2006年09月17日

Cerca Trova!

 先日、NHK教育で「ダビンチ捜査官〜消えた名画を追え!(製作 : Darlow Smithson Productions, 2006)というたいへんおもしろい番組を見ました。

 レオナルド・ダ・ヴィンチ作とされる絵画や彫刻作品はほんのわずかしか残っていません。いまでこそ「モナ・リザ」や「最後の晩餐」のほうが有名で、いずれも劣らぬ永遠の名画にはちがいありませんが、レオナルドの生前は、むしろ「アンギアリの戦い」のほうがはるかに有名だったと言われています。

 レオナルドは1504年、ヴェッキオ宮殿大広間の壁にミケランジェロと競作で、「アンギアリの戦い」をテーマとした壁画を描くよう依頼され(ミケランジェロにあたえられたテーマは「カッシーナの戦い」)、当初3つの絵を完成させる予定だったがけっきょく一枚のみ完成させたにとどまり、未完のままフィレンツェを去ってふたたびミラノへ旅立ってしまいます。この絵についてはみずから発明した溶剤を使って描いたことが災いしたために製作を断念したとも伝えられている、いわくつきの作品です。それから約60年後の1563年、いっときフィレンツェから追放されていたメディチ家が支配者に返り咲くと、宮殿改築にあわせて、『美術家列伝』で有名なヴァザーリに壁画制作を依頼。それまでそこにあったレオナルド未完の大作「アンギアリの戦い」は「消滅した」と記録されているのみで、この未完の傑作のその後についてはいまだに美術史上の謎とされています。

 「消滅した」という記録の信憑性に疑問を持った当地の科学者マウリッツォ・セラチーニ氏は1975年、当時としては画期的な法医学的調査方法を用いて、失われた「アンギアリの戦い」を探しはじめます。足場を組み、まずは現在のヴァザーリの壁画を隅から隅まで調べてみると、東側の壁画の上部に描かれたちいさな旗に、'CERCA TROVA'、「探せ、そうすれば見い出す」という共観福音書2書(マタイ7.7, ルカ11,9.)に出てくる有名なことばが書かれてあるのを発見。レオナルドを崇敬していたヴァザーリがむざむざと大家の作品を破壊するはずがないと確信していたセラチーニ氏は超音波を使って測定すると、反対側の西壁の絵の漆喰が二重構造になっていることを突き止め、報告書にまとめて一度フィレンツェを離れます。ところが不在の間、市当局はさっさと西壁の壁画の一部をはがした(!)ところ、ただ漆喰が塗ってあっただけだったことが判明。当時の最先端技術を援用したセラチーニ氏の調査手法そのものの信用が失われてしまった。

 ふつうの人だったらここでめげてしまうところですが、それから四半世紀、辛抱強く信用回復に努めたセラチーニ氏にふたたびヴェッキオ宮殿の壁画調査が許可されます。この間科学技術も格段に進歩したおかげでさらに綿密な調査が可能となり、セラチーニ氏は再度ヴァザーリの壁画を調べると、こんどはcerca trovaの文字が書かれた東側の壁の内部に隙間があることが判明。セラチーニ氏は、これはヴァザーリが「アンギアリの戦い」を傷つけずに隠すために壁を二重構造にしたためだと推測し、壁にちいさな穴を開けて内視鏡カメラを入れようとしたものの、市当局にまたもや却下されてしまう。

 そんな折りも折り、こんどはウフィッツィ美術館から「東方三博士の礼拝(三王礼拝)」の調査を依頼される。こちらもまたレオナルドの傑作とされる作品だったがいざ調べてみると最初からわからないことだらけ。作品はポプラ板に描かれてあったけれども、裏返すと板にはなんと水を吸った跡があり、下の部分は腐っていた。板には切り取られた跡もあり、紫外線や赤外線を照射して綿密に調べてみると、なんと現在の絵の下からちがう構図の下絵の存在が判明、しかもそこには「アンギアリの戦い」の模写とうりふたつの騎馬兵士の戦闘場面まで描かれてあった…これはいったどういうこと? とこんどは顕微鏡で使用された顔料の特定とその状態を調べてゆくうちに、「レオナルドの未完成の下絵に、後年だれかが描きなおしたもの」というトンデモない結論に達した…。

 「三王礼拝」の下絵に「アンギアリの戦い」の原型らしきものが描かれていた…という話はどこかで聞いたことがあったものの、いま現在の絵がレオナルドよりはるかに劣る無名画家が勝手に描きなおしたものらしい…とは寡聞にして知りませんでした。レオナルド自身による下絵には、なんと象(!)まで描かれていたらしい。

 このセラチーニという人は米国カリフォルニア大学で法学の勉強をしていたとき、たまたま気晴らしで受けた美術の講義でこの奥深い世界に魅了されたそうです。番組では氏の恩師でレオナルド研究の世界的権威カルロ・ペドレッティ教授も登場しますが、セラチーニ氏の調査結果にもとづいて復元されたレオナルドのオリジナル「三王礼拝」のスライド画像を弟子とともに見入る老教授のいたく感激した表情がとても印象的でした。

 …番組は、ウフィッツィ美術館が「三王礼拝」とセラチーニ氏による復元版とを同時展示したこと、セラチーニ氏の長年にわたる貢献が認められたこと、そしてヴェッキオ宮殿側もカメラ調査に前向きになってきた、という話を取り上げた上で最後に、セラチーニ氏が今後取り組むレオナルドの傑作に触れて終わりました――それはなんとなんとかの「モナ・リザ」。セラチーニ氏は、レオナルド自身が描いた「原画」の婦人像は、いま現在見られるあの肖像とはちがっていたのではないか…とにらんでいるというのです。

 このとほうもない知的好奇心と行動力。この手の話を聞いていつも思うのですが、この手の定説を覆すような大発見は、いわゆる専門家ではなくて「偉大なるアマチュア」による場合がひじょうに多いですね。ヴァザーリの壁画の片隅にあった'CERCA TROVA' の文字も、いままで専門家のだれひとりとして発見できなかった事実を、いわばアマチュアの視点からはじめて明らかにしたわけですし、「三王礼拝」の下絵発見とだれかさんが勝手に描きなおした事実の発見もまたしかり。「三王礼拝」は「レオナルドの傑作」というイメージゆえに、だれも絵に隠された「真実」に気づかなかった。キャンベル先生も言っているとおり、「目に見えるイメージに惑わされ」てはダメなのです。健全な批判精神と、謙虚でありながら貪欲に追求することの大切さを教えられた気がします。

 ブレンダンつながりで言えば、冒険作家ティム・セヴェリンの「復元航海実験」がそうですね。たしかに『聖ブレンダンの航海』じたいは、「ブレンダンが牛の革を張った舟に乗って北米大陸へ到達した」というたぐいの「事実」を伝えているのではむろんなくて、あくまで当時の修道生活などを背景とした、寓意的・象徴的「物語」にすぎないのですが、当時のアイルランド人修道士がほんとうにこのような貧弱な舟で大海原を往き来できたのかどうか、立証するにはおんなじような革舟を仕立てて実験するほかないわけです…しかもじっさいに航海に出てはじめて発見した事実も多くて、これはこれでおおいに意義ある「実験」だったと思います。思えば自分もセヴェリンの航海記録を読んだことで聖ブレンダンにハマった口でした…。

 ふたりに共通するのは「現場第一主義」。言ってみれば探偵みたいなものです(原題もそのまんまThe Da Vinci Detectiveですね)。対象を科学的手法で徹底的に調べ、そこから得られた結果をもとに推測――勝手なアテズッポウではなくて、もっとも合理的な説明のつく結論を導き出す。なんでもそうですが、こういう姿勢こそ大事だと強く思ったしだい。

 自分もふくめて、素人だからって臆することはないのです。とてつもない発見をする可能性はだれにでもあるということでしょう。Cerca trova!

 ついでにいましがたWikipediaのレオナルド・ダ・ヴィンチの項目を見たら、数ある発明品のなかに、なんと紙オルガンなるものまであった…らしい。紙オルガン…いったいどんなものなのかまるで想像できません…。

posted by Curragh at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術・写真関連
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