2016年12月25日

「ラスコー展」⇒ パリ木 ⇒ 「鏡の中の鏡」

1). 本日はなんともう( 早 !! )クリスマスじゃないですか。ここんとこいろいろヤボ用が立てこみ、また部屋の整理ついでに National Geographic 日本版など古雑誌や古本やらを整理し( 以前、神田の古本屋さんでティム・セヴェリンの「ブレンダン号の航海」特集号を買ったりしたけど、いまじゃ買い取りしてくれる古書店にお伺いを立ててもこの手の雑誌系は相手にもされない。写真とか付録地図とか、けっこう価値ありだと思うんですがね、雑誌の売れない時代のせいなんですかね )、息つく間もなかったような、今日このごろ。

 でもまあ風邪も引かずにここまでなんとかやってこられまして、そのことに深く感謝しつつ、ひさしぶりにお上りさんで先日、かねてより興味のあった「ラスコー展」を見に行ってきた。なんとかいう TV ドラマのせいで(?)、平日でもけっこう混んでるかも、なんていうビッグデータ解析サイト(!)の予測なんかも参考にはして出かけたんですけど、それはみごとにはずれまして会場にすんなり入れました。なるほど、こりゃすごいです。なんせ3万年も前のクロマニョン人の描いた洞窟壁画を精密な3Dレーザースキャンによる測量( 最近はハンドヘルド型で持ち歩きながら自在にその3次元空間のレーザー測距ができる座標測定マシン[ CMM ]というすごい機械もあるから、さらにびっくり )して忠実に再現したラスコー壁画のレプリカ展示は、圧巻( そういえばさっき見た「日曜美術館 / アートシーン」でも紹介されてましたね )。

 レプリカ展示もよかったけど、貴重な出土品の数々 ―― ランプ台、矢じり、フリント石器、本邦初公開というトナカイの角に彫りつけた「体を舐めるバイソン」や「馬の彫像」… もすごかったが、もっかキャンベル本( Goddesses )を読んでる身としては、なんといってもイタリアの遺跡から出土したという「ヴィーナス像( 34,000−25,000 年前 )」には文字どおり刮目させられた。いわゆる日本の「土偶」体型。典型的な大地母神のイメージが、はやくもこの時代にみごとに表現されていることに驚かされました。

 驚いた、ということでは最後の「後期旧石器時代の日本」に関する展示でもちょっとしたサプライズが。「初音ヶ原遺跡の世界最古の落とし穴」と紹介されていた地層剥ぎ取り断面図の写真パネル。ええっと思いましたよ、わりと近所の遺跡だったので( 苦笑 )。こんなとこでお目にかかるとは、ずいぶん遠回りしたような気分でもある。

 でも隣り合わせに展示されていた「東野遺跡の発掘ピット」の写真パネルは、ちょっとよくわからない。長泉町の東野地区にある遺跡のことなのかな? あそこはベルナール・ビュフェ美術館とかヴァンジ彫刻庭園美術館とかが建つ「クレマチスの丘」という複合文化施設のあるところでもあるけど … それはともかく、初音ヶ原遺跡の落とし穴って世界最古級なんだ、それはまったくの初耳。ラスコー洞窟壁画に話をもどすと、生き生きと描かれた牛や馬、バイソンや鹿、ライオンなどの動物群の壁画もすばらしかったけれども、なんといっても印象的だったのはやはり「トリ人間」ですかね。

2). 上野でラスコー壁画の世界を堪能したあと、こんどは「パリ木」を聴くため東京芸術劇場( 芸劇 )へ。ここに来るのもまたひさしぶり。NHK(?)か知らないが TV カメラが入っていて、開場時間になってもぐずぐずしていて入れなかった( 中継が入るとたいていこうなる、1999 年の王子ホール公演のときもそうだった )。今回はア・カペラ歌唱で知られるパリ木にしてはこれまた珍しく、オルガン伴奏つき! なのです( だから行くことにした )。芸劇コンサートホールの「回転オルガン( !! )」は、今回は白いタケノコをスパっとたてに切ったようなデザインのロマンティックオルガン面でした。

 パリ木( PCCB )の来日公演を聴くのもひさしぶりだったんですが( 前回は東京カテドラル聖マリア大聖堂[関口教会]での公演で、そのときはヴェロニク・トマサン女史という方が指揮者だった、現在はヴァンサン・カロンという若い方 )、'90 年代の公演スタイルとはかなり様変わりしていてある意味とても新鮮でした。「古参」ファンのなかには「グレゴリオ聖歌ばっかじゃかなわない、アンケートで抗議しようか」なんてことをつぶやく人もいたようだが、 べつに来日公演だからってムリしてまで日本語で日本歌曲を歌うこともないんじゃないでしょうかね。前にも書いたことながら、日本語の歌詞をもっとも美しく歌い上げられるのは、日本の子どもたちですし。ただ、団員の子たちによる曲目紹介くらいはあってもよかったかも。前半の締めがバッハの「ヨハネ受難曲」終結コラールというのもパリ木としてはひじょうにめずらしいプログラムだったけれども、なんといっても印象的だったのは当日オルガンを弾いていた現芸術監督のユーゴ・ギュティエレス( Hugo Gutierrrez )氏みずから作曲した「アニュス・デイ( 神の子羊 )」。この合唱のハーモニーはほんとうに感動的だった。とくに終結の 'Dona nobis pacem, PACEM, PACEM!' の連呼が ―― 昨年から今年にかけて、凶悪なテロ事件に揺れた欧州の人々を慰めるかのような清冽なフォルテで何度も繰り返されるこの「われらに平和を!」は、ほんとうにすばらしかった。でもあいにくプログラムノート( 書き手はなんと「古楽の楽しみ」の関根敏子先生だ !! )は「 … 中世のミサ曲からパリ木の芸術監督ギュティエレスが編曲しています」とずいぶんあっさり終わっているため(?)か、パリ木団員たち渾身の「思い」がいまいち聴衆に伝わっていなかった気がするのはすこぶる残念( 平和ボケ、とは言いませんが、こういう作品こそ反応してほしいところではある。歌っている団員たちの顔にも切実な思いが現れていた )。そういえばこの時期の定番でもあるような「カッチーニのアヴェ・マリア」も歌ってくれました。この作品については、先日放映のこちらの番組で加羽沢美濃さんが作曲家としての鋭い指摘( マイナーコード → メジャーコード … というコード進行は、初期バロックではありえないこと )も交えて解説してましたね。そもそもカッチーニは教会音楽家じゃないから、たしかにありえない話ではある( 'Ave Maria ...' のみの歌詞ってのもことさらにありえない )。最近はしっかり「ヴァヴィロフ作曲 / 編曲」と但し書きされて紹介されることがふつうになってきたから、これはけっこうなことだと思う。レーベル会社や招聘元も誤解を招く言い方ないし表記はそろそろ改めるべきでしょう。

3). パリ木の少年たちの清純な歌声とフランスのオルガン音楽( 当日はギルマンとデュプレのオルガン曲も演奏されて、こちらも大満足 )をたっぷり精神と肉体に取りこんで( 笑 )、最後は音楽そのものについてちょっと書きたいと思います。

 先日、地元紙に「世界を翔るタクト」連載中の世界的な指揮者・山田和樹氏が、「音楽のすばらしさは、技術的なうまい・へたを超えたところにある」という趣旨のことを書いていらして、わが意を得たり、と思いました。そんな折も折、愛聴している「きらクラ!」のあのふかわりょうさんがピアノ、遠藤真理さんがチェロでアルヴォ・ペルトのあの「鏡の中の鏡」を演奏してくれたことは( ワタシだけじゃなく、全リスナーがそう感じていたであろうと思うが )ほんとうにうれしいサプライズでした。フーマンさん、Danke schön !! 

 ヴァヴィロフの話じゃないけど、音楽作品にかぎらず芸術作品というのは作者の手を離れて、リスナーや読み手のものになった瞬間、もう作者のものではなくなる( と思う )。だれが作ったのかという真贋論争というのもたしかにそれはそれで大事なことですけど、芸術が人の心に呼び起こす感動というのはプロとか素人とか、それでカネ稼いでいるとかいないとか、そんなこととはまったく関係のない次元の話であって、ワタシはとくに音楽作品そのもののもつ「価値」を最重要視するほう。だからきょくたんな話、プロの名演であろうがちょっと足取りの危なっかしい子どもの演奏だろうが、しぜんと感動を呼び起こすのがホンモノの音楽作品、芸術のもつ底力なんじゃないかって気がします。みなさまもよき( そしてなによりも平和を !! )クリスマスと新年を。

posted by Curragh at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連
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