2017年05月07日

ジルバーマン、トロースト、ヒルデブラント

 早いものでもう連休もおしまい、みたいな感じで相も変わらずゴタゴタしている不肖ワタシです。そういえば先月はこういうすんばらしい番組を放映してくれた NHK にはほんと感謝しかなし。とくにうれしかったのは動画配信サイトでもわりと露出度の高いフライベルクの聖マリア大聖堂ジルバーマンオルガンとかナウムブルクの聖ヴェンツェル教会のヒルデブラントオルガンだけでなく、ジルバーマン(兄のアンドレアスのほうではなく、中部ドイツで活躍し、バッハとも親しかったゴットフリートのほう)の建造した比較的小型の知られざる名器も紹介してくれたこと。あと、当然のことながら案内役の鈴木雅明先生はじめ、取材先の 3つのオルガンのオルガニストの顔ぶれとかお話とかが聞けてほんとうに得難い経験でしたね。

 最初に紹介されたフライベルクの楽器は 1714 年建造のもので、ゴットフリートがアルザスにあった兄さんの工房で修行したのち故国にもどって最初に手がけた大きな仕事の成果と言われている楽器。フランス趣味が混在する楽器ということもあり、鈴木先生の選曲( と演奏 )はたとえば「幻想曲 BWV.572 」とか「パッサカリア BWV.582」などこのオルガンにぴったりのもの(「パッサカリア」の成立年代は 1710 年代、バッハのヴァイマール時代なので、このオルガンとほぼ同時期の作品になる )。ところでここのオルガン、とくると昔買った日本コロムビアから出ていた PCM(!)録音によるハンス・オットーのこととか思い出すんですけれども、オットーさんはとうに故人になっており、現在のオルガニストは寡聞にして知らなかった。番組ではアルブレヒト・コッホという若い人が出てました。ここのオルガンの演奏台って基壇から一段下がっていて、なんかちょっと狭苦しい感じ … がしないでもない。

 つぎに出てきたのが、「ジルバーマンとは対照的な」トビアス・ハインリヒ・ゴットフリート・トローストの建造したオルガン( 1738 年完成、奉献は 1741 年 )で、丘を登りきったところに聳えるお城の付属教会にある楽器。番組でも紹介されていたから二番煎じなのだがバッハは 1739 年 9 月はじめ、ここの楽器を「試奏」している。以下、『バッハの街』という本からの引用になるが、これは非公式の訪問であったらしい。つまり新オルガンの公式な鑑定ではなく、トローストとバッハとのあいだでの個人的なやりとりであったらしい( 城館教会入口付近にはバッハ訪問を示す銘板があり、番組でもちゃんと紹介されていた )。上掲書によると、バッハは「楽器の構造に耐久性があり、それぞれのストップ群の特性と魅力がみごとに引き出されていると判定した」。絶賛だったわけですな( ただし鈴木先生によると、ここのオルガンの鍵盤は「ひじょうに重い」んだそうだ。いったいどんなすごい力で速いパッセージとか弾くんだろ ?? )。

 番組でも鈴木先生はここのオルガンの音色の特徴について触れながら、「いざ来ませ異邦人の救い主よ BWV.599 」の出だしを例にいろんな可能性があるよ、ということをじつにわかりやすく説明されていたけれども、これってたとえば翻訳にも通じる気がする。翻訳者は目の前の原書なり原文なりを前に「いかに」日本語文へと移し替えるかに腐心するわけですけれども、このプロセスはオルガニストがあれやこれやストップを引っ張り出し、さまざまな音色のパレットを試すのと似ている。ちなみにここのオルガンは「保守的な」ジルバーマンの楽器とは正反対に前衛的なストップが多く、ここのオルガニストのフェーリクス・フリードリヒ博士によるとフルート系と弦楽器系の、自然倍音を心地よく響かせる独奏に向いたストップが多いようです。

 最後に出てきたのが、お待たせしました、という感じのナウムブルクにある聖ヴェンツェル教会の大オルガン( 1746 )。ここのオルガンはバッハが生涯最後に鑑定した楽器でもある( ってこれもそうナレーションされてましたっけ )。ツァハリアス・ヒルデブラント( 1688 − 1757 )はゴットフリートの弟子だった人で、独立後、師匠とは仲が悪かったらしい。1746年 9月 26 日、師匠ゴットフリートとバッハはともにこの楽器の鑑定試験を行っているけど、ヒルデブラントを高く買っていたバッハはこの機会を利用して師匠と弟子とを仲直りさせようとした、という話もある( 上掲書著者は、当時のナウムブルク市参事会の記録からそう推察している )。

 ところでこの大オルガン( 実働 53 ストップ、3段手鍵盤と足鍵盤 )、「中部ドイツ型としては珍しく演奏者の後ろにリュックポジティフがある」というナレーションのとおり、そのパイプ列を収納したケースを演奏者が文字どおり「背負って」いるのですけれども、これってひょっとしたら「豪華なプロスペクトを新しいオルガンに採り入れること[ 上掲書 ]」が建造家ヒルデブラントに課せられた注文だった、というのとなんらかの関係があるのかもしれない( もっともこれはたんなる下衆の勘繰りかもしれないが )。プロスペクトというのはオルガンの顔、ケースを飾っているパイプ列のこと。ナウムブルクではバッハとジルバーマンの泊まった宿屋「緑の盾」のあった建物までしっかりと映されており、しかも「商館『赤い鹿』という新しい建物が造られた」という記述を裏付けるように「鹿」の意匠まで大きく映し出していたのは拍手もの(「緑の盾」は「赤い鹿」に建て替えられて現存しない )。

 でも「上手の手から水が」。せっかくこんなすばらしい番組放映してくれたのはありがたいかぎりだが、鈴木先生はうろ覚えで( これに関しては当方も常習者だから、人のことを言えた義理ではないことは重々承知のうえ )バッハ晩年の傑作「前奏曲とフーガ BWV.548 」を「二楽章のシンフォニー」と評した人物をシュヴァイツァー博士だったかな? と疑問符つきでコメントされていた。そこまではいいけど、裏も取らずそのまま字幕にするのはどうにも挨拶に困るところ。昔の NHK だったらきちんと校閲しているところだと思う( じっさいはシュヴァイツァーではなく、ブラームス[ 本日が誕生日 ]の友だちの音楽学者フィリップ・シュピッタ、ちなみに「『オルガン小曲集』はバッハの音楽語法の辞典」と古典的著作『バッハ』に書いたのはまちがいなくシュヴァイツァー。んなことだれが言ったっていい、なんて向きもいるでしょうけど、「NHK なんで」やはりこういうところはしっかり確認してほしい )。それにしても先生がごくごく飲んでいたあのリースリングカビネットの白、いいですねぇ、今夜はワタシも呑むぞ( ↓ は、ナウムブルク聖ヴェンツェル教会ヒルデブラントオルガン、弾いているのはここのオルガニストのダーヴィット・フランケ氏。ただ Organlive とかでこの楽器を使用した音源を聴くと、個人的にはここの会堂は少々残響時間が長すぎてワンワンしがちだと思う )! 


posted by Curragh at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連