2006年10月08日

純正律 vs. 平均律

 けさ4時ごろ、ふと目覚めたらつけっぱなしにしていたNHK-FMで「ラジオ深夜便・こころの時代」をやってました…半分寝ぼけたまま聴いていたら、作曲家の玉木宏樹さんが「純正律の復活を!」みたいなお話をされていて、急に目がさえて聞き耳立ててしまった。

 なんでまた純正律か? については先生のサイトにくわしく書いてあります。インタヴューは、ご自身の幼少時代と音楽好きだった父親の話、山本直純さんとのお仕事などなど、独特なべらんめい口調の楽しくくだけたお話で楽しく聞けましたが、ようするにいまの音楽はおしなべて「平均律」の濁った和音に毒されている、いま一度濁りのない「純正律」を見直すべき、ということでした。

 「音律」…は、古代ギリシャのテトラコード調弦法として考え出されたものが最古のものらしく、その後「アンブロシウス聖歌」で知られる聖アンブロシウス(Liberaも歌っているVespera[Te lucis ante terminum...]の作詞者とも伝えられる)も4つの旋法を教会での合唱に導入し、のちにドリア旋法(記譜上は♭なしだけど現在のニ短調とおなじ「レ」からはじまる音階)をはじめとする8つの教会旋法として発展し…と西洋音楽の歴史そのものといってよいほど奥深い世界で、このへん自分もさっぱりですが(orz)、「純正律」とはまったく濁りのないドミソの協和音を響かせる調律法、と考えていいと思います。このへんの事情は玉木先生がヴァイオリンで実演してくれたのでよくわかりましたが、平均律ではおなじドミソの協和音も微妙にズレて、つまり濁った和音として「汚く」耳に響くのです(→実例)。たとえばバッハ時代の鍵盤楽器の調律では純正律の欠点を補ったミーントーン(中全音律)がいまだ幅を利かせていた時代で、調性によっては演奏不能な作品もありました。バッハは「平均律」の原型ともいえるナイトハルトの提案した「循環法」を支持したことがわかっています。ゴットフリート・ジルバーマンが自作オルガンの調律にミーントーンの欠点を補った「修正法」を採用していて、なおかつ最低音域鍵盤が11鍵しかないショートオクターヴを採用していたために、バッハが変イ長調の和音を使って皮肉った、という逸話もあります。バッハはルネサンスからバロックまで脈々と受け継がれた「多声音楽」の伝統を継承発展させると同時に、こと音律にかんしてはあらゆる調性が自在に演奏可能な当時最新の「平均律」派だったようです。

 純正律の楽器…で思いつくのは笙。あの妙なる音の重なり…は独特ですね。それと何か月前にも書いた「ミュージカルソウ」、つまりノコギリ。これはほんとにすごかった。はじめて耳にしたとき、「いったいだれが歌ってるんだろう?」と思ったくらいですから。それとテルミンやオンド・マルトノなんかも純正律で演奏可能らしい。

 玉木先生によると、ほんとうに純正律で鍵盤を作るとしたら、なんと1オクターヴに69鍵必要らしい…全音もなんと二種類(大全音と小全音)存在するし、「そんなもん、タコの八っつぁんが8匹いてもまだたりない」なんておもしろおかしく言ってましたが、でも待てよ、たしか田中正平博士の発明したという「純正調オルガン」というのがありますね。あれってどこまで純正律なんだろ…よくわかりませんが、とにかく明治時代にこの前代未聞のとてつもない楽器を発明するとは、明治の先達のすごさにあらためて感嘆。いつだったかこの楽器の演奏会というのがあって、バッハのオルガンコラール「わが心の切なる願い」BWV.727が演奏された…ような記事を読んだことがありましたが、いったいあのめちゃくちゃな鍵盤でどうやって弾いたんだろうか…また、20年ほど前にもNHK-FMで音楽評論家の先生が、小学生のころ、「音楽室にあった純正調オルガンでバッハの小フーガBWV.578を弾いていた」音楽の先生がいた(!)と話されていたことも思い出します。…その先生ってタコの八っつぁんだったんかな(失礼)? こちらのblogに純正調オルガンの鍵盤の画像が掲載されています。

 …でも純正律…もたくさんある「不等分音律」のひとつにすぎないので、やはり実用には不向きだったのでしょう。バッハでさえ「平均律」にかぎりなく近い調律を支持していたし…なんでもかんでも「完全な和音」にこだわらなくても、とも思う。番組では玉木先生のCDから一曲、かかってましたが…なんか単調、というか、変化に乏しい。自由自在に転調できない調律法なので、当然といえば当然なのですが、個人的にはいろいろ応用の利く調律のほうがいいような気がしますけれど…あまりにハモると、かえってバッハ以前の音楽には不向きなようにも感じます。掛け合い、追いかけあいをつづける旋律線が聴き取りにくくなるような気がするのです。あるいは逆に転調した瞬間、聴くに堪えない「唸り(wolf)」が発生したり…いずれをとるかはつまるところ聴く人の好みの問題になりそうですね。

 また玉木先生はこんなことも言ってました。合唱で「純正律」の観点から見た「美しいコード」を聴かせるのは、「いまは忙しいからか質が落ちているけれどウィーン少年合唱団とか、英国の合唱団」と言ってました。

 ウィーン少…についてはコアによって出来不出来がまま散見される…ことはVoAの投稿でもときたま見かけますが、今年の「ハイドン・コア」はわりとよかったんじゃないでしょうか。後者の英国も合唱大国なので、これは当然でしょう。自分も来日した英国の聖公会系大聖堂聖歌隊の、「天上のハーモニー」に文字どおり体に震えが走るような体験をしているので、ひょっとしたらそのときがまさに「至福の純正律ハーモニー」だったのかもしれません。

 玉木先生のお話、明朝4時にもつづきがオンエアされるので、興味ある方はがんばって早起きして聴いてみてください。

 追記です。

 …いましがたNHK-FM「ラジオ深夜便・こころの時代」のつづきを聴いていたら…「純正律」的にうまく編曲された一例としてバッハ/グノーの「アヴェ・マリア」を挙げ、うるさく走り回っていた子どもがそれを耳にしたとたんにぱたっと止まって静かになった…とかそんな話につづいて、いまの音楽のトレンドはすでに純正律、とくにヨーロッパではそうなっている、とおっしゃって、その「好例」としてまず挙げられたのが…なんとLibera!! そして'Sanctus'の最初のヴァージョンが流れました…。

 …ドイツでは「純正律」と「平均律」とをかんたんに切り替えできる装置というのが売れるらしくて、「細かい仕事が得意な」日本のメーカーに作らせたらこれが大受け。気をよくしたメーカーが日本国内でも売り出したけれどもまるで売れなかった、みたいな話もされていました(日本では音楽の土壌じたいがヨーロッパとは比較にならないので、この手の装置が売れないのはしごく当然)。本場ヨーロッパではこちらが思っている以上に「純正律」効果を意識して曲作りをしていることをいまさらながら再認識しました…なるほど、プライズマン氏の言う「恍惚のハーモニー」、'Sanctus'や「彼方の光」で登りつめるあの美しいコーラスの和音は、平均律ではなくて純正律で響かせているということは、じゅうぶん考えられます。

 …ただし…「一説によると」という但し書きつきではあるけれど、「純正律の発見者」がケルト人…というのはまったくの初耳。てっきり古代ギリシャの専売特許かと思っていましたが…いったいどこのだれの説なんだろ???

posted by Curragh at 21:08| Comment(2) | TrackBack(1) | 音楽関連
この記事へのコメント
10/16 BSジャパンで放映された「ヨーロッパ 音楽の旅 〜ドイツ皇帝が愛した幻の楽器と日本人〜」 ご覧に成りました? 自分は何でもかんでも純正調にするのは可笑しいという意見に賛成ですが、難聴の自分でも弾いてるのを聴いてパイプオルガンで聴きたいと思ったのでヴィルヘルム2世が作らせたのは当然だと思いました。結局、田中正平が作らせた物は現存せず、その意思を受け継いだ作曲家の作った物が出て来ました。最後の所を録画に失敗した為、モーツァルトのは聴けなかったのですが、日本でも純正調でも平均律でも聴ける場が有ればなぁとは思いました。初めてなのに長々済みません。あんな難しい楽器が流行らないのは仕方ありませんよね!
Posted by Qou at 2009年10月17日 03:36
Qouさん

情報ありがとうございます。
BSジャパンでそんな番組を放送していたのですか。DVD化してくれたらさっそく見たいところです(笑)。

自分もなんでもかんでも純正律、というわけではありません。本文でも書いたとおりけっきょくは聴く人の好みによるところが大きいと思いますし、純正律もしくはピタゴラス音律にこだわっていては変化和音などのおもしろみ、意外性・劇的な展開というのは望むべくもないからです。言ってみれば隠し味のように要所要所で効果的に使うのがもっともいいのではないかなと思います。
Posted by Curragh at 2009年10月17日 14:59
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