2014年08月15日

村岡花子訳『王子と乞食』

 今回、新カテゴリを始めました。題して「名訳に学ぶ」。

 直接のきっかけは、故飛田茂雄先生の著書『翻訳の技法 ― 英文翻訳を志すあなたに』をいまごろになってようやく入手したこと。折にふれて先達の「名訳」には言及してきたつもり … だったが、やはりケチつけることのほうが多かったかも、門外漢のくせにね、という反省もありまして、あらためて偉大な先達から翻訳とはいかに、という点を学びなおしてみよう、という趣旨です。英語、とくると、昨今ではなにかと「会話」が重視されがちではあるけれど、Web 全盛時代、スマートフォンでどこにいても外国の、それも英語で表記された情報に文字どおり呑まれているのが現実ではないかな。つまり読む力 / 書く力も大事だってことです。それをもっとも端的に学べるのが、やっぱり人さまの翻訳と原文とを比較照合するという、一見しちめんどくさい作業にこそあるのではないか、とも思います( 飛田先生のこの本については、気が向いたらまたべつの機会に書くかもしれないし、書かないかもしれません … )。

 手始めに、やはりなんだかんだ言いつつも毎回、こぴっと視聴している朝ドラ「花子とアン」にちなみまして、村岡花子訳の岩波文庫版『王子と乞食』を取り上げてみたいと思います! 原作は、もちろん「水深二尋」の、マーク・トウェインですね( 本名はサミュエル・ラングホーン・クレメンズ、この米国の文豪は 1835年、ハレー彗星とともに生を受け、1910年、ハレー彗星とともに世を去った )。取り上げる箇所は、1). 冒頭部、2). 王子エドワードと容姿が瓜ふたつのトム・カンティとがはじめて出会った場面、3). 結末部分からの抜粋( 固有名詞などの表記もそのまま転載して引用。下線強調は引用者 )。
1). 十六世紀もそろそろなかば過ぎようというころのある秋の日、ロンドンに住むカンティという貧乏人の家に、男の子がひとり生れた。それと同じ日に、同じロンドンの市中の、チュードルの宮殿で、待ちに待たれた男の子がうぶ声をあげた。この男の子は、チュードルの一家一族はもちろんのこと、イギリス全土の国民、イギリス人というイギリス人が待ちこがれ、この子に希望をかけ、この子のために朝晩いのり続けたのだから、いま、いよいよ生れたという知らせを聞いて、国中の熱狂はちょう点にのぼった。特別にしたしい交際をしていない者たちまで、だきついたり、キッスしたり、うれし涙を流しあった。だれもかれもみんな仕事を休み、思うぞんぶんのご馳走を食べ、その上に、おどるやら歌うやらのお祭気分がいく日もいく日も続いた。…
 イギリス国中、どこへいっても、うわさはこの子供のことばかり。人びとの話はこのエドワード・チュードル、つまり、自分をいわってくれるこのにぎやかさも、朝ばん自分をお守りしているのが、貴族や貴婦人であることもしらず、( 知ったところで、たいしてありがたいとも感じないだろうが )絹やしゅす地の着物をきせられ、なにもわからず生きている皇太子のことばかりだった。
 それにくらべ、片いっぽうの、ぼろにつつまれたトム・カンティのことは、この子が生れて、喜びどころか、たいへんな迷惑を感じた親兄弟のものたちが、ぶつぶつぐちを云ったほかには、だれひとりトムのトの字も口にする者はなかった

[ 原文 ] In the ancient city of London, on a certain autumn day in the second quarter of the sixteenth century, a boy was born to a poor family of the name of Canty, who did not want him. On the same day another English child was born to a rich family of the name of Tudor, who did want him. All England wanted him too. England had so longed for him, and hoped for him, and prayed God for him, that, now that he was really come, the people went nearly mad for joy. Mere acquaintances hugged and kissed each other and cried. Everybody took a holiday, and high and low, rich and poor, feasted and danced and sang, and got very mellow; and they kept this up for days and nights together ...
There was no talk in all England but of the new baby, Edward Tudor, Prince of Wales, who lay lapped in silks and satins, unconscious of all this fuss, and not knowing that great lords and ladies were tending him and watching over him − and not caring, either. But there was no talk about the other baby, Tom Canty, lapped in his poor rags, except among the family of paupers whom he had just come to trouble with his presence.

2). 「着物は一枚しかないのか?」
 「それよりよけいに持って、なんになりましょう? 身体はたったひとつでございますもの
 「これはどうもおもしろい。ふしぎな理くつだ。いや、ゆるしてくれ、おまえの云ったことを笑うつもりではなかった。とにかく、ベットとナンにはすぐに、着物やつきそいの者をやることにしよう。わたくしのそばの者たちによく云いつけておこう。なに、礼をいうにはおよばぬ。なんでもないことだ。おまえはほんとうによく話をするな。臆せず話すからおもしろい。教育はうけたか?」
 「教育といわれましても、あるのか、ないのか、自分にもわかりませんが、神父アンドリュウという親切な牧師様が書物を教えてくれております」
 「ラテン語を知ってるか?」
 「ほんのすこしばかりならば知っているつもりでございます」
 「ラテン語はおぼえておいてためになるものだぞ。骨のおれるのも、はじめだけだ。ギリシャ語のほうはすこしむずかしいな。けれども、ラテン語もギリシャ語でも、そのほかどこの言葉でも、エリザベス王女だの、ジェーン・グレイ姫には、ちっともむずかしくなさそうだよ。あのふたりのうまさといったら、すばらしいものだ。それはそうとして、オーファル小路の話をきかせてくれないか。おまえたちの生活はおもしろいか? どうだ、トム?」

[ 原文 ] "Their garment! Have they but one?"
 "Ah, good your worship, what would they do with more? Truly they have not two bodies each."
 "It is a quaint and marvellous thought! Thy pardon, I had not meant to laugh. But thy good Nan and thy Bet shall have raiment and lackeys enow, and that soon, too: my cofferer shall look to it. No, thank me not; 'tis nothing. Thou speakest well; thou hast an easy grace in it. Art learned?"
 "I know not if I am or not, sir. The good priest that is called Father Andrew taught me, of his kindness, from his books."
 "Know'st thou the Latin?"
 "But scantly, sir, I doubt."
 "Learn it, lad: 'tis hard only at first. The Greek is harder; but neither these nor any tongues else, I think, are hard to the Lady Elizabeth and my cousin. Thou should'st hear those damsels at it! But tell me of thy Offal Court. Hast thou a pleasant life there?"

3). さて、悲しいことに、エドワード六世は実に短命であった。しかしその短い年月は、まことに生きがいのある生涯で、彼の重臣は一度のみならずいく度も、あまりに寛大な王の性情に反対し、王が修正を加えようとされる法律は、もとのままでも決してひどいものではなく、なにも大した苦痛を人民に感じさせるものではないと論じたことがあったが、その度ごとにわかい国王は、愛情にみちあふれた大きな目に、強いうれいをふくませて、その重臣を見ながら答えるのであった。
 「そちらが苦痛や迫害についてなにを知ろうぞ? 余と余の民は知っているそちは知らぬ
 エドワード六世の治世は、残酷な当時の世にあって、めずらしく仁政のおこなわれたときであった。この若い国王に別れをつげようとしているいま、私たちはこのことばをおぼえて、彼の名を讃美しよう

[ 原文 ] Yes, King Edward VI. lived only a few years, poor boy, but he lived them worthily. More than once, when some great dignitary, some gilded vassal of the crown, made argument against his leniency, and urged that some law which he was bent upon amending was gentle enough for its purpose, and wrought no suffering or oppression which any one need mightily mind, the young King turned the mournful eloquence of his great compassionate eyes upon him and answered−
 "What dost thou know of suffering and oppression? I and my people know, but not thou."
 The reign of Edward VI. was a singularly merciful one for those harsh times. Now that we are taking leave of him, let us try to keep this in our minds, to his credit.

from The Project Gutenberg EBook of The Prince and The Pauper, Complete by Mark Twain (Samuel Clemens)

 村岡さんの邦訳は初版が 1927年 10月 15日、「箱入り、布張のアールデコ調の装丁に、天金が施されている美しい本」*になって当時の平凡社の世界家庭文学大系シリーズとして刊行された。1934年には版元が岩波書店に変わり、戦後まもない 1950年に再刊された。手許の本の奥付を見ると、2013年4月現在で 67刷。ちなみにこの『王子と乞食』、日本ではじめての翻訳本というのが 1898( 明治31 )年、巌谷小波という人によってはじめて世に出た … というのが定説みたいですが、じつはもっと早く、1893年に、山縣五十雄という人がすでに訳を試みているが、これは日の目を見なかった。†

 本日は 69回目の「終戦の日」。こうしてこういうことができるのも、平和だからこそ。約 310万人もの戦没者の存在をけっして忘れてはならないと思う。そういう意味でも、朝ドラじゃないけど「想像の翼」をひろげるというのは、けっして無駄なことではない。むしろいま一番、欠けているのがこの「想像力」ではないか。「想像力の翼」というのは、なにも翻訳を志す人にかぎったことではないはずです。

*... 村岡恵理『アンのゆりかご / 村岡花子の生涯』pp. 220−2.
†... 日本におけるトウェイン文学の受容については、石原 剛『マーク・トウェインと日本 / 変貌するアメリカの象徴』pp. 32−60 を参照。明治期から現代のミュージカルや映画、アニメ作品まで、これほど幅広く論じた本というのはおそらくないと思う。ぜひご一読を。

おまけ:マーク・トウェイン名言集

posted by Curragh at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 名訳に学ぶ
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