2024年09月30日

戦後まもない頃に AI 到来を予言していた N・ウィーナー

 せんだって読んだこちらの本。この本を読む前にここにも書いたショシャナ・ズボフの『監視資本主義』の邦訳ももちろんすばらしいんですが、どっちかオススメしろと言われたらアセモグル本のこちらの訳書を推すかな。理由は、いわゆる独自理論臭さがあまり感じられない(歴史的事実にもとづき慎重に考察を論述するスタイルで、ズボフ本に散見されるようなポエティックな箇所もない)のと、読みやすい、という点で。理想的には上記2冊を読んだほうがいいとは思うが、アセモグル本の日本語版は上下巻と分かれているため、そこがとっつきにくいという向きもいるかもしれない。

 ワタシは仕事の裏をとるために下巻をまず読んだんですが、これだけでも読む価値のある本だと思いますよ。とくに好感が持てたのは、いまや子どもでも知ってる AI(人工知能)と、技術革新と民主主義の危機について論じた章。時間のないオイソガ氏さんは、まずはここだけでも目を通すべきかと。

 とくに心惹かれたのは、戦後まもない頃、すでに 21 世紀の AI 天国(?)時代の到来を予言した寄稿文の原稿があると紹介されていたくだり(同訳書 pp. 149−151)です。書いたのはマサチューセッツ工科大学(MIT)教授だったノーバート・ウィーナー(1894−1964)という科学者で、当時勃興しつつあったオートメーション技術を人間の役に立つようなかたちで発展させよ、という「機械有用性」と言われる概念を支持した人。1950 年代に刊行された翻訳技術に関する本に、すでに機械翻訳が英仏語間で試験的に行われていた実例が書かれていた話を以前、ここでもちょろっと書いたけれども、ちょうど時同じくしてこのような原稿が書かれていたとは。ウィーナーの著作や論文には、ズボフ女史の言う「スマートマシン」を想起させる内容も含まれている。

 この原稿についてはこちらの NYT 記事に詳しく書いてあるとおり、行き違いと本人にもはやその気がなくなったというのもあって、原稿が書かれてから 63 年後の 2012 年にたまたまカール・ポパーの調べ物をしていた学者が「再発見」されるまで、ずっと MIT の書庫に眠っていたらしい。しかも日の目を見てから 10 年ほどでシンギュラリティ的展開を見せているいまの世界を書いた御本人が見たら …… きっと嘆息されるに違いない。そういえば OpenAI で退職者が相次いでいるとかっていう話を海外ニュースでも見かけますが、ここの組織はかなり変わっていて、持株会社的な役割の非営利組織の下に OpenAI を含む「子会社」がつながっている、という形態。こういう特殊なかたちにすることで「研究者の暴走」を食い止めている転ばぬ先の杖的な構造に敢えてしているのですが、そんなのもうやめたら? ということでゴタゴタが起きているようです。いままでインターネットやクラウドや IoT などの IT 技術がらみで、こんなことって起きたでしょうか? 今回のお家騒動を見るだけでも、AI 界隈がこれまでとは一線を画する危険性を孕んでいる、ということが門外漢にもわかろうというもの。以下、印象的な箇所のみ拙訳で引用しておきます。
いまや一般人でも、「動力機械ではなく、計算する機械によって成立する機械の新時代が間近に迫っている」ことを良く認識している。この手の新しい機械には、人間の労力や能力を機械の労力と能力に置き換えるというより、かなり高レベルの判断が要求される場面以外の、ありとあらゆる人間の判断に取って代わる傾向がある。このあらたな置き換えが起これば、私たちの生活に多大な影響をおよぼすことはすでに明らかだが、それがどのようなものなのか、一般人は知る由もない。
…… 人間の体の構造にもっとよく似た機械の理解も進み、いままさにそうした機械が製造されようとしている。それらは工業生産の工程全体を制御し、ほぼ従業員のいない工場の実現さえ可能になるだろう。
…… 未来のマシンエイジにわれわれが頼ることになる装置は、そのほとんどが反復的であり、しかも明らかに大量生産方式で製造可能である。
…… 人間と、人間が制御する強力な機関との関係を論じるとき、民話に登場する格言的な知恵のほうが、社会学者の手になる本よりはるかに役に立つ。過去のどの民族においても、「人間は自らの意志に見合った権力を与えられると、それを正しく使うより間違って使う可能性のほうが高く、賢明な使い方ではなく愚かな使い方をする可能性のほうが高い」というのが、賢者と目されていた人びとの共通認識だった。

 …… 然り! としか言いようがない。聖ブレンダンがらみの記事でも似たようなことは何度か言及したけれども、昔の賢者をバカにしてはいけません。滅亡の足音が大きく聞こえてくるのは、まさに過去から学ぶ謙虚さを忘れたときなんです。

posted by Curragh at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本