2008年08月09日

広島とゲバラ

 今日は63回目の長崎原爆忌。新聞には、浦上天主堂での早朝ミサで手をあわせて祈る老婦人の写真が載っていました。

 いつだったか忘れたけれど、あるTVドキュメンタリーを見ました。そこではなんと、あのチェ・ゲバラが文字どおりゲリラ的(!)に広島の平和記念公園を訪問し、原爆資料館や慰霊碑を見て回っていた、というものでした。資料館にはゲバラ本人がばっちり写っているモノクロ写真まであるというからさらに驚きました。

 そしてついせんだっても、週刊誌の巻頭ページにゲバラの娘アレイダ・ゲバラさんがかつて父親が訪れた広島の平和記念公園を訪問しているときの写真が掲載されていました。そしてカストロ議長も、2003年に広島を訪問して原爆犠牲者の慰霊碑に献花していたんですね。こっちのほうは恥ずかしながら知らなかった。カストロが被爆地広島を訪問しようと思い立ったのも、そもそもゲバラに「日本へ行くのなら、ぜったい広島に行くべきだ」と強く勧められたためであったとか。きちんと約束を果たしたというわけですね。また今年はちょうどエルネスト・ゲバラ生誕80周年でもある('Che'というのはニックネームです、念のため)。

 キューバは1962年10月、ケネディ−フルシチョフのころの冷戦のとばっちりを受けたいわゆる「キューバ危機」を経験しているから、ことさら核兵器というものに敏感なのかもしれない。とにかくゲバラの帰国報告を受けたあと、キューバでは子どもたちに広島・長崎の悲劇を教えるようになった。番組の取材でも、「8月6日はなんの日か知ってますか?」と訊かれた子どもたちがみな、間髪入れずに「広島に原爆が投下された日」と答えていたのにもびっくりした(ちなみにおなじ第二次大戦敗戦国ドイツでは、なんと「ベルリンの壁」さえ知らない若者が増加中という! …日本もドイツも事情はあんまり変わらないみたいですね)。

 キューバ、とくるとすぐカストロの独裁国家というイメージが浮かぶ。でもひとつ独裁者カストロを褒めていいとすれば、信念を貫き通している点だと思う。たしかに共産圏のご多分に漏れず、政治犯の収容施設はあるし、人権監視機関ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書にも表現の自由がきょくたんに制限されていると非難されてもいる。以前、NHK-FMのオーディオドラマでキューバ生まれの作家レイナルド・アレナス Reinaldo Arenasの遺作『ハバナへの旅』が放送されてました。ラジオドラマ版では、先日亡くなったソルジェニーツィンじゃないけれど、キューバを「島そのものが牢獄」だと表現していた。もっともこの人のこの作品は自由奔放な同性愛者の視点から描かれているので、あんまり参考にはならないかもしれないが…。カストロの信念は、とくに子どもたちの教育機会の平等ということにも現れていて、たとえばここでも取り上げたビル・マッキベンのDeep Economyにも、キューバでの教育水準の高さが書かれています(p.76)。キューバでは、大学進学を志す者はすべて大学に入れるし、生徒にたいする教師の割合もスウェーデンとおなじだという。

 またべつの機会に見たTVドキュメンタリーでは、キューバの老人ホームに暮らす100歳を越えたすごい日本人移民(!)のおじいさんを取材していた。「超」高齢化社会を迎えた日本では、頼みの綱であるはずの医療費がどんどん削られている。かたやキューバは1996年にいちだんと強化された米国の経済封鎖にもめげず、医療費がなんとタダ同然という。印象的だったのはたったひとり、異国の地に骨を埋めようとしているおじいさんの驚きのこもったつぶやき。「なんで日本では家族みんなで暮らさないのか?」。たしかに独居老人の数は年を追うごとに増えているし、「孤独死」も日常茶飯事の感がある。キューバは単純に経済的見地からだけ見れば日本とはくらべようもないほど――これは米国による経済封鎖と旧ソ連崩壊後の共産圏消滅による経済的孤立の影響が大きい――貧しい貧しい国で、お菓子さえ満足に買えないような国なのに、TVに映し出されていたお年寄りのなんと生き生きとしていること! とにかくはじめて知ることばかりで、その前に見たゲバラの話といい、はっきり言って衝撃的だった。またマッキベンは、「グローバル化した世界では、島国ももはや島国ではない」…それゆえ旧ソ連崩壊後、共産圏との貿易の道が絶たれたキューバは文字どおり経済的には世界地図から消滅したも同然の深刻な経済危機に見舞われたものの、いかにしてそれを克服したかについても興味深く綴っています。前に書いたことの繰り返しになるけれども、都市型農業というか、首都ハバナの遊んでいる土地という土地を、すべて小規模農園として再生させ、文字どおり国を挙げて「地産地消」に取り組んだという。農薬や化学肥料を買う金はないから、必然的に無農薬・有機栽培になる。そのためにはただ土地を囲って鍬を振っていてもダメで、専門知識が必要になる。一夜にして世界の孤島になったキューバ市民はにわか農民だったが、彼らを技術指導したのが大学で専門知識を身につけた若者たち。そんなキューバはいまや世界で最も進んだ医療先進モデルとして全世界から視察団が訪れるようになったし、自国の経済的苦境にもかかわらず、海外の医療支援にも熱心で無料で留学生を受け入れてもいる…ハード面では日本の医学はたしかに世界随一かもしれないが、「医は仁術」ということがきちんと実行されているキューバと、いったいどっちがいいのだろうか…ひじょうに考えさせられる番組でした。ちなみにカストロの実弟ラウル・カストロが新議長として実権を握りましたが、ラウル色を出そうということか、せんだってパソコンやDVDプレーヤの購入自由化を発表していましたね。もっともインターネットはまだダメらしいが…キューバでは携帯電話も高嶺の花。でも電車に乗っている人みんながみんな携帯画面とにらめっこ、バスの中でも運転士が注意しているにもかかわらず携帯をいじくっている女子高生とか当たり前のように見かける国と、はたしてどっちが幸せなんだろうか。いまの携帯電話はネット接続が当たり前だから、携帯サイトやメール機能を悪用した陰湿ないじめの報道なんかもよく見聞きする。秋葉原の無差別殺戮事件のときも、やめろと言っているのに記者気取りなのかどうかは知らないが、血を流してこと切れかかっている被害者に携帯カメラのレンズを向けて撮りまくってる、それこそ氷のように冷えきった異常な光景が見られたと言いますし。そして街頭にはそれこそ無数の防犯用監視カメラが溢れている。ある意味これはキューバ以上の監視社会じゃないかと思いますがね。ほんとにこんな社会が人間的で暮らしやすい社会と言えるのかって本気で疑問に思いますよ。キューバ以上に歪んでいるんじゃないでしょうか。あるいはキューバの人が、日本では親殺し子殺しが多いとか自殺者が年間3万人以上も出ているとか知ったらぶったまげるんじゃないでしょうか。キューバはたしかに貧しいかもしれない。でもすくなくとも自然にも人間にも「持続可能な」やさしい視点があるように思う。

 キューバが米国のもくろみとは真逆にいまだもちこたえているのは、盟友ゲバラの遺言をきちんとまっとうしているフィデル・カストロというひとりの独裁者の揺るぎない信念に負うところが大きいように思う。キューバにかぎって言えば、独裁体制=悪という単純な図式は成立しない。もっともカストロを擁護しているわけでも英雄視しているわけでもない。ただ、北朝鮮やかつてのルーマニアとはちがう国だということです。

 6日の広島原爆忌のとき、核保有国として二番目に(やっと?)お隣の大国・中国代表も参列した。米国はじめ、ほかの核保有国にたいしても広島市は原爆忌式典に参加するよう呼びかけてはいるものの、米国もフランスもいまだ出席ならず。それでも希望はある。2年前の原爆忌のとき、NGO団体の招きでシカゴに住む14歳の少年がやってきた。この少年は、学校の授業ではおざなりにしか教わらなかった広島・長崎に投下された原爆のことをもっとよく知ろうと、同級生とともに反核を訴える短編映画をみずから制作、作品は核拡散防止条約(NPT)再検討会議でも上映されたという。広島・長崎では被爆者の取材もこなしたこの少年はこう言ったそうです。「米国に原爆投下を悪く思わない人がいるのは、事実をよく知らないから。原爆投下は史上最悪の決断だった。二度と起こしてはならない」(彼の制作した映画はこちらで見られます)。昨年のいまごろは、イタリアの子どもたちが折った千羽鶴を届けてくれたバイク乗りたちのことを書いたけれども、今年はなんと言っても沖縄全戦没者追悼式で感動的な詩を朗読してくれた小学生がすばらしかった。グノーシス文書「トマスによる福音書」じゃないけれど、命の道をこの少年に教えられたような気がする。ある対談番組で、いわゆるワーキングプアの青年が、いともあっさりと「戦争にでもなればいい」と暴言を吐いたのを見たときには正直激しい憤りを感じたものだが、「みんながしあわせになれるように ぼくは、世の中をしっかりと見つめ 世の中の声に耳をかたむけたい。そしていつまでもやさしい手と あたたかい心を持っていたい」というこの少年の詩には、ほんとうに心洗われるような思いがした。While there's life, there's hope, anyway(追記。ひょっとして、と思ってAmazonを検索したら――FirefoxはデフォルトでAmazonの在庫も検索できるので便利です――マッキベンの本の邦訳が出ていた。買わなくちゃ。ついでに『暴走する資本主義』も図書館から借りて読んでみよう…その前に『解読 ユダの福音書』も手許に届いてもう何日も経っているから、そろそろきちんと読まないと…).

posted by Curragh at 23:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 日々の雑感など
この記事へのコメント
>ハード面では日本の医学はたしかに世界随一かもしれないが、「医は仁術」ということがきちんと実行されているキューバと、いったいどっちがいいのだろうか

>街頭にはそれこそ無数の防犯用監視カメラが溢れている。ある意味これはキューバ以上の監視社会じゃないか

・・・ほんとうに、そのとおりです。付け加えるべき何者もない。
ただ、胸を打たれたことをお伝えしたいだけのコメントです、はい、すみません!
Posted by ken at 2008年08月10日 10:35
Kenさん

日本とキューバをくらべて、日本の利点をあげればすくなくとも言論の自由は保証されているということです。もしキューバで↑のようなことを発言したら即逮捕・投獄かもしれません。それさえなければ、キューバは文字どおりの「カリブの楽園」なのかもしれませんね。

マッキベンの本は邦訳も出ましたので、興味がおありでしたら一読をおすすめします。最近、思うのですが、日本のいわゆる「インテリ」層にはそうとう偽物が跋扈しているように感じます。とこんなエラソーなこと書くとお咎めを喰らいそうですが、図書館で欧米のジャーナリストの書いた本ではなくて邦人著者の新書とかときおり読んだりしますと、どうにも合点のいかないことがたびたび…たとえば『グーグル・アマゾン化する社会』という本では、Web2.0の功罪を問うとかロングテールは夢物語かと帯にあるんですが、靖国問題やらライブドア事件やらはては衆院での自民党圧勝にまで話が飛んでいって、けっきょくなにを言いたいのだろうと(苦笑、まるでここの記事みたいだ、と言われれば首肯するほかなし)…かんじんの結論としては、陰謀史観的においを漂わせてGoogleやAmazonといった強大な黒船勢力にマネーを吸い取られる「フラット化・一極集中」型社会になりつつあるという、ありがちな紋切り型で終わってました。またいわゆる潜入ルポものではたとえばバーバラ・エーレンライクの『捨てられるホライトカラー』という本が――あまり救われない内容ながら――好印象でした。かたや、日本人著者の潜入ルポ『アマゾン・ドット・コムの光と影』なる本でもおんなじ手法をとってはいますが、詰めが甘いというか、そもそも日通の物流センターにすぎないところに身分を隠して潜りこんでもしようがないんじゃないかと…Amazonは大量の低賃金労働者を使い捨てている、と告発してはいますが、物流にかぎらずいまや低賃金労働問題はどこにでもあるんじゃないでしょうか。そして半年後、バレることもなくめでたく(?)潜入取材を終えた後は一路フランスへ(言い方は悪いが高飛びに近い)。エーレンライクのほうはどうかと言えば、その後も知りあった人と連絡を取り合い、「超」格差社会米国の就業環境の改善に向けて行動を起こそうと呼びかけています。…これらの本の読後感の落差はいったいなんなんだろうと思いもしましたが、ひとつには欧米には記者を養成するジャーナリズム専門の学部があり、多くのジャーナリストが文章の書き方から徹底的に訓練を積んでいることも関係しているのかもしれません。また引用のやたらと多い本というのも見かけます。スクラップブックかと思うくらいに(苦笑)。そうかと思えば先に結論ありで、強引に持論を展開するつわもの(?)もいたりで。もちろんだれにだって思いこみはあって、シュヴァイツァー博士も強引にバッハとアルザス地方との関係を結びつけたりしています。でも最近の日本人インテリ層の本は、安易なhowtoものか、やたら引用が多いものか、牽強付会でなにが言いたいのかよくわからない、自分の利する方向へと世論操作しようという本が目立つ気がするのです。そこへくると、ここでとりあげた和洋書は、わりとまともではないかと思っております(トンデモ本は、立ち読みしただけでだいたい察しがつくものです)。こんな新刊本ばかりだと、たしかに本も売れないかしら、とも思ったり(苦笑)。『堕落論』とか昔の本を読んだほうがまだましというものです。

…と人様の文章の拙さ以上に拙いこのblog。けっこう推敲…しているはずなんですが、出るわ出るわ誤変換の嵐(苦笑)。文章もいまいちだし、記事総数も気がついたら347本。そろそろ年貢の納めどき??? 
Posted by curragh at 2008年08月11日 00:58
>そろそろ年貢の納めどき???

いやいや、記事数365本ごとに年貢を納めて(今年は閏年ですからもう1本多くていいか)確定申告で、経費をどさっと申告すれば、還付の方が多いのでは?(・・・わけわからんジョークだなあ)

本の内容についてのお話、大いに参考になりました。日本人の書いた労働・賃金関係の本(分野を問わず関連があればなんでも)はお粗末なものが多くて辟易していました。きちんとデータも取れていなければ調査手法に一貫性がないものばかりだし、著者の主観一辺倒で貫かれているので、勤め人として働いている立場から、あるいは過去の諸経験(日雇いさんと寝泊まりする毎日を送ったこともありました)と照らし合わせると「デタラメだろー?」としか感じられないものも多く、疑問に思っていました。
エーンライクと言う人の態度は素晴らしいですね。
マッキンベンやこのエーンライクあたりを、是非目を通してみたいと思います。

またいろいろ教えて下さい。
Posted by ken at 2008年08月11日 06:35
じゃああと19本書いたら申告ということで(笑)。

なんかここ数年の動きを見ていますと、実力はともかく、一度名前の売れた人にしばらく書きつづけてもらおう、売れなくなったらまたつぎのヒットを飛ばしてくれた書き手に頼もう…みたいな安易な姿勢が根本原因ではないかと疑っております。自分は読んでないのでなんとも言えませんが、「ユダ福音書」がらみでもと外交官だった方が『文藝春秋』に寄稿されたという記事がありました。でもこの方がいくらクリスチャンだからと言っても、グノーシス主義についてそもそもどのていどの知識をお持ちなのでしょうか。珍説をぶってなければよいのですが。

それと↑で書いたことをすこし訂正させてください。米国にはジャーナリズムを専門に教える大学院がある、と書くべきでした。半可通…m(_ _)m
Posted by Curragh at 2008年08月12日 08:36
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