2020年03月30日

ハラリ氏の FT 寄稿コラムについて

 けさ、コメディアンの志村けんさんの訃報に接して──みなさんそうでしょうけど──病歴や年齢、ヘビースモーカーでもあったことを思って案じてはいたんですけど、やはりショックを受けています。「オレみたいになるなよ! みんなはだいじょうぶかぁ〜〜 !!」と、身をもって警告しているのかもしれません。合掌。

 … 警告、ということでは先週、大急ぎでと言われて渡されたのが、こちらの原文記事。寄稿した先生は、世界的ベストセラーにもなった労作を世に問うたイスラエル人歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏。原文は見てのとおりきわめてやさしく書かれていて、とりわけ新聞とか目を通さないであろう若い人にも読んでほしくてこれ書いたのかな、と思うほど論旨明快、主張されていることもしごくまっとうで、不遜にもこれはぜひワタシがやらねば、という意気込みのままいっきに訳出した、という感じで作業を進めました(英語の先生らしい方の、高校生のみんなもぜひ読んでみて、という趣旨のツイートも見かけました。ワタシもまた、英語の得意な生徒さんは学校もお休みだろうから、ヒマ持て余してるくらいならハラリ氏の原文をじっくり読まれることをつ・よ・くオススメしたい。アドヴァイスとしては、いわゆる「一語対一語」ではなくて、あくまで前後関係、むずかしく言うと「コンテクスト」で文意は決まるので、パラグラフ・リーディングというのを意識して読んでみてください。何度か目を通しているうちに、「そうか、わかった!!」っていう瞬間が来るでしょう。で、「ハラリ先生の英文がオラにも読めた!!」ってなればしめたもの。あとは興味の赴くまま、ペーパーバックでもなんでもいいからとにかくいっぱい読んでみることを、そのつぎにオススメしておきます)。

 で、新年早々、まだ COVID-19 が話題にものぼらず、よもやこんなパニック・恐慌状態に全世界を陥れようとはつゆほども思ってなかったころに海外逃亡した例の方の原文6千ワード超の記事をせっつかれて訳していたときの記事でも書いたように、やはりこちらもヤフトピさんに取り上げていただいた。それはよかったんですけど、レバノンに逃れた人の記事以上のものすごいコメント量にこんどは圧倒されて、あらためて翻訳という仕事の責任の重さを痛感したしだいです(もっともっとがんばらないと …)。

 それで、こんなこと告白するとあんまりカッコよくないんですけど、原文には突拍子もない比喩もなければシェイクスピアや聖書の引用もなくて(なんたってイスラエルの人ですし)、たしかに平易に書かれてあるとはいえ、訳語選定でもっともアタマを悩ませたのが、'empower/ empowerment'。コラム後半部でもっとも重要な主張のひとつであり、キーワード的なこの用語、いろいろ考えたんですけどなかなかすんなり・しっくりくる日本語に思い当たらず …… 編集サイドに迷惑がかかるかもと後ろ髪引かれる思いで、そのままカタカナ語表記でいくことにした。

 コメント欄見たらやはりそのことを指摘されていた読み手の方がいて、こちらはアタマ掻きつつ読ませていただいた。断っておきますけど IT 系やすでにカタカナ語化している外来語ではない、こなれていない横文字語はきょくりょく、日本語表記化するというのがいちおう、自分のスタイルなので、これは忸怩たる思いが残った。いまはやりの「民度[を向上させる、など]」というのもよぎったんですけど、民族主義的なかほりがイヤだったんで、ボツ。個人の力・権利・能力・リテラシー……ようするに、全体主義中央集権的「総監視国家、総監視社会」を選ぶのではなく、個々人の持てる力を底上げすべきだ、ということなんですけど……。なおこの点に関して、やや理想主義的かもと感じたりもしたが、主題が現下のパニックな状況をどうサヴァイヴするのか、というのではなく「その後の世界はいったいどう変わってしまうのか」、コロナ後に人類が生きる世界はどうあるべきかを考察しているので、「どっちを選ぶかと言われたらみなさんどっちをとる?」という流れで書かれているのだと(訳した本人は)解釈した。

 そのときは気づいていなかったが、この手の話題の書き手によるコラムが掲載されると案の定、腕に覚えのある方が率先して訳を起こし、公開していたことも拙訳記事公開後に知った。あいにく、「オフィシャルな邦訳が出たから」という理由でご自身の訳は引っこめてしまわれたみたいですが、版権の関係はたしかにあるけど、個人訳であっても前半だけなら大丈夫ではないでしょうか。前から繰り返して言っていることだけれども、翻訳っていうのは「100 人いれば 100 とおりの翻訳ができあがる」もの。いろんな人の、いろんな訳が読めるほうが数倍、楽しいと思うんですけどどうでしょうか(なお全体主義関連では、こちらの邦訳本もおススメします)。

 と、そんな折も折、NK 新聞が独自訳? をぶつけてきたらしい。出版翻訳の場合、「日本語翻訳権は版権を獲得した一社のみ」で、ほんらい他社からは出せないはずなんですけど、この手の洋新聞や洋雑誌の電子版記事や寄稿コラムのたぐいは権利関係の扱いがどうなってるのか、よくわかりません。こちらはただ、「つぎ、これ訳してね ♪ 」と言われて引きこもって黙々と訳を起こして〆切日までに納品する、というのが仕事なんで。

 先方に怒られるかもしれないけど、ハラリ氏の寄稿コラムの冒頭部のみ、拙訳版と NK 版訳とを並べておきます。冒頭部のみなのは、サブスク契約会員限定記事のため(拙訳版は、ヤフトピさんの転載記事をそのまま引いてます)。
ハラリ氏の原文:Humankind is now facing a global crisis. Perhaps the biggest crisis of our generation. The decisions people and governments take in the next few weeks will probably shape the world for years to come. They will shape not just our healthcare systems but also our economy, politics and culture. We must act quickly and decisively. We should also take into account the long-term consequences of our actions. When choosing between alternatives, we should ask ourselves not only how to overcome the immediate threat, but also what kind of world we will inhabit once the storm passes. Yes, the storm will pass, humankind will survive, most of us will still be alive − but we will inhabit a different world.

拙訳:現在、人類は世界的な危機に直面している。我々の世代が経験する最大級の危機だろう。
この先の数週間、人々や政府の下した決断が、今後の世界のあり方を決定づけるかもしれない。その影響は医療制度にとどまらず、政治、経済、文化にも波及するだろう。決断は迅速かつ果敢に下されなければならないが、同時にその結果として生じる長期的影響も、考慮すべきである。
どんな道を選択するにせよ、まずもって自問すべきは、直近の危機の克服だけでなく、この嵐が過ぎ去った後に我々の住む世界はどうなるのかということだ。……

NK 訳:人類はいま、世界的な危機に直面している。おそらく私たちの世代で最大の危機だ。私たちや各国政府が今後数週間でどんな判断を下すかが、今後数年間の世界を形作ることになる。その判断が、医療体制だけでなく、政治や経済、文化をも変えていくことになるということだ。……

 …そしてハラリ氏の名コラムとはまるでカンケイないことながら、同氏の全著作を訳しおろした先生は個人的に存じ上げている。はじめてそのお姿を拝見したのは、たしか翻訳関係の授賞式だったような(記憶があやふやで申し訳なし)。……あれからウン十年、憧れの先達と、それもまったくおなじ原著者の手になる寄稿コラムをよもやこんなかたちで訳す巡りあわせになろうとは。翻訳、とくに文芸ものの翻訳ってたしかにおカネにはあまりならない、日陰仕事ではあるかもしれない(もしワタシが特許関係の翻訳の資格を持っていたら、まちがいなくおカネになるのはそっちなので、そっちをメインにやっていたかもしれない)。でも、ヘタのなんとかではないけど、なんでいままでつづけてこられたか。それは μ's の矢澤にこじゃないけど、「翻訳が大好きだから」。だから、いま将来に見通しが立たなくて絶望している若い方に対して、前にも書いたことながらおなじことをふたたび言いたい ── こんなこと言うとまたしても怒られそうだけど、ワタシだっていつ斃れるか知れた身ではないから、いまのうちに ── 生きていれば、きっといいこともありますよ。だから、とにかく生きてください。

posted by Curragh at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳の余白に

2020年03月09日

沈黙の春 2020

 世界保健機関(WHO)のお偉いさんが、「新型肺炎ウィルス[COVID-19]の世界各地における epidemic な流行のため、医療用マスク供給に数か月の遅延が発生している。だから "widespread inappropriate use" はやめるように」と、記者会見で発言していたらしい(誤解なきようここでも断っておきますが、今回の事態はまだ世界的大流行、つまり pandemic ではなく、リンク先記事にもあるように現時点はまだ "the coronavirus epidemic" にとどまっている。世界における COVID-19 のリアルタイムの状況についてはこちらを参照)。

 こんな物言いを聞くと、世界的なマスク不足がなんかワタシのような花粉症持ちの人間のせい、みたいな言い方のようでちょっとどうかと思ったり。メディアもメディアで、このエチオピア人の WHO トップのとなりに座ってたライアンという人が、「マスクをしたって予防にはならない」と発言しただけなのに、なぜかマスクは不要なのかという、「マスク不要論 / 役に立たない説」に加担しているしまつ(そうは言ってない)。

 基本的に欧米の人ってよっぽど具合が悪くならないかぎり、マスク着用の習慣がないし、もしマスクつけて外を歩けば、とたんに白い目で見られる国がほとんど(聖ブレンダン関係で大のアイルランドびいきだけれども、この件についてはおそらく似たかよったかでしょう)。

 前出の「ガーディアン」記事を見るかぎり、この発言は「医療従事者でさえマスクや防護服が足りなくてたいへん困っているから、ほんとうに必要ではない人は使用するな」という趣旨だったことがわかる。なのにメディアやワイドショーではさも「WHO トップが《マスクは不要》と言っているが … 」みたいな振り方をしている。fake news ってこうして始まるんですな。

 新型肺炎騒動は収束するどころか、世界経済全体にも暗い影、『スター・ウォーズ』シリーズじゃないけどまさしくPhantom Menace となって覆いはじめた感がある。専門家でさえ意見が1週間前と後で変わってたりして、とにかくシッポをつかむのがこれほどむずかしい、タチの悪いウィルスははじめてだ。そうは言っても、いくら SARS の経験が日本国内でなかったからとはいえ、SARS 禍を経験済みの台湾[中華民国]はそれなりに成果を上げているのだし、日本ももっと学ぶことはあると思う(ついでに、いまのお医者さんはかつての肺結核も含め、感染症の恐ろしさを肌身で知らない人がほとんどだということも、対策が後手後手に回った一因かと個人的には感じている)。

 今回、こうした事件が起きてもっともつよく感じたのは、人間という動物の本性。自他ともに認める西洋かぶれでさえ、たとえばローマのサンタチェチーリア音楽院の院長みずから、「東洋人学生のレッスンはすべて停止する」旨の通達を出した話にはポカンと口が開いてしまう。ふだんはオクビにも出さないくせに、いざこういうことになると手のひら返して「ウィルスだ、ばっちぃ !!」とわめきたてる大衆。もっとも人種偏見は日本人も人のこと言えないから、こういうときはあるていど起こることなのだろうが、言われたほうはたまったもんじゃない。

 また、こうした浮足立っているときは必ずと言ってよいほど、根拠のないデマが流れる。今回もまたしかりで、いつぞやの石油ショック(!)よろしく、トイレットペーパーがまたぞろ店頭から消えた。なんでこうなるのか、ホントこちらの理解を超えているのですけれども、歴史を顧みれば、とにかくこういうことが繰り返されてきた(メアリ・ヒギンズ・クラークのスリラー小説『子どもたちはどこにいる』に、ほぼ 100 年前にパンデミックを起こしたインフルエンザ「スペインかぜ」のことが出てくる。よもや 100 年後にこんなことになろうとは …)※。

 こういう「不安な時代(ハイドンの作品に、『不安な時代のミサ』というのもある)」に決まってぞろぞろ現れるのが、デマゴーグ、そして火事場泥棒を働く者たち。たしかに首相の判断はクソだった。なにいまごろ入国規制してんだよ。ごもっとも。でも、あなたはどうなんですか、という問題も忘れてはならない。個人を責めてるんじゃない。たとえば仕事ならしかたないところもあるが、この時節柄に遊びでとなりの国に行ってきて、いざ帰ろうとしたら日本政府側から足止めされて困った、とはどういうことか。門外漢にはまるで理解しがたし。自分ごととして考えてないからなんでしょうね。

 30 年くらい前だったか、パレスティナとイスラエルがドンパチやっているその「戦闘」のただなかに、これまたなぜか? 日本人の新婚さんらしいカップルがふらふらっとやってきた。それまで撃ちあっていた双方の兵士が呆気にとられ、なんとも間の抜けた空気が流れた「珍事件」があった、という話を読んだことがある。ホントかどうか、確かめようがないけれど、もしこれが事実ならばこの話ほど日本という島国に生まれ育った人間の本質があぶりだされている話もないではないか、って思う。はっきり言いますが、いまこのときに、人類にとって未知の新型感染症が地域的流行を起こしている国や地域に行くべきなんでしょうか? 他者を責める前にいま一度、よくよく考えてくださいね、というのがウソ偽りない気持ちではある。

 子どもたちも気の毒だし、なんたって受験シーズンを直撃した今回の新型ウィルス禍。春のセンバツをはじめ大相撲やマラソンが縮小開催されたり、人の集まるイベントは軒並み中止、まるで9年前のあの日のようだ(原発処理もまだまだなのに…)。その追悼式典まで中止になってしまった。

 はやく混乱が収まることを祈るしかないが、最後に、日本とおなじく一斉休校措置となったミラノの校長先生が、イタリアの文豪アレッサンドロ・マンゾーニを引いたメッセージには胸を突かれる思いがした ──
外国人に対する恐怖やデマ、バカげた治療法。ペストがイタリアで大流行した 17 世紀の混乱の様子は、まるで今日の新聞から出てきたようだ」。

※ …… 引用書名をカン違いしていたため、悪しからず訂正しました。
posted by Curragh at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから