即時性」を求めるあまり、平気で他人を傷つける暴言をツイートし(「 … 落ちた日本死ね」)、また波平さんみたいなうるさ型オヤジが激減( ?! )したせいかどうかは知らぬが、どうでもいいことをわざわざ物議を醸すような物言いで垂れ流す御仁も老若男女問わずゴマンといるのも事実。トイレの落書きにもならないような繰り言を全世界に放って、あとは知らない、では話が通らない。そう言えば先月だったか、英オックスフォード大学出版局の選んだ「今年の漢字」ならぬ「今年の単語 Word of the Year 」に PPAP じゃなくて「脱構築」でもなく「脱真実 Post-Truth 」を選んだんだそうです。post-truth とは言い得て妙、かな? 英語の世界にまたひとつ新顔の仲間入りということか( ちなみに昨年は Face with Tears of Joy、嬉し泣き顔の絵文字[ ?! ]だったようでして )。 その点、たとえば古代ケルト人とか昔の日本人( ことだま )はちがっていた。とりわけ言語感覚が鋭かったのはケルト人だったような気がします。フィリ filidh と呼ばれていた知識階級( 古アイルランド社会においては、「紀元 7 世紀ごろにはすでにフィリたちがドルイド階級の職務と彼らの特権を引き継ぐ事実上唯一の後継者[ P. マッカーナ ]」となっていたらしい )。当時のアイルランドでは、フィリの放つ「ゲッシュ」、もしくは呪いにはほんとうに人を殺す力があると信じられていた( 呪いで相手をやっつけた、という話が多く存在する )。われわれはどうなんだろう? 人間のことばの持つ恐ろしさを肌で感じているだろうか。人間のことばにはたしかに鎌倉の図書館員さんのツイートのような温かい励ましもあれば、その真逆の人を絶望の淵に追いやり、その人の生命を奪うか、あるいは逆上して他者の生命財産へと矛先が向かうことだってある。またプロパガンダというたぐいのことばもある。この点で次期米国大統領閣下におかれましては、やってることは ISIS とたいして変わらない、ということになる( もっともむずかしいこと、それは「汝自身を知れ」)。この手のカルトについて、沼津市出身の小説家、芹沢光治良氏はこんなことを書き残してもいます。
いろいろ新しい宗教や信仰が、現在、さかんのようだが、それは、人間がつくった神で、祈ったからとて、何の力もない。他に神があるように説いて、信仰をすすめる者が多いが、それは、そう説く者の、私利、私欲によるもので、神とは全く関係ないので、愚かにも惑わされては、恥である ―― くどいようだが、重大なことであるから、重ねて言うが、神は、ただ、大自然の親神しか、存在しない。他に、神名を挙げる者があっても、それは、人間が勝手につくった偶像で、神でないばかりか、ただのお話にすぎないのだ ――『大自然の夢』1992、p. 191
 そんな世相を察知したのか(?)、はたまた現代のフィリということなのか、今年のノーベル文学賞があの「風に吹かれて」のボブ・ディランさんに決まったのは、なんか当然の成り行きだったような感じがした。
How many roads must a man walk downBefore you call him a man?...... Yes, ’n’ how many times must the cannonballs flyBefore they’re forever banned?The answer, my friend, is blowin’ in the windThe answer is blowin’ in the wind
 こういう時代だからこそ、やはり批判的に物事を考える習慣というのは大事なんじゃないかって思われます。「こたえは風に吹かれている」。ちょっと目を凝らせば、おのずと取るべき道が、こたえが見えてくるんじゃないかって気がしますね。 … とここまでつらつら勝手なことを書いてきたけれども、本年最後もやはり、珠玉のことばの花束で締めたいと思います。
… 日本人は道義心がつよいし、責任感もつよい。だがそのつよさゆえに、自分自身の人生に振り向けるべきエネルギーを奪われてしまっている。日本人は、課せられた仕事に対するのとおなじくらい、自分の人生を愛してほしい。自分と家族、あるいは友人たちと好きなことをして過ごす時間を大切にしてもらいたい。…… 人は、発展するために生まれてきたのではない。幸せになるために生まれてきたのだ。―― ホセ・ムヒカ元ウルグアイ大統領( TV 番組のインタヴューからの抜粋なんですが、これホントにすばらしい、感動的名言だと思う )

…… われわれは独力で冒険を挑む必要さえない。あらゆる時代の英雄たちが先に進んでくれたからだ。もはや迷路の出口はすべて明らかにされている。われわれはただ英雄が開いた小道をたどりさえすればいい。そうすれば、かつては恐るべき怪物に会うと思っていたところで神に出会うだろう。そしてかつては他人を殺すべきだと思っていたところで自我を殺すことだろう。まだ遠くまで旅を続けなければと思っていたところで、われわれ自身の存在の中心に到達するだろう。そして、孤独だと思い込んでいたのに、実は全世界が自分と共にあることを知るだろう。―― ジョーゼフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄』( 飛田茂雄訳『神話の力』、早川書房刊 )

…… 首尾よくドイツ文学科の学生となった僕は、当然のことながら日々ドイツ語との苦闘を強いられることとなった。そんなある日、僕の心を鮮烈に捉えたドイツ語が、… 「アプ・ホイテ」であった。初めて目にして声に出した瞬間、なんともユーモラスな感じがしたのと、何度も口ずさんでいるうちに妙に楽しく愉快な気分になってきた。"今日から" "アプ・ホイテ"、そうだ、すべては今日からだ !! ―― 児玉清『すべては今日から』p. 239
Alles beginnt ab heute !! すべては今日からはじまる !! 来たる年はこれで行きましょう! [ 上記ドイツ語表現についてはベルリン在住の方に校閲してもらいました ]

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2016年12月25日

「ラスコー展」⇒ パリ木 ⇒ 「鏡の中の鏡」

1). 本日はなんともう( 早 !! )クリスマスじゃないですか。ここんとこいろいろヤボ用が立てこみ、また部屋の整理ついでに National Geographic 日本版など古雑誌や古本やらを整理し( 以前、神田の古本屋さんでティム・セヴェリンの「ブレンダン号の航海」特集号を買ったりしたけど、いまじゃ買い取りしてくれる古書店にお伺いを立ててもこの手の雑誌系は相手にもされない。写真とか付録地図とか、けっこう価値ありだと思うんですがね、雑誌の売れない時代のせいなんですかね )、息つく間もなかったような、今日このごろ。

 でもまあ風邪も引かずにここまでなんとかやってこられまして、そのことに深く感謝しつつ、ひさしぶりにお上りさんで先日、かねてより興味のあった「ラスコー展」を見に行ってきた。なんとかいう TV ドラマのせいで(?)、平日でもけっこう混んでるかも、なんていうビッグデータ解析サイト(!)の予測なんかも参考にはして出かけたんですけど、それはみごとにはずれまして会場にすんなり入れました。なるほど、こりゃすごいです。なんせ3万年も前のクロマニョン人の描いた洞窟壁画を精密な3Dレーザースキャンによる測量( 最近はハンドヘルド型で持ち歩きながら自在にその3次元空間のレーザー測距ができる座標測定マシン[ CMM ]というすごい機械もあるから、さらにびっくり )して忠実に再現したラスコー壁画のレプリカ展示は、圧巻( そういえばさっき見た「日曜美術館 / アートシーン」でも紹介されてましたね )。

 レプリカ展示もよかったけど、貴重な出土品の数々 ―― ランプ台、矢じり、フリント石器、本邦初公開というトナカイの角に彫りつけた「体を舐めるバイソン」や「馬の彫像」… もすごかったが、もっかキャンベル本( Goddesses )を読んでる身としては、なんといってもイタリアの遺跡から出土したという「ヴィーナス像( 34,000−25,000 年前 )」には文字どおり刮目させられた。いわゆる日本の「土偶」体型。典型的な大地母神のイメージが、はやくもこの時代にみごとに表現されていることに驚かされました。

 驚いた、ということでは最後の「後期旧石器時代の日本」に関する展示でもちょっとしたサプライズが。「初音ヶ原遺跡の世界最古の落とし穴」と紹介されていた地層剥ぎ取り断面図の写真パネル。ええっと思いましたよ、わりと近所の遺跡だったので( 苦笑 )。こんなとこでお目にかかるとは、ずいぶん遠回りしたような気分でもある。

 でも隣り合わせに展示されていた「東野遺跡の発掘ピット」の写真パネルは、ちょっとよくわからない。長泉町の東野地区にある遺跡のことなのかな? あそこはベルナール・ビュフェ美術館とかヴァンジ彫刻庭園美術館とかが建つ「クレマチスの丘」という複合文化施設のあるところでもあるけど … それはともかく、初音ヶ原遺跡の落とし穴って世界最古級なんだ、それはまったくの初耳。ラスコー洞窟壁画に話をもどすと、生き生きと描かれた牛や馬、バイソンや鹿、ライオンなどの動物群の壁画もすばらしかったけれども、なんといっても印象的だったのはやはり「トリ人間」ですかね。

2). 上野でラスコー壁画の世界を堪能したあと、こんどは「パリ木」を聴くため東京芸術劇場( 芸劇 )へ。ここに来るのもまたひさしぶり。NHK(?)か知らないが TV カメラが入っていて、開場時間になってもぐずぐずしていて入れなかった( 中継が入るとたいていこうなる、1999 年の王子ホール公演のときもそうだった )。今回はア・カペラ歌唱で知られるパリ木にしてはこれまた珍しく、オルガン伴奏つき! なのです( だから行くことにした )。芸劇コンサートホールの「回転オルガン( !! )」は、今回は白いタケノコをスパっとたてに切ったようなデザインのロマンティックオルガン面でした。

 パリ木( PCCB )の来日公演を聴くのもひさしぶりだったんですが( 前回は東京カテドラル聖マリア大聖堂[関口教会]での公演で、そのときはヴェロニク・トマサン女史という方が指揮者だった、現在はヴァンサン・カロンという若い方 )、'90 年代の公演スタイルとはかなり様変わりしていてある意味とても新鮮でした。「古参」ファンのなかには「グレゴリオ聖歌ばっかじゃかなわない、アンケートで抗議しようか」なんてことをつぶやく人もいたようだが、 べつに来日公演だからってムリしてまで日本語で日本歌曲を歌うこともないんじゃないでしょうかね。前にも書いたことながら、日本語の歌詞をもっとも美しく歌い上げられるのは、日本の子どもたちですし。ただ、団員の子たちによる曲目紹介くらいはあってもよかったかも。前半の締めがバッハの「ヨハネ受難曲」終結コラールというのもパリ木としてはひじょうにめずらしいプログラムだったけれども、なんといっても印象的だったのは当日オルガンを弾いていた現芸術監督のユーゴ・ギュティエレス( Hugo Gutierrrez )氏みずから作曲した「アニュス・デイ( 神の子羊 )」。この合唱のハーモニーはほんとうに感動的だった。とくに終結の 'Dona nobis pacem, PACEM, PACEM!' の連呼が ―― 昨年から今年にかけて、凶悪なテロ事件に揺れた欧州の人々を慰めるかのような清冽なフォルテで何度も繰り返されるこの「われらに平和を!」は、ほんとうにすばらしかった。でもあいにくプログラムノート( 書き手はなんと「古楽の楽しみ」の関根敏子先生だ !! )は「 … 中世のミサ曲からパリ木の芸術監督ギュティエレスが編曲しています」とずいぶんあっさり終わっているため(?)か、パリ木団員たち渾身の「思い」がいまいち聴衆に伝わっていなかった気がするのはすこぶる残念( 平和ボケ、とは言いませんが、こういう作品こそ反応してほしいところではある。歌っている団員たちの顔にも切実な思いが現れていた )。そういえばこの時期の定番でもあるような「カッチーニのアヴェ・マリア」も歌ってくれました。この作品については、先日放映のこちらの番組で加羽沢美濃さんが作曲家としての鋭い指摘( マイナーコード → メジャーコード … というコード進行は、初期バロックではありえないこと )も交えて解説してましたね。そもそもカッチーニは教会音楽家じゃないから、たしかにありえない話ではある( 'Ave Maria ...' のみの歌詞ってのもことさらにありえない )。最近はしっかり「ヴァヴィロフ作曲 / 編曲」と但し書きされて紹介されることがふつうになってきたから、これはけっこうなことだと思う。レーベル会社や招聘元も誤解を招く言い方ないし表記はそろそろ改めるべきでしょう。

3). パリ木の少年たちの清純な歌声とフランスのオルガン音楽( 当日はギルマンとデュプレのオルガン曲も演奏されて、こちらも大満足 )をたっぷり精神と肉体に取りこんで( 笑 )、最後は音楽そのものについてちょっと書きたいと思います。

 先日、地元紙に「世界を翔るタクト」連載中の世界的な指揮者・山田和樹氏が、「音楽のすばらしさは、技術的なうまい・へたを超えたところにある」という趣旨のことを書いていらして、わが意を得たり、と思いました。そんな折も折、愛聴している「きらクラ!」のあのふかわりょうさんがピアノ、遠藤真理さんがチェロでアルヴォ・ペルトのあの「鏡の中の鏡」を演奏してくれたことは( ワタシだけじゃなく、全リスナーがそう感じていたであろうと思うが )ほんとうにうれしいサプライズでした。フーマンさん、Danke schön !! 

 ヴァヴィロフの話じゃないけど、音楽作品にかぎらず芸術作品というのは作者の手を離れて、リスナーや読み手のものになった瞬間、もう作者のものではなくなる( と思う )。だれが作ったのかという真贋論争というのもたしかにそれはそれで大事なことですけど、芸術が人の心に呼び起こす感動というのはプロとか素人とか、それでカネ稼いでいるとかいないとか、そんなこととはまったく関係のない次元の話であって、ワタシはとくに音楽作品そのもののもつ「価値」を最重要視するほう。だからきょくたんな話、プロの名演であろうがちょっと足取りの危なっかしい子どもの演奏だろうが、しぜんと感動を呼び起こすのがホンモノの音楽作品、芸術のもつ底力なんじゃないかって気がします。みなさまもよき( そしてなによりも平和を !! )クリスマスと新年を。

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2016年11月27日

日本オルガン界の超新星登場! 

 だいぶ前のことですけど、「リサイタル・ノヴァ」になんと、若きオルガニストが登場! しかも第 20 回バッハ国際コンクールのオルガン部門でみごと第1位と聴衆賞を受賞 !! もちろんオルガン部門で邦人演奏家が第1位をとったのもはじめての快挙。「遅かりし由良之助」ながら、冨田一樹さん、Big Congratulations !! 

 冨田さんは現在、北ドイツのリューベック音大大学院オルガン科に在籍中とのことで、バッハの師匠でもあったブクステフーデの活躍した街に在住とのこと( リューベックはまたトーマス・マンゆかりの地でもある )。大阪音楽大学オルガン専攻科を卒業されたそうなんですが、大阪音大にもオルガン専攻科ってあるんですね( 知らなかった人。松蔭女子学院大学やエリザベト音大にはオルガン科があった … と思った )。ご本人によると、なんと中学生のころから独自にバッハのオルガン作品分析と研究をつづけてきたんだとか。オルガンとバッハ開眼のきっかけは、たまたまお母さまが持っていた CD に「トッカータとフーガ BWV. 565 」を聴いたことだったとか( これは、わりとよくあるパターンかも )。でも冨田さんののめりこみようはすごくて、バッハ作品の楽譜をせっせと買ってきて楽曲構造を研究するだけにとどまらず、なんと中学生にしてご自身でもバッハ「ふう」のフーガ作品( 金管六重奏曲 )を作曲したとか( 吹奏楽部でトロンボーンを吹いていたので、仲間と演奏できる対位法楽曲として作曲したらしいです )。

 こういう「読み」の深さが、冨田さんのバッハ演奏の真骨頂、と言えるのかもしれない。NHKホールのシュッケオルガン( 92ストップ )を使用して収録したんだそうですが、まずその響きの美しさ、加えて内声処理の鮮やかさにおどろかされた( とくに「幻想曲とフーガ ハ短調 BWV. 537 」)。テンポもやたらせかせかしてなくてこれもまたよいですね! BWV. 537 はバッハのヴァイマール時代後期( 1712 − 17 )の作品で、いわゆる「カンタービレ・ポリフォニー」書法の作品。バッハ版「悲愴」とでも言いたいような悲痛な幻想曲のあとで決然と開始されるフーガはいきおい前のめりになりがちですけど、あくまで中庸のテンポを維持して進み、聴いていてとても安定感があってすばらしい。ちなみにヘルマン・ケラーはこのフーガについて、中間部をはさんでソナタ形式の萌芽を思わせるとしてのちの「ホ短調大フーガ[ BWV. 548 ]」と似ていると指摘している。

 でも冨田さんのバッハ演奏のすばらしさはじつは「コラール前奏曲」の解釈にこそあるのかもしれない。番組では BWV. 537 につづいて「おお愛する魂よ、汝を飾れ BWV. 654 」もかかったんですけど、いきなり涙腺が崩壊しそうになってしまって困った。こんなことひさしぶりです。ほんとうに心洗われる、掛け値なし文句なしの名演ですよ、これは。なにがいいかってまずレジストレーションのセンスが最高です。まるでドイツのどこか村の教会の ―― コンクール予選で弾いたというレータ村の聖ゲオルグ教会のジルバーマンオルガンとか ―― 歴史的な楽器の音かと思うほど、NHKホールのコンサートオルガンを鳴らしているとはにわかに信じられないほどピュアなハーモニーが耳に飛びこんできて、ほんとうにおどろきました。しんみりと聴き入っているうちに、サイモン・プレストンのヴァルヒャ評を思い出していた ――「気取らない、素朴な演奏だったからよかったんです」。フーガ終結近くの装飾音のつけ方もとても自然でこれもまたすばらしい。
…「定旋律のまわりには、金色に塗った葉飾りがついている。そして< もし、人生がわたしから希望と信仰を奪い取ったとしても、このただ一つのコラールがわたしにそれらを取りもどしてくれるだろう >と君( フェリックス・メンデルスゾーン )が自らわたしに告白したほどの至福が、ここに注ぎ込まれていた」
―― ケラー著、中西和枝ほか訳『バッハのオルガン作品( 音楽之友社、1986、p. 323 )』から、1840 年に開催されたバッハ記念碑建立のために開催されたトーマス教会でのオルガンリサイタルでシューマンが述べたとされることばより

 こういう演奏ができるのも、解釈が的確だからにほかなりません。気になっていろいろ検索していたら、コンクールの審査員のひとりでバッハ研究の世界的権威、クリストフ・ヴォルフ先生がこのように評していたらしい。「彼の演奏はわたしたちの心に響いてきました。バッハの音楽の力を感じさせてくれました」。これ以上の賛辞があるでしょうか。

 これに関連してついでに思い出したんですけど、かつて松居直美さんがドイツでさる音大の教授から、こんなことを言われたんだという。「日本人にはオルガンコラールは弾けない」。

 この先生にはたいへん申し訳ないけれども、たとえばニューヨーク州生まれのちゃきちゃきの米国人が、東京で「アイバンラーメン」ってラーメン屋さんを開いていたり、あるいは欧州から尺八の演奏家になるべく研鑽を積んでいる人だっているわけです、数こそ少ないけれども( あいにくオーキンさんは東京のお店は閉めたみたいです。いまは故郷のニューヨーカーたち相手に「本物の」ラーメンの味を伝道しているとか )。それとおんなじで、日本人だからこれこれができない / 弾けない、なんてことはもちろんない。こういう発想ってけっこうこわいと思う。究極的には排外主義に陥ると思うので。またその話かって言われそうだが、一国の文化のみがすばらしくほかは排除せよとか、あるいは民族が異なるからあの連中にはこれこれこういうことができない、やってはいけない、なんてことが大手を振ってまかり通る世の中になったら、人類は滅亡しかねない、ということだけは声を大にして言いたい。え? 次期米国大統領? 言ってることがコロコロ変節して危なっかしいのはたしかだが、なんというか、不肖ワタシには植木等さんが演じた「無責任男」にしか見えませんねー。これからどうなるのかはまるでわかりませんけど、と本題からかなり離れたので軌道修正して … とにかく冨田さんは、なんというかバッハの弟子の生まれ変わりなのではないか( ゴルトベルクとか )と思わせるほど、感動的なバッハを聞かせてくださる稀有な演奏家と見た。国内でリサイタルとかあったらぜひ聴いてみたいですし、はやくデジューアルバムがリリースされるとよいですね。NHKホールでのオルガンリサイタルはどうかしら? ご本人いわく、コンクールで弾いたオルガンはどれもクセものぞろいだったという。それに対して NHKホールの楽器は「すごく弾きやすいオルガンで、びっくりしました!」。

 もうひとつ「古楽の楽しみ」の「フローベルガーの作品を中心に[ 11月14 − 17 日 ]」、これも負けずにすばらしい企画でしたね !! 前にも書いたけれども今年はヨハン・ヤーコプ・フローベルガー生誕 400 周年。マティアス・ヴェックマンとお友だちで、彼らの交友をつうじて北ドイツと南ドイツ( イタリア )の音楽の伝統が合流し、やがてそれがバッハという大きな果実を生み出した、なんていうことを少しばかりここでも書いたけれども、あらためてフローベルガーという人のスケールの大きさを感じざるを得ない。コスモポリタンのはしりみたいな音楽家で、ドイツ → オーストリア( ヴィーン )→ イタリア( ローマのフレスコバルディのもとで学ぶ )→ ベルギー → 英国( ロンドン )→ フランスと欧州大陸を文字どおり股にかけてます。おんなじドイツ出身でもバッハとはほんと対照的な人生です。でも最晩年はわりとおだやかだったようで、そのお話を聞いたときはなんかわがことのようにまたしても涙腺が緩んでしまったのであった( 仕えていたフェルディナント3世の死後、冷遇され解雇されたフローベルガーは各地を渡り歩き、最終的に仏アルザスのエリクールの寡婦となった公爵夫人の館に落ち着き、彼女の音楽教師をして過ごしたらしい )。

 そしてなかなか波乱含みの生涯を送った人のようで、番組でも紹介されていたように、舞曲をつらねた「組曲」という形式の確立者でもある。で、冒頭の「アルマンド」はフローベルガーの場合「ライン渡河の船中で重大な危険に遭遇して作曲」とか、「フローベルガーの山からの転落(「組曲第 16 番 ト長調」)」とか、「標題」がくっついていることが大きな特徴。解説の渡邊孝先生もおっしゃるように、おそらくヴィヴァルディに先駆けた人なんじゃないでしょうか。しかも !! フローベルガーは自分の死というものをつねづね考えていたようなふしまである。こういう作品まであるんですぞ。「死を想え、フローベルガー」 !! 「アルマンド」という形式は、フローベルガーにとってはなんというか、日記を書くような感覚だったのかもしれませんね。

 …あ、もうすぐ今年最後の「生さだ」が始まる。この前芦ノ湖を湖尻から元箱根まで写真撮りながら歩いてたんですが、それから何日も経たないうちにまさか(!)雪が積もるとはね … どうも天候が安定しませんが、みなさまもどうぞご自愛ください。



