2016年01月31日

「SW EP 7:フォースの覚醒」&「シネマの天使」

1). 往年の「スターウォーズ」ファンを自認するひとりながら、今作「エピソード7 フォースの覚醒」 ―― ルーカスフィルムを買収したウォルト・ディズニー・カンパニーに制作権が移ってどうなんだろ、と訝しげに思っていたこともあり ―― ようやくいまごろになってのこのこ見に行ってきた、しかも静岡市まで。その理由は、またのちほど[ お断り:以下、ネタバレ注意です ]。

 率直な感想としては … déjà vu の連続、というのが第一印象、いい意味でもそうでない意味でも。いい意味では … やはりミレニアム・ファルコン号に「帰ってきた」ハン・ソロ船長 & チューバッカの往年の名コンビかな。'Chewie, we're home ! ' パンフ[ 1,000 円也 ]によると、このシークエンス撮影ではスタッフがなんと 150 名(!)も勢揃いして、固唾を呑んで見守っていたとか。たしかに 1978 年本邦初公開時[ 日本では1年遅れの公開だった ]以来、映画館でこの壮大なる宇宙サーガ作品見つづけてきた人間が見れば、感慨もひとしおというもの。というかキャリー・フィッシャーもハリソン・フォードも、30 数年前とほぼおんなじコスチューム着てなお現在もバシっと決まっている、という点に軽い衝撃を受けた[ もっとも、それなりに年はとってますが ]。

 そうでない意味での既視感 … もまたけっこうありました。「ルークを探せ」というオープニングロール( これは EP 5 でも出てきた )、そしてカンティーナ酒場、ジャワ族、ヨーダ … といった場面やキャラクターが「変奏」され変形されて再登場してきたかのような。雪だるま型(?)アストロメク・ドロイドの BB−8 が惑星ジャクーの砂漠に逃亡してきた場面なんか、そのまんま EP 4 の C−3PO と R2−D2 のタトゥイーン逃亡シーンとダブりますし。

 もっともこれは表面的なことで、脚本ないし筋書きはなかなか見応えありです( 脚本を書いたのはこのシリーズではおなじみのローレンス・カスダン ) … とはいえあいかわらず 3D ゲームよろしくドッカンドッカンいろんなものが吹っ飛びますし、宇宙空間の戦闘シーンは( こっちがトシとってきたから、というのもある )もうピカチュウ顔負けの激しい光の明滅の連続で、かなり目にこたえました orz ひとつ不満を言えば、ハン・ソロがちとかわいそうだったような気が … 。

 ところが … 旧帝国軍残党どもの立ち上げた「ファースト・オーダー」に共和国側レジスタンスがいちおうの勝利を収めたあと、フォースに「目覚めた」ヒロインがその憧れのジェダイマスター、スカイウォーカー師匠に「大切なもの」を届ける場面を目にしたとき、今作鑑賞の最大級の衝撃がワタシを襲った … ハイパースペースを抜けてやってきたファルコン号が海に覆われた惑星に近づく。そしてスクリーンいっぱいに映しだされたのが、茫漠たる大洋に忽然と突き出す荒々しい岩山の島、天空へと吸いこまれるかのようにえんえんとつづく石段、蜂の巣型の石組み … オイオイ、なんだこれ世界遺産のスケリグ・マイケルじゃないか !¿!? そしてあのジェダイマスターの後ろ姿 … 当方は中世初期アイルランドケルト教会の修道士にしか見えなかった! この時点でとたんにそれまでのストーリーはすべてどこかへトンで、アタマの中はかなりの混乱に陥ったのであった。いやもうほんとに、椅子からコロけ落ちそうになるくらい、もうぶっとびのラストでしたよ。

 だって考えてみてもください … 聖ブレンダンがかつていたであろう場所が、自分が小学生のときからずっと映画館で見つづけてきた「遠い昔、はるかかなたの銀河系で」のサーガの7番目のエピソードの最終場面で登場するのを目の当たりにしたのだから … 大袈裟な言い方ながら、ワタシはいままでこの場面を目撃するために生きてきたのかもって思いましたよ。こんな偶然、確率論的にそうはないだろう。

 ちなみにこのラストシーン、現地アイルランドの観客もビックリしたそうな … そりゃそうだろう、極東の島国にいるワタシだってそうだったんだから! スケリグ・マイケルのこのシーンは背景の海にちょちょっと架空の岩島を描き足し[ ただしすぐ後方の「山」の字型の岩島は実際の小スケリグ島 ]、アイルランド本土を消しただけで、ほぼそのまんまの風景で登場[ 山頂の「蜂の巣型」修道院僧坊や十字架の墓標までそのままの姿で登場した ]したのだから、驚かないほうが不思議というもの。

 余談ながら、この手の映画制作につきものの最新映像技術に関連して、こういうニュースも流れてこっちも負けずに衝撃だった。なんでもスポーツ実況記事や企業の決算報告記事なんかはいまや AI による「自動生成」に取って代わられつつある … らしいし、SF 映画の中の話だと思っていたものがいまや実用化されつつある、という昨今、BB−8 みたいなドロイドはとても役に立つだろうけど、使用法を誤ればそれこそ星系まるごと吹っ飛ばす最終兵器にもなりかねない、という危惧も同時に抱いたのであった( それにしても、みなさん BB−8 好きですね … BB−8 が R2−D2 と一緒に出てきたシーンもあったけれども、あれは兄弟的なものなのかな ?? 主人のマスター・ルークが行方不明になってからというもの、ずっと眠りこけてる R2−D2 をなんとか「覚醒」させようと躍起になってるとことかは笑えた )。

 最後にハン・ソロの名台詞をひとつ。ゆさしいから試訳不要でしょう。ヒロインのレイが、敵陣のどまんなかで脱走兵フィンやソロ船長、チューイと再開した場面で、フィンとしっかと抱きあう光景を見て ―― 'Escape now, hug later ! '

評価:るんるんるんるんるんるん

2). 「フォースの覚醒」をわざわざ静岡市くんだりまで出かけて見に行ったのも、「シネマの天使」が見たくてのことでして … 近隣の劇場では公開される予定がないようだったので、ならついでに「フォースの覚醒」も見てくるか、というしだい。スケリグ・マイケルの衝撃冷めやまぬなか、前日から降りつづいていた雨のあがった静岡市街を突っ切って静岡シネ・ギャラリーという劇場へと移動。ここは変わった映画館でして、なんと目の前が臨済宗の禅寺。それもそのはず、ここは本来はここの寺院の檀家さんのための「信徒会館」なのであった。映画館はここの建物の3階にありました[ シネ・ギャラリーでの上映予定作品では、「サグラダ・ファミリア」の記録映画に興味あります ]。

 「シネマの天使」を見に行った理由、それはひとつには静岡県民にも親しまれていた俳優の阿藤快さんの遺作となった作品だから、というのがある。「旅人、あいまに役者の … 」という前口上でおなじみの阿藤さん。その阿藤さんみずから「映写技師役」を志願して演じたというのがこの作品だったと聞いてます。

 このお話の舞台になった広島県福山市の「シネフク大黒座」さんは、なんと日本最古級の 122 年もの長い歴史を持つ老舗映画館で、監督さんが映画館の人と会食していたときにその思い入れの深さに打たれて長編作品として制作し、「大黒座の記録を後世に残す」ことを決めたそうです。なので舞台は実在の大黒座さん、地元市民の方も多数出演しています。ストーリー的には、和製「ニュー・シネマ・パラダイス」といったところでしょうか。ミッキー・カーチスさん扮する飄々とした「映画館に棲みつく天使」という発想がとてもおもしろかったし、「映画の中ではなんでも可能である」、「自分の知っていることを映画にすべし」とか、映画作りの疑似体験までさせてくれるよくできた「古きよき映画館へのオマージュ」的ファンタジー、という作品でした。阿藤さんの映写技師もすばらしかった。こういう作品が遺作になって、きっとご本人も満足に感じていることだと思う。

 「フォースの覚醒」の主演デイジー・リドリーと同様、この作品の主演もまた藤原令子さんという撮影当時まだはたちになるかならないかぐらいの若い女優さんが演じてました。相手役(?)の本郷奏多さんは、神木隆之介さんとならんで若いながらもベテランの役者さんですね。とはいえあんな色の白くて華奢な「バーテンダー」というのは、ある意味希少価値ある存在かも。そしてあのボトルキープしてあるとおぼしき赤ワインを客のグラスにどぼどぼ注ぐ場面、てっきり「日本酒」かなんかの瓶を注いでいるのかと思いました( 苦笑 )。

 … エンドクレジットでは、姿を消していった全国各地の老舗映画館の「勇姿」をとらえた写真も流れてました。静岡からは静岡市にあった「静岡ピカデリー」と「静岡オリオン座 / 有楽座」の姿も … そういえばワタシがはじめて「スター・ウォーズ」を見たころ、まだ ABBA は活動していたしトラボルタは痩せててカッコよかった(「サタデー・ナイト・フィーバー」のことです)。「映倫」マークはあったけどいまじゃ考えられないくらいユルくて、とても子ども向けじゃないだろコレっていう作品と「2本立て / 3本立て」なんていうのもあったし、オールナイト(!)なんていうのもあった( いまのレイトショーじゃなくて、ほんとに朝まで一晩中やっていた )。さらに言えば「入れ替え制」でもなかった。EP 4 の「あらたなる希望」のときなんか、たしかデススターの「ごみ処理区画」にクジラの腹に閉じこめられた預言者ヨナのごとく若きルーク、ハン・ソロ、レイア姫が閉じこめられて「R2、はやくこの処理施設を止めろッ !! 」とかなんとか絶叫している場面で平然と入館していたし … ワタシの住んでる街もこういう老舗映画館が次々となくなっていきましたよ。いまや映画作品は ―― Netflix だったかな ―― 高速回線につないでいればネット経由で見られたりするし。ホームシアターという家にいながら 5.1 ch サラウンドなんたら … という贅沢を楽しめちゃう、そんなご時世ですし。そんなときに、「金払って、見知らぬ者どうしがまっ暗な空間を共有して」映画を鑑賞する、というスタイルじたいがもう時代遅れになったんだ、と訥々と語る映写技師の阿藤さんの台詞(「映画館の天使」もまたおんなじこと繰り返していたけど )が、たいへん印象に残った、いい作品でした。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるん

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2016年01月24日

『トゥヌクダルスの幻視』( Navigatio chs. 17, 24, 25, 28 )

 大晦日から正月にかけて、この時期恒例の(?)「積ん」読書に励んでいたわけですが、その中にこちらの文庫本もありました。こちらもまた広い意味で中世ケルト修道院文学の範疇に入るんですど、よりによって「地獄めぐり」なお話。この前バッハのクリスマスコラール「天よりくだって」にもとづくカノン風変奏曲の記事書いたばっかでいきなり地獄めぐりとは、という気もしないではないが、本日は 12 世紀、アイルランド南部マンスターの首都カシェル生まれの若き騎士トゥンダル[ 日本語版表記は独語読みの「トゥヌクダルス」]が体験した地獄めぐり体験と、ラテン語版『聖ブレンダンの航海』とをからめて、「番外編」として思いついたこととかちょっとだけ書いてみます( なお、上記日本語版はもっと有名な同時代のもうひとつの地獄めぐり譚の『聖パトリックの煉獄』のみの表題になってます。営業的配慮? 「地獄めぐり」ついでに伊豆半島船原地区には、こういうテーマパークもあります … かれこれ半世紀くらい店開きしていて、ワタシも数えきれないほどここの前を通過はしてるけど、これまで一度も入ったことなし )。

 『トゥンダル[ トゥヌクダルス ]の幻視』* は、この手のものとしては珍しく著者名がわかっていて、かつ成立年代もわかってます。書いたのは「修道士」マルクスという人で、1148 / 9 年に書かれたと言われてます。マルクスはベネディクト会系修道士で、当時、大陸で盛んになってきたシトー会修道士による「霊性刷新運動」の母国アイルランドへの普及に多大な貢献のあった偉大な先輩司教4名も引き合いに出して、「レーゲンスブルクの聖パウロ女子修道院長」ギゼラ Gisela のために書かれ、献呈したと「序文」で自ら明かしています[ 当時のレーゲンスブルクはアイルランド系修道士の活躍の中心地だった、という点にも注目のこと ]。筋立てはひと言で言えばダンテの『神曲』で描かれる「地獄篇 / 煉獄篇 / 天国篇」の前触れというか、先駆けみたいな内容で、放蕩三昧の若き騎士トゥンダルがある日、馬3頭の貸しのある友人の家に呼ばれて食卓についたとき、いきなり卒倒してそのまま死んだようになり、三日三晩、「信じ難く、耐え難い、数多の種類の拷問」を経験した。その後トゥンダルは改心し、それを見てとった導き役の天使は彼の魂の向きを転じ、こんどは上方、つまり光明の世界へと案内して彼に見せた。どんどん昇って「第九の栄光の場」と呼ばれる最高天を囲む壁から中を覗き見たあと、トゥンダルの魂はふたたびもとの肉体へと帰還し、「後日、… 見たことすべてを吾等に口述し、善き生活を送るように警告するとともに、かつては知ることのなかった神の御言葉を、大いなる敬虔さと謙虚さと学識をもって」説いた。

 細かいことは日本語版訳者の千葉先生による「訳者解説」、そして詳細な註釈にお任せするとして、この「地獄めぐり譚」、ラテン語版『航海』との関連もなくはなかったりします( もちろん成立に際して直接的な関連はなにもありませんが )。たとえば a. 「炎と煙から成る、悪臭を放つ柱が聳え、天空高く達していた。… 夥しい数の魂と悪霊がいて、火炎とともに噴き上がる火の粉のごとく、昇っては煙のように霧消して、こんどは悪霊もろとも竈の底まで落ちていった( p. 67 )」、b. 「第一の栄光の場」の「そこに夜はなく、太陽が沈むこともなく( p. 79 )」という描写、そして c. 「第四の栄光の場」にいるトゥンダルの主君コルマクス[ 非業の死を遂げた実在のマンスター王コルマック・マク・カルシー Crmac Mac Carthaigh、在位 1124 − 38 ]が「毎日、3時間にわたって拷問を受け、残りの 21 時間は休む( p. 85 )」という箇所が、個人的に目に留まりました。

