2015年08月18日

チェンバロの響きは朝にこそふさわしい? 

 先週の「古楽の楽しみ」は夏休み特番(?)、「特集 “チェンバロの魅力” 〜 チェンバロってどんな楽器? 」。で、ふだんとはちがう大きなスタジオに案内役のおひとり、大塚直哉先生所有の大型2段鍵盤フレンチタイプの楽器まで持ちこみ、必要に応じて実際に音を出したり、あるいはゲストの演奏家とデュオをライヴで(!)聴かせてくれたりと、チェンバロ好きにとっては至れり尽くせりの感ありだったんじゃないでしょうか。

 自分も放送を聴取して、いま一度この楽器の仕組みを再確認したところです … まず2段鍵盤楽器の場合、下の鍵盤がメインで、いわば典型的なチェンバロらしい音を響かせる鍵盤、上のは弦を弾く「爪[ プレクトラム ]」の位置がより端に近いため、下の鍵盤に比べて「軽め」の音が出るようになってます。いずれもオルガンのフィート律で言うところの「8フィート」弦ですが、下の鍵盤にはもうひとつ弦が張ってあり、こちらはオクターヴ高い4フィート弦が張ってある … つまり、ぜんぶで三種類の弦が張ってある、ということになります。鍵盤の両脇にはスライダーのつまみがついていて、これでどの弦を鳴らすかを決める( オルガンで言うストップ / レジスター )。もうひとつ音色を変える機構として、「リュートストップ / バフストップ」という仕掛けがあり、これは弦にフェルトを押し当てて「こもった」ような響きに変えるもの。ポロンポロンと、ハープみたいなやさしい音が出ます。なんでこういうことをするかと言えば、ピアノみたいに切れ目なく音量を上げたり減らしたりができないから。いわゆるデュナーミクの表現については、チェンバロの発想法はオルガンのそれとほぼおなじものと言っていいと思う。つまり鍵盤交替、カプラーによる鍵盤連結による、「階段式」の強弱の付け方、もしくは「陰影の付け方」とでも言うべきか。大塚先生によれば、じつは指先の微調整でもクラヴィコードみたいに音が微妙に変わるんだとか。上の鍵盤を押しこむと、下の鍵盤と連動する( カプラー )ので、イタリア様式の合奏協奏曲のような、「ソロ」と「テュッティ」の擬似効果が生まれる。バッハの「イタリア協奏曲 BWV. 971 」は、まさにそのような2段鍵盤チェンバロ特有の表現を前提にして書かれている( から、ほんらいはピアノでは弾けないはず。ただしグールドの演奏は好きだが )。

 個人的には水曜放送分の西山まりえさんとのやりとりがおもしろかった。とくに「ミーントーン[ 中全音律 ]」話とか … ミーントーンで盛り上がるおふたりの会話を聞いてると、まるで音大生どうしのコアな会話を立ち聞きしているような気がする( 笑 )。さらには西山さんの持ちこんだイタリア様式1段鍵盤楽器は、低音部がいわゆる分割鍵盤、ブロークンオクターヴの楽器だった。なんでもレの半音の上にさらにキーが乗っかってるんだそうだ … マジで弾きにくそう( 苦笑 )。

 通奏低音についてのおふたりの話( と実演 )もすこぶる興味深かったんですが、なんと言っても熱燗だったのが、即興演奏。ドレミファ 〜 長調で即興を披露した大塚氏に対し、西山氏はおなじような音型を短調で弾いて即興を披露。「バッハが遠隔転調したあと、どうやってもどってくるのか、わかるようになる気がする」とかなんとか、即興演奏ができるようになるとそんなことも「見えて」くるのか 〜 と、脱帽状態、いや脱力状態か( 分割鍵盤のレの半音のそのまた上の鍵の音も出していた )。一度でいいからそんなカッコいいこと言ってみたいものだ。

 最終日はおなじみ松川梨香さんと。松川さんは実物に触るのがはじめてだったようで、キーを押すと弦を弾く、あの独特な感覚を体感して感激していたようす。以下、視聴者からの質問コーナーに寄せられた質問に答えつつ進行:

1). チェンバロケースの装飾について
17−18 世紀、貴族の時代から市民階級の時代へと移るとともに、きらびやかな装飾から質実剛健な外観へと変わっていった。イタリアの1段鍵盤タイプは白木のまま、フレンチタイプは華やかな装飾、とくに「シノワズリ」などの東洋風趣味な装飾ケースが流行ったりした
トレヴァー・ピノックの音源でヘンデルの「調子のよい鍛冶屋」
2). 鍵盤の色が黒白逆なのは? 
現代ピアノのようなタイプもけっこうある。イタリアの1段鍵盤タイプの楽器など
白=象牙 / 牛骨、黒=黒檀のことが多い
一説によれば、女性奏者の指先を美しく見せるため? 
3). なぜチェンバロには上下2段の鍵盤なのか
1段鍵盤の楽器も多い( ルッカース一族製作の楽器、たとえばヴァルヒャが「平均律クラヴィーア」録音で使用したような歴史的楽器とか )
ソロとテュッティの交替をひとりの奏者で表現できる
上の鍵盤は張り方の違いと爪の位置のちがいで「軽く」響く
リクエストのヴァルヒャの音源では、モダンチェンバロ( アンマーチェンバロ )を使用している。「イギリス組曲 第3番 BWV. 808 」前奏曲
この演奏では、16 フィート弦や鍵盤連結を使用してオルガンのような重厚さを強調している
4). ヴァージナルは、狭義には箱型小型チェンバロで、英国で流行した
通常の大型チェンバロは、フリューゲル[ 翼型 ]タイプと呼ばれる、独の大型楽器は先端が「丸く」なっているものもあり
ホグウッドの音源でバードの小品「この道を通りゆく人は」
5). ピアノと弾くときとチェンバロを弾くときのちがいは、ピアノが弾ければチェンバロも弾けるのか? 
ピアノ=打弦楽器、チェンバロ=撥弦楽器
はい、ともいいえ、とも答えられる
求められる技術が異なるから
鍵盤のタッチは比較的軽い、幅[ と奥行き ]はピアノより狭い
鍵盤連結するとタッチはその分重くなる
スコット・ロスの音源でD. スカルラッティ「ソナタ ト長調 K. 13」
6). 強弱をつけられないチェンバロでの演奏はどのようにしているのか
弦を弾くタイミングをずらす、鍵盤を連結する、鍵盤交替するなど
リクエスト:ユゲット・ドレフュスの音源によるバッハ「平均律 第1巻 22番」の前奏曲
7). チェンバロの場合、ミーントーンを含め、調律の種類がひじょうに多い
ギターやヴァイオリン奏者と同様、調律は演奏者自身がする
リサイタルの場合は専属の調律師に頼む場合もある
プレクトラムが折れる、弦が切れるというトラブルもまれにある
8). チェンバロのための現代作品はけっこう多い
武満徹、リゲティ、ラッター、グラス、フランセなど
リクエスト:F. クープラン「神秘な防壁」[ 生演奏 ]

… 願わくば再放送を希望。あるいは次回はオルガン特番にしてほしいです。ちなみに仏語のクラヴサン clavecin は、原型になった古楽器 clavicymbalum から派生したもので、クラヴィ+シンバルだそうです。なるほど。チェンバロはもちろん伊語の clavicembalo の独語読みで、どっちもクラヴィチェンバルム clavicembalum[ 鍵盤で弾くツィンバロム ]から派生した呼び名になります。そういえば「モダンチェンバロ」についての言及もあったけれども、'70 年代の「イージーリスニング」ものにはモダンチェンバロ、ないしは「プリペアド・チェンバロ」とでも言うべき改造楽器がやたら演奏に加わっていたような記憶がある。前にも書いたけど、たとえばポール・モーリアなんかがそうですよね(「恋はみずいろ」など )。



 先週はこのようにチェンバロづくし、松川さんも「チェンバロの響きは朝にふさわしい!」みたいなことをおっしゃっていて、なるほどたしかにそうかもと思ったり。こう暑いと( 苦笑 )、いくら無類のオルガン音楽好きでもワンワン響くオルガンよりすっと減衰する心地よいチェンバロの響きのほうが精神的にもいいかもです。ヴァルヒャの2度目の「平均律クラヴィーア」の音源もあることだし、週末の朝にでも全曲、聴いてみようかと思う、今日このごろ[ * 2016 年 3 月の再放送を聴取しての加筆訂正あり ]。

posted by Curragh at 01:22| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK-FM
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