2017年05月16日

オルランディ版『聖ブレンダンの航海[ 2014 ]』

 Beannachtaí na Lá Fhéile Bhreanainn !! というわけで、今年もぶじにこの日を迎えることができました … と、これだけでも感謝ものなんですが、なんと !!! セルマー校訂版『航海』邦訳者、太古先生よりほんとうにひさしぶり(!)にメールをいただきまして、驚くことにイタリア人学者ジョヴァンニ・オルランディ教授による新校訂版『聖ブレンダンの航海』が 2014 年に刊行済みとのこと、驚愕x九層倍なんであります( もっとも、時間のあるときにちょくちょく某密林書店を渉猟してはいたが、こちらの目が悪かったらしく、まったく知らずにいた )。

 じつはオルランディ先生、すでにこの完全な校訂本を出版されるずっとずっと前、1968( !!! )年、というから不肖ワタシが生まれる前に序論とも言うべきご本を上梓されている。その後約 40 年、急逝される 2007 年までこつこつ、ひたすら後半生をラテン語版『航海』の「完全な」エディションを編むことに心血を注いでこられた、ということもいまさらながら知ることとあいなり、ひとり涙したのであった( といつものごとくこんな調子で書くといかにもノリの軽い人間のように思われてしまう危惧なきにしもあらずだが、とにかくこれ書いている当人はいたってまじめに発言している )。*

 2007 年にオルランディ教授が亡くなられたあと、その遺志を継いでこの新校訂本を完成させたのが、同教授の教え子だったというロッサーナ・グリエルメッティ女史。以下、おなじく太古先生より頂戴した書評コピーをもとにかいつまんで内容紹介。

Navigatio sancti Brendani. Alla scoperta dei segreti meravigliosi del mondo, a cura di Giovanni Orlandi e Rossana E. Guglielmetti, introduzione di Rossana E. Guglielmetti, traduzione italiana e commento di Giovanni Orlandi, Firenze, SISMEL - Edizioni del Galluzzo 2014( pp. CCC + 215 ).

ジョヴァンニ・オルランディ / ロッサーナ・E・グリエルメッティ校訂『聖ブレンダンの航海 世界の驚異を求めて』 序文:ロッサーナ・E・グリエルメッティ、翻訳および註釈:ジョヴァンニ・オルランディ」

1). 新校訂本の構成:英文によるまえがき( 筆者は中世ラテン文学の碩学マイケル・ラピッジ元ケンブリッジ / 米ノートルダム大学教授で内容はほとんど「献辞」と言ってよい )、伊語によるグリエルメッティ女史の序文( 300 ページ!)、『航海』ラテン語本文と現代伊語による対訳文+註釈[ 後注 ]+索引( 215 ページ )、つまり 500 ページ超という文字どおりの労作。

2). ヒベルノ・ラテン語本文について:新しい校訂本のたたき台となっているヒベルノ・ラテン語の原典は、かつてのセルマー本とちがって単一の写本[ ヘント写本 G ]をベースにいくつかの異本を組み合わせたものではなく、141( 制作年代は 10 − 15 世紀 )の現存ラテン語写本すべての関係性を精査して5つの系統樹(!)を構築したうえで、「祖型となる物語にもっとも近い構成」の写本群を選んで本文としている。

 しかしそれにしても … 、現存写本数がセルマーのころからさらに増えてたんですねぇ … これをすべて検討した上で校訂し、「最古型」に近い姿に復元する、なんて常人のなせる業じゃないですよ、これ。ほんとにすごいことです。歴史言語学史上の偉業とさえ言っていいんじゃないでしょうか。ところでアイルランド国立大学メイヌース校教授デイヴィッド・スティフター氏の書評によると、冒頭部の 'Sanctus Brendanus, filius Finlocha nepotis Alti ... ' のコメントにやや難ありとし、またこの箇所で当時すでに廃れかけていた古アイルランド語の用語用法がひょっこり顔を出していると指摘してもいる。具体的には、この下線部分のラテン語本文は、後期古アイルランド語の「… の孫の息子」という言い回し 'macc huí' をそのまま「逐語訳」したもので、初期古アイルランド語の「[ アルテ ]の家系に属する」の意の 'moccu / maccu [ Alti ]' と取りちがえた結果によるもの、という。つまりは単純な誤訳、ミステイク、ということになる。この廃れかけていた古い用法はたとえば『聖コルンバ伝( c. 690 − 700 )』にも出てくるという。言い換えるとこの moccu の「再定義」が起きた時期にアイルランド語話者によって書かれた作品ということになり、現存する『航海』の成立年代はこの「再定義」が生じた時代にほかならないだろう、としている。もっともこれは例外でして、シュティフター教授は全体的にひじょうに好意的な書評を書いている( セルマー本が刊行されたのは 1959 年なんだから、当然と言えば当然な話 )。