 a. のような記述を見ると、ついこちとらとしては、「遠くから島を振り返ると、山を覆っていた煙は消えて、火炎が空高く噴き上がったかと思うと、また呑みこみ、山全体から海まで、燃えさかる積み薪のように見えた[ '... ita ut totus mons usque in mare unus rogus apparuisset.' ]」という『航海』 24 章「炎の山」の描写を思い出す。ひょっとしたら作者マルクスはディクイルとかの記述を読んでいたのかもしれないが、こちらの出典はふつうにギリシャ / ローマ古典作品の「黄泉下り」もの、オルフェウスとかアエネーアスとかなのだろう … そしてこれは蛇足ですが、ダンテ作品に出てくる inferno というのは基本的に「火炎地獄」。霊魂を「焼く」ことに主眼が置かれてます[ 中世起源の「煉獄」という概念もまた霊魂を焼いて浄化する場ですね ]。hell と聞いて、向こうの人がまず思い浮かべるイメージが ―― 氷責め地獄、水責め地獄という御仁もいるかもしれないが ―― たいていが火炎地獄のはずです。

 b. は、ほぼおんなじことが『航海』の「聖人たちの約束の地[ ch. 28 ]」に書かれてます ――「約束の地」でブレンダンご一行を出迎えた「若い人」が、ブレンダン院長に向かって「見てのとおり、島は果実で豊かに熟しているが、島はとこしえに変わることなく、夜の闇が落ちることもない。その光はキリストから発しているからだ[ '... Sicut modo apparet uobis matura frustibus, ita omni tempore permanet sine ulla umbra noctis. Lux enim illius est Christus.' 下線部は字義通り英訳すれば '... without any shadow of night' 、umbra は「傘 umbrella 」からもイメージできるように原義は「影」で、noctis は「ノクターン」、つまり夜。このていどのラテン語フレーズならワタシのような門外漢でもほぼ類推可能 ]」と告げるのです。で、なるほどそうか、といまさらながら気づかされたのはこの箇所の訳註でして、「ヨハネの黙示録」の大団円直前の 21:25 からだという。!!! と思ってさっそく目の前の棚から『新共同訳』版をあわてて引っ張りだして確認すると、あらら、直前の箇所にはしっかり N.S.B.A. chps 1, 28 なんて書きこみしてあるのに、なぜかここは素通りしていた( 苦笑 )。目こぼしってやつですな。でもあれ待てよ、とセルマーの『航海』校訂本( 1959 )をこれ書くために久しぶりに繰ってみたら、註釈ページにもなんも書いてないじゃない orz ちなみに『新共同訳』では、「 … 都の門は、一日中決して閉ざされない。そこには夜がないからである」。「聖人たちの約束の地」はほかにも「黙示録」からの引用もしくは出典とおぼしき箇所が散見されるから、まちがいなくここもそうでしょうね。

 c. について。いわゆる「時限懲罰」というやつですが、まったくおんなじような懲罰方法がラテン語版『航海』25 章にも出てきます。ブレンダン一行の乗った革舟が南へ向かって7日間航海していると、巌の上に「毛むくじゃらのみすぼらしい男」が座していた。男の目の前には「くまで」型の鉄の器具に大きな布が吊るされ、それが強風を受けて男の顔をバタバタはたいている。あんた、だれ? とブレンダン院長が訊くと、「自分はもっとも不幸な男、もっとも卑しい売人のユダ」であり、いまは主キリストの慈悲によって地獄の責め苦から解放され、主日の「夕べから[ つぎの日の ]夕べまでの休息」を与えられているのだ、と話す。

 この箇所、じつはユダの「3つの善行」に関する民間伝承( 癩病者に布を与えたこと、神殿に釜を吊るす鉄の器具を差しあげたこと、往来の「穴」をいま自分が座している岩でふさいだこと )が入りこんでいて、個人的にこの挿話の出処がよくわかってない。以前ここでもよく取り上げた『ユダの福音書』関連本もずいぶん漁ったけれども、ついぞ答えらしいものにはお目にかかれずじまい。セルマー校訂本の 25 章に関する註釈では、「地獄に堕ちた霊魂に週末の間、休息を与えるというモティーフはひじょうに古く、早くも 4世紀にはキリスト教文学に入ってきた」とあります( pp. 90 −1)。で、おなじ註釈でなんと『トゥンダルの幻視』のまさしくこの箇所が引用されて、そういうとりなし役を果たす聖人の役割についての関連論文なんかを紹介してます。

