2019年11月11日

比較神話学者キャンベルの絶筆について

 毎週更新、と言っておきながら早くも公約違反 … orz フリーの身なんでいつ仕事が来るかは予測不能、予定は未定、なしがない門外漢のこと、そこは生暖かい目で見逃してくださいませ。

 と、前置きしているあいだ(?)にも、ついにみんなの大好きな Halloween はとうに過ぎ、そして「日本晴れ」のなかすばらしい祝賀御列の儀のパレードもぶじ終わって(まったく関係ない感想ながら、この前買い替えたばかりの 4K TV に国立国会図書館前の通りが大写しにされたとき、個人的にはすごく懐かしく感じた。何度もおなじこと言って申し訳ないけど、あのころはネットもなにもなかった時代。いまこうしてフツーにググって調べ物して仕事もらってる人間としては、いったいどうやって訳文をひねり出してたんだろっていささか信じられない気分にもなってくる)、ではあるけれど、先月 30 日は米国の比較神話学者ジョーゼフ・キャンベルの命日(1987 年没)ということもあり、ひさしぶりにキャンベルのことについて書きます。

 キャンベルの「遺作」は、ジャーナリストのビル・モイヤーズとの対談を収録した『神話の力』ということになってますが、本人が書いたほんとうに最後の著作は Historical Atlas of World Mythology という大部の巻本もの。文字どおりの「白鳥の歌」で、当初計画されていた4巻本のうち、キャンベル自身が書き終えたのは最初の巻のみ。みまかるその当日も原稿を執筆していたという2巻目は、親友の編集者の手によって補筆完成というかたちで日の目を見た。ちなみにその編集者がキャンベルの未亡人ジーン・アードマンとともに設立したのが、いまのキャンベル財団(JCF)。

 で、著作についてはたしかに上記の本がキャンベルの絶筆なんですが、印刷された最後の文章、というのがべつにあります。それが、リトアニア出身の米国人女性考古学者マリヤ・ギンブタスの著した、The Language of the Goddess: Unearthing the Hidden Symbols of Western Civilization という研究書に寄せた「まえがき」。

 この絶筆となった「まえがき」なんですけど、じつは JCF から刊行されているキャンベル本シリーズの一冊 Goddesses の巻末付録として収録されてまして、昨年、勝手に試訳をつけたままずっと仕事用 PC のデスクトップ上に放置してました。仕事や雑事にかまけているうち、やっぱりここでも紹介したいずら、と思いまして、書籍の一部引用にしては長いのでクレームがくる可能性もありますが、書いてある内容はやはりすばらしいと考えるので、僭越ながら全文を転記しておくしだい[JCFからなにか言われたら即、引っこめます。あとする人はいないと思うが、二重引用は厳禁]。
 ジャン=フランソワ・シャンポリオンは 150 年前、ロゼッタストーン解読作業を通じたヒエログリフ(神聖文字)の用語法の確立によって、紀元前 3200 年前からプトレマイオス朝時代にいたるエジプト宗教思想というすばらしい大宝典の解明の糸口を開いた。シャンポリオンとおなじくマリヤ・ギンブタスも、紀元前 7000 年から前 3500 年にかけてのヨーロッパ最古の新石器時代村落跡から出土した二千点あまりの象徴的遺物の収集、分類、特徴の解釈といった作業を通じて、絵画的モティーフという基本語彙を、それ以外の方法では記録されえなかった時代の神話を解く鍵として提供することに成功している。それだけではない。ギンブタスはまた、それら表象の解釈にもとづき、当時崇拝されていた宗教の主要思想と主題の確立にも成功した。彼女の解釈によれば、それは母たる創造の女神の生ける体としての宇宙であり、女神に宿る神性の一部としての生きとし生けるものすべてである。ここでただちに想起されるのが、新石器時代ヨーロッパにおける「宗教」とは、「創世記」第3章19節に出てくる「父たる創造主」とは対照的だ、ということだ。アダムはその父たる創造主に言われる。「おまえは顔に汗を流してパンを得る、土に返るときまで。おまえがそこから取られた土に。塵にすぎないおまえは塵に返る」。ところが「創世記」よりさらに古いこのヨーロッパの神話では、全被造物が生み出された大地はたんなる「塵」ではなく「生きて」おり、母たる女神の創造主と同格なのだ。

 ヨーロッパ学文献で、ヨーロッパ地域と近東で形成された歴史形態に先立ち、また基盤でもある前述のような母権制時代の思想と生活について最初に言及した著作が、1861 年に出版されたヨハン・ヤコブ・バッハオーフェンの『母権制』である。彼はその著作で、古代ローマ法に母系相続法の痕跡が残存していることを示した。またバッハオーフェンの著作の 10 年前にアメリカで、ルイス・H・モーガンが『ホ・デ・ノ・ショ・ニー連邦、またはイロクォイの諸部族』を刊行している。この二部の調査報告で彼は「母権制」原理がいまなお生きている部族社会を確認し、その後のアメリカ・アジア大陸全域の親族制度の系統的調査によって、父権制支配以前にこのような母権制原理の集団生活がほぼ世界全域に分布していたことを実証した。1871 年ごろにバッハオーフェンがモーガン研究と自身の研究との関連性を認めたことが突破口となり、この社会学的現象の理解は従来のヨーロッパ地域から地球規模へと拡大する。同様にマリヤ・ギンブタスが再構築した< 女神の言語> においても、その歴史的重要性は紀元前 7000 年から 3500 年にかけての大西洋からドニエプルまでの古代ヨーロッパ世界にとどまらない、ひじょうに広範な地域においても認識されるようになるだろう。

 さらに、このような母権制はインド−ヨーロッパ語族系の牧畜部族に見られる神話群とも対照的である。インド−ヨーロッパ語族系諸部族は紀元前 4000 年以後、古代ヨーロッパ諸地域を波状的に侵略し、侵略された土地では彼らの社会的理想や法、彼らの属する部族の政治的目的の反映たる男性上位の神々へと取って代わられた。それに対して大地母神は大自然の法則の反映と尊重の表れとして生まれたものだ。ギンブタスに言わせれば、万物の驚異やその美しさの理解と共生をめざした人間側の原初の試みと言えるのが彼らの残した絵画的表象群であり、有史以後、西洋で優勢になる人為的に歪められたシステムとは元型シンボル的に見て、あらゆる点において対極にある人間の生き方の輪郭を描くものなのだ。

 ちょうど世紀の変わり目にさしかかっているこの時期に本書が世に出たことと、意識の全般的変革の必要性がひろく認識されていることには明らかな関連がある、との思いを禁じ得ない。本書のメッセージは、有史以前の四千数百年のあいだ、自然の創造的エネルギーと調和し、平和に暮らしていた時代が現実に存在していた、ということである。その後の五千年はジェイムズ・ジョイスの言う「悪夢[『ユリシーズ』のスティーヴン・ディーダラスの発言]」の時代、部族間や国家間の利害の衝突といった悪夢がつづいたが、この惑星は目覚めのときをいま、確実に迎えつつある。──© 2013 Joseph Campbell Foundation

… 繰り返しになるが、この絶筆の「まえがき」が書かれたのは 1987 年。ベルリンの壁崩壊は、その2年後のことでした。とくに最終パラグラフの文章は書かれて 32 年が経過しているいまなお、これを読む者の胸にひしひしと響いてくるものがあります。昨今の情勢を見るにつけ、キャンベルの残した「遺言」はとても重い。

 なお、この拙訳についてもコメントしたいので、それは次回に書く予定 … あくまでも予定 … 。

posted by Curragh at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳の余白に