2021年03月31日

サクラバイバイ

 伊豆半島の主要道のひとつ国道 136 号線をそのまま南進すると、伊豆市(旧天城湯ヶ島町)の「出口」交差点で西に折れ、駿河湾へ向かって船原峠を越えていくことになります。かつては交通の難所でしたが、いまはバイパスがあるから短時間でスムーズに西海岸の伊豆市土肥(とい)温泉側に抜けることができます。

 バイパスの最後のトンネルを抜けて土肥新田地区に入ってまず目に飛び込んでくるのが、ソメイヨシノのみごとな並木。反対側の山側には、「グリーンヒル土肥」というお食事処があって、搾りたての新鮮牛乳を使ったソフトクリームが名物です。

 いま(3月 31 日時点)、そこのソメイヨシノ並木がちょうど満開なんですが、近いうちにすべて伐採されることを知りました。

 じつはこのソメイヨシノ並木、2007 年秋に地すべりを起こしてしばらくの間全面通行止めになり、地元の人はたいへんな難儀を強いられた場所にある。そのときの復旧工事はおもに山側の地すべり運動を止めるための工事だったので、並木は一部が伐られただけで、ほとんどはそのまま残りました。

 しかし昨年夏ごろから、こんどは山側ではなく海側の路肩がズルズルとズレはじめた。つまり、ソメイヨシノ並木を乗せた斜面全体が滑り始めたわけです(伊豆半島ジオパーク的には、あのへんの地質は「更新世の大型陸上火山時代」に活動した棚場山火山の噴出物でできている。棚場山は半島の基盤岩である変質安山岩系の湯ヶ島層群の上に乗っている)。

 いちおう、応急処置はしてあるのでいまのところ通行には問題ないけれども、いつもインスタでここからの夕景とか楽しませてもらっている方から、近日中にソメイヨシノの伐採が始まって、今年がほんとうの見納めになる、と聞かされました。

 もし現下のような状況でなかったら、おそらくワタシもホイホイ撮影に行っていただろうけれども、いまはインスタを開けば、有名な撮影ポイントはだれかが必ず「映え」な写真を残して公開している時代。なので極論すれば、べつに自分なんかが行かなくたっていい。自分の「分身(alter ego)」であるその人たちにお任せしておけばいい。いつぞや読んだ、ジョージ・ミケシュの旅行記本じゃないですけど。

 とくに風景写真系は、おのおのが「ホームグラウンド」的なお気に入りポイントを持っているから、この目で見に行けないのは残念ながら、以前の自分が感じていたほど、「撮りに行けなかった」ことによる後悔というのはほとんどない。べつに写真や被写体に対する passion とか思い入れがなくなってきたから、というわけじゃないですよ。自分ではないだれかさんが、必ずやすばらしい作品として半永久的に残してくれるだろうという、インスタを含めたオンライン写真共有全盛時代にありがちな期待(いや、錯覚? 錯視?)のほうが強くなっている、と言ったほうがいい。このへんのことも含めて、マーケテイング云々ではない、写真論としてインスタを論じた本とかないのかなん、と思うがどうもないようで。

 しかし土肥新田のソメイヨシノ並木っていつからあるのかな? たぶん 136 号線が開通した当初に植樹されたものだとは思うが。そんなこと考えていたら、かつて八木沢地区にあったソメイヨシノ並木のこととかも思い出した。そちらの並木も満開になるとどこを向いてもピンクでホントすごかった。文字どおり「桜のトンネル」。しかしそれも 40 年ほど前に行われた拡幅工事でほとんど消えて、いまはそのごく一部しか残っていない。ただ、すぐ近くの丸山公園には「土肥桜」の原木というのがあって、こちらは数年前に一度だけ撮りに行ったことがある。濃いピンクの花がとても印象的でしたね。

 ソメイヨシノにも寿命がある。加えてソメイヨシノに限って言えば、あれはすべて同一の親の分身、つまりクローンなので、老木になるといっせいに枯死する可能性がある。全国どこのソメイヨシノも同じです。だから、あまりソメイヨシノにばかり肩入れして感傷的になるのはよくないだろう。もともとそこに生えていた自然植生でもなければ、極相林でもないし。それに平安時代まで「桜」と言えば、目にもさやかな若芽とともに花を咲かせるヤマザクラのほう。ワタシもヤマザクラがいっせいに咲いた、「山笑う」光景が大好きときている。

 …… とはいえやはり寂しい気持ちには変わらない。道路が完全に復旧したら、あらたにヤマザクラとかも混ぜて、また桜並木を復活させてほしい。

2021年03月17日

貴重な音源が聴けてうれしかった話2題

1.この前の「古楽の楽しみ」、今谷和徳先生の回で「16 世紀イングランドの音楽」というのをやってました。イングランドの古楽の作曲家でジョン・タヴァーナーやトマス・タリスなんかはわりと知られているほうだから、ときおり聴いたことがあるぞという向きも多いかと思いますが、クリストファー・タイだの「イートン・クワイヤブック」に収められた楽曲だのはかなりの通好みと言うか、よほどイングランドの教会音楽、もっと言えばアングリカン(イングランド国教会)の音楽に親しんでいるような人でないと名前も知らないでしょう。そんな古い作品もけっこうかけてくれたから、こちらとしてはいとをかし。ヘンリー8世作曲の声楽曲なんてのもめったに聴けない珍品だから、この手の音楽が好きな人にとっては文字どおり朝から耳のごちそうだったんじゃないでしょうかね。

