2016年03月07日

いまごろはレオンハルト氏と、カントール・バッハ氏と …

 なにげなくぴろっと開いた、けさの朝刊。開いた瞬間、あーッと声を上げてしまった。

 マエストロ、ニコラウス・アーノンクール氏逝去の報でした。行年 86 歳。盟友レオンハルト氏は御年 83 歳で亡くなったから、すこしは長生きしたことになるのかな。年回りもたったひとつちがいで、ほとんど同級生みたいなもんですし。

 昨年 12 月 5 日、いきなり引退発表したときは、レオンハルトのときと同様、かなり深刻だったのかもしれない。目にした死亡記事によると、もう長いこと病気療養中だったとか。まったく知らなかった … 合掌。

 最後にふたつほど引用を。どちらも小学館の『バッハ全集』の解説本にくっついていた「月報」に掲載されていたもので、ひとつはお弟子さんのひとりフィリップ・ヘレヴェッヘさんのインタヴューからの抜粋ではじめてアーノンクール氏と出会ったときのこと、そしてアーノンクール氏自身のことばによる、バッハ讃を。
 「 … それは私たち[ ヘレヴェッヘさんが創設したコレギウム・ヴォカーレ・ヘントのこと ]にとってすばらしい経験でした。レオンハルト、アーノンクールという、バロック音楽に関する二人の偉大なマエストロに、現在でもそうですが、学ぶことができたのです。何がすばらしいかというと、彼ら二人があまりに違うからなのです。レオンハルトは内向的といってもいいかもしれません。それに比べ、アーノンクールはとても外向的です。そして彼はまたすばらしいオペラの指揮者でもあります。彼ら二人は根本的に音楽に対してのアプローチがまったく違います。ですから、二人からさまざまに違うことを学んだのです」
―― 『バッハ全集 教会カンタータ 5』小学館、1999 より

It has always been my conviction that music is not there to soothe people's nerves…but rather to open their eyes, to give them a good shaking, even to frighten them.' ―― Nikolaus Harnoncourt.

「音楽とは神経を鎮めたり、安らぎを与えるためだけのものではなく、人々の目を開き、心を揺さぶり、ときに驚かすためにあるものだ ―― ニコラウス・アーノンクール、『同 教会カンタータ 3 』 1998 より

posted by Curragh at 22:36| Comment(2) | TrackBack(0) | おくやみ
この記事へのコメント
わたしのほうでも、Curraghさんから一日遅れで、アーノンクール追悼の記事を投稿しました。

レオンハルト、ブリュッヘン、そしてアーノンクール、と古楽の復興期を支えた三巨匠が亡くなり、ひとつの時代が完全に終わってしまった感がありますね。とはいえ、戦後古楽の第一世代の音楽家、ヤープ・シュレーダー、あるいはアーノンクール夫人アリス、レオンハルトの妹トゥルーデリーズは健在なのですが。

三人が亡くなる以前から、時代そのものは次へ次へと進んでいます。しかし、象徴であった三人の喪失で、今後、古楽はどうなるのでしょう。弟子や孫弟子の音楽活動で、古楽は根付いたようにも思えますが、まだそうでもないような気もします。
Posted by aeternitas at 2016年03月08日 18:42
aeternitas さん、

いつも丁寧なコメントありがとうございます m( _ _ )m  たしかマリー・レオンハルトさんもまだご健在なのではないかと思います。

話変わりまして、いまさっき NHK-FM 「ベスト・オヴ・クラシック」で、ヴァルヒャの弟子のひとりだったリュプザムの来日公演@武蔵野市民文化会館小ホールを聴取したところです … 奇しくも本日はあの未曾有の大震災と原発事故からまる5年の節目の日で、しかもおなじ金曜日でした。じつは今週の「古楽の楽しみ」は磯山先生解説による「マタイ」初稿版 BWV. 244b の特集で、木曜朝の放送のとき、不意に涙が溢れてしまって自分でもちょっと驚いてしまいました … でも初稿版をこうして通して聴くのははじめてだったので、すごく新鮮で、心洗われる体験でした。もっともリフキンに代表される仮説には、いまだ抵抗を感じてはいますが。じっさいには … どうだったんでしょう ?? 

いまの古楽演奏は、実験的なものも含めてひじょうに先が読みにくい展開になっているような気がします。肯定的に申せば、とてもおもしろいことになっているかもしれません。新しい聴衆の獲得という点では、いまの古楽演奏家の活動はかなり貢献しているように感じてはいます。でもいずれはこういう演奏スタイルも「その時代の感性、その時代の受容のしかた」というくくりで再解釈されるときが来るんじゃないかって思ってます。いちばんわかりやすい例がテンポですね。メンゲルベルクの採用したテンポとリヒター、アーノンクール、コープマン、あるいはノリントンのテンポとでは、おなじ原曲であっても印象ががらりと変わりますし。

最後に、これは aeternitas さんのブログコメントからの拝借で失礼しますが、

> 世の中にCDが出現し普及していく時期は、ちょうどアーノンクールが一般的なオケを指揮し、古楽ファン以外にも有名になっていく過程と、ほぼ一致しているかと思います。

というのは、ヴァルヒャの2度目のバッハオルガン作品全集の CD 化が進行していた時期とも重なりますね。そしていまは … アナログ回帰? なんでしょうか、なんと LP が復活の兆しとか。真空管アンプももっとお手頃価格になって復活してくれると、さらにうれしいんですが( 苦笑 )。
Posted by Curragh at 2016年03月11日 22:13
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