2006年10月15日

「出エジプト記」に秘められた史実

 …1582年の今日、全世界的に暦の大改編がおこなわれました…ローマ教皇グレゴリウス13世が、当時欧州で使用されていた古い太陽暦「ユリウス暦」から「より正確な」太陽暦を発表し、10月4日のつぎの日がいきなり飛んで15日になってしまった日…です。ちなみに1582年の10月4日は木曜日、翌金曜日が15日にされた…らしい。

 先日もここで取り上げたNHK教育の海外ドキュメンタリーシリーズ「地球ドラマチック」。毎回、質の高い外国のドキュメンタリー番組を日本語版で放映してくれるので、なるべく見るようにしているのですが、先週から二週連続で「出エジプト記」にまつわるたいへんおもしろい話をやってます。

 旧約聖書の「出エジプト記(Exodus)」はキリスト教徒ではない一般の日本人にもわりとなじみのある物語。また『十戒』という映画で紅海がまっぷたつに割れるシーンは壮大で印象的ですね。でもいままではこの「出エジプト」の物語に出てくるこういった「奇蹟」的事象について、まったくといってよいほど史実的・科学的研究がなされてきませんでした。近年の発掘調査で得られた知見や科学技術の進歩により、あらためてこの「出エジプト」は史実にもとづいて書かれたものなのか、検証してみようという動きが出てきているようで、この番組で取材している映画作家もそんなひとり。初回放映分からして刺激的なことばかりでついTV画面に吸い寄せられてしまった…たとえばイスラエルの民の「出エジプト」はいったいいつごろの事件なのか。定説では新王国時代第19王朝のラムセス2世のころと言われ、映画でたびたび登場する時代設定もこちらが定番ですが、どうもそうではないらしい。以前どっかの民放で、もうすこしあとの時代、メルネプタハ王治世のころという説も見た記憶がありますが、番組の主人公であるドキュメンタリー映画作家に言わせるともっと古い!! なんとアフメス王の時代だという! …あふめす王…ってだれだっけ?? と記憶の糸を手繰りよせるのにしばし時間がかかりました。アフメス王は、新王国時代の礎を築いたファラオで、歴史上では「異民族ヒクソスをエジプト全土から追放し、王位についた」とされています。番組ではエジプト博物館ミイラ室に安置されたアフメス王のミイラも映し出されていましたが、ツタンカーメン王とまるでちがってこちらはきわめて保存状態がよいミイラでした…。今回、この仮説を立てた映画作家によると、「ヒクソス=イスラエルの民」だという。また史上有名なサントリーニ(旧名テラ)島の大爆発もアフメス王治世のころだったらしい。「過ぎ越し祭」の由来となった事件も、「濃度の濃い炭酸ガスが一番下の階で寝ていたエジプト人長子を殺した」ことで説明可能という…古文書研究や発掘調査から、当時エジプトでは長男が家屋の最も低い場所で就寝する習慣があったことを突き止め、また短時間に大量に死亡したらしい人々を葬った急ごしらえの集団埋葬地跡というのも発見されていて、被葬者が全員「男」だったり…調べてみるとやっぱりアフメス王時代のものらしい。高濃度の炭酸ガスによる窒息、という事例は最近でも報告されている。イナゴの大発生やナイル河の異変…も同様に科学的説明が可能…というのです。いやはや驚くほかない。

 聖ブレンダンの航海物語でもそうなんですが、たいていこのような古今東西の有名な伝説、というのはなんらかの歴史上の事件や実在の人物をモデルにして「叙事詩」として仕立てたのがほとんどです。100%架空の話、ということはまずない、と言い切ってよいでしょう。ブレンダン航海を再現してみせた冒険作家ティム・セヴェリンはその後も「伝説に隠された真実」を追い求めてつぎつぎと考古学的再現航海をおこない、著作として発表してきました…ダメ船乗りシンドバッドの冒険、「金羊毛」を求めたイアソンの船団(Argonautai)の話やオデュッセウスの苦難に満ちた航海、桃源郷を探した中国の徐福伝説などなど。こういった手法はある方向性を向いてしまいがちという欠点はあるにせよ、実験航海をつうじてはじめて解明される事柄もまた無視できない。「出エジプト」にもどすとサントリーニ島が吹き飛んだ噴火もじっさいのところ、ほんとうの年代はわかっていなくて、今回の推定もいろいろな状況証拠から導き出されたに過ぎないのですが、ひじょうに説得力があって、正直、これはこれですごいと思いました。はやくつづきが見たい。

 サントリーニ島というと、「アトランティス伝説」の着想源になったのではないか…という仮説をたてた考古学者の本をもってます。Voyage to Atlantisという本なんですが…まだ読んでないorz。この本じたいはもう何年も前からウチの書棚に突っ込んだままになってるんですが…このさいだからひっぱり出してみるか。ちなみにこの本の序文を書いているのはティム・セヴェリンです。内容は、1960年代にサントリーニ島の徹底的な発掘調査をおこなった著者が、そのとき得られたさまざまな知見から、伝説のアトランティス大陸、というのはじつはミノア文明の中心として繁栄を誇っていたテラ島のことではないのか…という感じの本です。

 …アイルランドがらみでは7月下旬にアイルランドでは最古といわれる詩編写本が沼沢地から出土したばかりで、こちらも気になるところ。もっかアイルランド国立博物館が出土品の修復・保存作業をおこなっている最中なので、写本についてはいまのところ目新しい情報はなし。この湿地帯では数年前にも木製の器が発見されていたらしい。周辺地域を精査すればもっとなんかすごいものが出るかも…しれません。

 アイルランドついでに脱線すると、先月、ゴールウェイにて開催されたカキの殻剥き大会。30個のカキの殻を剥き終わるのに何分かかるかを競う競技でして、たしか昨年、毎日放送の「世界ウルルン滞在記」でもやってました。で、今年の優勝者、というのが10年ぶりに開催国アイルランドの人でして、しかも地元ゴールウェイの男性。カキ30個の殻を、2分35秒で剥き終わったとか。ご同慶の至りです…。

 アイルランドついでに追記。

 先日、地元紙の子ども向け紙面に、ケルト起源のお祭り「ハロウィーン」についての解説記事が掲載されていました。解説しているのはかの鶴岡真弓女史。先生の紹介として、「日本ケルト協会顧問」とある…そうだったんだ…知らなかったorz。

 記事には先日ここで書いたとおりのことが書いてありまして、でかでかと「年一回、祖先がこの世へ/『おぼん』と類似」とありました…で、笑顔の鶴岡先生のお写真も載っていまして、「ケルトの司祭の絵やうずまき文様を手に話す」鶴岡真弓さん、とキャプションにありました…で、よくよく見てみますと、お得意の渦巻き文様…は超有名な「ケルズの書」の図版でしたが、ケルトの司祭…これ聖パトリックを描いた絵ですよね? どうでもいいことではあるが、パトリックは司祭ではありません。表記するのであれば、その上の位階である司教とすべきところ。ムルクーなどの伝記作者によれば432年ごろ、ガリアで司教として叙階されたあと、当時ブリタニアで勢力のあった異端ペラギウス派を一掃すべく、ローマ教皇ケレスティヌス1世によりアイルランドへ派遣された…ようなので(聖パトリックについてはいまだ実在の人物かどうか論争が絶えない)。でもこれって、ハロウィーンとは直接関係のないものじゃないのか…ということはこのさいおいておきます(笑)。

posted by Curragh at 18:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史・考古学
この記事へのコメント
私もあの番組『出エジプトに秘められた史実』を観ました。次回が楽しみです。
Posted by マルボロ at 2006年10月16日 22:59
マルボロさん :

歴史の謎はひとつ解き明かしてもまたあらたな謎が出てきたり…と判じ物みたいなものですが、そこがまたおもしろく、おおいに興味を惹きつけられますね。海外ドキュメンタリー番組にはこの手の「歴史謎解きもの」がとても多いので、もっといろいろ取り上げほしいものです。
Posted by Curragh at 2006年10月17日 03:43
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