2015年12月27日

小さな名歌手たちの思ひ出

 この時期が巡ってくると、いろいろと脳裡に去来する思いあり。といっても、この国の行く末は、とか、そんなスケールの大きなことではもちろんなくて、徹頭徹尾 Epicurean で天邪鬼なワタシのアタマにやってくるのは、この時期の定番とも言ってよい、世界各国各地域から来日してその美しい歌声を届けてくれる「小さな音楽親善大使」たちのことです。

 もうここでも折にふれて書いてきたことなのでいちいち繰り返さないが、ワタシはもともとバロック、とりわけバッハの鍵盤作品、それもオルガン独奏作品を偏愛している人なので、モーツァルト以後の作曲家の作品とか、器楽以外の楽曲には耳もくれなかった、というのは大げさながら、ようするに聴いてこなかったし興味関心もたいしてなかった。それがあるとき、清冽な湧き水に癒やされる如くに子どもたちの歌声、とりわけボーイソプラノの歌声に魅了されるようになった。

 そこから先はいわば泥沼( 苦笑 )にはまり、お足もないくせしてせっせと少年合唱ものやボーイソプラノのソリストくんたちをフィーチャーしたアルバムなどを買いあさり、あるいはヒマさえあればわりとマメに来日公演にも足を運んだりした。そんな「音楽親善大使たち」の実演にはじめて接したのは 1993 年のこの時期、通称「パリ木」の名で知られる「木の十字架少年合唱団」来日公演を近隣市の文化センターに聴きに行った時だった。このときの衝撃はいまだに忘れがたいものがある。パレストリーナの「オー・メモリアーレ」、モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、トレネの「美し国フランス」、ラモーの「夜」、グリーグの「ソルヴェイグの歌」… いまではおなじみの感ありな楽曲なんですけど、恥ずかしながらこれらの作品をこのときはじめて知ったのであった。当時、「パリ木」のソロを歌っていたレジスくんとかマチューくんは、その後ボーイソプラノの独唱者の声質を判断するうえである意味個人的基準になったのでありました( ちなみに当時の公演パンフを繰ってみると、マチューくんの好きな音楽家はあのフレディ・マーキュリーのいた「クイーン」だった )。ただあいにく最近の「パリ木」は隣国での公演が多くて、あんまり来なくなった。直近で最後の公演のことはこちらで。

 「パリ木」の子たちの声質は、個人的にとても気に入っているけれども、その後聴きに行ったウィーン少年合唱団[ WSK ]や英国のアングリカン系大聖堂聖歌隊、ドイツの名門レーゲンスブルクにヴィントスバッハ、そしてドレスデン聖十字架合唱団、チェコの「ボニ・プエリ」、ロシアの「モスクワアカデミー合唱団」、ラトヴィアの「リガ大聖堂少年聖歌隊」… といろいろ聴いてあるていど耳が肥えてくると、それぞれのお国柄というか、個性のちがいが感じられるようになってきてこれまた得難い経験だった。日本人にはもうすっかり年中行事と化しているような WSK 来日公演については、はじめて聴きに行ったのが自分の地元で開催された演奏会でして、ハンスという名前の団員がすごい人気だった[ もちろん見た目だけでなく、実力もありましたが ]。当時の公演パンフを見ると「将来の夢」みたいな質問に対し、「ピアニスト」と答えていたけど、この前たまたまさる SNS サイトでひさしぶりにお名前を見かけたら、しっかり夢を実現されてまして、ご同慶の至りであります。

 話もどりまして、数ある来日公演のなかでもひときわ印象に残っているのが ―― 作曲者本人はむしろイヤだったかもしれないが ―― 映画「プラトーン」でも使用された、かのバーバーの「弦楽のためのアダージョ」を作曲者自ら声楽版に編曲したヴァージョンをやはり英国の名門、オックスフォード大学ニューカレッジ聖歌隊来日公演( 2001、2003 )で接したことだった。あの全声部が上行するクライマックス、ほんとうに鳥肌が立つというか、ぶるぶると全身が震えたのはあとにも先にもそのときだけだったように思う。

 それに次ぐ経験となると、一世を風靡した( のかな? )某レコード会社のプロデューサーが結成させたという Boys Air Choir [ BAC ]だった。こちらはセントポール、イーリー、ウィンチェスターカレッジなど、イングランドを代表する伝統ある有名どころのコリスターと呼ばれる少年聖歌隊員の選りすぐりからなる、「聖歌隊のドリームチーム」みたいなヴォーカルユニットだった。こちらも 1999 年8月末、東京芸術劇場にて開かれた最初の来日公演から、2004 年 12 月の最後の来日公演まで実演に接してきた。最初の公演のとき、客席からのなかなかやまない咳き込みに動揺( ?! )したのか、スタンフォードの「ブルーバード」のソロを歌っていたエドワード・バロウズくんの音程がやや怪しくなったときなんかは、こっちまで手に汗握るような思いをしたものだったけど … そのあとだったか、渋谷のもと HMV 店舗内にてその BAC のめんめんが残していったサイン色紙がありまして、'Many many thanks to HMV Shibuya ! ' とのエドの達筆を拝見したのであった。その後の BAC ソリストくんたちも、「列伝」が書けそうなくらいの銘酒、ではなく名手ぞろいでして、「紅白」じゃないけど大トリを務めたハリー・セヴァーくんの歌いっぷりはもうみごとと言うしかなかった。このときおそらく前例がないであろう、フォーレの「レクイエム」全声部を少年合唱で通すという離れ業をやってのけたんですが、一般の合唱ものに耳の肥えた聴き手が鑑賞しても、名演だったんじゃないでしょうか。BAC ではいまひとつ 2000 年 12 月の焼津公演が忘れられない。アンドリュー・ジョンソンくんの歌うメンデルスゾーンの名曲「鳩のように飛べたなら」、あれは感動的だった。

 あと英国ものではオックスフォード・クライストチャーチ大聖堂聖歌隊 & ケンブリッジ大学セントジョンズカレッジ聖歌隊のジョイントコンサート( !!! )という、本国でもめったに聴けないようなまさしく夢のコラボレーションが一度だけあった( 1998年 12 月 )。あれはすごかったなあ。鳴り止まない拍手喝采にそれぞれの音楽監督氏が何度も舞台に呼び戻されたものでしたが、最後は疲れたのか( ?! )、扉をバタン !!! と閉めて帰ってしまった、たたた。2006、2010 年にはイートンカレッジ聖歌隊公演にも行きました。

 それとそうそう、英国ものでは Libera も聴きに行った … それもどういうわけか( て )、BAC 最後の公演のとき渡されたチラシ( !! )に来年春、Libera 初来日公演決定! とあり、先行予約手続きまでしっかり書いてあったのにはあまりのビジネスライクさに閉口した( 苦笑 )。とかなんとか言いながら、しっかり聴きに行ったヤツ。しかもなんとその年は 10 月末にも再来日公演が横浜みなとみらいホールにてありまして、こっちもしっかり聴きに行ったという … 完全に相手の戦術に乗せられた感あり。でもよかったですよ、これはこれで。Libera のアルバムは前身のセントフィリップスのころからだいたい持ってますし[ ただし、おなじ楽曲の使い回しが多い ]。2006 年以降も聴きに行こうかしら、なんて思っていたらあの NHK TV ドラマ「氷壁」テーマ曲「彼方の光」で大ブレイクしたためか、チケット予約がちっともとれなくて、アタマきて聴きに行くのやめちゃった( 苦笑 x2)。その後彼らはワイドショーでも引っ張りだことなったけれども、来日すると決まって行くお気に入りの場所がなんと「神社仏閣」。これってどことなく、いまの「御朱印帳ブーム」とか「パワースポットブーム」とかを外国の子どもたちが何年も前に先取りしているんじゃないでしょうかねぇ。なにが言いたいのかというと、「日本の文物は日本人にしかワカラナイ」という、ワタシにはまるで理解しがたい発想がいまだ根強いことのアンチテーゼとして、よい一例かなと思って引き合いに出したしだい。

 ラトヴィアの「リガ大聖堂」も 1999、2004 年と聴いたけれども、2004 年のときのソリストくんは女声オペラ歌手ばりに表現力があって、これはこれで聴きごたえがありまして堪能させていただいた。そのとき大聖堂オルガニストも来日していて、当然のことながらオルガン独奏も披露してくれたから、喜びも2倍という感じでした( ただし、新宿文化センター大ホールの「壁掛け」オルガンの音響は芳しくなかった。開演前にいきなり現れて弾き始めたんですけど、そのとき聴こえてきたのはバッハのカンタータ BWV. 29 冒頭の「シンフォニア[ 原曲は BWV. 1006 の前奏曲 ]」オルガン版でした )。



それと、忘れちゃいけないのがドイツの名門少年合唱団ですな! 1995 年8月の酷暑のなか来てくれたヴィントスバッハの子たち歌声もすばらしかった。イザークの「インスブルックよ、さようなら」なんか、涙あふるるほどの名演だったと思う( そのとき松葉杖姿の団員もいて、彼ひとりだけスツールに浅く腰掛けて歌ってました。プロだなあ )。あいにく「テルツ」はいまだ実演に接する機会がなく … そんなこと言えば大バッハゆかりの「聖トーマス教会聖歌隊」だってまだだが … できれば「マタイ」とか受難曲じゃなくて、バッハ最後の最高傑作「ロ短調ミサ」をぜひ聴きたいです。