 ところが驚くのはまだ早かった。太古先生によると、これは一般読者向けに編まれた本で、より専門的な校訂版、つまり「決定版」が近いうちに刊行される、とのこと。でもいまだにそのようすはないらしい。もっともディレッタントなワタシとしては、現代伊語対訳じゃなくて、現代英語の対訳形式にしてもらいたいところではある。

 3). 冒頭部と終結部の比較:以下、セルマー本[ C ]と比較したものを転記しておきます( 赤字がセルマー本の本文、u / v の相違は無視、Carney, 1963 はすでにカーニーが指摘したセルマーの誤り、< > は C にある語句でオルランディ O にない語句、[ ] は O にあり、C にはない語句 )

● 冒頭部:

Sanctus Brendanus, filius Finlocha nepotis Alti / Althi, de genere Eogeni stagni Len regionis Mumenensium ortus fuit( Carney, 1963 ). Erat vir magnae abstinentiae / -nencie et in virtutibus clarus, trium milium fere monachorum pater. Cum esset in suo certamine, in loco qui dicitur Saltus Virtutum / uirtutis Brendani, contigit ut quidam patrum ad illum / eum quodam / quadam vespere / vespera venisset, nomine Barrindus / Barinthus, nepos Neil / illius( Carney, idem, 1963 ). Cumque interrogatus esset multis sermonibus a praedicto sancto patre, coepit lacrimare / -mari at / et [ se ] prostrare < se > in terram at diutius / diucius permanere in oratione / oracione. < At >Sanctus / sanctus Brendanus erexit illum de terra et osculatus est eum, dicens : “Pater, … ”

 聖ブレンダンはアルテの後裔フィンルグの息子として、オーガナハト・ロカ・レイン配下のムウの人の地に生まれた。偉大な禁欲の人で、数々の奇蹟と、三千人近い修道士の父としてその名はあまねく知れ渡っていた。その聖ブレンダンが、「ブレンダンの奇蹟の野」と呼ばれる地で霊的戦いをつづけていたある日の晩のこと。アイルランド教会の修道院長のひとりでニアルの子孫バーリンドと名乗る長老がやってきた。聖ブレンダンが矢継ぎ早に質問を浴びせると、長老は涙を流し、床にひれ伏して長いこと祈りつづけた。聖ブレンダンは長老を起こすと、抱擁して呼びかけた。

● 終結部[ いわゆる「ショートヴァージョン」で終わっている ]:

… < tunc uero >Acceptis de fructibus terrae et omnibus generibus gemmarum dimissoque benedicto procuratore et iuvene / , sanctus Brendanus cum suis fratribus naviculam ascendit / ascendit nauiculam et coepit navigare per medium caliginis. Cum autem pertransissent /, venerunt ad Insulam quae vocatur Deliciarum /. ibique trium dierum hospitium peregerunt. < atque > Accepta benedictione sanctus Brendanus recto itinere ad locum suum reversus est.