 他にもたとえば「 … そしていかなる喜びにも勝るのが、天使のパンであり、… (p. 98 )」という箇所の訳註には「詩篇、78 …『猛き者たち[ 七十人訳では「使者たち」]のパンを人が食べ、かれは食料を彼らに送った、満ち足りるまで』」とあり、ひょっとしたら 17 章「三組の聖歌隊の島」の聖歌隊員が「スカルタ scaltas / scaltis 」なる果汁たっぷりの赤い玉のような果実をかごいっぱいに持ってきて、「強き男たちの島[ insule virorum fortium ]」の果実を受け取り、われらの兄弟[ = 遅れてきた3人のうちのひとり ]を島に残してくれ、とブレンダン院長に告げる場面と関係があるのかな、と … 。『神学大全』のトマス・アクィナス作とされる「天使のパン」って、究極的にはこの詩篇歌が出典なのかな。なお「スカルタ」については驚いたことに、『航海』日本語訳者の太古先生の注によると、Hisperica Famina にも 'porporeas scaltas / roseis scaltis' と登場するんだそうです。で、セルマー校訂本の註釈にも Hisperica Famina でのこの語の用法および推定される語源については Paul Grosjean の論考を見よ、ということは書いてあった[ → Hisperica Famina についてはこちらの拙記事 ]。

 またこれはラテン語版『航海』とは関係ないが、「 … その橋板にはとても鋭い鉄釘が仕込まれているため、橋を渡ろうとする者の足にその釘が刺さり、誰の足でも橋に足を置けば無傷で降りることはできなかった( pp. 44 −5)」という箇所は、キャンベル本にも出てくる「アーサー王もの」のひとつ、『ランスロ、または荷車の騎士』に出てくる「剣の橋」の挿話によく似ています。ケルトもの中世仏文学に詳しい田中仁彦先生の関連著書なんか読みますと、この手の「他界[=異界 ]の深奥部を取り巻く急流と橋というテーマ」がケルトの異界物語にはおなじみのものであるとし、その例としてこのランスロの渡った「剣の橋」と、『聖パトリックの煉獄』で騎士オウェインが渡ったとされる「結界」にかかる橋、そして『トゥンダルの幻視』に出てくるこの「鉄釘の突き出した橋」が引き合いに出されてたりします。

 あと音楽好きとしては「樹の葉には様々な色の、様々な声をした鳥がたくさんとまって、歌とディスカントを歌っていた( p. 94 )」というくだり。ここは中世ポリフォニーの「ディスカントゥス」のことだろうと思います。即興的に上声部をつけて、ボーイソプラノみたいに歌ったんじゃないかな。ちなみにここの「鳥のたくさんとまってる樹」は、そのすぐあとで案内役の「美しい若者」の姿をした天使曰く、「この樹は聖なる教会の象徴であり、この樹の下にいるのは聖なる教会の創設者ならびに守護者たちである」 … なんですが、イメージ的には鳥の大群、樹、とくると、どうしても「鳥の楽園」の描写を思い出す。キャンベルの言う「世界樹」というやつかもしれない、根源的には。

 『トゥンダルの幻視』と『聖パトリックの煉獄』は、ともに成立年代もひじょうに近くて、とても似た構造の地獄、煉獄、そして極楽めぐり譚であり、訳者先生によると底には 1882 年にヴァーグナーという学者が校訂したテクストを使用し、適宜「英訳」も参照したとあります。で、英訳書名を見ますと、おやなんかこれどっかで見たような … と思って手許のセルマー本裏カバーの「そで」を見たら、なんとダブリンの Four Courts Press から出ていたジャン−ミシェル・ピカール、デ・ポンファルシ共著の校訂本( The Vision of Tnugdal, 1989 )だった。出版業界ってここのところあんまり景気のいい話は ―― ピケティ本はのぞいて ―― 聞かないし、この手の「売れない本」をこうして日本語で読めるかたちで刊行してくれた版元にはほんと感謝したい、と素直に思います … そしてもちろん、「この苦難多き訳業」を成し遂げた千葉先生にも、中世アイルランド修道院文学好きな日本人読者として、心からの賛辞と、心からの感謝を表したいと思います( さらに千葉先生によると、『トゥンダルの幻視』のラテン語原典の冒頭部分は「大学院演習で、一学期間、購読テクストとして」使ったんだそうです … こういう中世ヒベルノ・ラテン語で書かれた物語に直接触れて、ああでもない、こうでもないと議論する姿を想像するとこっちまでワクワクしてくる。こういうゼミに出席できた学生さんたちは幸せだと思う )。

* ... 訳者の千葉先生によればラテン語表記では Tnugdalus だが、Tundale という表記もあり、こちらは「あくまで後代の転訛」とする説があるとし、作者マルクスが使用していたのはトゥヌスガル Tnuthgal / Tnudgal だったろうと想定している。

評価 … るんるんるんるんるんるんるんるん

2016年01月09日

フランス古典期のクリスマス音楽

1). 先週の「古楽の楽しみ」は、「フランス各地のクリスマスとお正月の音楽」と題して、オルガン好きにとってもおなじみ(?)なルイ−クロード・ダカンの「プロヴァンスのノエル」やジャン−フランソワ・ダンドリューの「幼子が生まれた」、クロード・バルバートル( → 以前書いた関連拙記事、ついでにテュイルリー宮殿にもオルガンがあったそうで、バルバートルはそこの楽器も演奏していたそうです )の「偉大な神よ、あなたの慈しみは」などがかかりました! といっても当方にとってこの時代のフランス宮廷の音楽というのはまるで疎いので、カルヴィエールという人の「オルガン小品」とかル・ベーグという人の「オルガン曲集 第3巻から マリアの愛のためのノエル」とかいう作品ははじめて知った。

 今回、気になったのは録音で使用された楽器でして、たとえばカンプラの「クリスマスミサ曲」から「キリエ」、「アニュス・デイ」などで使用されたのはヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂にあるクリコ製作の歴史的名器、かたやカルヴィエール作品は現代フランスの名手、オリヴィエ・ラトリーによるパリ・ノートルダム大聖堂のカヴァイエ−コル製作のいわゆる「ロマンティックオルガン」と呼ばれる大型楽器でした … で、今回はちょっと対比が際立っていたとは思うが、やっぱりこの時代の音楽の演奏には同時代に建造されたオルガンでなくちゃだめだなあ、ということ。これがおなじオルガンという楽器のために書かれた作品かと思うくらい、音響というか、音の鳴り方がまるで別物だったのでした。ラトリーさんがどうしてカルヴィエール作品の演奏に「ロマンティックオルガン」を選んだのか、についてはおそらくそこでかつてこの作品が演奏されたからだろうと思う。案内役の関根先生によると、バルバートルについては笑える逸話も残っていて、なんでもクリスマス時期、ここのオルガンを使ってリサイタルを開いたら大、大、大盛況でして、会堂から聴衆がわんさとあふれてしまって大混乱、ついに教会当局[ つまりはパリ管区を統括するここの司教さんだろう ]から「おまえさんはもうここでオルガン独奏会を開いちゃイカン !! 」とつまみ出されたんだとか。むむむ立ち見も出るくらいのオルガンリサイタルってこれいかに … とつい思うんですけど、譬えはヘンだが彼のオルガン演奏会ってフランス古典期版 X JAPAN みたいなものだったんかな[ ↓ は、ヴェルサイユの王室礼拝堂クリコオルガンによるバルバートルの協奏曲作品から ] ??? 



 話もどりまして … ようするにかつてバルバートルやカルヴィエールがかつて弾いた場所、ということでここの楽器を選んだのかもしれない。でも、直前に聴いたヴェルサイユの歴史的楽器のえも言えぬ精妙なる響き、空間を優しくすっぽり包み込むかのような人間味あふれるあの美しい調べ、とまるで真反対な、ぎすぎすして耳を鋭く突き刺すような 19 世紀フランスオルガン特有のケバケバしさがやたらと目に、いや耳についた。そっちが品のない原色でベタヘダ塗りたくった系なら、ヴェルサイユの楽器の音は繊細な中間色系とでも言おうか。少なくともここにいる門外漢のいいかげんな耳にはそんなふうに聴こえてしまったのでありました。もっともカヴァイエ−コル製作の楽器( フォーレとサン−サーンスゆかりのマドレーヌ寺院や聖トゥスターシュ教会、シャイヨー宮のオルガンなんかもそう )の「音」が悪い、と言ってるんじゃありません。ただこの楽器はたとえばヴィドールの「オルガン交響曲」なら、すばらしい効果を上げたと思う。ちなみに 19 世紀のこれら「ロマンティックオルガン」、あるいは「シンフォニックオルガン」と呼ばれる大型楽器のパイプ列に送られる「風圧」はけっこう高くて、バッハ時代のドイツの楽器からでは想像もつかないほどの高圧だった[ だからわんわんうるさかったりする ]。高圧のため鍵盤も重くなり、重くなった鍵盤を「軽く」するための空気圧(!)レバー[ バーカーレバー ]まで用意された楽器も少なくなかった。もっともそんな楽器では伝統的な「てこ」の原理で動作する「トラッカーアクション」のような機敏な反応は期待できず、当時のオルガニストは目先の利便さと引き換えにこんどは楽器の反応の鈍感さに耐えるはめになった。

 もうひとつ個人的にうれしい発見だったのは、カトリック系ではいまなお教会オルガニストの重要な役目である「即興演奏」が聴けたこと。それがさっき書いたカンプラの「クリスマスミサ曲」からの抜粋なんですが、当時の即興演奏のようすがありありと目に浮かぶようで、ほんとにすばらしかった。声楽で歌われるパートの合間に、ああいうふうに合いの手ならぬ即興演奏が入ってたんですな[ いまでもたとえば聖イグナチオ教会とかで、ミサにおける「聖体拝領」のときにオルガニストは信徒の背後で即興演奏をしているはず ]。「チャルメラ」にも似たどこか懐かしいような独特な響きのリード管が朗々と歌ってました。イタリアバロックの巨匠フレスコバルディのいくつかの「トッカータ」も、自身の華麗なる即興演奏の記録みたいな感じで後世に残された作品群だと思う。

