2008年07月13日

売れているそうです> The Shack

1). まずはこちらの記事から。この小説、なんと著者と、もと牧師で著述家など周囲の人が自前の出版社まで設立して売り出したものらしいのですが、売り出して1年ちょっと経った今年6月、突如NYTimes紙のベストセラーリスト(trade paperback部門)のトップに躍り出たと言います。この本がコンスタントに売れつづけたのも、ひとえに読者の口コミの力によるものだという。売れに売れて、いまや100万部突破…らしい。最大手書店バーンズ・アンド・ノーブルでも5月末以来、首位の座をキープしているとか。記事冒頭で出てくる男性の場合、はじめにまず一冊買って読んだらいたく感動、すぐさま10冊(!)買って友人知人に贈呈したというからある意味すごい(自前の版元をなけなしの金をはたいて起こしたのは、当然のことながらどこの出版社に持ちこんでも門前払いにされたから。キリスト教系の版元からは「これは問題作だ」と言われ、非宗教系の版元からは「あまりに宗教色が強すぎる」とつっぱねられた)。

Thousands of readers like Mr. Nowak, a regular churchgoer, have helped propel “The Shack,” written by William P. Young, a former office manager and hotel night clerk in Gresham, Ore., and privately published by a pair of former pastors near Los Angeles, into a surprise best seller. It is the most compelling recent example of how a word-of-mouth phenomenon can explode into a blockbuster when the momentum hits chain bookstores, and the marketing and distribution power of a major commercial publisher is thrown behind it.

 小説の出だしは、早春のみぞれ混じりの嵐のなか、主人公の男性が'Papa'と名乗る差出人不明で切手も貼ってない手紙を受け取るところから(→版元公式サイトで第1章が読めますってなんだか「なか見! 検索」みたいな仕様だ)。男性には幼い愛娘がいたが、娘は誘拐され、殺された。その4年後、差出人不明の手紙に導かれて、殺害現場になった小屋(shack)に向かう。そこで男性は有色人種の女性の姿をした神と出会い、一週間とどまるあいだに、霊的に癒されてゆく…みたいな物語らしい。

 この小説を書いたのは自身も虐待された過去を持つウィリアム・ヤングという今年56歳になる人で、小説の舞台になったオレゴン州に住んでいる。このThe Shackという処女作――と言うべきか――は、自身の6人の子どもたちの贈り物として書き上げたという。原題のThe Shackとは、読書会に向かう途上で電話取材に応じたヤング氏曰く、「各人が抱えこんでいる苦しみを土台にして建てた家のたとえ」だという。

 米国宗教界の保守的指導者やブロガーたちからは「異端だ!」と非難の声もあがり、それがかえって小説の売り上げに寄与していたりするのですが、なかには最初はなんだこんなもん、と憤慨したけれども最後まで読み切って「転向」したという牧師さんもいたりするから、おそらく物語は説得力ある展開なんでしょう、きっと(すくなくとも冒頭部だけを読んだ感想としては、なんだかもたついていて、まどろっこしいような印象を受けた。もっともこれはこちらの読みこみ方が不足しているだけなんでしょうけれども、とにかく物語の出だしだけで判断すると、Harry Potterシリーズの第1巻のほうがずっとおもしろいし、どことなくミステリを思わせるようなもったいつけた書き方も、たとえばメアリ・ヒギンズ・クラークのような手練れの書き手の小説のほうがやはりいい。ミステリついでに、ジャック・リッチーの犯罪もの短編とかもけっこう好きだったりする)。

 ただしこの小説、読者のほとんどがクリスチャン(カトリックもふくむ)。第1章の終わりで神話学者J.キャンベルと対談したこともあるビル・モイヤーズが出てくるところなんか、いかにも、という感じ。熱心な読者は信徒ばかり、そうでない人は見向きもしない。だから、「4か月で9冊しか売れなかった」とぼやく書店も(→関連blog)。

2). つぎにこちらを。Web黎明期のころは、文字どおりただ「閲覧(browse)」しているにすぎなかっただろうけれども、いまやなんらかのかたちで年がら年中、Webとかかわる生活スタイルになってしまうとそうも言っていられない。たとえばAmazonの中古品売り場に出店しているような場合。オークションなどでも多いけれども、ここもけっこう業者さんが多い。あるいは「楽天」サイトを思い浮かべればもっとわかりやすい。もし営業日に、何日もサイトが倒れて復旧しないとしたら…われわれ個人の一般客ならぶつぶつ不満を言うだけですむかもしれないけれども、商売している人にとってはたまらない。一日、いや数時間のダウンでたいへんな損失を被りかねない。記事にも出てくるように、本家の米国Amazonが先月、二日間にわたって数時間ダウンするというトラブルに見舞われたさいは、時間当たりの売り上げが数百万ドルも落ちこんだという。Googleなんかも、日本語版ができた当時はしごくシンプルに「Google検索」だけだったのが、いまやスプレッドシートにスクラップノート、写真画像管理ソフト(Picasa2)連動のWebアルバムに6GB超(!)のGmail。昨年見た「Google革命の衝撃(いまは単行本化されている)」でも紹介されていた例の若者のように、Googleのサイト連動型広告で生計を立て、しかもメールのやりとりのみならず、買い物履歴にクレジットカード情報までGoogleという一私企業に預けて生きているような人は、ほんの数時間でもGoogleサイトがダウンしただけでパニックに陥るんじゃないでしょうか。ようは一種の中毒状態。これは利用者側の意識にも問題があるということでしょう。かくいう自分も使いたいときに大家がダウンしたり、「英辞郎」が使えなかったりすると、こんな行動に走る心情も理解できるけれども。

Web addicts who find themselves shut out of their favorite Web sites tend to fill blogs and online bulletin boards with angry invective about broken promises and interrupted routines.

 もっとも自分の場合はさっさとあきらめて、手許のスコアを繰りながらバッハを聴いたり、まだ読み終えていない本を読んだり、あるいは単純に寝てしまう(現代人ほど目を酷使している人間はいない)。

 というわけで、「いま自分が利用している(またはお気に入りの)サイトにアクセスできないが、これって自分だけの現象なのか、それともサイトじたいがダウンしているのか?」という疑問にこたえてくれるというサービスを立ち上げた24歳のエンジニアを紹介しています(Down for everyone or just me? サイト)。こういうサービス、案外ありそうでなかったかも。さすがこういう思いつきは米国のほうが早いですね。

 もっとも「タダほど高くつくものはない」という見方もある。日本人はとくにそういう傾向が強いかもしれない。タダで提供してやってるんだ、文句言うなみたいな高飛車な態度。いまはあまり感じなくなったが、以前はそんなサイトをときおり見かけた。それもこれもGoogleやAmazonをはじめとする、「利用は基本的に無料」でありながら、しっかり収益確保するというビジネスモデルが確立してきたから、たとえタダで利用できるサービスであっても、従来のように利用者――いまやりっぱな顧客――は肩をすくめてしかたないとあっさり引き下がるようなことはたぶんないと思う。たいてい、自分が利用したいときに「必ず」アクセスできるものと思い、それが当たり前だと思っている。記事にもあるように、Webベースのサービスを提供する会社は、たとえそれがロハサービスであっても、一日24時間365日、稼動しつづける責任がある、というのが共通認識になりつつあるようです(すくなくとも米国では)。

“When these sites go away, it’s a sudden loss. It’s like you are standing in the middle of Macy’s and the power goes out,” he said. “When the thing you depend on to live your daily life suddenly goes away, it’s trauma.”

He says Web services should be held to the same standard of reliability as the older services they aim to replace. “These companies have a responsibility to people who rely and depend on them, just as people going over a public bridge expect that the bridge won’t suddenly collapse.

 …あんまり想像したくないけれど、AmazonやGoogleといった巨大なWebサービス業のサーバがくしゃみしただけで、世界中の電子商取引にかかわっている人が風邪ひくような事態も考えられなくもない。そこまで酷いことにはならないだろうが、そんな兆候が進行中であることだけはまちがいない。

3). 最後の記事はほとんどおまけていどに。これ書いた記者もなあ…と思わず感じてしまったけれども、それにしても「脱メタボ」→'Goodbye, metabo,'とはこれいかに(苦笑)。というかこの記事読むまでメジャーで胴回りを強制的に(!)計測されるということじたい知らなかった。胴回りを測っただけで生活習慣病(昔は「成人病」と言っていた)の予防になるのかと問いたい。厚労省の隠れた思惑についても言及してはいるけれど、

The campaign started a couple of years ago when the Health Ministry began beating the drums for a medical condition that few Japanese had ever heard of ― metabolic syndrome ― a collection of factors that heighten the risk of developing vascular disease and diabetes. Those include abdominal obesity, high blood pressure and high levels of blood glucose and cholesterol. In no time, the scary-sounding condition was popularly shortened to the funny-sounding metabo, and it has become the nation’s shorthand for overweight.

というのはやはり苦笑…してしまうが、つぎに尼崎市の作ったという「脱メタボ・ソング」までいちいち載せることもなかろうに…(絶句)。でも松下の健康保険組合の内科医が言うように、

“Before we had to broach the issue with the word obesity, which definitely has a negative image,” Dr. Sakamoto said. “But metabo sounds much more inclusive.”

なるほど。それはあるかもしれませんね。でも自分に言わせれば欧米並みに煙草課税額を引き上げることのほうが重要…のような気がする。とにかく喫煙とそれに巻き添えを食わされるほうの健康被害のほうが深刻ですよ。

“Smoking is even one of the causes of metabolic syndrome,” he said. “So if you're worried about metabo, stopping people from smoking should be your top priority.”

 胴回り計測については、「自分は大丈夫だから、行かない」と頑強に抵抗する向きも。もっとも自分もけっして引っかからない自信だけはあるので、こういう無意味な検診には、たぶん行かない(笑)。

posted by Curragh at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | Articles from NYTimes
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