2018年02月18日

「記録は並ばれるためにある」

 正直に打ち明けると、今回の冬季五輪はさして興味がなかった。代表選手のみなさんがこの大会目指して精神も肉体も文字どおり削る思いで乗りこんでいったのは当然、承知しておきながらも、今回ほど政治プロパガンダの強烈な雑音に掻き消されるような、かつてのミュンヘン夏季五輪を思い起こさせるような暗い政治色に染まった冬季大会はちょっと記憶にない気がする( 冷戦時代、西側がモスクワ五輪をボイコットしたことはたしかにあったが )。

 でもいざ始まってしまえば TV はもちろん競技中継一色になるので、個人的に好きなカーリングとかは見てました。高梨沙羅選手の五輪初メダル、スノーボードハーフパイプの平野歩夢選手といった若手の活躍もあって、フィギュアスケート競技が始まるころには北朝鮮情勢云々 … といったことも印象が薄れていき、いつもの五輪観戦気分になってきた。なんだかんだ言ってもやはり特別な大会ですからね。

 フィギュアスケート競技って、以前にも似たようなこと書いたかもしれないけれども、たんなるスポーツというよりは舞台芸術に近いものと思ってます。スケーターは氷盤という大舞台で舞を舞うわけです。でも今回の羽生結弦・宇野昌磨両選手のとんでもなくすばらしい偉業 … は、いったいどこのだれが予見したでしょうか。

 あれだけの大けがを負い、氷の上に立って練習を開始したのがたったの3週間前だという。でも彼は成し遂げた。いちばん心に去来したであろうことは、やはり地元・仙台のことだったと思う。あの瞬間、全国各地でみな NHK の生中継を食い入るように見守っていたのではないか。大真面目な話、ほんとうにあの4分半こそ、ひとりびとりの想いがひとつになった瞬間だったんじゃなかろうか。と、ずいぶん勝手な独善的感想を書いてしまったが、ほんとうに超一流の人ってやっぱり超一流なのだ、とも感じた。年齢ではないですね。あとで地元紙の記事見てはじめて知ったのだが、羽生選手は約2か月間、陸上での基礎トレーニング以外の時間は解剖学や方法論関連の論文を読み漁っていたのだそうです。コーチのブライアン・オーサー先生いわく、「これは運ではない」。

 フィギュアスケート競技での五輪連覇というのはじつに 66 年ぶりの快挙、ということもはじめて知りまして、66 年前に大記録を打ち立てたディック・バトンという元フィギュア選手のツイートも紹介されてました。興味をそそられたのでさっそくのぞいてみたら[ いつものように下線強調は引用者 ]、
... Hanyu - Quad Salchow, beautiful easy and light
... Fernandez - strong, musical and theatrical.
... Uno - A powerful sparkplug,
... Bravo Hanyu, Records are made to be tie( sic )

とまあ、観戦しながら iPhone なのか iPad なのかはたまた Macbook なのかはわからんが、Twitter 上で実況してますねぇ。でも「記録は並ばれるためにあるものだ」なんてさすが。いい表現なのでメモっておきました(
笑 )。おなじ人さまの tweet を見るなら、ここの国の大統領の品性下劣丸出しコメントなんかよりよっぽど精神衛生によい。

 ところで SP の日の夜、NHK ニュースで羽生選手のことを報じた NYT 記事が紹介されてまして、なんと 'Yuzuru Hanyu Shines' なんて見出しだったそうです。確認しようと思って電子版見たら、いつのまにか( ? )'Yuzuru Hanyu Commands the Stage' に差し替えられていた( 泣 )。電子版は紙の新聞とちがって、ちょちょっと訂正削除ができるということか( ちなみにこういうことはよくある )。やっぱり向こうの人の感覚って、「ユヅル、光り輝く」という、地元を舞台にしたスクールアイドルの物語じゃないけどいかにも抒情的で日本人好みのタイトルより、もっとパンチの効いた「ユヅルの独擅場 / ユヅルの独り舞台」みたいな言い方のほうが広告費が稼げるとでも思ったのかな[ どこのメディアのコメントかは知らないけど、羽生選手のフリーの演技を 'ethereal' と評していた。TV 字幕の訳は「この世のものとは思えない」とかなんとか、そんな日本語だったが、字義通りには「エーテルのような」。人間離れしていかにも空気の精みたいに軽やか、あるいは妙なる美しいスケーティングだった、ということなのだろうけれども、たしかにこれうまく日本語にならない見本のような言い回しではある。昔のさる音楽評論家の言い方だったという「絶美なる」なんかはどうかな?]。

 羽生選手、とくると、例の黄色のクマさんの山。海外メディア記者( ほんとは Japan Times みたいですけど )が記者会見で挙手して、なに訊いてくるかと思ったら、なんとそのプーさんのことだった( … そんなことどうでもいいじゃないかって TV の前のおっさんはひとりごちていた。ちなみにバトン氏も 'Hanyu - Beautiful Programs , beautiful choreography it looks like its raining teddy bears.' とコメントしていた )。でもその受け答えがまた、ふるってました。「地元の子どもたちに寄付する。いくつかは持って帰るけど」[ → 関連報道記事 ]。

こんなこと書くと当の羽生選手からクレームがくるかもしれないが、彼はいまの日本がとっくの昔に失ってしまった、いわゆる「サムライ」精神の化身みたいな人だと思っている。たとえはヘンだが福音書の有名なたとえの表現を借りて言えば、

'For this Samurai spirit was dead and is alive again; it was lost, and is found.'

[ 付記。スペイン代表のフェルナンデス選手もみごと3位入賞で Congrats !! 愚直にやりつづけることの大切さをあらためて感じたしだい。この人もまたある意味スペインのサムライ、いや中世騎士道の体現者のように思える。受け答えとかいちいちすばらしいし、彼の性格のよさ、あたたかい人柄があふれてますね ]

He made history indeed !! #congrats #yuzuruhanyu #shomauno #javierfernandez #pyeongchang2018 #winterolympics2018 #wintergames2018 #figureskating


posted by Curragh at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから

2018年02月11日

「SW ep.8:最後のジェダイ」

 前作を静岡の映画館で見たのが 2016 年 1月末。ついこの前のことのような … と思ってはいたものの、今回ばかりはなぜか(?)あんまり期待してなくて、年明けになってようやく見てきた。前にも書いたけれどもなんたって小学3年生のときに「ep.4 新たなる希望」を映画館で見て、きみまろさんじゃないが「あれから 40 年」。それ以来この作品だけはずっと劇場の大スクリーンで全作品見る、と決めているので、やっぱり見ないわけにはいかない。

 で、見た感想なんですけど … いままで見た「スターウォーズ・サーガ」中、最高傑作 !! と思った。見に行ってヨカッタ。やっぱり裏切られなかった。

 あんまり細かいことはもう書きません。気になる人はぜひ劇場へ。昔みたいに「特別作品」扱いしてないから、「メンズデイ」とかうまく利用すればこんなすごい大作がたったの 1,000 円( 税抜 )で見られますし。個人的にはやっぱりあの前作ラストシーンで登場した例の絶海の孤島、アイルランド西海岸沖の世界遺産のスケリグ・マイケル[ アイルランドゲール語ではスケリグ・ヴィヒール Sceilig Mhichíl ]のジェダイ寺院跡に引きこもっていたルーク・スカイウォーカーと最後の3部作シリーズのヒロイン、レイちゃんのその後が、気になってしかたなかった。激しい空中戦シーンと交互に、まるでヴィヴァルディの合奏協奏曲よろしく急−緩−急−緩みたいに静謐そのもののスケリグ島のシークエンスが繰り返し登場して、やっとの思いで邂逅した「最後の」ジェダイマスターと「最後の」弟子とのやりとりがひじょーにていねいに描かれていたのもすばらしかった。

 もちろん前にも書いたことだが déjà vu は今回もありまして、カジノや弟子に倒されるシスの師匠、ダークサイドへの誘惑とその抵抗、あるいはスケリグ島にぽっかり口を開けた「洞穴」のエピソードなんかはある意味お決まりのパターンかと。でもコアなファンでさえ、「大騎士ヨーダ」先生のご登場にはおおッ、と思ったんじゃないかな。