 ワタシは子どもたちはみんな「名歌手」だと思っているので、あんまりチャチャ入れたくはないんですけど、なかには「?」がつく公演もある。たとえば以前書いた拙記事の二番煎じで申し訳ないが、2006 年のモスクワアカデミーとか、2007 年時の「ボニ・プエリ」とか … それとつい先日、NHK-FM にて聴取したこちらの公演とか … 。

 かつて名指揮者の岩城宏之さんが生涯を通じてもっとも好きだったのが、共演した少年少女たちの歌声だった、というお話をどこかで聞いたことがある。日本人の子どもたちだってすごいですよ。TOKYO FM 少年合唱団なんか大好きですね。彼らの公演はクリスマスと毎年春の定演を4回ほど[ 2006、2008、2009 ]聴きに行ったことがありますが、とても安定感があって、なんといっても元気なところがよいですね !! やはりボーイソプラノは線の細い声、ではなくて、ちょっと破綻してもいいくらいの勢いと元気のよさがあっていい。あとは鎌倉の雪ノ下カトリック教会を拠点に活動しているグロリア少年合唱団ですね。いまこれを書きながら当時の「名歌手たち」の顔とか思い出したりするけれど、ワタシにとっても彼らの心洗われるピュアな歌声、美しい天上のハーモニー、彼らの調べの数々は文字どおりわが財産だなあ、という気がする。神話学者キャンベル流に言えば、Their voices to live by といったところか。あのとき彼らとおなじ空間を共有し、彼らの音楽に耳を傾けていたあの瞬間こそ「至高経験」であり、「エピファニー」だったかもしれない。

追記:けっきょく今年聴きに行ったのは、掛川市出身の若きピアニスト佐藤元洋さんの地元開催リサイタルのみ … だったけれども、オケもオルガンも合唱もなんでもそうですがやはり生演奏に接するのはいいものだ。使用されていたピアノも掛川で生産された YAMAHA のすばらしい楽器だった、というのもあるかもしれないが、ベートーヴェン、リスト、ショパン、スクリャービンのピアノソナタを中心に組まれたプログラムはすばらしかった。当方はオルガンびいきながら、ピアノも、名手の手にかかるとこうも心打たれる響きがするもんですねぇ、というわけで、つぎの機会はぜひ佐藤さんのバッハを聴いてみたいと念願しております。

posted by Curragh at 12:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽関連
この記事へのコメント
はじめまして

パリ木がすきなおばさんです。

1970年代は親に連れて行ってもらい
1980代は、一人でまたは友達(後で夫になる人)と聴きにいきました。

一度だけ、彼らが品川プリンスホテルに帰る際、交通渋滞のため、バスでなく山手線で帰るところにご一緒させていただき、サインをいただきました。

1990年代は、仕事、結婚、子育てのため離れてしまい。パリ木も日本から遠のいてしまい、とても寂しいです。

いまは、少年合唱団の来日も増えて言いますよね。
ファンサービスもかなり過剰になっていて、そこまでしなくてもと思うこともあります。

パリ木は、YouTubeで聞く限り、音量・音域共に課題は多々あるように感じます。以前はバリバリ歌うソプラノのソリストがかなりいたと思います。

ボードワンくん、ぴかいちでしたが以前は彼に負けず劣らずのソリストはいました。
子供に負担をかけない指導方法など、時代と共に変わっていくのでしょうか。

少年合唱団にはかなり精通されていて、これからも拝読させていただきたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

平野 恵
Posted by 平野 恵 at 2015年12月30日 22:43
平野さま

コメントどうもありがとうございます m( _ _ )m

「パリ木」歴、かなり長いようですね! パリ木はかつては聖職者、その後 OB の音楽家などが指導に当たり、 2007 年来日公演のときはヴェロニク・トマサンという女性が指導者でした。当時の記事にも書いたように、80 − 90 年代とはだいぶ様変わりしたようです。本拠地も移転したとか聞きました。

児童合唱ものについては、自分も一ディレッタントにすぎませんが、西洋音楽大好き人間なので、関連本とかもいろいろ読んではきました。お時間があれば、アレッドの自伝や英国の少年聖歌隊員の歴史を書いた本とかの感想も書いているので、お時間あるときにでもどうぞ。

http://curragh.sblo.jp/article/240662.html

http://curragh.sblo.jp/article/3903550.html

http://curragh.sblo.jp/article/44955162.html
Posted by Curragh at 2015年12月30日 23:50
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