物語じたいは「芸は身を助く」的な、よくあるパターンかなと思ったけれども、全編が一種の音楽芸術賛歌というか、音楽ファンタジーでしかもa happy endingだったから、かつて見た「ショコラ」、「ラヴ・アクチュアリー」のような終わり方がけっこう好きなほうなので、とても楽しめました。客を泣かせる名人(?)ロビン・ウィリアムズも重要な役回りで出ていたので、覚悟はしていたのですがそんなに泣かずにすんである意味よかった(?)。ロビンは最初はハイモアくん扮するエヴァンに「音楽は宇宙そのものだ」とかなんとか、古代ギリシャにまでさかのぼる西洋音楽観に近いようなことを滔々と彼にレクチャーしておきながら、けっきょくエヴァンの音楽にたいする思いをこれっぽっちも理解できず、最後は「エレファント・マン」よろしく、見世物小屋の親方の同類にすぎなかった。後半はなんだかすこしバタバタしているかなとも思ったが、全体的にはうまく描いていたと思う。のっけからバッハのパルティータ(3番だったかな?)が演奏されるシーンが出てきたり、クライマックスでは――ついこの前も「N響アワー」で聴いたが――エルガーの「チェロ協奏曲 ホ短調」も流れてました。
でもなんといっても主役ハイモアくんのあまりに自然な名演が光ります。彼が演じたのはミューズから生まれ落ちてきたような音楽の天才児でしたが、彼もまた生まれながらの俳優だ、と思います。「ネバーランド」を見たときにこの英国の少年俳優はすごい…と感じていたけれど、今回もまたそれを強く実感。教会のオルガンを弾く場面なんか、ちゃんと足鍵盤も弾いているし、音楽の申し子という役柄ゆえか、コンビネーションボタンの扱いまで一瞬にして覚えて数個のストップを一気に引き出し教会全体を震わせるフル・オルガンと、プロのオルガニストもびっくり(?)の使いこなしよう。しかもあのいかにも鍵盤を触ったことのなさそうな指でありながら立派に弾きこなしているように「見せる」演技なんか見てますと、すなおにすごいなぁと思いますね。あのシーンは、あえてわかりにくいたとえを使えば、碁なんか打ったことのない進藤ヒカルがはじめて碁会所で周囲を瞠目させる対局をしてみせたようなもの(いったいなんのことじゃ? と思われた方はあまり深く突っこまないでください[笑])。
それにしてもあのエヴァンのギターの弾き方…パンフレットによると伝説的ギタリストのマイケル・ヘッジスという人の演奏スタイルを踏んだものらしいけれども、最初に見たときはなんか押尾コータローさんみたいだなーと感じた(押尾さんの演奏スタイルも、もとをたどればヘッジスだったようですが)。ジュリアード音楽院の作曲クラスの場面では、教官がハ長調からト長調(5度上、ドミナント)へ…とかなんとか、転調効果のことを教えていました(五度圏のことかと思った)。
エヴァンが作曲した「オーガストの狂詩曲 ハ長調」は、出だしの16分音符進行がなんとなーくバッハの「クリスマス・オラトリオ BWV.248」の冒頭部っぽい印象(BWV.1004の無伴奏ヴァイオリン・パルティータ冒頭部のほうがより近いかな)。途中、ジャムセッションみたいに急にギターの即興的フレーズが割りこんだりと、古今東西の音楽をひとつにまとめてみました、みたいな作品でしたが、けっこううまくまとまっていたのでこちらもおもしろかった。クリエイティヴな音楽というか。
この作品はたしかにうまくまとめすぎている感は否めなかったけれども、聴く者の心をわしづかみにして捉える音楽という芸術の持つ力というものがよく伝わってくる点はおおいに共感できる。自分の拙い経験を顧みても、病気だったときにバッハのオルガンコラールを聴いて心揺さぶられるような感動を味わったことがあるし、その後「パリ木」の実演にはじめて接したときにも強い衝撃をおぼえたものだし…。そう、エヴァンの言うとおり、自分も「三度の飯より(more than food)」音楽が好きだし年がら年中聴いているので、彼が最後に言ったことばも説得力がありました。'Music is all around us. All you have to do is, "Listen"!'
…というわけで、本物のNYフィルまで総動員した贅沢さと、ハイモアくんの名演をたたえて評価は
*「字幕」という特殊な邦訳について。ときおり、だれだれの訳はひどいとか、まちがってるとかという指摘を見かけますが、字幕にはきびしい字数制限があるので、えてして的外れな場合が多いように思います。この作品の場合だと、たとえば'I am here!'という科白にあてた字幕が「今は違う」になっているが、だからと言ってまちがっているとは言えない。字数を制限されている以上、これはあるていどしかたないことです。

買ってきたパンフの表紙には、ハイモアくんが教会のオルガンを見上げるシーンが印刷されていますが、オルガンという楽器のもつ特有の神々しさが伝わってくるようで、とても好きなカットです。