[ 追記 ] 聖ヤコビ教会大オルガンについて:だいぶ前のことになりますが、ここでもこの教会のオルガンについて記事を書いたことがあります。そのときはシュニットガーオルガンとばかり思っていたこの「大オルガン( Große Orgel )」は、じっさいには製作者不詳で、こちらの記事によると現存する部材で最古のものは 1465 / 66年にまで溯るものらしい。その後数度にわたって異なる製作家によって「建て増し」を繰り返し、バッハがライプツィッヒで活躍していた 1739 − 41年にかけて現在のプロスペクトを持つ楽器になったようです。ただ、先日放映のこの番組で紹介されていた「カール・シュッケ」というのはベルリン市に本社を構える現代のオルガンビルダーで、NHKホールや愛知県芸術劇場の大オルガンを建造した会社。おそらくレストアを行ったのでしょう( その証拠にコンピュータ記憶装置[ コンビネーションストップ、手鍵盤下にある「親指ボタン」で複数ストップを一気に入れ替える装置で、電子オルガンの「レジストレーションメモリー」のようなもの ]つきの現代ふうの演奏台になっている。引用元記事にはオルガン改修を行った会社としてオランダのフレントロップ社の名前もあったが )。なので誤解を招く表記だと思う。気になったので念のため。

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2016年10月23日

'AKSEL!' ⇒ PPAP( 苦笑 )

1). 以前、ここでもちょこっと触れたノルウェイの大型新人少年歌手( ボーイソプラノ / トレブル )のアクセル・リクヴィン( Aksel Rykkvin )くん。今年 13 歳のアクセル少年の豊かな声量、たくまざるテクニックとそのノビのよい歌声をはじめて聴いたとき、「この子はアレッドの再来か ?! 」って思ったもんです( リンク貼ったのは、いまどきこの伝説的ボーイソプラノを知らない人がほとんどではないかと思ったまでのこと )。

 で、いまそのアクセルくんのデビューアルバム( AKSEL! Arias by Bach, Handel and Mozart )聴きながら書いてるんですけど、個人的な好みではもうすこし「少年らしさ」があってもいいんじゃないかとも感じます。とくにヘンデルのアリアで顕著なんですが、コロラトゥーラ唱法にこだわり過ぎてるところがなきにしもあらず、と思えるので … でもヘンデルはじめバッハやモーツァルトなど、バロック−前期古典派といった古い時代の作品をもっとも得意としているらしくて、これはすなおにとてもうれしいことではある。バッハ( 真の作者はシュテルツェル )「御身がそばにいるならば BWV. 508 」なんかもう最高。アクセルくんと言えば、この前 BBC Radio3 のある番組に呼ばれて生の歌声も披露してくれたけど、このアルバムの録音に参加しているオケがこれまたすごくて、なんとナイジェル・ショート指揮のエイジ・オヴ・エンライトゥンメント管弦楽団ですぞ !! 

 収録はロンドンの教会で行われたようで、「 fantastic な経験だった」とすまし顔でインタヴューにこたえてたアクセル少年、じつはこのアルバムリリースはいまはやりの「クラウドファンディング」で資金調達( !! )したんだとか。で、ライナーの最後のページにその資金提供者のご芳名がずらり並んでいる( あいにく邦人の名前はなかったけど。レーベルはテュークスベリーのアルバムなど、聖歌隊ものをけっこう出している英 Signum Records )。

 いまからちょうど 10 年前だったかな、米 Time 誌の恒例「今年の人」に選ばれたのが、なんと YOU !!! 当時、日本でも認知されはじめた大手動画投稿サイトのプレーヤー画面を模したその表紙は鏡面光沢になっていて、手に取った読者はそのプレーヤー画面に自分の顔が映る、というおもしろいデザインだったのを思い出す。いまや動画投稿は当たり前、これで稼ぐ人まで現れるし、SNS 経由であっという間に全世界に「拡散」し、一躍ときの人、なんてことも日常茶飯事になりつつある( そういや My Space っていまはいずこ … ?)。なのでこういう話を聞くと、やはり時代だなあ、と感じてしまうのも事実。インターネットも SNS も動画投稿サイトもなーんもなかったころ、アンディ・ウォーホルだったか、「だれでも 15 分間は有名になれる」とか、そんなこと言っていた人がいたけど、いやはやたいへんな時代になったもんである。

 そのアクセル少年は、もちろんそんな「一発屋( one-hit wonder )」なんかじゃありませんで、5歳にして歌手になると決心、オスロ大聖堂聖歌隊のオーディションに行ったそうです。翌年、入隊が認められて、いまもそこの少年聖歌隊員で、3年前からはノルウェイのナショナルオペラ & バレエの児童合唱団にも参加しているそうです。どうりでオペラアリアの歌いっぷりが堂に入っているわけだ。

2). 「歌声がアレッド(・ジョーンズ)に似ている」ってさっき書いたけど、じつは彼の目標がそのアレッドのようで … 歌手を志していたとき、家でボーイソプラノの CD とかよく聴いていたんだそうです。もっとも音楽的才能と稀有な歌声に恵まれているとはいえ、男の子の場合はどうしても「声変わり」という関門を避けられないので、そのへんをうまく切り抜けてくれればよいがなと、お節介ながら思ってしまう。

 彼の目標のアレッドは、かつて日本でも大ブレイクしたことがあったけど、この声変わりをうまく切り抜けることができなかった( 一時期、なんとあの D. フィッシャー−ディースカウに師事していたこともある )。その後 BBC の仕事とかミュージカルに出たりして、結婚してからようやく声が安定したのか、変声後はじめてのアルバムを出したのが 2002 年のこと( 国内盤が翌年出ていたとはいままで知らなかった )。オトナになると、かつての志がいつのまにかどっかに行って、比較神話学者キャンベルふうに言えば、「お金がどこから来て、どこへ向かうのか」にどうしても意識と関心が集中してしまいがちになる。

 もちろんおカネは大事です !! いっつも財布の中身がピーピーな不肖ワタシは、ほんとにそう思う。でも願わくばそんな芸事の本筋とは関係ないことにはあまり煩わされずに大好きな道をどんどん突き進んでいって折角精進してほしい、と思う。だって芸術、アートってのはほんらい、「お金がどこから来て、どこへ向かうのか」とは次元の異なるものなのだから。

 以前、キャンベル先生が受講者だかなんだかわからんが、聴衆を前にジョイスに関する講義を行っている動画を見たことがあります … で、『若い芸術家の肖像( A Portrait of the Artist as a Young Man )』を手にとって、「ジョイスは、芸術には static なものと、kinetic なものがあると言っている」とか、そんなことを語っていた。どういうことかと言うと、「こうすればもっと受ける」とか、「観客動員数を上げよう」とか、そういうことを最優先にしてこさえるのが「動的」な芸術。そうでなくて、純粋に内なる声に耳を傾け、対話し、内面のもっとも深いところまで降りていって「そのものの完全性( Integritas )」を認識させるような作品を苦心してこさえるのが「静的な」芸術だ、ということ。だいぶ前だが、いわゆる「ケータイ小説」なるものを書いている人の執筆現場というのを TV で見たことがあるけど、なんと読者となかば対話しつつ、彼らの要望も取り入れながら書いていたのには仰天した。ワタシの常識ではほとんど理解不能な「創作姿勢」です。

 これ書くためにほんとひさしぶりにアレッドの自伝本( Aled : The Autobiography, 2005 )を引っぱり出してみると、所帯持ちになったアレッドが「デビューアルバムがチャートの何番目に入っているか」をしきりに気にしている箇所が出てくる。デビュー盤の発売初日、アレッドは「どれくらい売れるのか見当がつかず、こわかった」と正直に告白している( p. 203 )。アーティスト本人が事前に知らされているのは、先行予約がどれくらい入っているかという情報だけ。文字通りフタを開けてみないとわからない世界というわけです。

3). フタを開けてみなけりゃわからなかった、という一例として、こちらも挙げていいのかもしれない。ジャスティン・ビーバーのたったひと言で一躍世界的な「有名人」になった、あのピコ太郎氏。なるほど、ある意味ひじょうに計算し尽くされていて、あれはあれでよくできているとは思いますよ。とはいえこれだけメガヒット( かな? )を飛ばすとは、そしてデスメタル調(?)あり、バラッド調ありと全世界からマネされようとは、当のご本人もまるで予期していなかったにちがいない。

 でもほんとうに試金石になるのが、やはり「2作目」とそれ以降でしょう。映画なんかそうですね。アレッドもセカンドアルバム Higher を出す際、強烈なプレッシャーを感じていたと述懐しています( このアルバムに収録されている 'You Raise Me Up' はけっこう好きです )。そしてじつはキャンベル先生もまた、『神の仮面』シリーズの 2番目の著作『東洋神話』の巻の執筆にたいへん難渋したとか。それもこれも当時、国際的な宗教会議に出席するため日本( !!! )に行かなければならず、あまり執筆の時間がなかったため一気呵成に書き上げた( はずの )第 1 巻『原始神話』が著者の予想に反して(?)けっこう売れた、ということがあり、それが重荷になっていた … らしいです( カリフォルニアの景勝地ビッグ・サーで長年、開いていたレクチャーのある回でキャンベル自身がそう語っている )。アクセル少年は … おそらくそんなことはなかろう。まだまだ若いし、人生これから。そういう芸術とはあまり関係ない事項に汲々としなければならなくなるのは、「もうとうに、まだまだ」だろうから。

 繰り返すが、芸術家にとっておカネは、はっきり言って副次的なもの。いちばん大事なのは、他者がどう見ているか、どう反応するか、その結果、儲かるか、とかそんなことじゃないはずです。なにが大事かって? 不肖ワタシがえらそうな御託を並べるより、真の偉人に語ってもらったほうがよいでしょう[ 文中の下線強調は引用者 ]。↓
… しかし現実に満足しまいと決意した人たちが存在することも、また事実である。このような人たちは、事物が別のコースをとることを熱望している。つまり、習慣や伝統、簡単に言うなら生物的な本能がおしつけてくるいろいろな所作を繰り返すことを拒否するのである。われわれはこの者たちを英雄と呼ぶ。なぜなら、英雄であるとは唯一のものであること、自分自身であることだからである。もしわれわれが伝統や周囲のものがある決まりきった行為を強制することに反抗するとしたら、それは、われわれが自分たちの行為の起源を、われわれ自身に、われわれのみに求めようとするからなのだ。英雄がなにかを欲するとき、そうするのは彼の中にある先祖たちでもなく、現在の慣行でもない。彼自身が欲するのである。そして、このように自分自身であろうとすることこそ英雄なのだ。*

[ 付記 ]:今月 2日、世界的指揮者のサー・ネヴィル・マリナー氏が逝去された( 享年 92 )。自分もマリナー氏の指揮によるディーリアスやヴォーン・ウィリアムズなどの英国作曲家のアルバムとかときおり聴くのでとても残念でならない。アクセル少年はじめ、最近のアーティストはたいてい SNS アカウントを持っていて、「いついつにこれこれをやるから聴きに / 見に来てね!」とか、「いいね!」してもらうのが当たり前みたいになっているこのご時世になかば流されるように生きていると、そういう人たちが手の届かないところにいた過去を懐かしくも感じたりする。「巨匠の時代」は遠くなりにけり、か( 先週の「クラシック音楽館」で 2014 年2月に N響サントリー定期を振ったときの録画を流してくれたのはうれしかった。合掌 )。

* ... ホセ・オルテガ・イ・ガセット、佐々木孝訳『ドン・キホーテをめぐる思索』未來社、1987、p. 177。このすぐあとに、「私は、この英雄の『実践的』かつ行動的独創性以上に深い独創性が存在するとは思わない。彼の一生は、習慣的できまりきったことに対するたえまのない反抗である。… このような生涯は、永遠の苦悩であり、習慣のままに物質の奴隷となっている自己の部分から絶えず身をひきはなすことなのだ」とつづく。

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2016年09月18日

バッハは「無名の音楽家」?? 

 以下は、あくまで個人的感想で、それ以下でも以上でもなし。とはいえバッハ大好き人間としては、ちょっと挨拶に困るかなあ、というわけですこし書かせていただきます。

 先日見た民放のクラシック音楽家関連番組。もっともダ・ヴィンチも含まれていたから、必ずしもそうとは言えないかもしれないが( でも、ダ・ヴィンチ自身、すぐれたリュート弾きでもあった、ついでにガリレオの親父さんも )、とにかくその番組の出だしで取り上げられたのがわれらがバッハ。で、のっけから紹介されていたのが最晩年の作品「音楽の捧げもの BWV. 1079 」の「各種カノン」のひとつ、「2声の逆行カノン」。カニさんの横歩きにも似ていることから、「蟹のカノン」とも呼ばれる形式の、一種の音楽クイズじみた作品です。番組でも紹介されていたごとくバッハ自筆譜のままではどうやって演奏してよいものやら見当もつかないが、お尻のハ音記号から逆向きに[ つまり、鏡写しに表記されている ]書かれた音型も同時に鳴らすとアラ不思議、2声カノンとして成立するというもの。

 … と、ここまではよかったんですけど、そのあとで聞き捨てならないこんな趣旨の発言が。「生前のバッハは無名の音楽家だった。それが 19 世紀になって、再発見された」。

 むむむむむ、はへひほふ[ 柳瀬訳『フィネガン』の悪影響 ]、「無名の音楽家」なんて断定しちゃあ、それこそバッハも形無しでしょうよ、「シドいこと言うなあ」なんて。手許の文庫本を繰ってみると、
… 18 世紀をまっぷたつに区切る 1750 年に、どちらかいえば不遇のうちに世を去ったバッハは、音楽家として、特にオルガンやクラヴィーアの大演奏家として尊敬を受けてはいたものの、作曲家としてはすでにある程度時代遅れの存在だった。

 「知名度」ということでは、たしかにハンブルクの盟友テレマンやかのハンデル、昔の名前ヘンデル氏には足許にもおよばず、そういう点では劣っていたことは紛れもない事実。でも即、「名なしの音楽家」呼ばわりされてしまうと、一地方の宮仕え音楽家ていどでほんとに知られてなかったかのような印象を与える。当時の絶対王政社会では、音楽家は宮仕えが当たり前で、「知名度」イコール人口に膾炙していたというわけではない。ジャガイモ畑を汗して耕していた農民にとっては「ザクセン選帝侯宮廷作曲家」の称号も縁遠い話だったろうし、とにかくいまの尺度とはまるでちがっていたはず。いや、バッハの地元の人ならばたとえば礼拝で、あるいは公開演奏会で、はたまた「マルシャンとの公開鍵盤対決!」みたいなことを伝え聞いたりして、バッハのすばらしいオルガン / クラヴィーア独奏の妙技を知らぬ者はむしろいなかったと思う、というかバッハ一族が代々活躍してきた中部ドイツでは「音楽家」= バッハ、音楽家の代名詞的存在とも言える存在だった。いくらバッハが生業として「領主 / 宮廷 / 教会当局のため」に作品を書いたからといって、即それが「名無しの音楽家」というわけでもなかったことは、公共図書館にあるバッハ関連本をいくつか漁ってみれば明らかなこと。ラジオもテレビもなーんもない時代、海の向こうのヘンデル氏がいくら知名度抜群だったからって、当時の領邦国家集合体に住む人みんながみんなその名を知っていたわけじゃないでしょう。むしろ身近なバッハ氏のほうがよく知られていたはず。

 ものは言いよう、とは言うものの、もしバッハがほんとに「無名の音楽家」に過ぎなかったら、それこそメンデルスゾーンのような若き天才に「再発見」されようもなく、あるいはブラームスが、届けられた『ヘンデル全集』には目もくれなかったように、冷遇されたんじゃないかしら? よく知られていることながら、バッハの死後、彼の作品をいわば「伝統流派」のごとく継承していった音楽家が少なからずいた ―― むろんそこにはバッハの息子たちも、そしてバッハ直伝の弟子たちもいた ―― という幸運があったからこそ、メンデルスゾーンが肉屋の包み紙( だったっけ )に使われていたとかいう「マタイ」の自筆譜を見つけ、19 世紀のバッハ再評価へとつながったんじゃないかしら( くどいようだが、それがいいのかどうかはまた別問題 )。

 もっとも手許の本にもあるように「バッハの死をもってバロック音楽の終結を見るのは、19 世紀以来のドイツ音楽史観の悪癖」だと思うし、昨今の急激なバッハ研究の進展とかを素人なりに遠巻きに見ても、そういう 19 世紀以来の厚ぼったいバッハ像、バッハ神話はだいぶ崩されてきたようには思う。西洋音楽史におけるバロック音楽の終わりとバッハとの関係は、再検証されてしかるべきでしょう。

 逆に、当時はよく知られていたのにいまはほとんど忘れられている、なんていう音楽家もゴマンといる。たとえばバッハ評伝作者として超有名なフォルケルだって当時としては高名な音楽家で、たくさん作品を残しているのに、「古楽の楽しみ」その他の音楽番組で取り上げられたこととかあっただろうか ?? すくなくともワタシにはそんな記憶はなし。

 こう考えると、「無名」の基準っていったいなんだろ、って思う。なにをもって無名なのか。無名とくるとなんだかアマチュアみたいにも聞こえるが、アルビノーニはまさしくそんなハイアマチュアだった人。でもしっかりその作品は後世に残り、たびたび演奏会で取り上げられてもいる[ もっとも「アダージョ」は、「発見者」ジャゾットの作品だけど ]。そのじつバッハの親戚筋のヴァルターなんかはどうかな。『音楽事典 Musicalisches Lexicon 』編纂者としても有名だったこの人のオルガンコラール作品とかはたまーに耳にしたりするけど、ヴァルターの名前はいまやほとんど忘れられているように思う。パッヘルベルも声楽作品とか室内楽作品とかも書いているのに、「ニ長調のカノン」とちがってこちらは演奏されることはほとんどない、というか「きらクラ!」の「メンバー紹介」じゃないけど、「カノン」につづく「ジーグ」さえ演奏されることはめったにない。

 知名度ということではバッハの次男坊カール・フィリップ・エマヌエルのほうが、あるいはモーツァルトを教えたことでも知られる「ロンドンのバッハ」、末っ子ヨハン・クリスティアンのほうが親父さんのバッハより断然高かった … けれども、いまじゃどうなんでしょうかねぇ。一昨年生誕 300 年( ! )だったカール・フィリップ・エマヌエル作品の「全曲演奏会」みたいな企画はあったのだろうか … 欧州ではそんな企画があったのかもしれませんが( あ、いま聴いてる「リサイタル・ノヴァ」で、その次男坊の無伴奏フルートソナタ[ 無伴奏フルート・ソナタ Wq. 132 ]のオーボエ版がかかってました )。

 そういえばきのう、ヤボ用で静岡市にいたんですけど、駅前の本屋さんの洋書コーナーにてこういう本を見た。ぴろっとめくったら、いきなりバッハのあの例のハウスマンの描いた肖像画が。キャプション読むと、「[ 唯一バッハ当人を描いたものとされる肖像画中の ]バッハのむくんだ顔つきと手、そして晩年の自筆譜の乱れと眼疾は、糖尿病の症例と一致する」* 。むむむそうなのか ?? たしか卒中の発作とかなんとか、それが直接の死因だったような記憶があるけど。たしかにこちらのページにも書いてあるように、バッハがけっこう「よく食べる人」だったのはまちがいないようなので … ちなみに上記の本はやはり、というか、邦訳がすでに出ています。あ、そうそう、その本屋さんでもっとも驚いたのが、シュペングラーの『西洋の没落』の「新装復刊版」が昨年、刊行されていたこと。「現品限り、レジにて 30 % オフ!」というワゴンに突っこんであったけれども、それでもお高いことに変わりはない( 苦笑 )。個人的には、オビに紹介されていたオルテガ・イ・ガセットの全著作とかが復刊されるといいんだけど … というわけで、その本( 第 2 巻しかなかった )はもとにもどして、代わりにサン−テックスの新訳版『人間の大地』を買いました。

付記:「クラシック音楽館」で今月 4 日に放映されていたこちらのコーナー(?)。N響コンマスの「まろ」さんこと篠崎史紀さんと指揮者の広上淳一さんとの対談がすこぶるおもしろかった。そうそう、バッハって、「誰が弾いてもおんなじように感動」を味わえる、稀有な作曲家だってワタシもジュッっと前から思ってたんですよ! それを受けてまろさんが、「バッハの前では万人が平等なんだよね」と受けていたのも、またつく嬉ずうぜ[ ただし、エルマンのジョイス評伝に引用されていた、「バッハは変化のない人生を送った」というジョイスのことばは、むむむむ、はへひほふ、なのであった ]。

* … 追記。静岡市美術館にて開催中のこちらの展覧会を見に行ったついでに、ふたたび確認してみると、
... His puffy face and hands in his only authenticated portrait, and his deteriorating handwriting and vision in his later years, are consistent with a diagnosis of diabetes[ p. 449 ].
とあり、数十歩行った先の書架にその邦訳本2巻もあったので( 苦笑、すぐ近くにキャンベル本もあった )、確認してきました。「 … 後年失明して自分で書けなくなったのは、糖尿病のそれ[ 症例 ]と一致する」みたいな訳でした。ようするにダイアモンド氏は、ちょうどバッハが生きていたころのドイツでは「甘い尿の出る奇妙な病気」が流行っていたらしくて、バッハ晩年の症状が糖尿病患者の「それ[ こういう書き方は好きじゃないけど邦訳書ふうに書くと ]」とおんなじだ、っていうことが言いたいらしい。で、その話はこれでおしまいで、そこからつぎのセクションが始まっていた( 苦笑x2)。
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2016年09月04日

フローベルガー ⇒ 『フィネガンズ・ウェイク』

 先週の「古楽の楽しみ」は夏の特番のようでして、古楽界で活躍されているさまざまなゲストの方といっしょに進行する、というものでした。で、なかでもおもしろかったのは、以前ここでも取り上げたフローベルガーの「組曲 第 27 番 ホ短調 アルマンド」。これ作曲者自身が「ライン渡河の船中で重大な危険に遭遇して作曲」とかっていう副題つけている作品で、なんと、レオンハルトや弟子のボプ・ファン・アスペレンが各フレーズを説明する独白とともに弾いているというひじょーに珍しい音源があるという! で、番組ではその珍しい音源ふたつがかかりまして、レオンハルトのほうはたしかに「ノーブルな( 当日のゲスト演奏家の弁 )」、あの落ち着いた声でチェンバロばらばら弾きつつライン川に落っこちた顛末を語ってました。なるほど、状況を描写する「語り」付きだと、だれが聴いてもとてもわかりやすいですな。

 で、聴いてるうちにふと思ったんですが … そうか、ジョイス最晩年の畢生の大作『フィネガンズ・ウェイク』も、こんなふうな「講釈」付きで「演奏」される「楽譜」みたいな作品なんだな、と。ほんらい文学作品というものは、ふつーに活字を目で追って読んで楽しめばそれでいいんですが、これはそうはいかない。それがジョイスの仕掛けた「小説のたくらみ」なんだから。でもこちとらとしては目の前の本をなんとか読まなくてはならない( あるいは throw-away しちゃうか、ブルームみたいに )。楽譜それじたいでは音も鳴らず、作品として完成させるにはまずもって演奏家の介在が絶対不可欠なんですが、ジョイス自身、「純粋な音楽( エルマンの『ジョイス伝』から )」だと語っていたところからして、そんなら「講釈付き」の演奏ヴァージョンで柳瀬訳を読んでみたらどうだろうか、と思ったしだい。というわけで、本日は「ヤナセ語」訳、いや、演奏版かな、ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』冒頭部を見てみようと思います。まずは「講釈」付きの原文から、開巻ページ( p.3 、この作品は世界で唯一、ページ構成が異なる刊本や版であってもすべておんなじという本になっている。だから読むのはくたびれるが、検索するときはすこぶる便利な造りになっている )。「講釈」はおもにこちらの注釈付きサイトおよび手許のキャンベル本( Campbell, H.M. Robinson, A Skeleton Key to Finnegans Wake )、そして手に入れたばかりの古本『フィネガン辛航紀( 1992 )』を参照しました。*
riverrun, past Eve and Adam's, from swerve of shore to bend of bay, brings us by a commodious vicus of recirculation back to Howth Castle and Environs.

riverrun:コールリッジの詩 Kubla Khan 冒頭節[ In Xanadu did Kubla Khan / A stately pleasure-dome decree : Where Alph, the sacred river, ran / Through caverns measureless to man /
Down to a sunless sea. ]を暗示するという説あり。地誌的に読めば、「リフィー川がフランシスコ会アダムとイヴ教会の前を過ぎ、曲がりくねって湾に達し、ホウス岬にある城とその周縁へとわれらをふたたび引き連れる」。Eve and Adam's:フランシスコ会系教会で、別称「無原罪の御宿り教会」。アングリカン系のクライストチャーチ大聖堂にも近い場所にある。昔、同じ名前の居酒屋で隠れてミサをあげていたことからいまでもそう呼ばれている。cf.「死せるものたち」( 新潮文庫版『ダブリナーズ』p. 298 )
commodious vicus :ローマ皇帝コンモドゥス、ジャンバッティスタ・ヴィーコが隠れている。commodious は「広くてゆったりした空間」または good の意。vicus は中世の分教区単位としての小村で、' a convenient cycle' ともとれる。
「イヴとアダム[ アイルランド神話のアナじゃないけど、ジョイスはここで大地母神的なイヴのほうを先に出している ]」ということからして、ここは「創世記」の記述も暗示させる。ようはすべての始まり、ということ[ そしてまた巻末の the でぐるっともどってくる ]。

Sir Tristram, violer d'amores, fr'over the short sea, had passencore rearrived from North Armorica on this side the scraggy isthmus of Europe Minor to wielderfight his penisolate war: nor had topsawyer's rocks by the stream Oconee exaggerated themselse to Laurens County's gorgios while they went doublin their mumper all the time: nor avoice from afire bellowsed mishe mishe to tauftauf thuartpeatrick: not yet, though venissoon after, had a kidscad buttended a bland old isaac: not yet, though all's fair in vanessy, were sosie sesthers wroth with twone nathandjoe. Rot a peck of pa's malt had Jhem or Shen brewed by arclight and rory end to the regginbrow was to be seen ringsome on the aquaface.

violer d'amores:楽器の「愛のヴィオラ」と violeur d'amours を引っかけている。チェンバロやクラヴィコード、オルガン、サックバットなんかも登場することからして、中世以来の「古い」楽器を取り上げているところもこの作品の中世趣味が伺われる[ cf. 「そりゃあもう魂臨菜 ( こんりんざい )、昼邪 ( ひるじゃ ) つきあいきれないくらい中世だった<『フィネガン III 』p.51、原本では p. 423 > 」 ]。サー・トリストラムは前にも書いたけど実在のホウス初代城主サー・アモリー・トリストラムで、もちろん騎士トリスタン( ウェールズ語ではドラスタン・ヴァーブ・タスフ )が響き、ひょっとしたら(?)『トリストラム・シャンディ』も隠れているかも。
fr'over the short sea:from over the Irish 'Choppy' Sea、日本の「鳴門海峡」なんかもそうだけど、だだっ広い大洋ではなく「短い海」は狭く、潮流の激しい荒海も想起させる。
environs:郊外、周縁部。
had passencore rearrived ... :仏語 pas encore で「まだ … ない」。North Armorica はブルターニュの古名と北アメリカの暗示。過去完了とそれと矛盾する「まだ … ない」で、直線的ではない円環する時間の流れを暗示。
scraggy isthmus:「ぎさぎざの地峡」、子宮の一部名称も暗示か? 
his penisolate war:歴史上の「半島戦争」と「男女の一戦[ あとはご想像にお任せします ]」とを掛けているらしい。ナポレオンとの戦いについてはすぐあとの「博茸館」の展示案内で細かく描写される。
wielderfight his penisolate war:独語の wieder( again )と wielder と戦いを掛けあわせている。
topsawyer's rocks by the stream Oconee exaggerated themselse to Laurens County's gorgios while they went doublin their mumper all the time:topsawyer は材木のてっぺんに立って鋸引く人、親方。これと当地ダブリン建設者としてジョイスが出版人宛て書簡で言及したアイルランド移民ピーター・ソーヤー → トム・ソーヤーとを掛けている[ ただし、実際の名前はジョナサン・ソーヤー ]。オコネー川は米国ジョージア州ローレンス郡庁所在地ダブリンを流れる川。ダブリン市の守護聖人聖ローレンス、初代ホウス城主の改名後の名前ローレンスとも掛けている。
exaggerated themselse to:ダブリンのモットーは ' Doubling all the time.' でもある。rocks には money の意もあり、好景気で町の人口が増えつづけ発展したこと、または rocks を睾丸と取れば文字通り子孫が繁栄して町が栄えたことを暗示。
gorgios:非ジプシー民あるいは「若造」と、gorgeous が響く。
doublin their mumper:double + Dublin、mumper:number + 1492 年に初めて醸造された当地の地ビール MUM からか。
avoice from afire bellowsed mishe mishe to tauftauf thuartpeatrick:a voice from a fire bellowed ME to baptise thou-art-peat-rick.
独語 taufen は「洗礼を施す」、mische miche[ アイルランド語で I AM, ME ]は混線しがちな無線交信で繰り返した時代の表現。全体として聖パトリック来島によるアイルランド全土のキリスト教化を暗示。また mishe にモーセが響くとする説あり。そうすると燃える柴の話(「出エジプト 3:2」)ともからめて「燃える柴」を「燃える泥」、ピートの島アイルランドとも読める。
venissoon:very soon と鹿肉の venison。
kidscad buttended a bland old isaac:以下、「創世記」のエサウとヤコブの家督権をめぐって父親のイサクじいさんを騙した話につながる( 「創世記」27:19 )。またここではチャールズ・パーネルによりアイルランド国民党当主の座を追われたアイザック・バットの話も同時に織り込まれてもいる。双子兄弟の息子と親父の HCE との確執、世代間闘争の暗示。
all's fair in vanessy, were sosie sesthers wroth with twone nathandjoe:vanessy には vanity とスフィフトの愛人のひとりヴァネッサが、sosie sesthers にはもうひとりの愛人名ステラが入っている。
twone nathandjoe:twone は two + one、うしろのは Jonathan をひっくり返してふたつにしたアナグラム。Jonathan の愛称 Nathan は「サムエル記」に出てくる預言者の名前でもある[ ナタンはダビデ王が人妻を娶ったことを非難した。HCE のフィーニクス公園での「罪」の暗示 ]。
Jhem or Shen, rory end to the regginbrow was to be seen ringsome on the aquaface : いずれも「創世記」のノアの息子たちのセム、ハム、ヤフェトを暗示、また Jhem or Shen = Jameson ととれば、ギネス醸造所と並んで老舗ウィスキー蒸溜所のジェイムソンとも読める。全体で「親父の麦芽を2ガロンほどジェムかシェンがアーク灯の明かりで発酵させると、虹が弧を描いてその赤い端が水面を囲んで見えはじめた」。rory end には orient も響く[ ジョイス自身の説明では rory は red の意らしい ]。regginbrow は 独語 regenbogen + rainbow で、新しい時代の幕開け、移行を暗示。また『フィネガン II 』冒頭の章に出てくるイシーの友だち「四重虹集い」のフローラたち[ 4x7= 28 人 ]も暗示。

The fall (bababadalgharaghtakamminarronnkonnbronntonnerronn- tuonnthunntrovarrhounawnskawntoohoohoordenenthurnuk!) of a once wallstrait oldparr is retaled early in bed and later on life down through all christian minstrelsy. The great fall of the offwall entailed at such short notice the pftjschute of Finnegan, erse solid man, that the humptyhillhead of humself prumptly sends an unquiring one well to the west in quest of his tumptytumtoes: and their upturnpikepointandplace is at the knock out in the park where oranges have been laid to rust upon the green since devlinsfirst loved livvy.

a once wallstrait oldparr:昔、英国シュロップシャーにいた 152 歳まで生き長らえたというトーマス・パーという老人とその老人にちなんだウィスキー OLD PARR およびウォール街の株式相場。「暴落」、つまり「転落」の暗示。ちなみに百語の「雷鳴」の日本語について、ジョイスはあるとき、「日本には四つの怖いものがあると聞いたが、カミナリはそのひとつに入っているか?」と質問している。retaled:retold
christian minstrelsy:19 世紀、米国からロンドンにやってきて公演していた Christy Minstrels という一座と Christian ministry を引っ掛けている。あるいは中世ヨーロッパのミンネゼンガーたちの後裔か。
pftjschute of Finnegan:pfui → 嫌悪、chute → 転落
erse solid man = Irish man
humptyhillhead of humself prumptly:ハンプティ・ダンプティと「背こぶのある」HCE の暗示。
humptyhillhead:落っこちてダブリンに横たわるフィネガンの「頭」の丘、つまりホウス岬。
to the west in quest of his tumptytumtoes:ふくれた「あんよ」を探して西へ、つまりフィーニクス公園の丘。その前の well は公園化される前にここに存在したとされる「泉」も暗示か。
their upturnpikepointandplace is at the knock out in the park where oranges have been laid to rust upon the green since devlinsfirst loved livvy :フィーニクス公園近くチャペリゾッドには 19 世紀までターンパイクがあった。HCE のパブはそのチャペリゾッドにある。knock out はアイルランドゲール語 cnoc、つまり hill + Castleknock。カッスルノックはフィーニクス公園北西の門 … らしいが、キャンベルによるとそこにはセメタリーがあったみたいです。死のイメージなのかな。西は死者の国の方角ですし。
orange, green はカトリック( 土着のアイルランド人 )とプロテスタント( 侵略者 )との対比。
 … とってもちかれた。暑いし( 苦笑 )、でもこれまだ開巻 1 ページ[ p. 3 ]目だけナンスよ。キャンベル本はこの冒頭部だけ「精密に」検討していて、次のページのパラグラフもあるんだけど、とても邪ないがもうムリ。文献資料のたぐいがワタシの周囲を囲んで( environ )いるので、暑さはさらに輪をかけられ、化身とならざる身、いよいよもって混乱の度を増しております、というわけで、暑さに負けずに気力を振り絞って( ? )つづけますと、ヤナセ語訳による冒頭部が意外にも( ! )すなおな直訳に近く、しかも日本語の文章として読んでもすこぶるおもしろいという、とんでもない離れ軽業を披露している、ということをあらためて再確認したしだいであります … ほんとに清水ミチコさんじゃないけど、「世界初の活字芸人」の面目躍如です。

 以上の「講釈」―― と言ってもこれが完全な「解釈」なんてことはありえず、あくまで可能性のひとつにすぎないが ―― を踏まえて、柳瀬先生による名訳をじっくり味わってみましょう[ 訳文の総ルビは割愛 ]。
 川走、イブとアダム礼盃亭を過ぎ、く寝る岸辺から輪ん曲する湾へ、今も度失せぬ巡り路を媚行し、巡り戻るは栄地四囲委蛇たるホウス城とその周円。
 サー・トリストラム、かの恋の伶人が、短潮の海を越え、ノース・アルモリカからこちらヨーロッパ・マイナーの凹ぎす地峡へ遅れ早せながら孤軍筆戦せんと、ふた旅やってきたのは、もうとうに、まだまだだった。オコーネー河畔の頭ソーヤー団地がうわっさうわっさとダブリつづけ、ローレンス郡は常時阿集にふくれあがったのも、もうまだだった。遠炎の一声が吾め割れ目とのたまわって汝パトリックの泥誕を洗礼したのも、もうまだだった。鹿るのちに、山羊皮息子が若下司のいたりで盲碌伊作爺さんを食ぶらかしたのも、じきにまだだった。恋は発条サというものの、ステラれ姉妹がふたりでに情ナサン男に憤ったのは、まだだった。親父の麦芽をちょっぴり醱酵させたのをジェムかシェンがアーク明りのもとで醸造し終えると、赤にじむ虹弓の端が水面に弧つぜんと見えようとしていた。
 転落( ババババベラガガラババボンプティドッヒャンプティゴゴロゴロゲギカミナロンコンサンダダンダダウォールルガガイッテヘヘヘトールトルルトロンブロンビピッカズゼゾンンドドーッフダフラフクオオヤジジグシャッーン!)、旧魚留街の老仁の尾話は初耳には寝床で、のちには命流くキリシ譚吟遊史に語り継がれる。離壁の大潰落はたちまちにしてごっ墜男フィネガンのずってーん落を巻き込んで、頭んぐり身が食むしゃらに浅索好きを西へと井戸ませ、無垢っちょあんよを探しにやらせる。するとそのひっくり肢ってん場っ点は公園の隅ロッキー、どぶリンの初いとしいリフィーがく寝って以来、オレンジたちが寄りどりち緑に赤さびるままにい草っているところ。( pp. 19 − 20 )

 そして、対立する二者の闘争、あるいは「意くさ」の話につながり、「棟梁フィネガン」の埋葬へとつながっていく。「く寝る」とか「委蛇たる」、「短潮の海」、「孤軍筆戦」なんかはさすが。代わりに「愛のヴィオール」はあんまり反映されてないけど、おそらく全体としての軽重( ケイジュウじゃないですよ )を判断してのことだと思う。「行」や「礼亭」にもトリスタン伝説、あるいは「聖杯」のニュアンスが入っているように思う。

 ただ、この作品については、手許の Penguin 版の序文を書いてるジョン・ビショップさんという人の意見に全面的に諸手を挙げて賛成ですね。つまり一般的な「直線的語り」で話が進む小説とまるでちがって、この本の語りはそれこそのれつの回らない酩酊言語の夢言語の多層言語構造なので、「理屈の上では、この本の読者はどこから読んでも、楽しみと恩恵を得ることができる」。† もっとも、「現場作業員」たる翻訳者はそういうわけにはいかないが。

 以前、柳瀬先生のこの『フィネガン』翻訳について、日本の地名( このへんだと石廊崎や田子 )や川名( 黄瀬川[!]、那賀川まで出てくる )、果ては著名人の名前まで出てきて、なんて自由な翻訳なんだろう、と書いた覚えがあるけれど、こうして『辛航紀』を読みますと、いやいやどうしてそんなことはなかったんですね。たった一行しか、訳せなかった日もあったそうですし( そりゃそうだろう … )。大変失礼しました、と言いたいところだが、それでもある意味では先生はとても恵まれた方だったように思う。先生ご自身、べつの著作でこう書いてます。
… 当時は、ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』の翻訳に没頭していた。昼夜の別なくジョイス語の世界にどっぷり浸かっていた。一睡もしないまま大学に行って授業に入る日も多く、それが体力的にかなり無理になっていた。『フィネガンズ・ウェイク』を取るか大学を取るかの選択で、ぼくは『フィネガンズ・ウェイク』を取った。
――『日本語ほど面白いものはない:邑智小学校六年一組 特別授業』p. 13
 柳瀬先生の御霊安らかにと祈りつつ、この前「きらクラ!」で耳にしたフィンジの「エクローグ」を捧げたいと思います。



*... 参考文献など:
宮田恭子『ジョイスと中世文化 ―「フィネガンズ・ウェイク」をめぐる旅』みすず書房 2009
同    『抄訳 フィネガンズ・ウェイク』集英社 2004
柳瀬尚紀『フィネガン辛航紀:「フィネガンズ・ウェイク」 を読むための本』河出書房新社 1992
同   『翻訳は実践である』河出書房新社 1997
同   『辞書はジョイスフル』TBS ブリタニカ 1994
同   『日本語ほど面白いものはない:邑智小学校六年一組 特別授業』新潮社 2010
J. Campbell & H.M. Robinson : A Skeleton Key to Finnegans Wake: Unlocking James Joyce's Masterwork 1944 ; Collected Works of Joseph Campbell, New World Library Edition, 2005

† ... 使用した原書は James Joyce, Finnegans Wake, Penguin Classics Reissue edition, 1999 。引用箇所は p. x 。なおこちらのようなすばらしいサイトも「遅れ早せながら」、このたび発見した。そして余談ながら、「日本ジェイムズ・ジョイス協会事務局」がなんと !! 静岡市にあったこともつい最近知った( joyceful ! )。

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2016年08月22日

『ダブリナーズ』

 予告通り、先月逝去された柳瀬尚紀先生の名訳から、いくつか引いてみたいと思います。まずはジョイス初期の傑作短篇集 Dubliners ( 1914;新潮文庫版 2009 )から、出だしの「姉妹 The Sisters 」冒頭部を[ 以下、下線は引用者、ルビと太字強調は訳文のまま ]。*
 あの人は今度こそ助からない。三度目の卒中だった。毎晩毎晩、僕はあの家の前へ行っては( 学校は休みに入っていた )、明かりの(とも)っている四角い窓を見つめた。来る晩も来る晩も、ほんのりと一様に、変らず明りが点っていた。もし()くなったのなら、暗く(かげ)ったブラインドに(ろう)(そく)影が映るはずだ。死んだ人の(まくら)(もと)には二本の蠟燭を立てることになっているのだから。しょっちゅう聞かされていた。わたしはもう長くない。そんなのは(あだ)(ごと)だと思っていた。今になってみれば、本当だったのだ。毎晩、あの窓を見上げながら、(ちゅう)(ふう)という言葉を小さくひとりごちた。それまではずっと、別世界の言葉みたいに耳になじまないひびきだった。(ユー)()(リッド)(けい)(せつ)(けい)(カテ)()()()の聖職売買という言葉と同じようなひびき。それが今や、極悪非道の生き物の名前みたいなひびきに聞える。怖くて(すく)みあがった。そりくせ少しは近づいて行って、そいつの荒仕事を見届けたい気がした。( p. 11 )
 おんなじ箇所を、新潮文庫にかつて入っていた旧訳版と比較してみます。
 今度はもうだめだろう、これで三度目の卒中だったから。毎晩のように、私はあの家の前を通って( ちょうど休暇だったので )、あかりのついた四角い窓を注意ぶかくながめた。くる晩もくる晩もそこは相変わらず、淡く一様に明るんでいるのを見た。もし()くなったのなら、暗くかげった(まど)(おお)いに(ろう)(そく)の灯がうつるだろう、と私は思っていた。なぜというに、死人の頭のところには必ず二本の蠟燭を立てるということを知っていたから。彼はよく私に言ったものだ ―― 「わしはもう長くはあるまい」と、だが、私はそれをいいかげんな言いぐさとしか考えていなかった。いまそのことばが嘘でないことがわかった。毎晩窓を仰ぎながら、私はひとり小さな声で、「(パラ)(リシス)」と言ってみるのだった。これは私の耳に、ユークリッド幾何学の()()(モン)( 訳注 平行四辺形の一角を含んでその相似形を切り取った残りの形 )ということばや、『カトリック要理』の中の()()()()( 訳注 僧職における昇進、禄、利得を売買する行為 )ということばとおなじように、いつも奇妙にひびくのであった。けれども、いまは何か(ざい)(ごう)の深い者の名前のようにひびいてきた。で、私はこわくてたまらないのだが、しかもなお、それに近よってその恐ろしい働きを見とどけたいと思うのだった。

[ 原文 ]:THERE was no hope for him this time: it was the third stroke. Night after night I had passed the house ( it was vacation time ) and studied the lighted square of window: and night after night I had found it lighted in the same way, faintly and evenly. If he was dead, I thought, I would see the reflection of candles on the darkened blind for I knew that two candles must be set at the head of a corpse. He had often said to me : I am not long for this world, and I had thought his words idle. Now I knew they were true. Every night as I gazed up at the window I said softly to myself the word paralysis. It had always sounded strangely in my ears, like the word gnomon in the Euclid and the word simony in the Catechism. But now it sounded to me like the name of some maleficent and sinful being. It filled me with fear, and yet I longed to be nearer to it and to look upon its deadly work.

 この冒頭部の下線箇所、集英社版『ダブリンの市民( 1999 )』ではそれぞれ「休暇中だった」、「 … 暗いブラインドに蠟燭の()(かげ)が映るはずだ」、「いつもはこの言葉がよそよそしく響いたものだ」になってます。「よそよそしい」、むむむ。当たらずとも遠からず? 

 前にも書いたように、翻訳というのは音楽作品の演奏( 解釈 )とおんなじで、翻訳者が 10 人いれば 10 通りの訳文ができあがるもので、ワタシはこの人のこの訳が好き、という嗜好の問題もあるので一概にいいとか悪いとか言えないかもしれない。偉大な先達による翻訳という営為にケチつける、という意図はまったくないながら( そんな資格も三角もないことは重々承知 )、ではこのジョイスの手になる短編冒頭をはじめて読む読み手にとって、どれがもっともイメージを掻き立てられる翻訳なのか、あるいはどの訳がこの物語をすんなりイメージできるのか。そういう視点に立ったとき、今回、3 人の訳者先生による「姉妹」冒頭部の訳文をはじめて突き合わせて一読した者としては、やはり柳瀬先生の翻訳がもっとも鮮やかで、自然で、神経の行き届いた訳文に仕上がっている、というのが率直な感想でした。たとえば新潮文庫の旧版の書き出しは、とてもじゃないが少年の視点で語られている文章とは思えず、壮年期にさしかかってからの回想文体のようで、ジョイスの意図にはそぐわないんじゃないの、と一読者としてはそんなふうにも感じる。「文体」って文学作品の命みたいなもんですから、翻訳するときはこういう点にも神経を配らないといけない … と自分に言い聞かせつつ。

 柳瀬先生の他の著作もこの際だからといくつか読んでみると、集英社の3巻本『ユリシーズ』邦訳に対してはずいぶんと辛辣です。たしかに不要な「脚注」というのもところどころ目についたりする。「姉妹」にしても、のっけに出てくる gnomon について、「平行四辺形の一角からその相似形を取り去った残りの部分」まではいいにしても、なんでまたすぐそのあとに「日時計の指針という意味もある」なんてつづくのか。こんなとこでいきなり「日時計の針」なんてあり得ないのにもかかわらず、にです[ もっとも、「出会い」にさりげなく出てくる「日もいまだ明けやらぬうちに … 」というのが『ガリア戦記』の英訳引用とか、「土くれ」に出てくるマイケル・ウィリアム・バルフという人のオペラのアリア「夢に見しわれは」、あるいは「委員会室の蔦の日」のチャールズ・スチュアート・パーネルについての説明とかは邦訳読者の理解の助けになるとは思うけど ]。

 著作を読んだかぎりでは、柳瀬先生にとって翻訳とはまずなによりも「文体を翻訳すること」の一点に尽きる。深町眞理子氏も、著作でやはり「いかに」をどう訳出するか、を強調していて、けっきょくおんなじことをおっしゃっている。そういう「柳瀬の姿勢」は、随所に見られる。たとえば「二人の伊達男 Two Gallants 」に出てくる 'His voice seemed winnowed of vigour ; and to enforce his words he added with humour : ... ' を「この声は活力を簸( ひ )られたふうだった。そこで言葉を補強すべく、茶目っ気をこめて言いそえた」とあえて古風な「簸る」を当ててます。おなじ箇所を新潮文庫旧訳版は「彼の声は、精力からふるい出されるようだった。そして、自分の言葉を強調するために、諧謔( かいぎゃく )を加えて言い添えた ―― 」、集英社版では「その声には活力を吹き捨てたような感じがある。彼は自分の言葉を強調するために、ユーモアをまじえてつけ加えた」。… むむむ、「ふるい出される」だの、「吹き捨てた」だの … なんかこういまいちピンとこないなあ( 苦笑 )。外ヅラの威勢だけはやたらいい、カラ元気張ってるだけってとこなんだろうけれども。

 短編集なので、あっちこっち拾いたいのはやまやまながら、一気に飛んでもっとも有名な巻末の「死せるものたち The Dead 」の、もっとも印象的な終結部を一部ですが引いてみます。
 カサカサッと窓ガラスを打つ音がして、窓を見やった。また雪が降りだしている。眠りに落ちつつ見つめると、ひらひら舞う銀色と黒の雪が、灯火の中を斜めに滑り落ちる。自分も西へ向う旅に出る時が来たのだ。そう、新聞の伝えるとおりだ。雪はアイルランド全土に降っている。…… 雪がかすかに音立てて宇宙の彼方から()(なた)から舞い降り、生けるものと死せるものの上にあまねく、そのすべての(さい)()の降下のごとく、かすかに音立てて降り落ちるのを聞きながら、彼の魂はゆっくりと感覚を失っていった。

[ 原文 ]:A few light taps upon the pane made him turn to the window. It had begun to snow again. He watched sleepily the flakes, silver and dark, falling obliquely against the lamplight. The time had come for him to set out on his journey westward. Yes, the newspapers were right : ...... His soul swooned slowly as he heard the snow falling faintly through the universe and faintly falling, like the descent of their last end, upon all the living and the dead.

 旧訳版では、
 サラサラと窓ガラスにあたる軽い音が、彼を窓の方にふりむかせた。また雪が降りはじめたのだ。彼は(がい)(とう)の光へ斜めに落ちかかる、銀と薄墨の雪片を眠たげにながめた。西部への旅に出発する時間がきたのだ。そう、新聞の言うとおりだ、アイルランドじゅうがすっかり雪なのだ。…… 天地万物をこめてひそやかに降りかかり、なべての生けるものと死せるものの上に、それらの最期が到来したように、ひそやかに振りかかる雪の音を耳にしながら、彼の心はおもむろに意識を失っていった。

 両訳文を比べてみてどうでしょうか。ひとつ気づくのは人称代名詞の頻度。柳瀬訳では「自分」以外の「彼」だの「それら」だのがひとつも使われていないことに気づきます。これも先生の「翻訳の姿勢」かと思ったしだいです。ワタシもなるべく人称代名詞は使いたくない人で、理想はコミさん[ 故田中小実昌氏 ]みたいな文章が書けるといいな、なんて不遜にも考えていたりするんですけど、柳瀬先生も人称代名詞なしでこの終結部をみごとに訳出されてます。いまひとつ気づくのが、降り落ちる雪の擬音の処理。北海道根室市出身、ということもあるのだろうか、「カサカサッ」という窓に当たる音がとても vivid に聞こえる。ここの箇所を集英社版では「二、三度、窓ガラスを軽く打つ音が聞こえたので、彼は窓の方を向いた」。またしても「彼」 !! あと細かいことだが「〜の方へ」という言い方も、スピード感が殺がれてよくないと思う。

 「姉妹」も「死せるものたち」も、話者こそ生けるものたちではあるけれど、そのじつ死者がテーマになっている作品、というわけでつぎは「死者たちの声」に溢れかえっているような、というかアビイ叫喚みたいな作品へとつづく……

* ... 手許にある原本は James Joyce, Dubliners , Modern Library Edition, repr., corrected text by Robert Sholes in consultation with Richard Ellmann, New York, 1993。柳瀬先生の著作の引用はすべて『翻訳は実践である』、河出文庫、1997。

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2016年08月07日

「あいつのものモノリスしい単神話めき ! …」、名翻訳家逝く

 先月から今月にかけて、偉大な功績を残された方の訃報があいついだ。先月 26 日には日本を代表するピアニストのひとり中村紘子さんが( 享年 72、文筆家としても名を馳せた先生なので、リンク先はあえて著作ページにしてあります )、そして 31 日には昭和の大横綱、「ウルフ」の異名をとったもと横綱「千代の富士」の九重親方が( 享年 61 )、そして個人的にとてもショックだったのが、英文学者でジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』個人全訳を成し遂げたあの名翻訳家、柳瀬尚紀先生の訃報だった[ 地元紙での扱いがあまりにもささやかだったため、はじめは気づかなかった。ちなみに「東京新聞」は顔写真付きだった。さすが ]。肺炎だったらしい。享年 73。こんなこと言うと不謹慎だが、7月 30 日で 73、と、数字まであわせなくてもよかったのに。もっともっと翻訳してほしかったのに。もっともあいかわらず悟りの遅い不肖ワタシは、柳瀬先生が現在、文芸誌に『ユリシーズ』全訳を目指して連載中だった、なんてことさえ知らなかった( mmm ... mṃm ... ṃmṃ )。

 手許にある『辞書はジョイスフル』という楽しいエッセイ( 1994 )。この本に、20 年前の 1996 年に新聞社の取材に答えていた記事の切り抜きを挟んであって、ひさしぶりに眺めてみる[ ちなみに ↑ の「mmm ... 」は、先生のこのエッセイ本文から借用した ]。「現代に問う『ユリシーズ』下」というタイトルの記事で( ということは「上」もあったわけで、そっちのほうは図書館に保存してある過去記事でも見ないとわからないけど )、先生のお写真のキャプションにこう書いてあって、いかにも先生らしいな、と微笑んだことなど思い出していた ―― 「ぼくは 1 年前より 365 日分英語ができるようになってると思う」。ということは、先生は『ユリシーズ』全訳になんと 20 年もかかり、ついぞ未完に終わってしまった、ということになる( もっともベストセラーにもなリ、映画化もされた『窓から逃げた 100 歳老人』などの邦訳に従事していたなど、一時期『ユリシーズ』完訳作業から離れていたようですが )。心より、柳瀬先生のご冥福をお祈りします(『フィネガン』邦訳についてはこちらの拙記事参照 )。

 『辞書はジョイスフル』、あらためて読んでみると、『フィネガン』翻訳の手の内もあちこちで航海、ではなく公開されてまして、そうか、「卑猥に類スるキャロル歌いめ !! ( 原文:Lewd's carol ! [ Finnegans Wake, p. 501 ])」なんてのもあったんだ、とか、その他いろいろ発見が。でも先生は、「『フィネガンズ・ウェイク』全訳で最も頭を悩ましたひとつ」と告白してもいる( ibid., p. 25 )。あいにく『フィネガン辛航紀』のほうは、いまだ未読。静岡県内の公立図書館の串刺し検索かけてなんとしてでも読んでみようと思う(『辞書は 〜 』のオビの惹句で、清水ミチコさんの評がすこぶる的を射ていておもしろい。曰く、「世界初の活字芸人である」)。

 そして先生は名翻訳者の例に漏れず、無類の辞書 / 事典好きだった。とにかく辞書大好き人間で、そのこともたっぷり紙幅を割いて書いてある。『フィネガン』にはあまたの見たこともない難読漢字が詰めこまれている感ありだが、たとえばそういう漢字ないし熟語をどうやって拾って、見つけてきたかもくわしく書いてあって門外漢にはひじょうに参考になる。『諸橋大漢和』とか、『角川新国語辞典』の「付録」とか … たとえば、
… もはや十二憑きはない、血そめつき、気さわぎ、夜迷い、単于憑き、殺め好き、 … ( III 巻、p. 310 )
なんてのは、すべてこの辞書の付録の「月の異名」を参照してこさえたヤナセ語「変奏」だそうです。で、先生によると引用箇所の「原形」はつぎのとおり。
かすみそめつき( 霞初月 )、きさらぎ( 如月 )、やよひ( 弥生 )、うづき( 卯月 )、あやめづき( 菖蒲月 ) …
 というわけで、寡聞にして知らないが、もし生前、柳瀬先生が「小学校からの英語必修化」の話を聞いたら、「とんでもない、まずは日本語でしょ、日本語は天才である !!! 」と応じたかもしれない。「1月」の異名というのがこれまたすごくて、かすみそめつきだけでなく、いわひづき( 祝月 )、履端( りたん )、質多羅( せいたら )etc., … 前にも書いたけど色の名前だって、ほんとたくさんあるのが日本語という言語。そしてそれをさらに豊かにしているのが、各地方に伝わる方言ですかね。あ、そういえば記事のお題にもした『フィネガン』の一節、そのすぐあとに「ああ、ほうかい! もうそのことはいわんでくれ[ ' ... And his monomyth! Ah ho! Say no more about it!' Ibid., p. 581 ]」とつづくけど、「ああ、ほうかい!」を見た瞬間、ワタシの頭には懐かしい祖母の声が聞こえてきた( 西伊豆の方言でもあるのです。意味はもちろん、「ああ、そうかい」)。そういえば祖母は「ウルフ」が大好きで、取り組みのときは決まって「千代、ほら行けッ、千代 !! 」とテレビ観戦していた。
凡人が『フィネガンズ・ウェイク』を読もうとすると、いかに外国語を知らないかを知る。いかに外国語に通じていないかを知る。
 そこで辞書だ。凡人には辞書がある。
 たとえばアルメニア語であれ、アルバニア語であれ、動詞のように活用のあるものはむずかしいとしても、少なくとも名詞なら凡人にも辞書は引ける。――『辞書はジョイスフル』p. 21

 こんなこと言うと怒られそうだが、SNS 全盛時代、あまりにもことばというものを大切にしていない使い手が多過ぎる。昔は原稿用紙とか便箋に( この季節だったら )手汗かきかき辞書片手に升目を埋め、読み直してまた書きなおす、みたいなことを繰り返して、ようやく第三者である読み手に読んでもらえるようにしたもんだけれども、いまじゃチョチョいと入力して( それも変換予測機能もついて )、ろくすっぽ推敲もせずすぐ送信、あっという間に全世界に公開されちゃうという、ある意味ソラ恐ろしい時代。昔も今もデマというものはあるけれども、虚報 / 誤報をツイートされれば最悪の場合、世界中を巻きこむ危険性も孕んでいるのがいまのご時世。あまりに「速報性」ばかりが偏重されている気がするのはタワシ、じゃなくてワタシだけかしら[ 以上、現場報告員、前大佐でした。名はセバスション、出はリオデジャナイヨと、だんだん日本語が怪しくなってきております ]。こういうお気軽さはなにもことばに限ったことじゃなくて、前記事で取り上げた怪物捕まえ手系ゲームにも言えることだし、世の中全般に対しても言えることではないのか、となんだか偏屈オヤジみたいになってしまった( ついでに牛3つで「犇めく」ですが、柳瀬先生によるとなんと「雷4つ」合わさった漢字まであるそうです )。

 手許にある柳瀬先生の訳書としては、いまひとつ『ダブリナーズ』もある。いつか「名訳に学ぶ」として取り上げたいと考えてます。合掌[ ヤナセ先生、あばあばあばよわん、達っぱでね !! ]。
… 冠涙にむせびて己の挽歌を、天使の機関車の泣きむせぶごとく。理非ィなる人生は遺棄るに値するや ? 唯いな !  
 この一節をキャンベルはこんなふうに紐解いている ――「人生は、それを捨てるに値するものだろうか ? 」。『フィネガン』には全編に現れる「 1132 ( とその変形 )」や 29 人の女生徒の口から各国語による「平和」が繰り出されるなど、それなりにメッセージ性もあるしプロットもある。けっして「精神を病んだ物書きの狂文」ではない。

[ 付記 ]:参考までに、本家サイト別館「ヤナセ語訳『フィネガンズ・ウェイク』を読むためのかんたんな道しるべ[ β版 ]

 … いまさっき調べたら、なんとなんといつも行ってる図書館に、Finnegans Wake 原本が置いてあったことを発見 !¿! Ulysses は借りたことあったけど、まさか『フィネガン』原本まであるとは … おそらくだれからも顧みられなくて書庫でショコんぼりしてるだろうから( 苦しい )、こんど借りてみようかな。だれがなんと言おうと、'harpsidiscord' を「破ープシコード ( I 巻、p. 37 )」としたのは、快哉ものです[ ただし、「フィネガン徹夜祭 / 本文は英語 」という但し書きは、どうなのかな、あれは英語のように見えて、じつは「字酔イス語」なので。柳瀬先生によると、『フィネガン』関連辞典 / 事典 / 注釈本のたぐいでもっとも役に立ったのが 2 冊あり、そのひとつが比較神話学者キャンベルがヘンリー・モートン・ロビンソンという人と書いた『「フィネガンズ・ウェイク」を開く親鍵 A Skeleton Key to Finnegans Wake 』だったそうです ]。

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2016年07月24日

「ならぬことは … 」⇒ 「レリオ、または生への回帰」

1). 以前、ここでも取り上げたスペインの思想家オルテガの『大衆の反逆』。蒸し返しになるけどその本にこういう一節が出てきます。
「世襲貴族」はどういう生を生きることになるのか、彼自身の生か、それとも傑物であった初代の生を生きるのか? そのどちらでもないのだ。彼は他人の生を演ずるように、つまり、他人でも自分自身でもないように宣告されているのである。当然ながら、彼の生は真正さを失い、他人の生の単なる代理か見せかけに変質せざるをえない。… 生とはすべて、自己実現のための戦いであり、努力である。私が自分の生を実現させるに当たって直面する困難こそ、まさしく私の能力を目覚めさせ、行動をひき起こすものなのだ。( p. 146 )
 また、いま読んでる Kindle 本( ほんとは「紙の本」で読みたかったのだが、これしかフォーマットがないというのでしかたなく )に、「 … われわれの欲望はほとんどの場合、なにが欲しいかではなく、ご近所さんが持ってないものを手に入れたいという欲求から発している[ ゆえにけっして満たされることはなく、つねに「欠乏感」に苛まれる ]」という一文にもお目にかかったりした。*

 なにが言いたいのかというと、例のバカげた騒動でして … こういう言い方するとなに言ってんだと怒られそうだが、このさいハッキリ言わせていただくと、VR だか AR だかなんだか知りまへんが、しょせんはゲームの世界の住人( いや、文字どおり「怪物」か )をわざわざ「現実世界」にスーパーインポーズしてまでピコピコゲームさせることはないでしょう !!! … おかげでなにも知らないワタシは( 日本上陸は 20日、との某 IT 系 Web ニュース記事に引っかかっていた人 )その「当日」の金曜日、三島駅前の交差点で信号待ちをしていたら ――「オイディプスの最新の化身が、いまもつづく美女と野獣のロマンスが、今日の午後、42 丁目と 5 番街の交差点に立ち、信号待ちをしている( J. キャンベル『千の顔をもつ英雄』)」―― かわいらしいセーラー服姿の怪物の集団がわさわさやってきた。向こうはまるでワタシが見えてないらしく、こちとらは車道に押し出されかけて、危うくオイディプスならぬピカチュウに間接的に殺されそうになった( 瞬間湯沸し器状態 )。

 開発元は Niantic( 発音はナイアンティック、Νίκη をニケと呼ばずナイキと発音するのとおなじ流儀 )とかいう Google からスピンオフしたスタートアップで、つい先日、お台場に世界中からスマホ持った人が集まったとか言う Ingress というイベント( という言い方でいいのかどうか、当方は関知せず )とおなじ会社。もちろんポケモンなので本家本元も共同で開発しているわけなんですが … この手の携帯端末向けゲームというのは以前よりあったとは思う。ただし、本末転倒もここまでくるともう … と、深き淵よりの嘆息のみ。「無理が通れば道理が引っこむ」ってやつですかね。後先考えてないとはこのこと。これがどれだけ潜在的な危険性をはらんでいるのか、開発元は認識しているのだろうか? あるいは喜々として「ミジュマル、ゲットぉ!」とか興じている方々は? 英語で言えば、preposterous ってやつ( 原義は「おしりが前に」、ようするに後先逆ということ )。「危ない」ということは、たとえば配信開始しておきながら、あらためて周知徹底を図る、あるいは関係機関にも働きかけている、という動きから見ると、開発元も認識しているからで … 先行配信された米国やドイツなどの海外ではさっそくやらかしている御仁が出てくるしまつ( そのうち訴訟沙汰にまでなるんじゃないかと危惧している人 )。

 自家用車を運転している人、とくに「ゴールドな」人にとって、これはハタ迷惑きわまりないと思う。もっとも、車高の高いバスなんかに乗っていて信号待ちで停車している隣のレーンのクルマを見ると、あろうことか運転しながらスマホいじってる人もときおり見かけたりする。どっちにしても危険行為にはちがいなくて、その当人だけの問題ではすまされない。ワタシだってピカチュウに殺されたくない、冗談じゃないですよ( こんなことになろうとは … )。

 逆に、いまどきの若い世代ってある意味不幸だ、とも感じる。どういうことかって言うと、
 便利さという名のもとに科学によって人間はどんどん怠け者になってゆく。さらにエレクトロニクスによる映像文化の革命的な進歩は、人間の心を表面的な愉悦で虜にし、安易な受身人間に育てていく。しかも最悪なのは人間から肝腎要の想像力と思考力を奪い取ってしまうことだ。画像は決定的ともいえるもので、その先に想像力の広がる余地はまことに少ない。
 一方、読書による活字から広がる想像力にはリミットがなく、バラエティにとんだ発想が派生的に自然に生まれてくるのだ。
 映像過多の世界に育った子供たちの精神は枯渇し、誰もが画一化され、最新テクノロジーの機器のもたらす血の通わぬ非情さに人間味を失う。ピストルの引き金を絞れば弾が飛び出しどういう結末を招くのか、刃物を突き出せばどういうことになるのか、想像力の欠如した人間には考えも及ばない。ゲームと現実との境も消える。―― 児玉清『すべては今日から』pp. 267 −8
 引用したオルテガや、児玉さんのことばをしかと噛みしめていただきたい、と思う。ちなみに引用した児玉さんの文章(「認めてしまっていいのか」)は、2000 年に書かれたもの。世界各地の狂乱(?)ぶりを見ると、十年一日(「じゅうねんいちじつ」と読む )どころか、15 年一日ですな。なんていうか、Google にせよ Amazon にせよ Niantic にせよ、しょせんはこういうコンテンツプロバイダーという巨人の手の上で踊らされてるだけじゃないかって気がするんですね。

 VR / AR について言えば、もちろん技術なのでそれ自体に倫理もクソもなくて、とどのつまりエンドユーザー側にすべてはかかってくる、とは言える。利用方法しだいではたしかにこれすばらしいでしょう。たとえば黄金崎[ こがねざき ]なんか、1989 年 4 月の大崩落以来、幸田文さんの随筆じゃないがずっと「崩れ」つづけて、あれから 27 年が経過したいまじゃすっかり様変わりしてしまった。地質的に脆弱で( 変朽安山岩 )、しかも台風や冬の西風による暴浪をまともに喰らう岬という地形ゆえしかたないと言えばしかたないのだが、たとえばタブレット端末をかざして岬を見たら、在りし日の黄金崎の姿が出現する、あるいは山側を振り返ればかつての旧国道 136 号線が現れる、なんていうアプリはありかな、と思ったりする( 観光協会の方、ご一考を )。†

 以上、ゲームするのはかまわないが、とにかくいま自分がしていることに対する責任と、これをしたらそのあとどうなるか、という想像力まで捨てるな、と言いたい。
… わたしたちが生きていることは奇跡だ。いろいろな出会いがあり、チャンスがある。人間は自分の人生を方向づけることができる。…… スーパーでものを買うことはできるが、人生の何年間かをそこで買うことはできない。何かを買うときは、人生の一部の時間を使って得たお金で払っているのだ。人生の時間を尊重しなければならない。人生を享受するための自由な時間が必要だから。―― ウルグアイ元大統領ホセ・ムヒカ氏

2). 話変わっていまさっき見たこちらの番組。いやー、もうビックリ。知ってる人にとってはそんなことも知らんのか、という話ではあるが、しがないワタシはいまのいままで、ベルリオーズの代表作「幻想交響曲 Op. 14 」に、「続編」の Op. 14b なる作品があるとは知らなかった。

 この作品、「レリオ、または生への回帰」は、端的に感想を言えば、「意識の流れ」の音楽、それもヴァージニア・ウルフ、キャサリン・マンスフィールド、ジョイス、フォークナーといったいわば「本家」より先んじているという点でまず驚かされる( もっとも、『トリストラム・シャンディ』という先行例はあるが、心理学など、近現代的な手法として見た場合 )。そうか、ベルリオーズは「幻想交響曲」とセットで演奏するようにと言っていたのか。でもそうするとお客はえんえん2時間も座席に縛られることになる( 2時間と言ったって、映画とはちと話がちがいますし )。そのためかどうかは知らないが、この作品はめったに演奏されないらしい。なんてもったいない。ワタシなんか、「幻想 〜 」のほうはなかば食傷気味だったから、もう新鮮この上ない音楽体験だった。モノローグあり、テノールやバリトンの独唱あり、合唱あり、幻想曲ありで、ごっちゃごちゃのごった煮もいいところなんですが、そこがまたいい! 形式なんかクソくらえ、オレはこう書きたいんだ、こう響かせたいんだ、諸君、だまって聴きたまえ !! みたいな自意識過剰丸出しのロマンティシズムがすばらしい。このとりとめのなさはどこか『フィネガンズ・ウェイク』にも通じるような気も … しないわけでもない。ま、作曲コンクールに出したら「選外」にされちゃいそうな、文字どおり型破りな、とほうもない作品ではある。でも、たまにはこういうはっちゃけた作品というのもいいではないか。ワタシなんかは終楽章での「空気の精たちの合唱」を聴いているうち、どういうわけかブラッドベリの名作短編『みずうみ』を思い浮かべてしまった。というか、そういう感じのショートショート1篇が、自分でも書けそうな気がしてきた( なんの根拠もなく )。こういう「とりとめのない」音楽というのは、あらたな作品を生み出す力と勇気をも聴き手に与えてくれるものなのかもしれない。

* ... [ 原文 ]:Much of our desire finds its source not in what we want, but from our desire to keep up with the Jones's[ sic ].

† ... テクノロジーがいかに文明社会を形成したか、あるいは影響を与えたかについて考察した本として、こちらのサイトで紹介されている「紙の歴史」ものの新刊洋書は、ちょっと興味あります。ま、プラトンはツイートしたりなんかせんでしょうな( 苦笑 )。とはいえ、
' ... It’s not technology that’s to blame for this current state. As Kurlansky writes, it’s merely a response to our demands: faster, cheaper, and “an innate desire for connection.” These demands have delivered us to today, a rare place where the challenge now isn’t a lack of information, but perhaps too much of it. '
というのは、どうなんでしょ。情報過多に見えて、そのじつこれほど必要な情報を読み解く能力( リテラシー )のない時代って過去になかったと思いますよ。たとえば観天望気とか、「ブラタモリ」じゃないけど「ここは断層谷だ」とか、あるいは自然を読んで身を守るといったたぐいの能力ですね。「ポケモン探しで、みんなが外に出るようになって、いつもの風景が新鮮に見えた」からいいじゃないかっていう向きもいるが、そういう人ほど、ふだんからなにも観察していない。端末画面上の怪物探しに夢中になってるあいだに、ツマグロヒョウモンチョウが道端に咲くオオイヌノフグリに舞い降りても気づくわけがない。新しい発見は端末機械の表示する仮想現実という名の幻影にすぎず、「現実のいまここ」ではない。とにかくそういう生活の知恵ないし情報能力って、今の人より昔の人のほうがはるかにあったと思います( 身近な例で行くと、国指定天然記念物の「丹那断層」は箱根峠あたりから見るとはっきりとその爪痕が見え、これが芦ノ湖からはるか伊豆市までつづいていることがわかる )。景勝地に来て、ただきれいな景色、とだけ感じているうちは、そこから発せられる「情報」をなにひとつ受け取ってはいないんです[ 芦ノ湖ついでに、富士山頂から芦ノ湖と黄金崎が同時に見えた日の翌日は荒天になりやすい … という観天望気もあります ]。

posted by Curragh at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから