ところで … ローマカトリック / プロテスタント問わずに( と思うが )クリスマスタイド[ 古い英語の言い方では yuletide というのもある ]というのはほんらいは今月6日のエピファニー前までの 12 日間(「クリスマスの 12 日」という歌もある )でして、ようするに西洋版「お正月」ととらえちゃってかまわないんですけれども、東方教会系ではそのつぎの7日がクリスマス、という地域もあったりします。ようは使っている暦が「ユリウス暦」か「グレゴリオ暦」か、ということなんですが、ことはそう単純ではなかったりする。移動祝日の「復活祭」、イースターだって、関連拙記事にもあるように古代から論争があった。
邦訳では「顕現日」とか「主の公現」とか言われている6日なんですが、このクリスマスタイド期間中、Organlive.com なんかはそれこそ 24 時間ずっとクリスマス関連のオルガン音楽がかかりっぱなしでして、当然、セントポールとかイーリーとかダラムとかアングリカン系大聖堂聖歌隊ものもよくかかったりします。テュークスベリーの子どもたちのクリスマスアルバムなんかもかかったんで、これにはちょっとびっくりした。で、手許のクリスマス音楽関連 CD 、それこそビリー・ギルマンからニューカレッジ、レオンハルトにテルツとごたまぜ状態でこっちもヒマなときにせっせと聴いてたんですが、ある曲も Organlive のストリーミングでときおりかかっていたのを耳にして、ああそうか、こういうのもあったな … とにわかに思い出したので本日はそれをサカナに書いてみます( 長過ぎる前口上失礼 )。
その楽曲とは、バッハ作曲「クリスマスコラール『天よりくだって[ 高き御空よりわれは来たりぬ ]』にもとづくカノン風変奏曲 BWV. 769 」。いまさっき Naxos のライブラリーで適当にひろって聴いていたんですが、マリー−クレール・アランなど一部の演奏者による音源ではバッハが 1747 年、かつての教え子ミツラーが設立した「音楽学術協会」に 14 番目の会員[ 明らかに意図的な数字 ]として入会する際、入会資格審査のために用意したとされるこの作品のオリジナルにその後みずから手を加えて各変奏の配置を並べ替えた版( BWV. 769a)にもとづいて演奏してます[ 初版印刷に関しては 1746 年説もあり ]。細かく見ていくと、
I. 対位カノン
1. 3声部曲:
第1変奏 ソプラノとバスのオクターヴカノン、定旋律はテノール
第2変奏 ソプラノとアルトの5度のカノン、 定旋律はテノールまたはバス
2. 4声部曲:
第3変奏 バスとテノールの7度のカノン、定旋律はソプラノ、「カンタービレ」と書かれたアルトの自由声部つき
第4変奏 ソプラノと拡大形バスのオクターヴカノン[ 拡大カノン ]、定旋律はテノールで足鍵盤上に現れ、アルトの自由声部つき
II . 定旋律カノン
第5変奏 6、3、2、9度の4つのカノン[ 最初のふたつは3声、残りふたつは4声で定旋律は上下逆さまの転回形で模倣される ]
… と、はっきりいって音楽というよりもはや幾何学、数学の世界のようなとんでもない「変奏曲」なんであります。バッハの青年時代に作曲された一連の「コラールパルティータ」もすばらしいけど、もう最晩年のバッハが到達したこの作品にいたっては、いくら「音楽学術協会」提出用と言ったってもはや人間の演奏能力、もそうだけど、聴き手の耳の能力を凌駕している。そしてこの「カノン風変奏曲」は最晩年の「特殊作品」、つまり「音楽の捧げもの BWV. 1079 」と「フーガの技法 BWV. 1080 」、および「ゴルトベルク BWV. 977 」とおなじ範疇の作品だと言える。その証拠に、バッハが銅版印刷させたという「初版譜」では、最初の3つの変奏ではひとつの声部のみ完全記譜されているだけで、模倣声部ははじめの数音しか印刷されていない( ちなみに自筆譜はいわゆる「17 のコラール」と「6つのトリオソナタ」が記譜されたのとおんなじ楽譜帳[ BB Mus. ms Bach P 271 ]に書かれている)。ヘルマン・ケラーは『バッハのオルガン作品( 原書は 1948 年刊行、日本語版は 1986 年 )』で、「6声部書法によってコラール4行全部が同時に提示される称賛すべき独創的ストレット」と書いてます[ 下線強調は引用者。当時、音楽学者フリードリヒ・スメントがバッハの「再配列した版 BWV. 769a」の順番[ 第1−2−5−3−4変奏の順 ]で校訂譜を出版したことにからめて、もともとの配列つまり「第5変奏」を最後に演奏することの意義を強調してもいる。ついでに終結部ソプラノ声部には B-A-C-H 音型も顔を出している ]。
でも! まずは騙されたと思ってリンク先を聴いてみてください。まるで「天使の大群」が上へ下へと乱舞している光景が、くっきりと見えてくるかのような生き生きとした音楽ではありませんか。『故人略伝』に、「わが故バッハ氏は、なるほど音楽の理論的な深い考察をおこなう人ではなかったが、実践の面ではひじょうに長けていた。彼はこの協会に、コラール『天よりくだって』を完全に仕上げて提出した。この作品は、のちに銅版に彫られた … 」とあるのは、バッハという人は実践の人であり、いかに音楽理論的にすぐれた「作品」でも、実際に美しく奏でられるもの、響くものでなければ意味がない、ということを信条にしていたような作曲家だった点を強調してのことだろうと思う。最終変奏で定旋律までカノンに加わってしまうのも、ひょっとしたら「天からくだって」やってきた救世主の「受肉」を象徴している … のかもしれない。いずれにせよ一連のオルガンコラールもの作品としても最高傑作に入ると思われるこの変奏曲、「音楽の捧げもの」や「ゴルトベルク」と同様、リクツなんかわかんなくてもすんなり楽しめますし。もちろんこの「カノン風変奏曲」だってクリスマスメドレーの一部として聴いてもなんら違和感がないところがすごいけれども、個人的には「フーガの技法」同様、「対位法技法の奥義書( ようするに「お勉強」)」みたいな性格がより強いかな、という気がするので、リンク先もあえて「楽譜つき」にしておきます。