 ヨーダ先生、今回もまた名言のオンパレードで、個人的には 'The greatest teacher, failure is.' なんかもう最高! さすがはヨーダ。以下、Wikiquote サイトからの転記でかつての師と弟子とのやりとりを書き出すと[
下線強調は引用者。直前の流れは老いたルークが古いジェダイの「聖典」を燃やして終わりにします、とヨーダに宣言して火を携え大木の穴に向かおうとするも、ヨーダの召喚した「雷」の一撃であっという間に焼失する ]、
Luke:So it is time for the Jedi Order to end?
Yoda: Time it is...hmm, for you to look past a pile of old books, hmm[ おまえさんが時代遅れの本の山を見ないようにする時が来たのじゃ ]?
Luke: The sacred Jedi texts!
Yoda: Oh? Read them, have you?
Luke: Well, I ...
Yoda: Page-turners they were not[ あんなもんひも解くような代物じゃあない ]. Yes, yes, yes. Wisdom they held, but that library contained nothing that the girl Rey does not already possess[ ああそうとも、いくばくかの知恵らしきものは、そりゃあ、書かれてあったろう。じゃがああいう書物の山には書かれてないものを、あのレイという娘はすでに身に帯びておる ]. Ah, Skywalker... still looking to the horizon. Never here! Now, hmm? The need in front of your nose[ ああ、スカイウォーカーよ、おまえときたらまだ水平線の彼方にばっかり目がいっておるな、そうじゃない、ここなのだ! そうじゃろ、んん?   見るべきは、おまえの目の前じゃ ]!
Luke: I was weak. Unwise.
Yoda: Lost Ben Solo, you did. Lose Rey, you must not.
Luke:I can't be what she needs me to be!
Yoda:Heeded my words not, did you? "Pass on what you have learned[ いままで学んできたことをつぎの世代に伝えよ ]." Strength, mastery, hmm ... but weakness, folly, failure, also. Yes :  failure, most of all. The greatest teacher, failure is. Luke, we are what they grow beyond[ よいかルーク、わしらはみな、次の世代に乗り越えられる存在なのじゃ ]. That is the true burden of all masters.
( ついでに雷で大木もろともジェダイの本を燃やしちゃったヨーダ先生がさも愉快そうにゲラゲラ笑っていたのは、見ているこっちもそうそう、YES !! そうこなくっちゃ、って思いましたよ。神話学ふうに解釈すれば、典型的なトリックスターですな、ヨーダは。さらに聖ブレンダンつながりで言えば、ドイツ語版の揺籃期本『航海』冒頭で、ブレンダン院長が「なんだこんなもの」と「神聖な書物」を火にくべちゃったのと通底する )

 名言といえば、ローズ・ティコという女性のレジスタンス兵士が捨て身で敵のキャノン砲に飛びこもうとする同僚フィンを決死の体当たりで阻止し、気絶する直前に言ったことば( 'That's how we win! Not fighting what we hate ; saving what we love.' )あたりなんかは、明らかに「過去との決別」という印象が強かったですね。たしかにこういう言い回しというか発想は、過去作品にはありませんでした。

 なんといっても最終3部作はヒロインですし、なんというかお決まりのパラダイムがジェダイオーダーとともに解体して、いっときは混沌状態となるがやがてはまったく新しい世界が、新しい希望がもたらされる( はず )みたいに解釈できなくもない。だから、最後のジェダイなのかな、と。よくよく考えてみればフォースのダークサイドを代表するシスという連中はパルパティーンとかその師匠プレイガス以外はだいたい「ブライトサイド」のジェダイオーダーの出身者。好事魔多しじゃないけど、よかれと思ってこさえたもののなかからこういう者たちが生まれる。これはけっこう真実を突いている。ゲーテも似たようなこと言ってるけど、完成形というのはあとはエントロピー過程というか下り坂というか、ようするにほころびが出ていずれは解体して消滅する定めなんですな。成ったもの、じゃなくて、成りつつあるものがとって代わる( ライトセーバーがまっぷたつに切断されるなんてのもすこぶる示唆的なシーンではある )。

 ドロイド関係で言えば、もう C-3PO も R2-D2 もすっかり脇役扱いで、いまや BB-8 の独擅場(「どくせんじょう」と読む、念のため )、といったおもむき( でも、R2 がレジスタンス救援にまるで乗り気じゃないルークに例のホログラムをさりげなく見せたのはさすが )。で、ほんとにちっぽけではあるがかろうじて灯りつづけている「最後の希望」を垣間見せて長い物語( 上映時間は2時間半、ある方のブログ記事の表現を借りれば、「序・破・急の連続」)は終わるわけですけど、このあとの展開は … どうなるのかな? 泣いても笑っても次回でほんとうの大団円。で、最後に涙したのは、このエンドロールクレジットでした。

In Loving Memory of our Princess,
CARRIE FISHER


評価:るんるんるんるんるんるんるんるん

posted by Curragh at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画関連