2006年09月13日

聖エルベの祝日

 ローマカトリック一般には聖人として公認されているのかどうかやや? ではありますが、12日はアイルランド・マンスターの守護聖人エルベ(ラテン語名アイルベウス)の祝日でした…日本ではとっくに過ぎてもう13日だけれども、現地ではなんらかのお祝いでもやったのかな。

 ラテン語版『聖ブレンダンの航海』にも登場するこのなかば伝説化した人物について、詳しいことはほとんどなにひとつといってよいほどわかっていません。Catholic Online の項目では聖パトリックの弟子だったとあり、そういえば『航海』第12章にも「かくしてキリストは聖パトリックとわれらの父聖エルベの時代から80年このかた、われらを養ってくださったのだ」と「聖エルベの島」の修道院長がしみじみとブレンダン一行に語り聞かせるくだりがあることからしても、歴史上のエルベもまたパトリックとなんらかのつながりがあったのかもしれません。エルベもイニッシュモア(アラン諸島)の聖エンダもパトリックがアイルランドにキリスト教を布教する以前から宣教活動をしていたようなので、たしかに時代は重なってはいます…パトリックが宣教師としてふたたびアイルランドに来島したのが461年ごろ(以前はアイルランドの学校では432年と教えていた)。司教エルベの生年が不明なので単純計算はできませんが、そうとう生きながらえたらしく、『聖エルベ伝』では亡くなった年がなんと528年ごろらしい。…ブレンダンは484年ごろ生まれたようだから、もうすこし前の470年ごろと仮定して80を足せば550年ごろ…そのまま受け取ればブレンダン66歳ごろにして、この共同体の住む絶海の孤島にたどりついてともにクリスマスと新年を祝う、というサイクルを7年も繰り返したことになります。

 『航海』に出てくる24人の修道士、というのはエルベが「約束の地」、つまり「地上楽園」探索へ派遣した弟子の集まりとも言われ、またエルベ自身もともに船出したとも伝えられています。…いずれにせよ『航海』が下敷きにしているのはこの伝説です。

 もっとも物語での数字の使われ方は象徴的用法にすぎないのですが、中世を通じてさまざまな歴史資料が証言しているとおり、聖ブレンダンは数あるアイルランドの「船乗り聖人」のなかでももっとも活発にアイルランドやブリタニアの海を往き来した人だということはまちがいないところです。

 …ブレンダンつながりでよく連想されるのが「クジラ(大魚ジャスコニウス)」。世界最大の生物、blue whale(シロナガスクジラ)のことをこんどNHKが放映するみたいなので、こちらもおおいに興味あります。クジラついでに、親の実家のある西伊豆の地名がそのままついたイルカまで存在します(アラリイルカ)。

 …ブレンダンが生きた1400年以上前のアイルランド南西部というのは、いまよりはるかに過酷で生き延びるのが容易ではなかったのだろうけれども、昨今のこの暗澹たる、のっぴきならない情勢を思うと、まだそのころのほうがいくらかでもましだったのではと、ついそんなことを思ってしまう。

 …以前VoAの書き込みにあったのですが、5年前のあのとき、世界貿易センタービルで不帰の人となってしまった犠牲者に、かつてセントポール大聖堂で少年聖歌隊員として活躍していた方もいたらしい…おそらくいまキングズシンガースで活躍しているポール・フェニックスとだいたい年回りがおなじだと思うのですが…なんとも悲しいことです。

 …聖ブレンダンがいまの世界を見たらいったいなんと言うだろうか。

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