2019年04月28日

ノートルダム大聖堂の悲劇

 今月 15 日、パリのノートルダム大聖堂の大火の映像を見たときには絶句するほかなかった。不幸中の幸いは、数々の美術品や聖遺物、焼け落ちた鐘楼のてっぺんにあった銅製の風見鶏像とかはなんとか難を逃れて「生還」したとはいえ、個人的には 1868 年にカヴァイエ=コルの建造した大オルガン(先代のフランスバロック期のオルガンビルダーのフランソワ・アンリ・クリコの製作した楽器を大幅に改造したもので、中世以来のパイプも一部まだ残っているとか)。昨年、そのカヴァイエ=コルがここにオルガンを収めて満 150 周年、ということなのかどうかはよく知らないけれども、とにかく大規模な修復が施されて演奏台も新デザインに更新されたばかり。なので今回の失火(!)はほんとに残念でしようがない。

 国内ではどうもこのカヴァイエ=コル・オルガンについて報じていたのは NHK だけのようでして(さすが自前の大オルガンを持っている組織だけある)、しかも二晩つづけて報じていたのにはちょっとびっくり。いくらクラシック音楽好きを自認する日本人でも、オルガン音楽が大好きという人の絶対数は向こうに比べればはるかに少ないしオルガニストの仕事数じたいも少ないはずなので、いたしかたないとはいえ、もうすこし報じられてもよさそうなところではある。とにかく映像で確認したかぎりでは、とりあえずぶじのようです … もっとも消火活動でいろんなものが天井から落っこちてきたり、放水で大量の水とか浴びているかもしれない。オルガンパイプは鉛と錫の合金、つまりブリキなので、ちょっと熱に触れただけで溶けてしまうし、コツンとどこかにぶつければ ── Macbook Air とかアルミ一枚板削り出しのノート PC みたいに ── すぐ傷ついたりへっこんだりする。もちろん木のパイプ、木管をはじめ木でできた部分もたいへん多いため、水を浴びれば即使用不能となる。このへんはやはり気がかりではあります[→ 関連記事]。

 オルガンもそうですけど、歴史的建築物と火災については古くは金閣寺や法隆寺をはじめ、昔から問題視されてきたから、たしかに一筋縄ではいかないかとは思う。ノートルダム大聖堂の場合、「オークの森」と称されるほど入り組んだオークの木組み約 1,300 本が使用されていた屋根裏部分にはスプリンクラーも設置されていなかったという。もちろんこれはスプリンクラー代をケチったわけじゃなくて、いろいろ事情があってのことだったらしい。でもこれだけテクノロジーが進化しているご時世なのだから、もうすこし防火対策はとれたはずだと思う。

 いまひとつ と感じたのは、地元紙に引用されていた米国人消防のもと幹部という御仁の話。この方は取材に対して、こう応じたんだそうだ(いつものように太字強調は引用者)。「大聖堂は燃えるためにあるようなものだ。礼拝の場でなければ、違法建築として摘発対象だ」。

 これ当のフランス国民が聞いたらどう感じるのかな。「違法建築のかどで摘発対象」というのは、そりゃ消防法を金科玉条の絶対的尺度に考えたらそうでしょうよ。ウチだって数十年経過した古い耐震基準の木造住宅なんで、摘発してくださいと言っているようなもの。それに法律や制度なんてアップデートが前提なので、時代が変われば昔はよかったものでもたちまち違法として取り締まりの対象になったりする。そんなもんふりかざすことじたい、単純化のしすぎというかノーテンキな発想だなというのが偽らざる感想。んなこと言っていたら「世界遺産」級の歴史的建築物は楽器のオルガンも含めて、ほぼすべてが「摘発対象」になって全滅すると思うぞ。

 じゃあどうすればよいのか、ここが大事なところだと思う。まさかいまの基準で「違法建築」だからって、失ったらそれこそ取り返しのつかない歴史遺産をぶっ壊すわけにもいくまい。というか、いくら「適法建築」に変えたって火災はなくならないでしょう。最悪の場合、放火されたらどうしようもないですし。一見、正しいことを言っているようでじつはトンデモ発言というのはまさにこれかと。19 世紀にさんざん鯨油やらなにやら搾り取っておいて、「アイスランドと日本はいまだに捕鯨をつづけている野蛮な国だ」なんてほざいている連中とあんまり変わりないんじゃないでしょうか。端的に言えば独り善がり、つまり独善。あるいは偽善。だって今回の火災の原因を作ったのは「違法建築」だったから、ではなくて、屋根の工事をしていた現代人による「失火」。燃え広がったからといって「違法建築で摘発する」というのは、いくらなんでもノートルダム大聖堂に対して失礼千万な失言じゃないですか。「違法建築」ということならギザの三大ピラミッドだって取り壊し対象でしょうよ。ひとつの価値観を押し付けるな、と言いたい。拙い経験から言えるのは、価値観なんてものはしょせん移り変わるもの、もっと言えばアテにはならない、ということです。

 とはいえいたちごっこかもしれないけど、とにかく「歴史的建築物」を火の手から守るためにはどうにかして知恵を絞らないといけないことに変わりはない。建物のせいにする時間があったら防火対策を真剣に考えないといかんと思うのですがいかが。そういえば 1996 年、スプリンクラーの誤動作でコンサートオルガンがずぶぬれになった、という悲しい事件が浜松のアクトシティ中ホールであったけれども、あのときも「被災」したのはフランスのオルガンだった。そのとき、オルガン建造メーカーの社長だったコワラン氏がこう言っていたのはいまでも鮮明に憶えている ──「楽器が被水したことを、ひじょうに悲しく思います」。よかれと思って設置した最新設備だって、「誤動作」すればこんなことになったりするのが人の世の常。

posted by Curragh at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから