2017年11月19日

「普通怪獣」の逆襲

 前にも書いたけれども、いま、『ラブライブ! サンシャイン !!』第2期放映を見てます … 1期全 13 話のときも感じたけど、この物語はなんか3つでひとつの大きなエピソードで、それが連なるというストーリー展開になっているようです。つまり1). 統廃合決定 → 精一杯あがこう、2). メンバー間の個性のちがいの認識、それをすべて採り入れた楽曲の誕生 3). 予備予選出場とちいさな「奇跡」。4). だれしも「自分のことになると不器用[ メンバー全員、なんらかのコンプレックスを抱えている ]」→ それに対する全肯定 5). 見えない力を信じること → 「すべてに意味がある」ことの気づきおよび今後起こり得ることの全肯定[ 最後の「しいたけ」を撫でながら言う桜内梨子の科白は、なんだかショーペンハウアー晩年の「個人の運命における意図らしきものについて」という小論をも思わせる ] 6). 「普通怪獣」の変容( 変身 )と地区予選大会トップ通過、みたいな感じで。

 新しいエピソード開始回( と、勝手に思っているが )の7話も、すばらしいストーリー展開だったと思う。現実の地方都市における学校統廃合問題はまちがいなく切実で、1990 年代に教育テレビで放映された学校ドラマの舞台になった市立静浦西小学校もすでになく、もっと南の伊豆市土肥の八木沢地区にあった土肥南小学校も 2010 年に廃校になっている。ここ 20 年あまりで相当数の公立学校の統廃合が加速している現実をしっかり見て作っているな、だからここは安易な展開にしなかったのだなと地元の一住民は納得するのであった( 静岡県ではここ数年、公立高校の統廃合が加速しているから、現実の状況も浦の星女学院とほぼ当てはまっている。たとえば県立土肥高校は今年3月をもって県立伊豆総合高校土肥分校となっており、その県立伊豆総合高校も以前は県立修善寺工業高校で、県立高校再編で現行体制に。現在、西伊豆地区で県立の普通高校[ 本校 ]は松崎高校のみ )。

 いままで見てきて、この物語に通奏低音のように流れているのは個人的には「普通怪獣」というワードのような気がする。普通怪獣ちかちー。自分は普通星人だと思って生きてきて、このままじゃ普通怪獣になっちゃう、と主人公の高海千歌が転校してきた同級生の桜内梨子に打ち明けたのは1期最初の回。ここでキャンベル好きとしてはどうしても頭に浮かんでくるフレーズが、ビル・モイヤーズとの対談本『神話の力』にある。
凡人などという者がひとりだっているとは、わたしは思いませんね。すべての人が人生を生きるなかで、めいめい自分自身の幸福への可能性を持っている。その人がしなくてはならないことは、それを認識し、育て、それとともに歩むことです[ この直前に、ジョイスが「万物の輝き( radiance )」と呼んだものを認識し、それを表現することを学んだ者が真の芸術家だ、とも発言している ]。
アニメ作品なので、「普通怪獣」なんてユーモラスな言い方を採っているけれども、だれしも自分のことを「ふつうだ」と思いこんでいるはず。だがそうじゃない !! とこの愛くるしい普通怪獣は教えてくれる。「精一杯あがく」という科白にも、それが表れている気がします。

 「まだ自分はふつうだって思ってる?」

 「自分のことをふつうだって思っている人が、あきらめずに挑みつづける。それができるってすごいことよ。すごい勇気が必要だと思う」

 不肖ワタシはここで涙腺崩壊( 苦笑 )。脚本もよくできているし、そしてもちろん陰の主役とも言うべき挿入歌もけっこういい曲がありますねぇ。話が音楽モノだから当然だろうけれども、いままでこの手の曲にはいっこう見向きもしなかった門外漢を振り向かせたんですから、本気度はそうとうなものだと思いますよ[ 1期で梨子ちゃんが作曲した「想いよひとつになれ」は、いわゆる「カノン進行」が使われている ]。

 2期最初の回でオープニングを見たとき、メンバーの衣装が青系統、つまり冷色系になっていることに、ひょっとしたらこれは試練の始まりなのかって思ったが、それで思い出すのはジョージ・ルーカスの壮大な叙事詩 Star Wars シリーズの、エピソード4, 5, 6の最初の三部作。とくに 1978 年に日本公開されたあとにつづくエピソードの「帝国の逆襲」は、まだ無邪気さや血気盛んさ、怖いもの知らずだったルークたち主人公に本格的な試練が襲いかかる設定の物語でした。『サンシャイン !! 』主人公の高海千歌たち Aqours 9人もこれからこういう状況に投げこまれるのかな、と漠然と思ったことがいままさに現れている感じ[ そういえば桜満開の女学院を千歌が見上げていたシーンで、なぜか校門が閉まっていたことの理由もここにきてわかった ]。

 転校してきたばかりのとき、梨子ちゃんはいきなり春先のクソ冷たい内浦の海に飛びこもうとする。その後、ウェットスーツ姿で海に潜って、「海の音」を聴く。内浦湾に面した地域が舞台だけに、月明かりに照らされる海とか、夜の海の描写もとても多い。よくユング心理学関連本では、「夜の海の航海」という言い方が出てくる。村上春樹氏もおんなじようなことを言っているけど、ようは「無意識」の海へといったん下降し、オルフェウスのごとくふたたびこの世界に還ってくる、ということ。ほんらいこの用語は精神的危機を迎えた中高年(「人生の道半ば、わたしは正しい道を踏み外し、危険な暗い森の中にいた」のような )が無意識と対話することで危機を乗り切ることを指して使われる言い方ですけど、特技のピアノで挫折をおぼえた梨子ちゃんはまさにここの冷たい海に潜って「海の音」を聴いて、なにかをつかんだ。暗い海の中で、自分のほんとうの気持ちと向き合ったから、彼女はその後精神的に「変容」したんだと思う。

 またこの物語はメタファーというか、白い羽が淡い水色の羽へと変化するシーンとか紙飛行機とか、あるいは発端丈山[ ほったんじょうやま ]あたりから昇る朝日のシーンとか、小道具の使い方なんかもとても巧み。大画面のシアターでの鑑賞にも耐えられる作品だと思いますね。1期最終話で図書室の黒板に「目指せ! LoveLive」と大書きされていたけど、いまや普通怪獣たちの目標は「ぶっちぎりで優勝する、優勝して、一生消えない思い出を作ろう!」へと昇華した。このとき象徴的な白い羽が空の色と同化して舞い上がっていったのは、千歌たちが見つけたなにか、ほんとうの「輝き」を暗示しているのかもしれない[ ついでに国木田花丸が津島善子に向かって「だからマルたちが面倒みるずら」とこたえたのは、この前ここで書いた「黄昏の理解者ずら」の応答のようにも思えた。さらについでに:3話の「お嬢ちゃんたち、乗ってくかーい!」とか「冗談はよしこさんずら」は「ちびまる子ちゃん」世代ならわかる昭和コント、4話の「ダイヤさんちゃん」回で、黒澤ダイヤをからかっていた(?)イルカは頭が丸かったからたぶんゴンドウクジラ ]。

 ところでこの内浦地区がどうしてこのようなアニメ作品の舞台に選ばれたんだろうか … 個人的にもっともナゾだったんですけれども、どうもいろいろ話を聞くと、ほんとうはまるでべつの場所( どこだかは不明、おそらく伊豆半島のどこか )でほぼ決定していて、その最終確認のロケハンに来た制作スタッフがほんとうにたまたま内浦地区に立ち寄って、それで「やっぱここにしよう !! 」といきなり変更になったんだそうです。… これって、キセキじゃん。2011 年の大地震と大津波のあと、とくに内浦重須[ おもす ]地区は高台への集団移転ですったもんだして全国ニュースにも取り上げられたり、高齢化率も高いし、海に近い内浦地区も含めて市内全体、得も言われぬどんよりした沈滞ムードにすっかり覆われ、戸田[ へだ ]地区までの定期船航路もとっくに廃止( 今夏のみ期間限定で復活はした )、駅の高架化もまるで先が見えず … とそこへもってきてまさかまさかの展開になろうとは、これをキセキと言わずしてなんと言う( しかしほんとうによく調べている。予備予選会場になった伊豆市の「狩野ドーム」なんて、地元の人間以外だれも知らない、と思う。いったいいつこのあたりにやってきて、これだけ現地調査したのか、そういう車両なり人を見かけたことがないからほんとナゾ)。

 さらに個人的にすこし驚いたのは、先月、なんと主人公の家でもある旅館のモデル安田屋さんで冒頭部が書かれた太宰治の『斜陽』未発見原稿が出てきた、なんてことまであった。出てきたのは角川文庫版で 91 ページ以降の第4章の出だしを含む直筆原稿4枚。行方不明の原稿はまだあと2枚あるという。

 最後に先日、静岡市の女子中学生が書いた「人の個性輝く世界 実現願う」というすばらしい文章が地元紙朝刊の読者投稿欄に掲載され、とても感動したので紹介しておきます[ 以下、いつものように下線強調は引用者 ]。
… 以前より理解が深まったとはいえ、個性的なファッションやアイドル好きなどは一般的には否定されやすいし、アニメ好きといったらオタクだと冷たい目で見られることもあると思います。
… 「世界は一つ」という言葉は、とても良い言葉で、そうなるべきだと思います。でも、世界は一つでも個性はバラバラでいいと思うのです。いろいろな個性があるからこそ、いろいろな考えが生まれ、発見があり発明があり、進歩につながるのだと思います。
 個性にあふれた世の中の一人一人が、色とりどりの個性をもっともっと輝かせて生きてほしい。私はそんな世界の実現を願っています。

 … もう、simply wonderful, couldn't agree more with you ! としか言えないですね。シュヴァイツァー博士が「もし人が 14 歳のままだったら、この世界はもっとよくなっているだろう」という発言をしていたと記憶しているけれど、こういう若い人の声こそ、もっともっと届いてほしいと切実に思う、今日このごろ。

[ おまけ ] 動画サイトで「難読地名」だらけの内浦・西浦地区のバス停を『サンシャイン !!』オープニング曲にのせてぜんぶ紹介している、ある意味ぶっ飛んでいるクリップを見つけたので暇なときにでも。とくに「久連」なんて、読めるずらか ??