2006年09月03日

不幸中の不幸

 土曜日は朝からやぼ用のため出かけてました。帰宅したのは午後。地元紙夕刊を郵便受けから出すと、第一面に?、どっかで見た白い船が。…うすうすイヤな予感がしてはいたのですが、よもやこんなにも早く最悪の結末がやってこようとはまったく想像だにしていませんでした。とにかくいまだに頭が混乱状態で、呆然としています(→報道サイトリンク)。

 Von voyage! と、わりと楽観視して先日あんなことを書いてしまった者としては、舌の根も乾かないうちにこんなことになるとは、もう…。

 いろいろ情報を見ていくと、沼津市側も船の買い取りをしたかったようですね。でも「これはウチの船だから、外野の動きはいっさい関知しない」という徹底した「孤立主義」をつらぬいた伊豆箱根という会社には、けっきょくこの船にたいする敬意とか深い思い入れとかはなにもなかった、ということのようです。なんか裏切られた感じ

 そして自分はグノーシス関連記事でもおんなじこと書きましたが、いわゆる「陰謀史観」という発想を毛嫌いしています。しかしながら串本町沖で沈没す、という一報を伝える夕刊紙面の字面を追ってゆくと、伊豆箱根側のこれまでの対応はどうも腑に落ちない、というか、はっきりいってどうにも怪しい…キナ臭いものを感じるのです

 記事にはこんなことが書いてあるのです。↓

 「調査、移送方法に疑問の声」

 「えい航に耐えられるという判断は正しかったのか」――。スカンジナビア沈没の知らせを聞いた関係者の間からは、事前調査の在り方や移送方法に疑問の声も上がった。…
…(中略)えい航に当たり、伊豆箱根鉄道の依頼で船体の事前調査を行った沼津市内の建設業者は「船体の状態に問題はなかった」とするが、「船体を引っ張れば、係留されている時とは別の力がかかる。検討が十分だったのかどうか」と疑問視する関係者もいる。

 とくに下線部分。なんですかこれは。登記簿上いくら「建造物」扱いだからってズブの素人同然の建設業者に客船の船体調査を依頼するとは言語道断。そしてNHK静岡のニュースでも、伊豆箱根側のコメントはなんとなんと、「予想外の事態になりたいへん驚いている。とても残念だ」などとまるで他人事、船にたいする愛情などカケラも感じられない。

 こちらはてっきり、きちんとした「船舶の専門家」が太鼓判を押した上で、上海まで船を曳いてゆくものと思っていたので、このままあてもなく木負の入江にとどまるよりは故国へもどって第三の人生を歩ませたほうがはるかによい選択肢だろう…と思ってあのように書いたのです(言い訳じみてはいるが)。市長はじめ、市民と、かつてこの船に宿泊した思い出を持つ人たちが大勢見送りにはせ参じたのもおそらくは自分とおなじ気持ちだったからにちがいありません。…ま、いまさらなにを言ってもしょせん自分で植えもしないトウゴマの樹が枯れたと言っては文句をたれる「ヨナ」みたいなものだが、以上のような事柄が事実だとすれば、これってまさか…とどうしても勘繰ってしまう。

 この件について「北欧堂」さんとも連絡を取ったら、伊豆箱根は船を競売にかける前になって、なんと船内の文化財的価値の高い調度品類をあらかた取り払って運び去ってしまった、という内部情報があるとのこと。なんでそんなことするの??? ますます怪しい。

 静岡新聞は地元紙ということもあって、こと地元企業については概して態度が甘くていけません(おっとこれは静岡県政についても言える。裏金作りのときだってもっと追求すべきだった)。これだけ船主の伊豆箱根側に「疑惑」が出てきたのだから、徹底的に叩いたほうが報道機関としての株も上がると思うのですがいかが。

 奇しくもスカンジナビア離岸の翌日の朝刊に、地元出身の女性記者がこんなこと書いてました。↓

 かつて客船として世界の海をめぐり、沼津市西浦で海に浮かぶレストランとして愛された「スカンジナビア」が先日、36年間係留されていた内浦湾を離れた。
 今春異動で地元に戻ったが、事前取材で何度か足を運ぶうち、子供のころ見慣れた風景と何か違うと気づいた。原因は新しく開通したトンネル。出発の日、トンネルを通らず旧道を岬沿いに回ってみた。
 岬の先端を回ると飛び込んできた白い船の姿。「この景色だった」と記憶がよみがえった。
 懐かしさと同時に、旧道を埋めた見送りの車列に感慨を覚えた。さようなら、スカンジナビア。故郷まで安全な航行を。

 …伊豆箱根鉄道はこうした人たちの気持ちをないがしろにした。とにかく今回の悲報に「なんで、どうして??」と思う人すべてにたいして accountability、説明責任がある。

 …こんなことになるのだったらせめて「最後の」見送りに行けばよかった。悔やまれます…。

 …ひとつ言えるのは、欧米、ことにかつて世界に冠たる海洋国家だった英国では、このような海事遺産にたいする一般市民の意識がひじょうに高く、多くの艦船が保存・維持され、海事博物館も充実しているのにひきかえ、この国では市民の問題意識もきわめて低く、「古い時代のものをいかにして後世に残すか」という課題にはまるで無関心だという暗澹たる現実をあらためて突きつけられた、ということ。この無関心さが「スカンジナビア」を沈めてしまった真の要因ではないかとも思う。

 いろいろリンクをたどっていったらこんな興味深いページも発見しました…この記事を書いた人にも、こんなことになってしまってほんとうに申し訳ない、と言いたい。…記事の最後にこの書き手は、'Although far away from her original home, Stella Polaris lives on. May she continue to do so for a very long time! ' と締めくくっている。これしきのことも満足にできなかったこの国の現状を知ったら、さぞや詠嘆する…いや、激怒するだろう。

posted by Curragh at 04:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
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