2008年06月21日

「偉大なホ短調」

 けさの「バロックの森」はいつものようにリクエスト。息子エマヌエル・バッハの「フルート協奏曲 ト長調」につづき最後にかかったのが、大バッハの傑作、「前奏曲とフーガ ホ短調 BWV.548」。北九州にお住まいの方からのリクスエトにこたえてのものでしたが、この方は以前、松居直美さんの演奏によるこのオルガン曲をNHK-FMで聴かれて惚れこんでしまったんだとか。そのお気持ち、よくわかります。シュピッタをして「2楽章のオルガン交響曲と呼ぶべきだ」と言わしめたバッハ晩年のとてつもなくすごい楽曲なのですから。

 北ドイツオルガン楽派、ブルーンス、ベーム、ブクステフーデあたりで聴かれる「前奏曲とフーガ」あるいは「トッカータとフーガ」というジャンルは自由奔放な即興性が特徴。作曲者が指ならしのために弾いたままを楽譜に書き写したのではないかと思えるものがほとんどです。これはこれでいいのですが、どうにもまとまりに欠ける。楽曲としての統一性に乏しい嫌いがあります。構成もやや緩慢で、前奏曲−小フーガ−前奏曲−小フーガ−コーダみたいな感じに。バッハも最初は彼らの豪壮華麗に楽器を鳴らす曲作りに圧倒され、模倣していましたが、ひとたび自家薬籠中のものにしてしまうと、まるでちがった姿に「変身」させる名人です。バッハは晩年、ギャラント様式に夢中になる息子たちを尻目にひとりパレストリーナら先人の古様式を研究したけれども、同時にまたびっくりするほど最先端を突っ走っていたりもする。このBWV.548もそう。すでに「ドリア調 トッカータとフーガ BWV.538」でしめした「内的統一」重視、即興性よりむしろ大きな「前奏曲」と大きな「フーガ」とが対等に向き合うという形式を発展させる方向へと進んだ。それらは最晩年のライプツィッヒ時代に作曲されたBWV.544、546、547、552の各「前奏曲とフーガ」に共通して見られる特徴で、フーガ主題も即興的なパッセージではなく「歌唱型」に変化し、でんと構えた堂々たる風格を備えたものへと変化してゆきます。このへんは若いころの「イタリア協奏曲形式の研究」成果ともとれますが、BWV.548はそれにも増してきわめて独創的、大胆な構成です。前奏曲は主要主題が4回も繰り返し提示されるリトルネッロ形式ですが、副次楽節の動機はすべてこの主要楽節から導き出されています(2度目の副楽節が51小節目からはじまるが、一見あたらしい動機の開始かと思いきや、あとのほうになって最初の楽節とおんなじ旋律型が付点音符動機に変形させられて出てくる)。またケラーによれば、バッハはシンメトリックな構成にもこだわったようで、ちょうど真ん中あたりで楽節どうしが対称を成すような構造になっています。

主要楽節−副次楽節1−主要楽節−副次楽節2−副次楽節1−主要楽節−副次楽節2−副次楽節1−副次楽節2−副次楽節1−主要楽節

 この極度に集中を高めた前奏曲が終わるや、すぐに「楔」とニックネームのついたひじょうに大胆でユニークなフーガ主題が入ってきます。全体は三部構成のダ・カーポ・フーガなのですが、その中間部がすごい。おそらくそれまでどの国の作曲家も思いつかなかったであろう構造なのです。59小節目から、フーガのはずなのにフーガであることをやめて(?)、突如としてブクステフーデばりのトッカータ風分散和音が上へ下へと暴れだします。ややあって「楔」主題が現れますが、提示は思い出したようにほんの数回のみ。そのうち分散和音型が音階上昇下降型になり、協奏曲かバロックソナタを思わせる曲想になります。つまりフーガの中に、協奏曲とトッカータ、南と北の様式がみごとに一体化している。フーガなのにトッカータになったり、協奏曲になったりしている。ケラーに言わせると、この多種多様な形式の統合と比べうるものは、100年後のベートーヴェンの「第九」終楽章しか思いつかない、と。なんだかべた褒めのような気もしないではないけれど、たしかに全231小節からなるこのフーガほど特異な構造をもった楽曲というのもそうないのではないかな。もっともベートーヴェンだって、あの超難解な弦楽四重奏用の「大フーガ」や長大な「ハンマークラヴィーア(ピアノ・ソナタ 第29番)」を残しているから、それら大作とも肩をならべる作品と言えるかもしれない。

 松居さんの演奏もすばらしかった。たぶん音源はこれだろうと思うけれど、このディスクはまだ聴いていない。これも買っていいかも。

 …そのあとのWeekend Sunshine、まずバラカンさんが話したことは、先週のちょうどオンエアされていたまさにそのとき、「緊急地震速報」が割って入り、大地震発生を知らせたときのことでした。…たまたま放送を聴取していたので、「緊急速報」を知った。その数秒後に大きな地震動に襲われ、必死にCDを収めたラックや本棚を押さえていた、という仙台のリスナーの方のメールを紹介していました。それには、「緊急地震速報」はまだはじまったばかりだし、ほんの数秒しか猶予が残されていなかったとはいえ、なにも知らずにいるよりははるかにましだとも。数秒しか時間の猶予がない、という問題は、訓練しだいでなんとかなるのではと思う。もっとも震源直上では、役には立たないが…それよりもなによりも、前にもここで書いたことの蒸し返しになるが、2011年から開始するという地上デジタル放送最大の弱点、いや欠陥は、最大3−4秒ものタイムラグが生じてしまうということだ。これ冗談抜きで、生き死ににかかわる大問題ですよ。早急になんとかしてくれませんかね。またいまの「速報」は、NHKの開発した「ラジオ・TVの電源を自動で入れて」地震を知らせるシステムには対応していないみたいで、受信するには発震時に放送を聴取している/見ている必要があるみたい。このへんも改善されたらもっといい。

posted by Curragh at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | バッハのオルガン作品
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