 この番組は磯山先生のドイツもの、今谷先生のイタリアもの、大塚先生の混在もの( 失礼 )、そして関根先生のフランス古典期ものとわりとカラーがはっきりしてますが、ワタシはどうもバッハびいきのためなのか、この時期のフランスバロック音楽にはたいして興味が湧かなかった。いちばんの理由は、「貴族趣味」な点、ということになるだろうが … いずれパンも食えない庶民の怒りが爆発してあのような革命とその後動乱の時代がつづくことを考えると( その動乱期をバルバートルはなんとか生き延びた )あのキラキラしたクラヴサンのこの世離れした響きとか、外の人間にはまるで解せないバレ・ド・クールの華麗な世界とか … それでもだいぶ前にルイ 14 世時代の音楽とかオルレアン公フィリップ[ フィリップ・ドルレアン ]とかの話を聞くと、「朕は国家なり」も朝から夜寝るまでやれ起床ラッパだやれ着替えだ狩りだ食事だ執務だバレエだダンスだ晩餐だ、と年がら年中ほぼ「衆人環視」状態でフランス国王やってたんだからこれはこれでタイヘンだなあ、とかため息ついてたり。「絶対王政」って言うけれど、王侯貴族もいざその当人になったらこりゃタイヘンですよ、もう。一日のスケジュールを耳にしただけで、カンベンしてくれって感じでしたから。結婚たって愛もなにもない政略結婚がフツーの時代でしたしね。そういう時代背景をすこしでも知ることができたのは、この番組のお陰でございます。そうそう「サックバット」というのも、ちょうどこの時代の金管楽器でしたね。

2). それはそうと … フランスつながりでは悲しい知らせも入ってきました … 現代音楽の巨匠、ピエール・ブーレーズ氏逝去、享年 90 歳。作曲家としてももちろん高名でしたが、近年は指揮者としてその名を知る人も多かったと思う。合掌。

 そして … あの古楽の巨匠、ニコラウス・アーノンクール氏が昨年暮れになっていきなり現役引退を発表したこともちょっと衝撃的だった。まだまだお元気そうに見えたが … やはりそうとうこたえていたのかもしれません。盟友レオンハルトとともに取り組んだ「教会カンタータ全集」録音の偉業、忘れません。

posted by Curragh at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK-FM

2016年01月03日

カノン風変奏曲「天よりくだって BWV. 769 」

 元日恒例のウィーンフィル( くどいけど、「ヴィーン」のほうが現地語発音により近い )による「ニューイヤーコンサート Das Neujahrskonzert 」。いつものようにコタツで「積んどいた」本を、あるいはブレンダン本をあっちに広げこっちに広げして BGM みたいにして視聴していたら、プログラム後半に入ってほどなくして ウィーン少年合唱団[ WSK ]のめんめんが登場したのであわてて DVD レコーダーをセット( 笑 )。WSK は過去も何度かこの新春を祝ぐコンサートに出演していますが、今回は指揮者マリス・ヤンソンスたっての希望によるものとか。これは心憎い演出でした。華やかさに加え、子どもたちの澄み切った歌声がホールいっぱいに響いて、なんだか得した気分( また後日、「ビバ! 合唱」でも今年最初の放送回で WSK が取り上げられてましたね )。

 ところで … ローマカトリック / プロテスタント問わずに( と思うが )クリスマスタイド[ 古い英語の言い方では yuletide というのもある ]というのはほんらいは今月6日のエピファニー前までの 12 日間(「クリスマスの 12 日」という歌もある )でして、ようするに西洋版「お正月」ととらえちゃってかまわないんですけれども、東方教会系ではそのつぎの7日がクリスマス、という地域もあったりします。ようは使っている暦が「ユリウス暦」か「グレゴリオ暦」か、ということなんですが、ことはそう単純ではなかったりする。移動祝日の「復活祭」、イースターだって、関連拙記事にもあるように古代から論争があった。

 邦訳では「顕現日」とか「主の公現」とか言われている6日なんですが、このクリスマスタイド期間中、Organlive.com なんかはそれこそ 24 時間ずっとクリスマス関連のオルガン音楽がかかりっぱなしでして、当然、セントポールとかイーリーとかダラムとかアングリカン系大聖堂聖歌隊ものもよくかかったりします。テュークスベリーの子どもたちのクリスマスアルバムなんかもかかったんで、これにはちょっとびっくりした。で、手許のクリスマス音楽関連 CD 、それこそビリー・ギルマンからニューカレッジ、レオンハルトにテルツとごたまぜ状態でこっちもヒマなときにせっせと聴いてたんですが、ある曲も Organlive のストリーミングでときおりかかっていたのを耳にして、ああそうか、こういうのもあったな … とにわかに思い出したので本日はそれをサカナに書いてみます( 長過ぎる前口上失礼 )。

