2020年02月17日

'Some things are stronger than blood.'

 先月と今月、劇場の「サービスデイ」にて『スター・ウォーズ』サーガの最終エピソード、「スカイウォーカーの夜明け(もちろん「字幕版」で)」を観てきました。きみまろさんじゃないがこれでもかれこれ 42 年、日本初公開作だった「エピソード4 新しい希望」以来、『スター・ウォーズ』シリーズはずっと映画館で観てきた口なので、「ああ、これでやっと終わったか」という安堵のほうが大きかったりする。壮大な物語の結末を生きて見届けることができて、まずは感謝、といった気持ちが正直なところ。

 で、のっけからなんですけど、なんですかコレは、え? みたいな話の展開。銀河帝国元皇帝パルパティーンが生きていたですと ?¿! おなじみのタイトルロールからして 'The dead speak!' なんて思わせぶりな一文で、すべてちゃぶ台返し(古いか)で始まった感じ。でもよくよく見ると当のパルパティーンはなにやら生命維持装置みたいな機械にスパゲティ状態でつながっているわ、白目むいているわで、いわゆる living dead、生ける屍状態なのかしらとも思った。どうもシスのアジトのエクセゴルという惑星は、シスのカルトたちがパルパティーンのクローンかなにかを用意していて、マスター・ルークの父親アナキン・スカイウォーカーにもどったダース・ヴェイダーによって第2デススターの底なしリアクターシャフトに投げ落とされ、「自爆」したはずのパルパティーンの「霊魂」をこっちの不完全なクローンに転送した … のかもしれない(あまりに唐突な展開だったので、作中のレジスタンスの科白などから推測するにどうもそういうことらしい)。で、このゾンビなパルパティーンはその証拠にラスト近くで「ほんらいの自分」を取りもどしたベン・ソロとレイの若いふたりからエネルギーを「吸い取って」パワーアップ。しかもいつの間にか生命維持装置を離れて自分の足でしっかり立って、はるか上空に展開するレジスタンスの船団に向かって強烈な電撃攻撃を仕掛けたりする。

 今作はワタシのようなオールドファンから見ると、懐かしい科白があっちこっちで顔を出していたり(「イヤな予感がする['I have a bad feeling about this.']」、「フォースのダークサイドは超常的にも思える多くの能力に通じておる['The dark side of the Force is a pathway to many abilities some consider to be unnatural.']」とか)、これまでの要素ぜんぶ出しの大盤振る舞い、みたいなファンサービス? も観ていて感じましたね。

 このシリーズでは超有名な「フォースとともにあらんことを['May the Force be with you.']」のような印象深い科白、心に刺さる名科白がたくさん生まれてもいますが、最終章ということだけあって、今作もまたけっこう印象的な言い回しが多かった気がする。たとえばルークがレイに語りかけていた場面で出てくる「血のつながりよりも強いものがある('Some things are stronger than blood.')」、かつての同盟軍将軍ランド・カルリジアンの「われわれには仲間がいた。だから勝てた['We had each other. That's how we won.']」、C-3PO が全記憶を消去される直前に繰り返した「この作戦が失敗すれば、いままでやってきたことすべてが無になってしまう['If this mission fails, it was all for nothing. All we’ve done. All this time.']」とか。

 あとやはり「自分はシスのすべて」だと言い放つパルパティーンに対し、「わたしはジェダイのすべて」だと言い返したレイとの直接対決が印象に残ったかな。フォース+「それまでの戦いで斃れた全ジェダイ騎士の霊」とに支えられて「立ち上がった」レイが、ベンから受け取ったレイアのライトセイバーとルークのセイバーとを「十文字」にして立ち向かう。またしても自分の放った強烈な電撃をハネかえされ、逆にそれをモロに喰らって、なんか最後はシェイクスピアに出てくる 'hoist by one's own petard' という表現そのまんまか、あるいは断末魔を上げつつ吹っ飛んでしまうパルパティーンの正真正銘の最期の描写が、まるで古代ギリシャ悲劇もどきにも思えたり。ついでにエクセゴルのパルパティーンのいた場所ってずいぶん地下深く、というか地底王国の最深部みたいなところでしたね。あれなんかもたとえばダンテの『神曲 地獄篇』っぽい感じがしないわけでもない。中世ヨーロッパでは「ルシファー[Lucifer、もとは「光をもたらす者」の意]」がいた場所が地上楽園の対蹠地にして当時考えられていた地球の最深部に位置するインフェルノ、火炎地獄だったけれども、エクセゴルのシス拠点は「光をもたらす」とは真逆の闇の深淵。このへんも、どこかメタファー的な描写手法、のような解釈も可能かと思う。

 で、今作のストーリーとまったく関係ない余談ながら、レイがシスの権化たる自分のじいさん(!!!)をやっつけてしまうシーンは、これまたどっかで観たことがあるような … そういえば昔、ドラキュラ伯爵とその宿敵、ヘルシング教授との対決が、まさしくこんな感じだった。なんでかってあの「十文字」に結んだライトセイバーがね …… で、かつてドラキュラ役で出演した故クリストファー・リーと、ヘルシング役の故ピーター・カッシング、お二方ともなんと、『スター・ウォーズ』シリーズにしっかりと出ているんですよね。カッシングについては、旧帝国軍のターキン提督役を覚えている向きも多いと思う。

 いろいろ映画の感想とか拝見しますと、「けっきょくパルパティーン家 x スカイウォーカー家」の対決の系譜に全銀河が巻き込まれただけじゃん、みたいな見方もあって、たしかにそういうふうにも見えるかもしれないけれども、むしろこの「エピソード9」でもっともつよく訴えたかったのは、やはり 'Some things are stronger than blood.' だったのではないかと。そして『サンシャイン!!』じゃないけど、最後の最後まであきらめないってことですかね。個人的には「ダース・プレイガス」とかも登場してほしかったところ。お話としてはこれにて完、でこれはこれでいいとは思うが、なんかこう消化不良感が否めない。パルパティーンの復活からしてそうですし。それとミディクロリアン云々 …… なのかはわからないが、死んだはずの人間がよみがえったりとスペースオペラのはずがどことなくオカルトっぽい脚色も感じられて、「はて、『スター・ウォーズ』シリーズってそういうのだったっけ?」というのも率直な感想としてはありました。どうせここまで踏み込むのならプレイガスあたりにもなにかひと言、しゃべらせてもよかったのでは、とつい思ったり。もっともストーリーじたいはとてもすばらしいと思っているので、「再・続編制作決定!!」っていうのはナシでお願いしますぜ旦那(とても体がもたないので、これ以上はカンベンして)。それとジャナという若い女性戦士、ひょっとしたらランドの娘? かもしれませんねぇ。

 最後に、邦題の訳について。原題の The Rise of Skywalker は ↑ でもそれとなく書いたように、レイがいまは亡きジェダイの騎士たちの声に支えられ、力を得て「立ち上がる」ことを表現したものですが、ではなぜ「夜明け」とまるでイメージの異なる訳語を与えたのか? 最終シーンはルークの育った砂の惑星タトゥイーンに沈む双子の夕陽ですし、なぜ、とも思うんですが、「《夜明け》で行こう」となるまでにはそうとうな紆余曲折があったはずで、当事者はタイヘンだったと察します。「スカイウォーカー、立ち上がる」ではとんとイメージが湧きませんし、じゃどうするか。ジェダイの再興 ⇒「黎明」⇒「夜明け」⇒「新時代の到来」、古い世界が滅んで新しい「夜明け」がレイ・スカイウォーカーとともにやってきた、みたいなイメージ戦略だったのかなと思ったんですけど …… ちょっと気になったもので。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるん

posted by Curragh at 04:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画関連