… この地の果実と、この地から産出するありとあらゆる宝石すべてを受け取ると、聖なる給仕と若い人に別れを告げて、聖ブレンダンと彼の兄弟たちは舟に乗りこみ、霧の只中を進みはじめた。霧を抜けると、彼らは「歓喜の島」にたどりついた。その島で 3日間もてなしを受けたのち、祝福を受けて、聖ブレンダンはまっすぐ故国へ帰還した。

 ほかにもたとえば「夏至の太陽に向かって[ Ch. 6冒頭 ]」とか「銀の馬勒[ Chs. 6−7]」、「鳥の姿をした中立な天使の来歴[ Ch. 11 ]」とか、比較検討してみたい箇所はいろいろあれど、日本語にしたときにはさして意味内容に変化なしというか、思っていたほど異同は少ない … という印象を受けたので、もっとも目立つ出だしと終章を引っ張り出してみたしだい。セルマー本では「聖人たちの約束の地」につづいて「聖ブレンダンの帰還と死[ Ch. 29 ]」で終わるんですけども、「祖型」にはそういう「最終章」はなかった、という見方でおおかた一致しているので、オルランディ / グリエルメッティ本はこの「ショートヴァージョン」を採っている。

 この物語最大の謎のひとつスカルタ( scalta, scaltas、Ch. 17 )については、グリエルメッティ女史はおもしろい仮説を立てています。最後に太古先生が不肖ワタシに紹介してくださったこの大胆な仮説( ?! )について、その転載を快諾してくださったので、以下に太古先生みずから訳された引用箇所をここでも紹介しておきます。

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 もはやほとんど現世を超越した次元に昇っているこの隠修士たちの島は、『航海』の解釈者に一つの奇妙な謎、たぶん意図したものではないだろうが、既に中世の読者を戸惑わせるような謎を投げかける:不可思議なスカルタ( scaltae )だ。土地は、樹も草も欠く環境だが( XVII 6 )、同時に白と赤のこの果実で覆われており、のちに旅人たちはそれを豊かな糧食として受け取る。この果実の例外的な大きさ(「大きな玉のような」XVII 30 )に対するブレンダンの感想は、基準となす現物をブレンダンも作品の読者も知っていることを前提とし、実際、アイルランドの別のテクストも scaltae または caltae に言及する。しかし、こうした背景にもかかわらず、この語がきわめて難解であることは、一方で『航海』の書写生の奇妙な間違いや注釈が、他方で、しばしばラテン語語彙をあえて翻訳せずに書き写す俗語訳者の書き替えが証明するとおりである。旅人たちに贈られるスカルタが赤だけであることも新たな謎である:ケルト的な神の知恵の色への想起か、あるいは、この場面の他の部分が典礼聖務であるゆえ聖体への想起か。多年の議論の末席にいる者として、あえて一つの仮説を提出したい。テクストが提供する情報と相容れる性質の植物として、corbezzolo「イチゴノキ」( 英語でstrawberry tree、時にIrish strawberry treeもしくは Killarney strawberry treeと特別化される )があり、ヨーロッパの他の地域にも分布しているが、アイルランド南西部( ブレンダンおよび多くの旅の物語の故郷 )に固有の種の一つである。リンネがつけたラテン語名 arbutus unedo は、その液果の美味しさに欠けるところに負うが、直径 1−2cm のなんとか食べられる実である:『航海』におけるこの果物の極上の味と目を見張る大きさは矛盾するものではなく、問題の島に存在する標本の例外性と完全に一致するものだ。もっとも重要な点、そして考えうる他の多くのベリー類からこの木を区別する点は、色に関わる特異な事実である:白に始まり赤に達する果実の熟成期間は 12 か月で、もっとも熟成した状態の果実が次の開花の果実と同じ時に見られる;言い換えると、同じ木が白と赤の果実をたくわえているということだ、島に広がっているスカルタと同じように。当然ながら、ブレンダンが受け取る贈り物が選ばれた一色であることと一致して、赤の果実だけが食用に適する。樹がなんであれ、一つの問題が未解決のまま残る:植物は( 少なくとも風に揺れるようなものは )ないとテクストは明言していることだ。おそらくアイルランドのイチゴノキが、習性として岩だらけの険しい場所でも岩の隙き間に生えるという事実も、この問題に答えるには充分ではない( 'Introduzione', pp. LXXI-LXXII )。

* ... オルランディ教授の先行論文の発表された 1968年は、比較神話学者キャンベルが代表作『神の仮面』シリーズ最終巻を世に問うたころでもある。論文は I 部と II 部とあり、I 部はラテン語版『航海』と『聖ブレンダン伝』の関係について書かれ、II 部では自身のゼミ生のために用意した『航海』本文を収録。