2016年11月27日

日本オルガン界の超新星登場! 

 だいぶ前のことですけど、「リサイタル・ノヴァ」になんと、若きオルガニストが登場! しかも第 20 回バッハ国際コンクールのオルガン部門でみごと第1位と聴衆賞を受賞 !! もちろんオルガン部門で邦人演奏家が第1位をとったのもはじめての快挙。「遅かりし由良之助」ながら、冨田一樹さん、Big Congratulations !! 

 冨田さんは現在、北ドイツのリューベック音大大学院オルガン科に在籍中とのことで、バッハの師匠でもあったブクステフーデの活躍した街に在住とのこと( リューベックはまたトーマス・マンゆかりの地でもある )。大阪音楽大学オルガン専攻科を卒業されたそうなんですが、大阪音大にもオルガン専攻科ってあるんですね( 知らなかった人。松蔭女子学院大学やエリザベト音大にはオルガン科があった … と思った )。ご本人によると、なんと中学生のころから独自にバッハのオルガン作品分析と研究をつづけてきたんだとか。オルガンとバッハ開眼のきっかけは、たまたまお母さまが持っていた CD に「トッカータとフーガ BWV. 565 」を聴いたことだったとか( これは、わりとよくあるパターンかも )。でも冨田さんののめりこみようはすごくて、バッハ作品の楽譜をせっせと買ってきて楽曲構造を研究するだけにとどまらず、なんと中学生にしてご自身でもバッハ「ふう」のフーガ作品( 金管六重奏曲 )を作曲したとか( 吹奏楽部でトロンボーンを吹いていたので、仲間と演奏できる対位法楽曲として作曲したらしいです )。

 こういう「読み」の深さが、冨田さんのバッハ演奏の真骨頂、と言えるのかもしれない。NHKホールのシュッケオルガン( 92ストップ )を使用して収録したんだそうですが、まずその響きの美しさ、加えて内声処理の鮮やかさにおどろかされた( とくに「幻想曲とフーガ ハ短調 BWV. 537 」)。テンポもやたらせかせかしてなくてこれもまたよいですね! BWV. 537 はバッハのヴァイマール時代後期( 1712 − 17 )の作品で、いわゆる「カンタービレ・ポリフォニー」書法の作品。バッハ版「悲愴」とでも言いたいような悲痛な幻想曲のあとで決然と開始されるフーガはいきおい前のめりになりがちですけど、あくまで中庸のテンポを維持して進み、聴いていてとても安定感があってすばらしい。ちなみにヘルマン・ケラーはこのフーガについて、中間部をはさんでソナタ形式の萌芽を思わせるとしてのちの「ホ短調大フーガ[ BWV. 548 ]」と似ていると指摘している。

 でも冨田さんのバッハ演奏のすばらしさはじつは「コラール前奏曲」の解釈にこそあるのかもしれない。番組では BWV. 537 につづいて「おお愛する魂よ、汝を飾れ BWV. 654 」もかかったんですけど、いきなり涙腺が崩壊しそうになってしまって困った。こんなことひさしぶりです。ほんとうに心洗われる、掛け値なし文句なしの名演ですよ、これは。なにがいいかってまずレジストレーションのセンスが最高です。まるでドイツのどこか村の教会の ―― コンクール予選で弾いたというレータ村の聖ゲオルグ教会のジルバーマンオルガンとか ―― 歴史的な楽器の音かと思うほど、NHKホールのコンサートオルガンを鳴らしているとはにわかに信じられないほどピュアなハーモニーが耳に飛びこんできて、ほんとうにおどろきました。しんみりと聴き入っているうちに、サイモン・プレストンのヴァルヒャ評を思い出していた ――「気取らない、素朴な演奏だったからよかったんです」。フーガ終結近くの装飾音のつけ方もとても自然でこれもまたすばらしい。
…「定旋律のまわりには、金色に塗った葉飾りがついている。そして< もし、人生がわたしから希望と信仰を奪い取ったとしても、このただ一つのコラールがわたしにそれらを取りもどしてくれるだろう >と君( フェリックス・メンデルスゾーン )が自らわたしに告白したほどの至福が、ここに注ぎ込まれていた」
―― ケラー著、中西和枝ほか訳『バッハのオルガン作品( 音楽之友社、1986、p. 323 )』から、1840 年に開催されたバッハ記念碑建立のために開催されたトーマス教会でのオルガンリサイタルでシューマンが述べたとされることばより

 こういう演奏ができるのも、解釈が的確だからにほかなりません。気になっていろいろ検索していたら、コンクールの審査員のひとりでバッハ研究の世界的権威、クリストフ・ヴォルフ先生がこのように評していたらしい。「彼の演奏はわたしたちの心に響いてきました。バッハの音楽の力を感じさせてくれました」。これ以上の賛辞があるでしょうか。

 これに関連してついでに思い出したんですけど、かつて松居直美さんがドイツでさる音大の教授から、こんなことを言われたんだという。「日本人にはオルガンコラールは弾けない」。

 この先生にはたいへん申し訳ないけれども、たとえばニューヨーク州生まれのちゃきちゃきの米国人が、東京で「アイバンラーメン」ってラーメン屋さんを開いていたり、あるいは欧州から尺八の演奏家になるべく研鑽を積んでいる人だっているわけです、数こそ少ないけれども( あいにくオーキンさんは東京のお店は閉めたみたいです。いまは故郷のニューヨーカーたち相手に「本物の」ラーメンの味を伝道しているとか )。それとおんなじで、日本人だからこれこれができない / 弾けない、なんてことはもちろんない。こういう発想ってけっこうこわいと思う。究極的には排外主義に陥ると思うので。またその話かって言われそうだが、一国の文化のみがすばらしくほかは排除せよとか、あるいは民族が異なるからあの連中にはこれこれこういうことができない、やってはいけない、なんてことが大手を振ってまかり通る世の中になったら、人類は滅亡しかねない、ということだけは声を大にして言いたい。え? 次期米国大統領? 言ってることがコロコロ変節して危なっかしいのはたしかだが、なんというか、不肖ワタシには植木等さんが演じた「無責任男」にしか見えませんねー。これからどうなるのかはまるでわかりませんけど、と本題からかなり離れたので軌道修正して … とにかく冨田さんは、なんというかバッハの弟子の生まれ変わりなのではないか( ゴルトベルクとか )と思わせるほど、感動的なバッハを聞かせてくださる稀有な演奏家と見た。国内でリサイタルとかあったらぜひ聴いてみたいですし、はやくデジューアルバムがリリースされるとよいですね。NHKホールでのオルガンリサイタルはどうかしら? ご本人いわく、コンクールで弾いたオルガンはどれもクセものぞろいだったという。それに対して NHKホールの楽器は「すごく弾きやすいオルガンで、びっくりしました!」。

 もうひとつ「古楽の楽しみ」の「フローベルガーの作品を中心に[ 11月14 − 17 日 ]」、これも負けずにすばらしい企画でしたね !! 前にも書いたけれども今年はヨハン・ヤーコプ・フローベルガー生誕 400 周年。マティアス・ヴェックマンとお友だちで、彼らの交友をつうじて北ドイツと南ドイツ( イタリア )の音楽の伝統が合流し、やがてそれがバッハという大きな果実を生み出した、なんていうことを少しばかりここでも書いたけれども、あらためてフローベルガーという人のスケールの大きさを感じざるを得ない。コスモポリタンのはしりみたいな音楽家で、ドイツ → オーストリア( ヴィーン )→ イタリア( ローマのフレスコバルディのもとで学ぶ )→ ベルギー → 英国( ロンドン )→ フランスと欧州大陸を文字どおり股にかけてます。おんなじドイツ出身でもバッハとはほんと対照的な人生です。でも最晩年はわりとおだやかだったようで、そのお話を聞いたときはなんかわがことのようにまたしても涙腺が緩んでしまったのであった( 仕えていたフェルディナント3世の死後、冷遇され解雇されたフローベルガーは各地を渡り歩き、最終的に仏アルザスのエリクールの寡婦となった公爵夫人の館に落ち着き、彼女の音楽教師をして過ごしたらしい )。

 そしてなかなか波乱含みの生涯を送った人のようで、番組でも紹介されていたように、舞曲をつらねた「組曲」という形式の確立者でもある。で、冒頭の「アルマンド」はフローベルガーの場合「ライン渡河の船中で重大な危険に遭遇して作曲」とか、「フローベルガーの山からの転落(「組曲第 16 番 ト長調」)」とか、「標題」がくっついていることが大きな特徴。解説の渡邊孝先生もおっしゃるように、おそらくヴィヴァルディに先駆けた人なんじゃないでしょうか。しかも !! フローベルガーは自分の死というものをつねづね考えていたようなふしまである。こういう作品まであるんですぞ。「死を想え、フローベルガー」 !! 「アルマンド」という形式は、フローベルガーにとってはなんというか、日記を書くような感覚だったのかもしれませんね。

 …あ、もうすぐ今年最後の「生さだ」が始まる。この前芦ノ湖を湖尻から元箱根まで写真撮りながら歩いてたんですが、それから何日も経たないうちにまさか(!)雪が積もるとはね … どうも天候が安定しませんが、みなさまもどうぞご自愛ください。



[ 追記 ] 聖ヤコビ教会大オルガンについて:だいぶ前のことになりますが、ここでもこの教会のオルガンについて記事を書いたことがあります。そのときはシュニットガーオルガンとばかり思っていたこの「大オルガン( Große Orgel )」は、じっさいには製作者不詳で、こちらの記事によると現存する部材で最古のものは 1465 / 66年にまで溯るものらしい。その後数度にわたって異なる製作家によって「建て増し」を繰り返し、バッハがライプツィッヒで活躍していた 1739 − 41年にかけて現在のプロスペクトを持つ楽器になったようです。ただ、先日放映のこの番組で紹介されていた「カール・シュッケ」というのはベルリン市に本社を構える現代のオルガンビルダーで、NHKホールや愛知県芸術劇場の大オルガンを建造した会社。おそらくレストアを行ったのでしょう( その証拠にコンピュータ記憶装置[ コンビネーションストップ、手鍵盤下にある「親指ボタン」で複数ストップを一気に入れ替える装置で、電子オルガンの「レジストレーションメモリー」のようなもの ]つきの現代ふうの演奏台になっている。引用元記事にはオルガン改修を行った会社としてオランダのフレントロップ社の名前もあったが )。なので誤解を招く表記だと思う。気になったので念のため。

posted by Curragh at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK-FM