2008年04月07日

『バッハ――伝承の謎を追う』

 気がついたら最近、バッハ本のたぐいを読むことがすっかりおろそかになってしまいました。これはイカンと思い、初学者に立ち返り――頭が目の粗いザルなので、いつまでたっても初学者ではあるがそれには目をつむるとして――本邦バッハ研究の第一人者のおひとり、小林義武先生のご本をまず読むことにしました。小林先生は筆跡鑑定や「透かし模様」の調査からバッハの真作・偽作を鑑定し、また未完のまま残された「フーガの技法」の「ほんとうの」作曲年代を特定した功績でつとに有名です。この本はそんな小林先生が、ドイツでの長い研究生活にひと区切りを打って日本の大学で教鞭をとるため帰国されたさいに、いままでの自身の研究成果を中心にまとめたものです。

 音楽芸術全般に言えることだと思いますが、こと18世紀以前のバロック音楽を演奏するさい、一見ひじょうに地味にも見えるこうした研究抜きには楽曲そのものの「解釈」はおぼつきません。直感的な演奏解釈というのはむろん、あってしかるべきだしそのへんは個々の演奏家の判断にゆだねられる範疇とはいえ、個人的には、いやしくもバッハ演奏家はあるていど「音楽学者」である必要があると考えます。なぜならバッハ以前の音楽演奏上の慣習というのは、古典派以後一度ほぼ完全に廃れ、忘れ去られてしまったものだからです。「17世紀とそれ以降の音楽について、演奏習慣において埋めがたい断絶がある」と言ったのはレオンハルト。このような現状で、理想的なのはやはり「演奏家と音楽学者が手を組んで協力(p.92)」することだという先生の主張はもっともだと思う。

 最初の章はバッハ研究を、伝記研究と作品研究に大別して説明しています。すこぶる興味深かったのは、小林先生の専門である「古文書学的調査」について。セヴェリンは『聖ブレンダンの航海』をたどる実験航海を顧みて、「歴史探偵」になぞらえている。ここでも基本的にはおんなじで、残された手がかりを頼りにバッハ創作の現場をたどりなおす試みとして描かれています。作曲者が使用した紙と透かし模様の調査とか筆跡鑑定といった過程もわかりやすく説明されている。いわば高度な知的ゲーム、推理と謎解きです。バッハ研究者はすぐれた「探偵」でなくてはなりません。また「資料批判(正文批判)」の項目では確実にバッハのオリジナルに遡及できる系譜(stemma)研究についても書かれています。これとてブレンダン伝承関連の写本研究者のやってることと基本的にはまったくおんなじなので、こういうのを読むとなんだかワクワクしてくる。

 またバロック音楽にはキルヒャーに代表される当時の音楽論に出てくる「音楽修辞学」とか、「情緒論」といった事柄についても書かれています。「マタイ」のアリアの譜例では、くねくねとうねる「蛇」の音型が引き合いに出されている。「バッハの声楽曲においては音型論による表現方法が顕著に見られ、そこにはさまざまなフィグーラがあふれている。そのためカンタータや受難曲あるいは言葉と間接的に結びついたオルガン用コラールを分析する際には、ただ単に構造、和声、転調等々の純音楽的要素にのみ着目していたのでは片手落ちである(pp.31-2)」。そういえばかつてシュヴァイツァー博士は『J.S.バッハ』で「オルガン小曲集」のことを、「バッハ音楽語法の辞典」と書いていましたっけ(いまそれを聴きながら書いている)。「音型論」については拡大解釈に走る危険があるとしながらも、小林先生がひじょうに批判的なのが、一種の流行りもののような数象徴について。もっともひどいのはたぶん「フーガの技法」がらみの珍説(?)かなあ、とも思ったが…このくだりで紹介されている「バッハと13」という論文には笑ってしまった。Bachは数字で表せば14。晩年、ローレンツ・ミツラーから「音楽学協会」入会を勧められたバッハはわざと入会を先延ばしして「14番目の会員」としてやっと入会した。とはいえ楽譜上の数字なんて――昔はやった聖書に隠された数字のミステリーだかなんだかみたいな話だが――探せばいくらでもこじつけはできるもの。上記論文はそれを皮肉ったものらしい。なんだか「13番目の使徒」ユダみたい。

 忘れられた演奏習慣についてもいろいろ教えられることが多かった。通奏低音のしかるべき奏法、付点音符の「長さ」をめぐる論争、フェルマータの問題、バッハ作品における多義的なスラーの解釈、バッハ時代の装飾音の正しい奏法とか、知っている事柄もあるにはあったがもう目からウロコの連続。付点音符の長さについては、たとえば「フーガの技法」6つ目の「フランス様式による変形主題と縮小転回形主題による反行フーガ」。16分音符と付点8分、異なるリズムどうしでじつにややこしい! でも当時の理論書によると、フランス序曲風の付点リズムについては明確に複付点のように弾くこととはっきり書いてあるらしい。だからレオンハルトはそのように弾いたんだな(16分音符進行も付点音符進行のごとく弾いている)。

 またフェルマータの問題では、たとえばオルガン独奏用に編曲されたコラールを見れば一目瞭然、歌詞各行の末尾にのみ、つまり定旋律の末尾にのみ終止マークがついています(「ペータース」のV巻とか)。これはもちろん、「音を伸ばす」意味じゃありません、念のため。こうした記譜上の習慣を知らないとわけわからんことになる。

 オルガン好きにとって、pp.79-82で書かれてあることはひじょうに目を引きました。たしか以前レオンハルトの実演でクラヴィーアのために作曲されたといわれる「7つのトッカータ BWV.910-916」のひとつを聴いた憶えがあるけれども、じつはこれオルガン作品だったらしい。米国の学者が唱えた説なんですが、なんでも楽譜――確認してないがたぶんオリジナルではない筆写譜しか残ってないと思う――には「手鍵盤用」とタイトルの横に指示書きしてあるのがその証拠なんだとか。でももっとも驚いたのは、じつはバッハは早くからピアノフォルテを知っていた、という!!! 1733年6月16日付ライプツィッヒの新聞に掲載された演奏会予告によると、コレギウム・ムジクムを率いてバッハが「当地ではまだ聞かれたことのないチェンバロ(p.82)」を弾いて協奏曲を演奏する旨、書いてあるというからびっくり!! ということは、一連のチェンバロ協奏曲もじつはピアノ協奏曲にほかならなかった、ということか? たしかに一連の「チェンバロ協奏曲」ものの録音盤を聴くと、せっかくの「主役」が弦楽合奏に掻き消されることが多々あるので…となると、「フーガの技法」も…使用楽器としてピアノがバッハの念頭にはあったのかしら??? 

 また晩年のバッハ作品に見られる「古様式」についても具体的に書いてあって勉強になりました(バッハはルネッサンス以前の音楽における「定量記譜法」にも精通していたらしい)。「平均律第二巻」の「フーガホ長調 BWV.878/2」の譜例が引かれていて、パレストリーナにまで遡るスタイルらしい(もっとも「純粋な」パレストリーナ様式ではない。あくまでバッハの時代に即して変形されたもの)。またバッハ作品…とくると、避けて通れないのが膨大な数にのぼる偽作。その総数なんと700曲! 偽作か真作かを見極めるのがいかに骨の折れる困難な大仕事かも書かれてありますが、偽作一覧表を見ますと、ヘルマン・ケラーの『バッハのオルガン作品』に収載されているいくつかの作品も偽作の疑いがあるらしい(そのうち「小さな和声の迷宮 BWV.591」をふくむ数曲についてはケラーもはっきり偽作と書いてある)。でもたとえば「ペダル練習曲 BWV.598」も小林先生の一覧によると疑問符つきながらバッハの真作ではないようだ。またバッハ生誕300年直前の1984年に米国で発見された「ノイマイスター・コラール集(BWV.1090-1120)」もすべてが真作ては言えないという(発見されたのは筆写譜、それも19世紀のもの)。たとえばBWV.1096の「光にして日なるキリスト」はパッヘルベルの作品だということが判明しているという。自筆譜が多く残されている作品、たとえばカンタータでも偽作と断定されたものは11曲あり、また自筆譜が多く残っていると言っても総譜ではなくパート譜の断片しかなかったりする場合もけっこうあるし、「マタイ」も「ヨハネ」も初演稿は失われているので、ほんとうのオリジナル自筆譜というのはバッハの総作品から見ればかなり少ないと思う。オルガン曲にかぎれば、筆写譜が大半。「6つのトリオソナタ」や後期作品に自筆譜が残されているにすぎない。有名な「ニ短調のトッカータ BWV.565」にいたっては18世紀後半の筆写譜でのみ伝えられていて確実にバッハの作品と断定できるほど裏づけとなる系譜もないことから偽作説まである、というのは前にもすこし触れました(一説にはヴァイオリン曲だったとも。以前「バロックの森」でそんな演奏を聴いた覚えがあります)。とにかく各章、著者自身の研究成果の紹介とともにバッハ好きにはたまらない、スリリングな読み物と言っていいほど知的興奮に満ちたお話がポンポン出てきます。

 最後の章は「ロ短調ミサ BWV.232」について。ここでも自身の研究成果、つまりバッハの生涯最後の作品は「フーガの技法」ではなくて、こちらの「ロ短調ミサ」である、とともにいろいろおもしろい話が紹介されていますが、たとえばいまだ論争の的である最終楽章「われらに平安を与えたまえ(Dona nobis pacem)」についての考察。'pacem(paxの対格、英語で言えばpeace)'というラテン語に、欧州において長きに渡ってたがいに争った新旧キリスト教の歴史を踏まえて、バッハはこの最終楽章で平和の訴えを込めたのではとする見方、なるほどと思いました。「ロ短調ミサ」では、作曲技法上の総合、つまりパレストリーナに遡る古様式とロンバルドリズムやアリアや協奏曲形式など近代的な技法との統合にとどまらず、型破りとも言える構成をもつこの作品は、キリスト教信仰における新旧教会の対立をも超越している。「すなわち、歴史上数多くの教会音楽の中でも最もキリスト教的なものに属するこの作品は、同時にその信仰上の枠を破り、異教徒を含むすべての人間に仕えることになる(p.287、太字強調は引用者)」。バッハの音楽が日本人にもおおいなる感動をあたえるゆえんです。

 「ロ短調ミサ」にかぎらず、たとえばシュピッタが「二楽章のオルガン交響曲」とまで呼んだ「偉大な」「前奏曲とフーガ ホ短調 BWV.548」ではダ・カーポ形式にトッカータと協奏曲形式を一体化させてもいるし、「ロ短調の管弦楽組曲 BWV.1067」ではいかにもフランス風な組曲形式にイタリア生まれの協奏曲を合体させていることも指摘しています。ようするにバッハという人は、なにかひとつの形式、お手本とする作曲家の作品を徹底的に研究し尽くすタイプの、いかにも勤勉なドイツ人気質の音楽家で、完全に自家薬籠中のものにしてしまうと、またあらたな形式や技法の習得に励む。その繰り返しでどんどん使える音楽語法が増えてゆく。その到達点こそ、古様式と新様式の対立を超えた楽曲形式どうしの融合、そしてすべての信仰上の対立を越えた、全キリスト教会(バッハの内なる、一種のecumenism)的な声楽作品をもって掉尾とした。小林先生はそんなふうに、この「ロ短調ミサ」に込めたであろうバッハの意図を説得力をもって推測しています(蛇足ながら、「ホ短調フーガ BWV.548」の主題はその特徴的な音程の広がりから、「楔」というあだ名がついています。そして技巧的にきわめて難しい主題でもある)。

 一読して、バッハという人は厳格な対位法形式を自由自在に操ったばかりか、古様式も新様式もお手のもの、南欧・北欧において受け継がれてきた音楽の伝統まで、いっさいの対立を超越してみごとに総合してしまった。24すべての調で前奏曲とフーガを作ろう、としたのもバッハが最初だし、ある意味バッハという人は真の自由人だったのではないかと思う。そんなバッハ音楽を愛する人にとって必読書というのは年々増えるいっぽう――小林先生からしてすでにバッハ研究書・論文のたぐいはひとりの人間が一生かかってももはや読めないほど膨大な分量に達していることを認めている――けれども、この本も必携の一冊だと断言していいと思います。ということで評価は最高のるんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

 …小林先生については、こんなページを見つけました。で、ここのオルガンもたいへん立派な楽器であるのに少々びっくり。地震のときは大丈夫だったんかな…。

posted by Curragh at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本
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