2016年08月07日

「あいつのものモノリスしい単神話めき ! …」、名翻訳家逝く

 先月から今月にかけて、偉大な功績を残された方の訃報があいついだ。先月 26 日には日本を代表するピアニストのひとり中村紘子さんが( 享年 72、文筆家としても名を馳せた先生なので、リンク先はあえて著作ページにしてあります )、そして 31 日には昭和の大横綱、「ウルフ」の異名をとったもと横綱「千代の富士」の九重親方が( 享年 61 )、そして個人的にとてもショックだったのが、英文学者でジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』個人全訳を成し遂げたあの名翻訳家、柳瀬尚紀先生の訃報だった[ 地元紙での扱いがあまりにもささやかだったため、はじめは気づかなかった。ちなみに「東京新聞」は顔写真付きだった。さすが ]。肺炎だったらしい。享年 73。こんなこと言うと不謹慎だが、7月 30 日で 73、と、数字まであわせなくてもよかったのに。もっともっと翻訳してほしかったのに。もっともあいかわらず悟りの遅い不肖ワタシは、柳瀬先生が現在、文芸誌に『ユリシーズ』全訳を目指して連載中だった、なんてことさえ知らなかった( mmm ... mṃm ... ṃmṃ )。

 手許にある『辞書はジョイスフル』という楽しいエッセイ( 1994 )。この本に、20 年前の 1996 年に新聞社の取材に答えていた記事の切り抜きを挟んであって、ひさしぶりに眺めてみる[ ちなみに ↑ の「mmm ... 」は、先生のこのエッセイ本文から借用した ]。「現代に問う『ユリシーズ』下」というタイトルの記事で( ということは「上」もあったわけで、そっちのほうは図書館に保存してある過去記事でも見ないとわからないけど )、先生のお写真のキャプションにこう書いてあって、いかにも先生らしいな、と微笑んだことなど思い出していた ―― 「ぼくは 1 年前より 365 日分英語ができるようになってると思う」。ということは、先生は『ユリシーズ』全訳になんと 20 年もかかり、ついぞ未完に終わってしまった、ということになる( もっともベストセラーにもなリ、映画化もされた『窓から逃げた 100 歳老人』などの邦訳に従事していたなど、一時期『ユリシーズ』完訳作業から離れていたようですが )。心より、柳瀬先生のご冥福をお祈りします(『フィネガン』邦訳についてはこちらの拙記事参照 )。

 『辞書はジョイスフル』、あらためて読んでみると、『フィネガン』翻訳の手の内もあちこちで航海、ではなく公開されてまして、そうか、「卑猥に類スるキャロル歌いめ !! ( 原文:Lewd's carol ! [ Finnegans Wake, p. 501 ])」なんてのもあったんだ、とか、その他いろいろ発見が。でも先生は、「『フィネガンズ・ウェイク』全訳で最も頭を悩ましたひとつ」と告白してもいる( ibid., p. 25 )。あいにく『フィネガン辛航紀』のほうは、いまだ未読。静岡県内の公立図書館の串刺し検索かけてなんとしてでも読んでみようと思う(『辞書は 〜 』のオビの惹句で、清水ミチコさんの評がすこぶる的を射ていておもしろい。曰く、「世界初の活字芸人である」)。

 そして先生は名翻訳者の例に漏れず、無類の辞書 / 事典好きだった。とにかく辞書大好き人間で、そのこともたっぷり紙幅を割いて書いてある。『フィネガン』にはあまたの見たこともない難読漢字が詰めこまれている感ありだが、たとえばそういう漢字ないし熟語をどうやって拾って、見つけてきたかもくわしく書いてあって門外漢にはひじょうに参考になる。『諸橋大漢和』とか、『角川新国語辞典』の「付録」とか … たとえば、
… もはや十二憑きはない、血そめつき、気さわぎ、夜迷い、単于憑き、殺め好き、 … ( III 巻、p. 310 )
なんてのは、すべてこの辞書の付録の「月の異名」を参照してこさえたヤナセ語「変奏」だそうです。で、先生によると引用箇所の「原形」はつぎのとおり。
かすみそめつき( 霞初月 )、きさらぎ( 如月 )、やよひ( 弥生 )、うづき( 卯月 )、あやめづき( 菖蒲月 ) …
 というわけで、寡聞にして知らないが、もし生前、柳瀬先生が「小学校からの英語必修化」の話を聞いたら、「とんでもない、まずは日本語でしょ、日本語は天才である !!! 」と応じたかもしれない。「1月」の異名というのがこれまたすごくて、かすみそめつきだけでなく、いわひづき( 祝月 )、履端( りたん )、質多羅( せいたら )etc., … 前にも書いたけど色の名前だって、ほんとたくさんあるのが日本語という言語。そしてそれをさらに豊かにしているのが、各地方に伝わる方言ですかね。あ、そういえば記事のお題にもした『フィネガン』の一節、そのすぐあとに「ああ、ほうかい! もうそのことはいわんでくれ[ ' ... And his monomyth! Ah ho! Say no more about it!' Ibid., p. 581 ]」とつづくけど、「ああ、ほうかい!」を見た瞬間、ワタシの頭には懐かしい祖母の声が聞こえてきた( 西伊豆の方言でもあるのです。意味はもちろん、「ああ、そうかい」)。そういえば祖母は「ウルフ」が大好きで、取り組みのときは決まって「千代、ほら行けッ、千代 !! 」とテレビ観戦していた。
凡人が『フィネガンズ・ウェイク』を読もうとすると、いかに外国語を知らないかを知る。いかに外国語に通じていないかを知る。
 そこで辞書だ。凡人には辞書がある。
 たとえばアルメニア語であれ、アルバニア語であれ、動詞のように活用のあるものはむずかしいとしても、少なくとも名詞なら凡人にも辞書は引ける。――『辞書はジョイスフル』p. 21

 こんなこと言うと怒られそうだが、SNS 全盛時代、あまりにもことばというものを大切にしていない使い手が多過ぎる。昔は原稿用紙とか便箋に( この季節だったら )手汗かきかき辞書片手に升目を埋め、読み直してまた書きなおす、みたいなことを繰り返して、ようやく第三者である読み手に読んでもらえるようにしたもんだけれども、いまじゃチョチョいと入力して( それも変換予測機能もついて )、ろくすっぽ推敲もせずすぐ送信、あっという間に全世界に公開されちゃうという、ある意味ソラ恐ろしい時代。昔も今もデマというものはあるけれども、虚報 / 誤報をツイートされれば最悪の場合、世界中を巻きこむ危険性も孕んでいるのがいまのご時世。あまりに「速報性」ばかりが偏重されている気がするのはタワシ、じゃなくてワタシだけかしら[ 以上、現場報告員、前大佐でした。名はセバスション、出はリオデジャナイヨと、だんだん日本語が怪しくなってきております ]。こういうお気軽さはなにもことばに限ったことじゃなくて、前記事で取り上げた怪物捕まえ手系ゲームにも言えることだし、世の中全般に対しても言えることではないのか、となんだか偏屈オヤジみたいになってしまった( ついでに牛3つで「犇めく」ですが、柳瀬先生によるとなんと「雷4つ」合わさった漢字まであるそうです )。

 手許にある柳瀬先生の訳書としては、いまひとつ『ダブリナーズ』もある。いつか「名訳に学ぶ」として取り上げたいと考えてます。合掌[ ヤナセ先生、あばあばあばよわん、達っぱでね !! ]。
… 冠涙にむせびて己の挽歌を、天使の機関車の泣きむせぶごとく。理非ィなる人生は遺棄るに値するや ? 唯いな !  
 この一節をキャンベルはこんなふうに紐解いている ――「人生は、それを捨てるに値するものだろうか ? 」。『フィネガン』には全編に現れる「 1132 ( とその変形 )」や 29 人の女生徒の口から各国語による「平和」が繰り出されるなど、それなりにメッセージ性もあるしプロットもある。けっして「精神を病んだ物書きの狂文」ではない。

[ 付記 ]:参考までに、本家サイト別館「ヤナセ語訳『フィネガンズ・ウェイク』を読むためのかんたんな道しるべ[ β版 ]

 … いまさっき調べたら、なんとなんといつも行ってる図書館に、Finnegans Wake 原本が置いてあったことを発見 !¿! Ulysses は借りたことあったけど、まさか『フィネガン』原本まであるとは … おそらくだれからも顧みられなくて書庫でショコんぼりしてるだろうから( 苦しい )、こんど借りてみようかな。だれがなんと言おうと、'harpsidiscord' を「破ープシコード ( I 巻、p. 37 )」としたのは、快哉ものです[ ただし、「フィネガン徹夜祭 / 本文は英語 」という但し書きは、どうなのかな、あれは英語のように見えて、じつは「字酔イス語」なので。柳瀬先生によると、『フィネガン』関連辞典 / 事典 / 注釈本のたぐいでもっとも役に立ったのが 2 冊あり、そのひとつが比較神話学者キャンベルがヘンリー・モートン・ロビンソンという人と書いた『「フィネガンズ・ウェイク」を開く親鍵 A Skeleton Key to Finnegans Wake 』だったそうです ]。

posted by Curragh at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | おくやみ
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