 そんなアングリカンの作曲家として初日にかかったのが、ウィリアム・コーニッシュという人の宗教声楽曲。じつはこれふたりいて、おなじ名前の親子(父子)なんです。なにぶん古い時代の人なので、史料でさえ父親のほうなのか息子のほうなのかワカラン場合も多々あるようです。「イートン・クワイヤブック」に収録されているのは同名の父の作品らしいけれども、やはりよくわからない。

 今谷先生が紹介されたように、コーニッシュ父子はチューダー朝時代にチャペル・ロイヤルと呼ばれる王室専属の少年聖歌隊長や、ウェストミンスター・アビイ聖母礼拝堂付き少年聖歌隊長を務めていた人だと言われてます。だいぶ前にここでも内容を紹介した手許の本をこれまたひさしぶりに開いて確認すると、「カイウス・クワイヤブック」に収録されている「第8旋法によるマニフィカト」は伝「父」コーニッシュの作品のようで、「グロリア」の終結部(アングリカンで歌われる英語のアンセムでは "... As it was in the beginning, and now, and ever shall be." に当たる箇所)は「テノールとバスの二重唱がひとしきり続いて開始され、複雑さを増しつつソプラノへと上行する」、言い換えれば「天界へと上昇して、天の栄光を賛美する」ように作られているとか。

 「息子」の手がけた世俗歌曲のほうもいくつか現存していて、わりと知られているのが初日にもかかった「ああ、ロビン、やさしいロビン」でしょうか。でも「おーい、陽気なラッターキン」とか「角笛を吹け、狩人よ」とかは寡聞にして知らなかったからなんか得した気分。タイトルどおり肩の凝らない、楽しい歌です。

2.聴けてうれしい貴重、いや希少な音源ということでは、日曜に聴いたこちらの番組も負けてない。なんと、あのヴィルヘルム・ケンプがオルガンを独奏しているのですぞ! それもなんと !! カトリック広島司教区の世界平和記念聖堂に完成したてのオルガンこけら落としリサイタルのライヴ録音(1954) !!! もうたまらんですわ。というか、在庫あるじゃん! No Music, No Life! なワタシではあるが、ここんとこ Aqours の CD しか買ってなかったから、コレはさっそく買わなくては。

 演奏を聴いた印象ですが、バッハの超有名な受難のコラールを使った小品「わが心の切なる願い BWV 727」の場合、コラールの各節の出だしで鍵盤交替してストップ間の音色の対比を際立たせているように感じた(ちなみにこのオルガンコラールは「受難の調」と言われるロ短調で書かれていて、番組後半でも流れたが、ケンプみずからピアノ独奏用に編曲もしている)。こういう演奏ははっきりいって古臭くて、ケンプのバッハ演奏が 19 世紀ロマン派のスタイルをしっかり踏襲していることがわかる。それでもなんと言いますか、えも言えぬ感情が深いところから湧き上がってくるのを抑えることができない。テンポばかりがやったら快速で薄っぺらい印象さえ受ける 21 世紀の演奏スタイルとは格が違うぞ、ということなのか。ヴァルヒャの演奏にも言えるけれども、ケンプもまた精神性のきわめて高い、心にストレートに刺さってくるバッハ演奏であり、バッハの音楽を「演奏(≒翻訳)」ではなく、まんまバッハの音楽がそのままドン! と突きつけられる感じがする。こういう感覚もまた、ひさしぶりに味わいましたね。

 ケンプは最晩年、認知症とパーキンソン病を患っていたようで、95 歳で大往生を遂げるまで演奏活動から何年も遠ざかってそれっきりだった。でも当時高校生だった不肖ワタシも、回想録『鳴り響く星のもとに──ヴィルヘルム・ケンプ青春回想録』という本には深い感銘を受けたものです(ちなみに「鳴り響く星」というのは、ストップを引き出すとくるくる回りだしてかわいらしい金属音を響かせる「ツィンベルシュテルン[英語読みでは「シンバルスター」]」のこと。文字どおりオルガンのプロスペクトを飾る「星」のかたちをしている)。

 そういえばケンプも、尊敬するオルガン奏者のヘルムート・ヴァルヒャも、逝去した年がまったくおなじ 1991 年だから、おふたりとも今年で没後満 30 年になる …… 早いものだ。なんかあっという間の 30 年だったな……などとついみずからの来し方を振り返ってしまう、今日このごろ。COVID-19 パンデミックにあえぐ人間世界を俯瞰して、両巨匠はなにを思うぞ。

posted by Curragh at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK-FM