2020年07月19日

オルガンが丸焼けに

 …arson、だそうです。フランス西部の港町で、近年は「ラ・フォル・ジュルネ」音楽祭発祥の地としても知られているナントの「サンピエール・サンポール大聖堂」の火災。放火犯はてっとり早く燃やそうと、木製部品だらけの大オルガンに火を放ったようです(海外の速報記事とか見ると「会堂内3箇所から火の手があがった」というから、オルガンは出火場所のひとつということになる。なお日本語版記事には「破損」とあるけど、全焼しているから、「全壊」と書くべきだろう。手を加えて修理できるレベルの話じゃないですわ! ちなみにこの楽器、4段手鍵盤と足鍵盤 / 実動 74 ストップの威容を誇る、教会オルガンとしてはかなり大型の部類に入るものだったようです)。

 どこのどいつがこういうバカげたことをしでかしたのかはまだわからないし、それについてとくに喋々するつもりもない。ただ、昔からこういうことは意外にも(?)繰り返されてきた、というのもまた事実なんですね。もっとも顕著な例ですと、18 世紀後半に勃発したフランス革命とその後の動乱期。ちょうどこのときは、王侯貴族と教会権力の失墜とともにオルガンとオルガン音楽そのものの「価値」がブラックマンデー顔負けに暴落して、オルガン音楽がクラシック音楽のメインストリームから脱落する時期とぴたり重なっている(それを言えば、かつての王侯貴族に付き物だった鍵盤楽器クラヴィチェンバロ / クラヴサンもそう)。フランスは基本的にユグノー、すなわちローマカトリックの国なので、このとき各地のカトリック教会、とりわけ司教座付き聖堂(大聖堂)は目の敵にされ、略奪されるわ放火はされるわ狼藉の限りを尽くされ、オルガンの金属パイプ(鉛と錫の合金、ようはブリキ合金)は引き抜かれて溶かされ建築資材にされるわで、オルガン音楽好きからしたら目を覆いたくなるような惨状だった[ → AFPBB サイトの速報記事]。

 オルガンの受難は海峡を挟んでお隣りのイングランドでも似たかよったかでして、こちらはもっと早く 17 世紀に起きた内戦、世界史で言う「ピューリタン[清教徒]革命」前後数年の混乱に乗じて、おなじキリスト教徒のくせに清教徒側が「なんで会堂内にモーセの禁じた偶像やら金ピカな贅沢品があるんだ、聖書の教えと違う!!」と狂信者心理だか群集心理だかなんだかわからん烏合の衆的ポピュリズム的暴徒と化した連中が、やはり未来の隣国同様のことをやらかしている。大聖堂の貴重な聖遺物や代々受け継がれてきた宝物、絵画・彫刻といった芸術品、そしてもちろん、いちばん目立つオルガンが標的になった。でもオルガンをバラして燃やした、のではなくて、他の用途に転用したことが多かったようです(「革命」と名はつくが、約1世紀あとの市民革命とはそもそも目的が違う)。また、暴徒が押しかけてくる前にひそかに解体されて「疎開」し、ロンドンから遠く離れた片田舎に保管されて難を逃れたオルガンも少数ながらあった、という話もあります(どこの楽器だったか失念したが、たしかアルプ・シュニットガー建造の歴史オルガンの中にも、第二次大戦の爆撃を避けて解体され、疎開した楽器があったはず)。

 昨年のいまごろ、パリのシンボルたるノートルダム大聖堂の尖塔部分や屋根などが失火で焼失したときもたいへんなショックだったが、このときは不幸中の幸いで、有名なカヴァイエ=コル建造の歴史的楽器はほぼ無傷ですんだ。火災後の聖堂内を映した動画を見ながら、「ウン、……オルガンはダイジョウブみたい」と、東京芸術劇場の「回転」オルガンを建造したオルガンビルダーのマチュー・ガルニエ氏が NHK のニュース番組で心底ホッとしたような表情を浮かべて話しておられた姿がいまも思い出される。ナント大聖堂のこの歴史的楽器もいずれ再建されるだろうが、この楽器が持っていた400年という歴史の重みは、紅蓮の炎に焼け落ちる背後のステンドグラス絵と同様、この世界から永遠に消滅した。

posted by Curragh at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから