2019年07月20日

Vote, vote, and vote !!! 

 昔、米国の女性小説家ガートルード・スタインが、「バラはバラでありバラでありバラである('A rose is a rose is a rose is a rose.')」と言ったという話があり、またイタリアの甘口白ワインの銘柄に「エスト! エスト!! エスト!!!」なんてのもありまして、お題はそれに引っかけてみました。

 といってもべつにふざけているわけじゃなくて、大まじめで言ってるんです。3年前の参院選での 20 代の投票率は 35.6 % でして、年代別でもっとも高い投票率だった 60 代の半分しかない、との報道記事を読んだ。また今春の統一地方選では、首都東京の特別区 20 区議会選挙の投票率でさえ、平均投票率はなんと 50 % にも届いてない( 42.63 %)。「投票に行く人のほうが少数派」になってしまっている。いくらなんでもこれはマズいでしょ。

 最近、さるラジオ番組に出演された方の発言を見たら、若い人の意識はけっして低いわけじゃない、としたうえで、こんな当事者の声を引用していました。「わたしたちだって選挙が大切なのはよくわかっている。学校でも主権者教育をやってるし。でも、だれに投票したらいいかまったくわからないんです(主権者教育ってなんのためにやってるの ??? )」。あるいは、もし自分が投票した候補者が不祥事を起こしたときに、その人を選んだ自分の責任を持つのがこわい。過ちを犯してしまうくらいなら、投票には行かない …… んだそうですよ。

 人生すでにウン十年、生きてきたしがない門外漢は、はっきり言ってこんな返答を聞かされて情けなくなったね。なんだよそれって感じ。理由にもならん理由。いやヘリクツか。たしかに改正された公選法では、18 歳未満の人は選挙活動ご法度みたいなヘンな決まりごとはあったりする。しかし引用部分はハナから投票に行く気もない人間の戯言にしか聞こえない。「保育園落ちた。日本死ね」という迷言がいっとき話題になったけれども、そういうこと口走る人たちって、あんがい主権者として与えられた権利を十全に行使していない人種なんじゃないかって勘繰りたくなる(意見には個人差があります)。いつからこんなふうになったのかな。「ノンポリ」なんていう言い方が浸透してきたころからかな? 自分たちで自分たちの所属している社会の根幹を破壊していることにほかならないのに。ある芸能人が早世してその葬儀の日に学校を休んでまで行く、それも親子そろって参列した、という例を TV で見たことがあるけれども、こういう手前勝手なメンタリティってどこか通じているんじゃないでしょうかね。それとも、ここで嘆息しているおっさんが「やっぱり古い人間でござんしょうかね」。

 もっとも地元紙の報道にもあったように、伊豆半島の僻地の高齢者しかいないような集落では投票ひとつとってもたしかにたいへんだ。ネット投票云々と言われているけれども、まずは前提条件をつけたうえで、こういう限界集落的なところに住み、投票所に行くのがたいへんな高齢者にかぎって実施してもいいのではと思う。そのときはお年寄りでもハズキルーペなしでハッキリくっきり見えて、かつかんたんに投票ができるアプリなり、方法を考えないといけませんけれども。

 話もどって、ネットの言論空間でも、「政治的発言お断り」というのは世界標準みたいな印象を個人的にも受けてはいる(以前、参加していた米国のニュースグループでもそういう取り決めで、なにかしら政治色が出ると、発言者当人がその気はなかったとしてもモデレーターから注意されたりした)。でも、こと投票となるとたとえば欧州の場合、日本ほどの低投票率、とくに若い世代で投票に行かない人が多い、なんてことはないそうですよ(EU に対する幻滅のせいなのか、フィンランドの若い有権者の EU 議会選挙の投票率が異常に低い、という例外もあるようですけれども)。たとえばこういう記事はどうですか。書かれた内容の是非はともかく、やっぱりここでも何度か書いてきた、「個人」というものがいまだ確立していない言霊の島国だからなのかなって気がどうしてもしてしまう。確固とした「個人」という土台がなければ、当然のことながら「健全な批判精神」も育つはずがないわけで。日本人には日本人ならではの長所があり、日本に帰化するような外国の方なんか、われわれが思っている以上に日本人化していて、もはや「ナイジン」とでも呼んだほうがいいくらいに日本の色に染まっている人もたくさんいらっしゃる。が、それも日本という島国の中での話であって、アジアのみならず欧米も含めた世界では認めてはもらえないでしょう、残念ながら(昨今、欧米がいい意味でも悪い意味でも「日本化」しているように思える事例がとみに多く感じられることはひとまず脇に置いておくとして)。

 「わたしは、わたしとわたしの環境である。もしこの環境を救わないのなら、わたしをも救えない」というスペインの思想家オルテガ・イ・ガセットのことばは、投票する権利の行使にも当てはまるような気がしますね。古代ギリシャの哲学者アリストテレスの発言は、元来の趣旨が「人間はポリス的生き物だ」ではあるけれども、人間ってやっぱり「政治的動物」のような気がします。おっと、チンパンジーやゴリラ、ボノボといった他の霊長類社会でも一種の政治的力学は働いているか。ヨタ話はともかく、明日はぜひ投票を。

 … 「若者がいきいきと生きるための政治を実現するには若者の投票率向上が大事。大学無償化など、経済的に苦しい若者への支援策を議論してほしい」。これは、参院選期間中に地元紙に連載されたひとことコーナー的な記事に載った、現役高校生のことば[下線強調は引用者]。こういう若い人の存在は、ほんとうに頼もしい。

posted by Curragh at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから