2018年12月31日

fake news と「ワルツ王」と

 早いものでもう2018年の大晦日ですよ。… 昨年、個人的にすこし異動があって労働時間が短くなりまして、職場環境が変わったのを機になかばフリーの文筆業みたいなことを始めました。もちろん翻訳も。金銭的にも実力的にもまだまだだと痛感はしているものの、それでも今年になってからわりと仕事が切れずに入りはじめたりと、軌道に乗っているとは恥ずかしながら言える状態じゃないけれども、昨年よりは進歩したのかな、という感じ。じつは電子書籍の個人出版にも興味があり、折よく(?)書きたいテーマも持っていることだし来年はそういうものにも果敢に挑戦してもいいかな、などと妄想だけはたくましくしている、今日このごろ。

 で、とあるクラシック音楽関連サイトに寄稿している記事の調べものとして図書館から借りたこちらの本。「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世を中心とした音楽一家のシュトラウスファミリーのことを書いた伝記もののノンフィクションなんですが、これが読み始めたらじつにおもしろい。だいたいクラシック関連の翻訳本ってその道の専門家が訳す場合がほとんどで、翻訳専業の人が訳した本は半分もないんじゃないかと思う。1987 年に刊行されたずいぶん古い本ではあるけれど、内容といい、ウィンナワルツ好きにはたまらない一冊だと自信をもってお薦めしたい本です。

 で、開巻早々、シュトラウス一族の先祖にはユダヤ系が含まれているのは公然の秘密なのにもかかわらず、「その遺産を狙っているユダヤ人の連中は、彼の現世の子孫の幾人かに今や屈辱的な生活をさせようと細工している」などと書き立てた、当時のナチス政権の息のかかった反ユダヤ主義の新聞に掲載されたこの広告について書き出されています。ようするにさすがのナチスもシュトラウス一族の音楽は「第三帝国のラジオとコンサートのレパートリーに欠くことができなかった」から、弾圧するわけにもいかなかった、ということらしい。この記述を見て、当たり前のことながら捏造記事、つまりインチキイカサマペテン記事というのはいつの時代も、どこの国でも地域でも存在していた、という単純な事実をあらためて確認したしだい。

 この伝記本にはほかにも『フモリスト』というウィーン(ほんとうはヴィーンと表記したいのだが、ここは訳書表記に統一)の雑誌のシュトラウス2世関連記事にも虚報があったり、シュトラウス2世の最初の伝記を著したルートヴィヒ・アイゼンベルクによる、シュトラウス2世の傑作オペレッタ『こうもり(1874)』ウィーン初演回数の「不正確な、誤解を招く記述」とかも紹介しています。シュトラウス2世をはじめ、父ヨハン・シュトラウス1世、ヨーゼフとエドゥアルトのふたりの弟など、じつはバッハ一族にも負けないくらいの音楽家一族でもあったシュトラウス一家についてはまったくと言ってよいほど無知だったので、今回はなんだか得した気分でもありました。

 シュトラウスファミリーのいままでの個人的イメージは、ウィンナワルツやポルカといったダンス音楽作品をたくさん書き、また『ラデツキー行進曲』など、お正月気分を盛り上げてくれる「軽い」音楽を書いた人たち、くらいの印象しかなかった。でもじっさいには「ワルツ王」シュトラウス2世はヨハネス・ブラームスやリヒャルト・ヴァーグナー、リヒャルト・シュトラウス、名指揮者アルトゥール・ニキシュに、ロシアの作曲家でピアニストのアントン・ルビンシテインなど、錚々たる面々から賛辞を贈られるほどの大物音楽家のひとりであり、地元ウィーン社交界のみならず、当時のヨーロッパ大陸ではその名を知らぬ者はいないほどの超有名人だった。その名声は米国にも届き、自前の管弦楽団を引き連れて驚くべき長距離移動と長期間の公演を行ったりと、移動手段も限られていた当時のことを考えると超人と言ってよいくらいの活躍ぶり。それと、ベートーヴェンの『第九』で有名な、シラーの「歓喜に寄す歌」を引用したワルツ『抱き合え、汝ら百万の友よ』なる作品まであるんですね〜。末の弟のエドゥアルトは晩年、人間不信(?)のようなところがあり、反対を振り切って貴重な遺産でもある兄たちの作品を含むシュトラウス管弦楽団の膨大なレパートリーの楽譜類を大量に溶鉱炉にくべちゃったとか。現場に居合わせた工場従業員の証言によれば、「オリジナルな草稿や未出版の作品を含む楽譜の山が燃え尽きるのに、午後の2時から夜の7時までかかった」という! 

 そんなシュトラウス2世、意外や意外に書かれた作品と相反して(?)内省的かつおカネにうるさい人だったようで、とくに晩年は心気症要因と思われるさまざまな病気にも罹っている。典型的な夜型で、「嵐の夜には、いちばん美しい夏の夜の二倍も」作曲ができると書いた手紙も残っています(ちなみに晩年、別荘テラスで作曲中のシュトラウス2世を撮影した写真とか見ると、いわゆる立ち机で立ったまま仕事をしていたみたいです。腰にはよいかもね!)。「死」というものを病的に嫌い、なんと自分の親をはじめ、夭折した弟ヨーゼフの葬儀にさえ出席を拒否したとか、ヨーロッパ中の聴衆を踊らせてきた作品を書いた張本人がまったくワルツが踊れなかったりと、とにかくはじめて知ることのオンパレードです。癇癪持ちでもあり、精神分析的に見ると扱いづらさという点では大バッハといい勝負かも。

 そんな欠点もいろいろ持ち合わせているシュトラウス2世ですが、ベルリンの劇場主が贈ったという墓碑銘が心を打ちます。
50年の間、ヨハン・シュトラウスは、姿こそ見せなくとも、文明世界のほとんどすべての娯楽施設の現場にいた。幸福な人々がのびのびと楽しみを求めるところには、必ずヨハン・シュトラウスの霊がかたわらにいた。彼の作品が世界に貢献した幸福と享楽の量をはかれるとしたら、ヨハン・シュトラウスは今世紀最大の恩人の一人と見てよいだろう。

 というわけなので、もうすぐ始まる新年恒例のウィーンフィルのニューイヤーコンサートは、例年にも増して心して耳を傾けようかと思っています。

 この本を一読して思ったこと。それは冒頭にも挙げたように、この本の著者ピーター・ケンプという英国人がシュトラウス一家にかんする文献資料を渉猟して、かつての伝記作家の誤記ないし不注意なども丹念に拾いだし、訳者先生のことばを借りれば「正統的な証拠集めによって再検討」して本を書いたこと。これ、いやしくもモノ書き稼業の人間にとってはもっとも大事なことなんじゃないでしょうか。どうも最近、トマ・ピケティの『21世紀の資本』に出てくる r>gなる不等式の話じゃないけど、米国はじめ世界中の主要な国々のトップがそろいもそろってナチスドイツ、いやそれ以前の社会にまで時計の針をもどそうもどそうとしているのがひじょーに気になる一年でもありました。そしてもちろん、クラカタウ火山崩壊による突然の津波という悲劇や米国カリフォルニア州の大規模森林火災、北海道や大阪北部の地震に西日本を襲った豪雨災害など、2018年の戌年は地球温暖化の影響によると考えざるを得ない前例のない風水害も世界各地で多く発生した一年でもありました。

 ワタシは基本的に「個人がめいめいを救う努力をつづけていれば結果的に世界も救うことにつながる」と信じている派ですが、環境問題についてはこれはもう「意識」を変える以外にない。すべてはそこからかな、と思います。今年もこのとりとめのないブログをお読みいただき、妄評多謝。最後にウィーン少年合唱団による、『美しく青きドナウ』をどうぞ。




本の評価:るんるんるんるんるんるんるんるん
posted by Curragh at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本
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