 その楽曲とは、バッハ作曲「クリスマスコラール『天よりくだって[ 高き御空よりわれは来たりぬ ]』にもとづくカノン風変奏曲 BWV. 769 」。いまさっき Naxos のライブラリーで適当にひろって聴いていたんですが、マリー−クレール・アランなど一部の演奏者による音源ではバッハが 1747 年、かつての教え子ミツラーが設立した「音楽学術協会」に 14 番目の会員[ 明らかに意図的な数字 ]として入会する際、入会資格審査のために用意したとされるこの作品のオリジナルにその後みずから手を加えて各変奏の配置を並べ替えた版( BWV. 769a)にもとづいて演奏してます[ 初版印刷に関しては 1746 年説もあり ]。細かく見ていくと、

I. 対位カノン
1. 3声部曲:
第1変奏 ソプラノとバスのオクターヴカノン、定旋律はテノール
第2変奏 ソプラノとアルトの5度のカノン、 定旋律はテノールまたはバス
2. 4声部曲:
第3変奏 バスとテノールの7度のカノン、定旋律はソプラノ、「カンタービレ」と書かれたアルトの自由声部つき
第4変奏 ソプラノと拡大形バスのオクターヴカノン[ 拡大カノン ]、定旋律はテノールで足鍵盤上に現れ、アルトの自由声部つき
II . 定旋律カノン
第5変奏 6、3、2、9度の4つのカノン[ 最初のふたつは3声、残りふたつは4声で定旋律は上下逆さまの転回形で模倣される ]

… と、はっきりいって音楽というよりもはや幾何学、数学の世界のようなとんでもない「変奏曲」なんであります。バッハの青年時代に作曲された一連の「コラールパルティータ」もすばらしいけど、もう最晩年のバッハが到達したこの作品にいたっては、いくら「音楽学術協会」提出用と言ったってもはや人間の演奏能力、もそうだけど、聴き手の耳の能力を凌駕している。そしてこの「カノン風変奏曲」は最晩年の「特殊作品」、つまり「音楽の捧げもの BWV. 1079 」と「フーガの技法 BWV. 1080 」、および「ゴルトベルク BWV. 977 」とおなじ範疇の作品だと言える。その証拠に、バッハが銅版印刷させたという「初版譜」では、最初の3つの変奏ではひとつの声部のみ完全記譜されているだけで、模倣声部ははじめの数音しか印刷されていない( ちなみに自筆譜はいわゆる「17 のコラール」と「6つのトリオソナタ」が記譜されたのとおんなじ楽譜帳[ BB Mus. ms Bach P 271 ]に書かれている)。ヘルマン・ケラーは『バッハのオルガン作品( 原書は 1948 年刊行、日本語版は 1986 年 )』で、「6声部書法によってコラール4行全部が同時に提示される称賛すべき独創的ストレット」と書いてます[ 下線強調は引用者。当時、音楽学者フリードリヒ・スメントがバッハの「再配列した版 BWV. 769a」の順番[ 第1−2−5−3−4変奏の順 ]で校訂譜を出版したことにからめて、もともとの配列つまり「第5変奏」を最後に演奏することの意義を強調してもいる。ついでに終結部ソプラノ声部には B-A-C-H 音型も顔を出している ]。

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 でも! まずは騙されたと思ってリンク先を聴いてみてください。まるで「天使の大群」が上へ下へと乱舞している光景が、くっきりと見えてくるかのような生き生きとした音楽ではありませんか。『故人略伝』に、「わが故バッハ氏は、なるほど音楽の理論的な深い考察をおこなう人ではなかったが、実践の面ではひじょうに長けていた。彼はこの協会に、コラール『天よりくだって』を完全に仕上げて提出した。この作品は、のちに銅版に彫られた … 」とあるのは、バッハという人は実践の人であり、いかに音楽理論的にすぐれた「作品」でも、実際に美しく奏でられるもの、響くものでなければ意味がない、ということを信条にしていたような作曲家だった点を強調してのことだろうと思う。最終変奏で定旋律までカノンに加わってしまうのも、ひょっとしたら「天からくだって」やってきた救世主の「受肉」を象徴している … のかもしれない。いずれにせよ一連のオルガンコラールもの作品としても最高傑作に入ると思われるこの変奏曲、「音楽の捧げもの」や「ゴルトベルク」と同様、リクツなんかわかんなくてもすんなり楽しめますし。もちろんこの「カノン風変奏曲」だってクリスマスメドレーの一部として聴いてもなんら違和感がないところがすごいけれども、個人的には「フーガの技法」同様、「対位法技法の奥義書( ようするに「お勉強」)」みたいな性格がより強いかな、という気がするので、リンク先もあえて「楽譜つき」にしておきます。





posted by Curragh at 01:17| Comment(0) | TrackBack(0) | バッハのオルガン作品