2018年10月22日

「生きているあいだは輝きなさい」

 いまごろなんですけど、本庶佑先生のノーベル医学生理学賞の受賞はすばらしかったですね! オプジーボでしたか、従来の抗がん剤とはまったく発想の異なる免疫療法による特効薬の研究開発。そして寡聞にして知らなかったが、なんと静岡県ともゆかりがけっこう深くて、昨年まで静岡県公立大学法人理事長を務められ、そして「ふじのくに地域医療センター」の現理事長でもある、というからさらにびっくり(→ 関連記事)。そしてなによりも自身の経験に裏打ちされた「名言」もまた、すばらしい。やっぱりこういう「個」をしっかり持った人というのはけっして狭量ないわゆる専門バカであるはずもなく、普遍的な「輝き」、radiance を放つ人物なのだ、ということを再認識させられもした。

 「一生をかけるなら、リスクが高くても自分がやりたいことをすべき」、「生命科学はどの研究が実を結ぶかはわからない。一見役に立たない、すぐに結果が出ないように見えても無駄ではないのでいろんな分野やパターンに挑戦するべき。だから教科書に書いてあることも正しいとはかぎらない。まず疑うこと」といったことば、胸に響きますね … とくに「健全な批判精神」ということを強調されていたことなんか、もう感激。そういえば地元紙もノーベル賞受賞が決まったとき、本庶先生のことばとしてつぎのように掲載していた[引用は一部抜粋、下線強調は引用者]。
一般的にいまの学生は浪人する人が少ないなど安全志向が強い。人生は一度しかないからチャレンジしてほしい。自分が決めた枠の中にいるだけではおもしろくない。好奇心やおもしろいと思ったことに挑戦してほしい。

 1回や2回失敗したっていい。再起は可能。失敗してもあきらめず継続すること。やる以上は全力で集中してやる。ずっとやっていると、そのうちなんとなく自分に自信がでてきて開けてくる
本庶先生は研究室で若い院生に、よくこんなふうに問いかけたんだそうです。「それは、ほんとうにキミがやりたいことなのか?」。心からやりたいと思っているのかどうか、これが判断のひとつの基準だったことはまちがいない(→「いちばん大切なのはできるかどうかじゃない。やりたいかどうかだよ!」by 高海千歌)。この点もしごく共感できて涙が出そうになる。

 自分が夢中になれるかどうか。ほんとうに好きなら、たとえカベにぶつかってもあきらめたりせず、やかましく無責任な外野の声なんぞいっこう気にもとめず、おのれの究めたいことをひたすら追求すること。… っておや、なんかどっかで聞いたことある話 … そう、比較神話学者のキャンベルの言う「あなたの至福に従え」ですよ、まさしくこれ。言わんとするところはけっきょくおんなじじゃないですかね。 

 前にも書いたけど、ほんとうに自分のしたいことならば、あるいは自分が大好きな分野ならば、とにかく喰らいついてなにがあろうと離さない、そうすれば ―― 確約はできないが ―― 以前、ここでも触れたある翻訳家の先生の言われたごとく、「きっといいこともありますよ」。不肖ワタシもそうかたく信じている( → 本庶研究室で助手、講師を勤めた弟子筋の方の書かれた寄稿文)。

 そういえば先日、原稿書きの調べものをしていたら、まったく予期せずこんなことばに巡り合った。古代ギリシャの墓碑銘だかに刻まれていた歌詞の一部らしき一文で、こう訳されてました。「生きているあいだは輝きなさい。命は短いのだから、思い悩まないように」。かくあれかし、と思う。語学の勉強もこれと似たところがあるかな。ほんの数年くらい学んだからといって澎湃たることばの海を泳ぎきれると思ったらそれはちがうゾ、といっつも思っているので。でもいまはインターネットとか Google とかあるし、調べものひとつとっても昔とくらべれば、そりゃラクにはなりましたわ(その代償? に、ワード当たり単価もどんどん落っこちているというのは好事魔多し、ということなのかどうか)。

 地元紙の読者投稿欄に、学校の英語教育で生きた英会話を教えてほしいという、ある意味切実なお悩みの声が掲載されていた。が、とくに公立学校においてそこまで求めるのはどだいムリだろう、というのが偽らざる感想。そこでインターネットを十全に活用しまくるのだ !! と、声を大にして言いたい。ポケモンGO とか課金ゲームもいいけど、昔にはなかった「特権」がみなさんにはあるのだから、もっともっと活用すればよい。べつにムリして語学留学に行くこともないと思う。ロハでもいくらだって勉強できますよ、ほんとうにその気があるのならば。相手が用意してくれるのをポカンと待ってるだけじゃイカンです。昔、翻訳の勉強をはじめたころに読んだあるエッセイに出てきた「水族館に飼われている太ったイルカ」の比喩とおんなじ。「サメやシャチに襲われる心配もないし、食事だって飼育員がすべて用意してくれる。18, 9 歳くらいでこんな感じになり、ただひとつの不安といえば、退屈すること」。学校では、英語だったら英語ということばの成り立ちと「基礎」さえ身につけてくれればよいと思う。そこから先は、「好奇心やおもしろいと思ったことに挑戦」すればいいだけのこと。じゅうぶん羽ばたけるだけの力は身についているはずです。なんでもかんでも学校の英語の先生に求めちゃダメずら。そんなことしたら倒れちゃう。

 科学研究の場合、もうずいぶん前から基礎研究の研究費の削減と優秀な研究者の不足が問題になっています。お金というのはこういうところにこそ使うべき、と主張してもいる本庶先生はほんと正しいと思いますね。カネの使い道、ひいては税金の使途という点でも、真剣に考えなくてはいかんと思います。

タグ:本庶佑
posted by Curragh at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/184738313
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック