2020年03月09日

沈黙の春 2020

 世界保健機関(WHO)のお偉いさんが、「新型肺炎ウィルス[COVID-19]の世界各地における epidemic な流行のため、医療用マスク供給に数か月の遅延が発生している。だから "widespread inappropriate use" はやめるように」と、記者会見で発言していたらしい(誤解なきようここでも断っておきますが、今回の事態はまだ世界的大流行、つまり pandemic ではなく、リンク先記事にもあるように現時点はまだ "the coronavirus epidemic" にとどまっている。世界における COVID-19 のリアルタイムの状況についてはこちらを参照)。

 こんな物言いを聞くと、世界的なマスク不足がなんかワタシのような花粉症持ちの人間のせい、みたいな言い方のようでちょっとどうかと思ったり。メディアもメディアで、このエチオピア人の WHO トップのとなりに座ってたライアンという人が、「マスクをしたって予防にはならない」と発言しただけなのに、なぜかマスクは不要なのかという、「マスク不要論 / 役に立たない説」に加担しているしまつ(そうは言ってない)。

 基本的に欧米の人ってよっぽど具合が悪くならないかぎり、マスク着用の習慣がないし、もしマスクつけて外を歩けば、とたんに白い目で見られる国がほとんど(聖ブレンダン関係で大のアイルランドびいきだけれども、この件についてはおそらく似たかよったかでしょう)。

 前出の「ガーディアン」記事を見るかぎり、この発言は「医療従事者でさえマスクや防護服が足りなくてたいへん困っているから、ほんとうに必要ではない人は使用するな」という趣旨だったことがわかる。なのにメディアやワイドショーではさも「WHO トップが《マスクは不要》と言っているが … 」みたいな振り方をしている。fake news ってこうして始まるんですな。

 新型肺炎騒動は収束するどころか、世界経済全体にも暗い影、『スター・ウォーズ』シリーズじゃないけどまさしくPhantom Menace となって覆いはじめた感がある。専門家でさえ意見が1週間前と後で変わってたりして、とにかくシッポをつかむのがこれほどむずかしい、タチの悪いウィルスははじめてだ。そうは言っても、いくら SARS の経験が日本国内でなかったからとはいえ、SARS 禍を経験済みの台湾[中華民国]はそれなりに成果を上げているのだし、日本ももっと学ぶことはあると思う(ついでに、いまのお医者さんはかつての肺結核も含め、感染症の恐ろしさを肌身で知らない人がほとんどだということも、対策が後手後手に回った一因かと個人的には感じている)。

 今回、こうした事件が起きてもっともつよく感じたのは、人間という動物の本性。自他ともに認める西洋かぶれでさえ、たとえばローマのサンタチェチーリア音楽院の院長みずから、「東洋人学生のレッスンはすべて停止する」旨の通達を出した話にはポカンと口が開いてしまう。ふだんはオクビにも出さないくせに、いざこういうことになると手のひら返して「ウィルスだ、ばっちぃ !!」とわめきたてる大衆。もっとも人種偏見は日本人も人のこと言えないから、こういうときはあるていど起こることなのだろうが、言われたほうはたまったもんじゃない。

 また、こうした浮足立っているときは必ずと言ってよいほど、根拠のないデマが流れる。今回もまたしかりで、いつぞやの石油ショック(!)よろしく、トイレットペーパーがまたぞろ店頭から消えた。なんでこうなるのか、ホントこちらの理解を超えているのですけれども、歴史を顧みれば、とにかくこういうことが繰り返されてきた(メアリ・ヒギンズ・クラークのスリラー小説『子どもたちはどこにいる』に、ほぼ 100 年前にパンデミックを起こしたインフルエンザ「スペインかぜ」のことが出てくる。よもや 100 年後にこんなことになろうとは …)※。

 こういう「不安な時代(ハイドンの作品に、『不安な時代のミサ』というのもある)」に決まってぞろぞろ現れるのが、デマゴーグ、そして火事場泥棒を働く者たち。たしかに首相の判断はクソだった。なにいまごろ入国規制してんだよ。ごもっとも。でも、あなたはどうなんですか、という問題も忘れてはならない。個人を責めてるんじゃない。たとえば仕事ならしかたないところもあるが、この時節柄に遊びでとなりの国に行ってきて、いざ帰ろうとしたら日本政府側から足止めされて困った、とはどういうことか。門外漢にはまるで理解しがたし。自分ごととして考えてないからなんでしょうね。

 30 年くらい前だったか、パレスティナとイスラエルがドンパチやっているその「戦闘」のただなかに、これまたなぜか? 日本人の新婚さんらしいカップルがふらふらっとやってきた。それまで撃ちあっていた双方の兵士が呆気にとられ、なんとも間の抜けた空気が流れた「珍事件」があった、という話を読んだことがある。ホントかどうか、確かめようがないけれど、もしこれが事実ならばこの話ほど日本という島国に生まれ育った人間の本質があぶりだされている話もないではないか、って思う。はっきり言いますが、いまこのときに、人類にとって未知の新型感染症が地域的流行を起こしている国や地域に行くべきなんでしょうか? 他者を責める前にいま一度、よくよく考えてくださいね、というのがウソ偽りない気持ちではある。

 子どもたちも気の毒だし、なんたって受験シーズンを直撃した今回の新型ウィルス禍。春のセンバツをはじめ大相撲やマラソンが縮小開催されたり、人の集まるイベントは軒並み中止、まるで9年前のあの日のようだ(原発処理もまだまだなのに…)。その追悼式典まで中止になってしまった。

 はやく混乱が収まることを祈るしかないが、最後に、日本とおなじく一斉休校措置となったミラノの校長先生が、イタリアの文豪アレッサンドロ・マンゾーニを引いたメッセージには胸を突かれる思いがした ──
外国人に対する恐怖やデマ、バカげた治療法。ペストがイタリアで大流行した 17 世紀の混乱の様子は、まるで今日の新聞から出てきたようだ」。

※ …… 引用書名をカン違いしていたため、悪しからず訂正しました。
posted by Curragh at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
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