2019年03月18日

ドナルド・キーンさん逝く

1).ドナルド・キーンさんが逝去された。享年 96 歳。謹んでご冥福をお祈りします。

 キーンさんは、三島由紀夫をはじめとする戦後に活躍した作家たちの作品や『源氏物語』といった古典の英訳や評伝、エッセイなどの著訳書、編著をたくさん残した日本文学研究の第一人者であり、また東日本大震災後に日本国籍を取得され、日本人に勇気を与えてくれた人でもありました。以前、キーンさんの半生を取り上げた特集番組が NHK で放映されたことがあって、感銘を受けたことなんかも思い出していました。

 キーンさんの訃報のあと地元紙に掲載された追悼記事に、個人的にはすこぶる興味深いことが書いてあったので、ここでもすこしばかり引用しておきます(書き手は静岡県立美術館名誉館長の芳賀徹氏、いつものことだが下線強調は引用者)。
[松尾芭蕉の「涼しさを我宿にしてねまる也」という一句について]… これをキーン氏はどう訳しているか、ふと興味をもって調べてみると、なんと "Making the coolness / My own dwelling' I lie / Completely at ease"。従来の訳の感嘆詞「おお」や「ああ」などの思い入れを一切排して、思いっきり即物的な平淡な直訳である。これでこそ「涼しさ」そのものをわが宿にして、その中に入りこんでほっとする、という私のとりたい解釈に一致し、芭蕉の感覚と想像力の意外なほどの斬新さが浮かび上がってくる。
 前にも書いたことの二番煎じで申し訳ないですけど、著名な仏文学者で名翻訳家だった生田耕作氏が、「わたしは直訳主義です」と言い切ったという話とも、やはりつながるなあ、とひとりごちたしだい。

 ただしここで言う「直訳主義」とはいわゆる字面をなぞっただけの、日本語として読むに堪えない拙劣な翻訳とはまるで似て非なるもの、まったくの別物なんである。こういう芸当ができる翻訳者というのはそれこそ何十年にひとり、いや百年にひとりとか、そういう突き抜けたレヴェルの人だけに可能な名人芸と言ったほうがいい。ようするにそれだけ「読み」が、「解釈」が深い、ということです。

2).… で、こちらは備忘録代わりのいつものヨタ話的ななにか、になってしまうのだけれども … 先月、地元紙に掲載された静岡県立大学の英語の入試問題。この時期恒例で、けっしてヒマじゃないのについつい目を走らせてしまったら、最初の出題文がいきなり気になった。

 出典はコレなんですが、内容のあまりの偏りっぷりに、昔、読んだ翻訳学習書に出ていた例文をつい思い出していた('The car kept off on to the shoulder'、「オレの車は路肩へ路肩へ切れてしかたなかったよ」)。ようは「経済における globalism と、政治や国家がらみの globalism とは相容れないもの」ということが言いたいことのようなんですが … 19 世紀英国の政治家で実業家のリチャード・コブデンを引き合いに出したりして「正論」ぶりをさかんに(?)アピールしてはいるんですが、だいいち「自由貿易のグローバリズムは善、それを押さえつけ、制限する国際機関や国家の覇権主義的グローバリズムは悪」と、コブデンの主義主張の受け売り的なよくわかんない主張をさんざん展開したあげく、「経済のグローバリズムは富をもたらすが、政治のグローバリズムは貧困をもたらす(Economic globalism brings wealth. Political globalism brings poverty.)」という結論の出題箇所に行き着く。

 これ書いたのは「キリスト教右派」と呼ばれる「福音派」の米国人ではなくて、なんとウィーンに本拠を置く NPO 研究機関の人。経済学はハナから門外漢だが、いわゆるウィーン学派に端を発する「新自由主義」にどっぷり染まった人がそろっている組織らしい。ええっと、globalism の定義云々、という前に、なんで自由貿易を含む「自由な[a.k.a. 野放図な]」経済活動がすべてよくて、それを阻害するものはみんなダメなのか、そのリクツがわからん。コラムでは EU に世界銀行、IMF、WTO といった「国際規制機関」が槍玉に挙げられているが、どういうわけか(?)WHO まで俎上にのせられていた。なんでも「WHO の政治的グローバリストらは、肉は食べるべきではない、次世代のために肉食にどのような制限が課せられるか、といった報告書を発表して毎日を過ごしている。政治的グローバリストらは新規枠組みをつきつぎと投入しては、気候変動対策の名のもとに貧困層の生活コストを押し上げている」のだそうだ。いずれにせよ、この書き手は「経済活動放任至上主義者」であり、さんざん叩いている国どうしの関係におけるグローバリズムと、企業の国境を越えた自由な商取引とのあいだに相関関係はまるでナシ、と頭から決めてかかって疑わない人らしい。もし、そんな放任を許せばいつぞやのリーマン危機みたいな大恐慌になりかねない。そうならないために世界銀行とか IMF、各国の中央現行とかがあるわけで、と素人は考えるのだが、これって的外れなんだろうか。

 もっともつづく設問のこちらの記事はむしろよい素材というか、おお〜、なるほど! みたいな発見がありましておもしろかった。もっとも入試問題なので、おもしろいだの偏ってるだのはいっこうカンケイないのだろうけれども、余力があればこんなふうにオリジナルの原文とじっくり向き合うことは、けっしてムダにはならないと思う。長文の余談失礼。

posted by Curragh at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | おくやみ
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