2020年01月20日

Ghosn is GONE !! 

 年末年始、↑ の方のかなり長め(原文で約6千語)の取材記事を訳出していたちょうどそのとき、ま・さ・か・の海外逃亡劇発生! で、こちらの予想どおり(?)クライアントさんから「悪いけど最短で入稿してほしい」旨の督促が。というわけで、短時間勤務 + こっちの納品で正月どころか、ホントぶっ倒れそうになりました。orz

 で、ワチャワチャしながらも入稿した訳出記事が、やはり年末年始もっとも注目された国内ニュースのひとつなのはまちがいない、ということもあってか、いわゆる「ヤフトピ」にも転載されてました。自分が手がけたこの手の翻訳仕事で「ヤフトピ」さんに転載されるのはこれまでも数回、あるにはあったが、なんせ日本中の人を敵に回したかのようなこのトンデモおっさんのトンずら劇のこと、コメントがハンパない(ずらぁ〜!)。

 こちらがこさえた訳文にはもちろん編集の手が入って、チェックも受けて晴れて掲載、とあいなるのですが、以前にも書いたように「全訳一挙掲載!」のようにとくに断わりのない邦訳記事はすべて「抄訳」扱いになります。だからといって原文を書いた記者ないしコラムニストの言っていること、趣旨じたいには影響のないように微妙なサジ加減はしっかり利かせているので、とんでもなく論旨からかけ離れた、明らかに別物、というのはほとんどないはずです。

 ただ、今回のような急ぎの仕事、たとえば出版系なら映画の原作ものとか「著者来日、緊急出版!!」みたいなたぐいにはある意味しかたないかもしれないが、その限りではない。昔の実例だと『大国の興亡』なんかが代表例かもしれませんが … このへん、翻訳者の仕事を奪うのではと危惧されてもいる AI とか、MT と呼ばれる機械翻訳テクノロジーがさらなる進化を遂げれば、現在ではとうてい不可能な短期間の納期でそれこそ「早い、安い、うまいラーメン」よろしく、「へい、一丁あがり!!」な翻訳商品を仕上げられるようになるのかもしれません。もっとも、どうなるのかはわかりませんけれども。

 転載記事のコメント欄ですけれども、内心、ちょっとドキドキしつつも拝見させてもらいました。で、思ったんですが、記事の内容よりも、日本語版の記事タイトルがお気に召さなかった方がたくさんおられたようでして、「大企業のトップに友だち、ハァ ?! なに言ってんだこの記者、大企業トップが孤独なのは当然じゃんか !!」といったお叱り(?)にも近い指摘がほとんどだった。言っておきますが、タイトルは編集サイドが考案したもの。で、翻訳本のタイトルもほぼ九割は、編集サイドが「売れるように」と知恵を絞って考えだしたもの(Webメディアだと、いわゆる SEO 対策みたいなことになるのかと思う)。で、翻訳者はとにかく中身で勝負、記事本文を、理想を言えば「鏡写しにしたような」日本語訳文に落とし込むのが仕事になる(こちらがまだまだ未熟者なのか、それともよほどの手練れでないと到達不能の境地なのか、いまだに「鏡写し」的な出来栄えとはほど遠いのは日々、反省しきりではありますが)。

 で、みなさんのコメントに目を通しているうちに一点だけ引っかかったコメントがありまして、引用記事はとうに削除の憂き目にあっているものの、ここですこし言い訳をしておきます。

 問題の個所は(下線強調はいつものように引用者)、
この状態は 2020 年以降も続くはずだった。2つの公判のうちひとつが春から開始され、検察と日産の元同僚側は、会計上の広範な不正行為と、企業の資産を私的利益のために横領したと訴える予定だった。対してゴーンの弁護団は、不正行為はいっさいしていないと反論し、自分はルノーとの合併に反対する日産経営陣および日本政府の策略にはめられた被害者だと主張するつもりだった。いずれの公判でも有罪が決まれば、ゴーンは 2020 年代を日本の拘置所で過ごす可能性が大きかった。
ついでに自分が書いたのはこっち ↓
この状態は 2020 年以降も続く。ふたつの公判のうちひとつが春から開始され、検察と日産の元同僚側は、会計上の広範な不正行為と、企業の資産を私的利益のために横領したと訴える。対してゴーンは不正行為はいっさいしていないと反論、自分はルノーとの合併に反対する日産経営陣および日本政府の策略に絡めとられた被害者だと主張。いずれの公判でも有罪が決まれば、彼は 2020 年代を日本の拘置所で過ごすことになるかもしれない。

[原文記事]... These conditions will persist well into 2020, when Ghosn begins the first of two trials for what prosecutors and his former colleagues at Nissan call a pervasive pattern of financial misconduct and raiding of corporate resources for personal gain. He denies wrongdoing, saying he’s the victim of a plot by Nissan executives and Japanese government officials to prevent further integration with Renault. A guilty verdict in either case could put the 65-year-old in a Japanese prison through the 2020s.

「はず」、というのはもちろん、当の本人がズラかったから編集サイドで追加したんでしょう。コメント主の方がミソをつけたのは、「起訴事実に横領はないはず」という点。たしかにそう。でも原文を見るかぎり、かなり強い言い方を使ってます。なのでその「勢い」を伝えたくて、ここはズバリ「横領」、ようするに会社のカネをネコババしたという表現を使ったしだい。

 刑事事件関係に詳しい向きは目くじら立てるところかもしれない。たとえばこちらの記事に書いてあるように、厳密に言えば「横領」と「流用」の定義はちがうし、横領に当たる正式な用語の英語表現は embezzlement になる。でも raiding、つまり「盗み取る」という言い方を使っている以上、さすがに「盗み取った」はキツいので、「横領」という訳語を充てることにした、ということです(名詞の raid には警察のガサいれ、手入れという意味もある)。

 大半のコメントが批判していた「社内に友人がひとりもいない」云々、についても、この記者の書いた記事を読むかぎりでは、いわゆる「なあなあなおトモダチ」という意味ではなく、真の友人、村岡花子訳『赤毛のアン』で言うところの、腹を割って話せる「腹心の友」がだれひとりとしていなかった、危険なまでの孤立状態にあったことも今回の転落の要因ではないか、彼の転落劇は社内の権力闘争という側面だけではなく、カルロス・ゴーンという「個人」に起因する要素も多々あるのではないか、という結論で終わっていたので、「読者第一号」としてこの原文記事を読み取ったかぎりでは、「この記者、なに言ってんの?」みたいな気持ちは微塵も湧かず、共感しかなかった。どころか、サウジルートだのオマーンルートだの、ただでさえ時間ないのに事実確認に追われるうちに、マジでこのおっさん「金の亡者だわ」、「やることがあまりにセコいずら !!!」としか思わんかったのも事実(苦笑 × 九層倍)。

 書き手を擁護するわけではないが、この記事は典型的なアメリカジャーナリズムが感じられる良質な取材記事だと思う … それが「ヤフトピ」に掲載された「抄訳」でどれだけ伝わっているか … という点はなかなかむずかしいかもしれないけれど、少なくとも煽情的タイトルで耳目を引きつけるだけのヘッポコ記事ではない、ということだけは、この記事を書いた記者の名誉にかけて言えるかと思います。

 … しかしそれにしてもこのゴーンという人は、なんだろう、ホントにハリウッド映画化なんて実現できるとかって思ってんのかな? スペインの新聞の取材でなぜ大晦日を狙って脱出したのかと問われ、「人々がのんびりと休暇やスキーに行く時期でいいタイミングだった」と自画自賛するようなお人。こういう人に違法な出国を許したほうもほうですが、情けないのはテロリストとか水際で防がないといけないところを「音響機器ケース」ごと突破されたこと。常識的に考えれば、これは国際刑事事件のみならずゆゆしき外交問題事案でもあるわけでして、それなのに突破された国の政府を代表する人間が「… 神奈川県のゴルフ場着。… 名誉顧問らとゴルフ」、「六本木のホテル内 ×× フィットネスで運動」、「『決算! 忠臣蔵』を鑑賞」、「午前中は来客なく、東京で過ごす。午後も来客なく、私邸で過ごす」…… こんなのほほんとした正月気分でいて、ほんとに大丈夫なんでしょうかね。今年はいよいよ世界中から人間がわんさとやってくる年なのに。

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2020年01月13日

「ボージョレの帝王」、逝く

 仕事が立てこみなにかとワチャワチャし、また世界的にもトンでもない事件や国際情勢の緊張などがたてつづけに発生するという前例のない子年の正月。そんななか、ジョルジュ・デュブッフさんが亡くなられたとの報が入った。享年 86 歳。

 ボージョレ・ヌーヴォーは世界でいちばん、理屈抜きに呑んで楽しいお酒だと思う。そのヌーヴォーの楽しさ、すばらしさをデュブッフ・ブランドで証明した功績は、まちがいなく長く語り継がれていくと思います。

 じつはメル友だったフランスの方が一昨年に亡くなったのですが、その方にデュブッフのボージョレ・ヌーヴォーのことを書いたら、「彼は作り手じゃナイよ」とたしなめられた。たしかにデュブッフさんは葡萄栽培農家ではない。デュブッフさんが自身の名を冠した会社はいわゆるネゴシアンで、その会社で契約農家から集めた原酒をアッサンブラージュ、つまりウィスキーで言う「ブレンド」を行っていたのがデュブッフさんだった。ようはブレンダー、それも名伯楽と言えるような、他の追随を許さない嗅覚、味覚の持ち主だった。有名レストランのポール・ボキューズのお墨付きを得たのち、デュブッフ・ブランドのボージョレは世界的に知られるようになり、リヨン地方の地酒でしかなかったこのガメイの醸造酒のステータスも飛躍的に向上、いまや世界のワイン好きが毎年 11月になるとここの新酒を首を長くして待つというのが当たり前になった。

 フランスワインの消費量は右肩下がりみたいですが、ボージョレワインが大好き、という日本の呑助さんはきっと多いはず。ボージョレワインの生産業者はじめ、故郷ボージョレに果たした貢献は計り知れません。

 デュブッフさん、ありがとう! 某コンビニ向け商品として、最後に醸してくれたボージョレヴィラージュ・ヌーヴォーを呑みましたが、心躍るような芳しいアロマ、ブーケのすごいこと !! 翻訳やライティングの仕事の合間に口にした 2019 年ヴィンテージのデュブッフさんのボージョレ・プリムールは、ほんとうにうまかった。Merci beaucoup, M. Dubœuf !!! 

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posted by Curragh at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | おくやみ