2021年04月15日

"systemic discrimination"

 前にも少し書いたことですけれども、昨今、急激によくお目にかかるようになったワードがあります。“systemic discrimination”です。

 たとえば手っ取り早くオンライン英和辞書なんか見てみますと、
構造[組織]的(な)差別、〔社会の構造・制度などと一体化しているような〕深く根付いた差別
なんてあって、わかったようなわからないような、隔靴掻痒感満載なんですね(一般に辞書の定義なんてそんなものだが)。

 こういう抽象的概念に近い横文字って、たとえば「エンパワーメント」のようにいつの間にかカタカナ語化して意味もよくワカランまま定着、というパターンがじつに多い。それじたいが悪い、と言っているんじゃなくて、「その用語、しっかり理解できていますか?」とつねに自問自答する姿勢が大事だとまずは言いたい。

 で、わかったようでまるでわかってないこの“systemic discrimination”。でも、こんな記述を読めばどうですか。
人種差別主義者があれほど肌の色にこだわるのが不思議でならない。有色人種が怖いから、憎いから差別するのではない。有色人種は地位が低い。階級が低いと差別し、自分のコミュニティーに異文化が入り込むのを嫌がり、白人が高い地位につく機会が多いから、白人の方が“優れている”と無意識のうちに思い込んでいる。
 なるほど、そういうことだったのかって、思いますよね? “systemic discrimination”とは、無意識のうちに刷り込まれた意識が、じつはりっぱな人種差別、レイシズムに発展するんだってことがこの一文を読めば伝わってくるではないですか。

 これ書いたのはタン・フランスという人。パキスタン系移民3世として英国北部のサウスヨークシャー州に生まれた人で、世界的に人気のあるリアリティーショー「クィア・アイ」のファッションコーデ担当、と言えば、知ってる人は「ああ、タンだね!」って思われるだろう。とこんなこと書いてる本人は、タンさんに取材した記事の訳出を依頼されるまでまるで知らなかった口なんですが、たまたま図書館にタンさんのメモワール本があったので、あわてて借りて読んでみたらすっかり自分までファンになってしまった。それほど人として魅力的で、なんて懐の広い人なんだろうって、ようは自分にはないものをタンさんの内に見つけたってことにすぎないんですけれども、それでもこの本は内容もすばらしくて、読んだことないって人にはぜひおススメしたいと思ったしだい。

 筆致はとても軽く、心のおけない親友に打ち明け話をしているかのようなノリで幼少期から現在に至るまで話が進んでいくのでじつに爽快な読書感なんであるが、そのじつ、書かれてある内容は、ふつうに書いたらまずまちがいなく暗く、沈んだ気持ちにさせられることまちがいなしの「重さ」がある。ここがすばらしい。こういう文章はなかなか書けない。これはひとえにタン・フランスという人の人柄がなせる業。「文は人なり」だ。

 “systemic discrimination”ということでは、たとえば自身の生まれもった肌の「浅黒さ」をなんとかして隠そうと従姉の使っていた漂白クリームをこっそり塗っては「神様、肌を白くしてください」とお願いしていたそうです。これだけでも胸が詰まる話ですが、人種差別主義的なイジメを受けたことをはじめ、「『クィア・アイ』のスター」として一躍、セレブの仲間入りを果たした現在もなお、空港の入国審査で足止めされ、別室で「検査」を受けるというくだりなんかは読んでいてやや信じられない、という思いさえ抱いていた。ちなみに英国はもともと階級意識が強く、住むところも労働者階級、中流階級、上流階級とはっきり色分けされている地区がいまだに存在しているような国。タンさんはこの本で、そんな英国でも NHS という医療制度は米国に比べてはるかにすぐれていると評価してはいるが、こと“systemic discrimination”に関しては、「僕らはいまだに、9月 11日が来るたび、危険な人種として身元確認作業を受けている」現実、その他いわれのない差別、根拠のない偏見にもとづく理不尽な扱いを受けたことなど、これでもかってぐらい具体的事例を挙げて、それでも「軽いノリで」書いてくれている。

 昔、まだ日本が「ナンバーワン」だともてはやされていたころ、日本人カップルがベツレヘムの紛争現場の真っ只中にフラフラ入り込んで、イスラエルとパレスティナ双方の兵士が撃ち合いを中断したって話、以前ここでも書きましたが、わたしたちもまた、肝に銘じなければならないと思う。やはり周囲を海に取り巻かれている島国で暮らし、それがアタリマエみたいに感じていると、ほんとうの意味でのリアルな世界がまるで見えなくなる。そういう意味でも、日本人ではない人の手になるこのような著作とその翻訳は、意識してでも読まないといけない。そういうふだんからの、「不断」の努力って必要だと思う。

 あと、これは付け足し的な話ながら、日本人以外の著者の本を(原書にせよ、邦訳本にせよ)触れることの効用を書いておきたい。

 たとえば、こんなコラムを見たとする。
……私の米国の知人は引退した普通のサラリーマンだったが、90 歳をこえるまで税金や医療費の申告をパソコンでやっていた。
ちなみにこの引用文、日本がいかにデジタル化の波に乗り遅れ、このままではヤバいぞと警告している(つもり)の定期コラム。かつて「ナンバーワン」だと言われていた技術大国日本はなぜデジタル化の流れではこんなにも出遅れてしまったのか、と「海外の人」から質問されると、「日本は旧来のやり方では非常に優れた仕組みを構築してきた。それがゆえに、デジタル化への対応を軽くみてしまった。別にデジタル技術に頼らなくてもやっていけると甘く考えていたのかもしれない」と答えるようにしているという、「なに言ってんだこの大学教授は、ダイジョブか?」とココロの中で毒づいていた口。

 米国では PC で確定申告は当たり前。どころか、公教育も州によってバラツキはあるだろうが、ほぼオンラインネットワーク化されていて、だいぶ前に見たヴァイオリニストの五嶋龍さんが自宅で仕上げたアサインメントをインターネット経由で学校に送信していた場面とかが印象に残っている。

 で、タンさんの本ではその米国における確定申告については、こんなふうに書かれてたりする。
アメリカに住むようになって一番悩んだのは、何といっても税金問題だった。最初に渡米したとき、アメリカ人がまさか税金の申告を自分でするとは知らなかった。個人が申告した税額を政府が信用するなんて、不条理だと思う。一度、知り合いの確定申告の様子を見せてもらったとき、あれも控除、これも控除って処理していた。アメリカの確定申告って、頭さえうまく回れば基本的には抜け道がいっぱいある。確定申告を一般人にやらせるのはおかしい。だって、ものすごく複雑なんだもの! それでいて、ミスすればうるさいほど指摘してくる。確定申告がアメリカ国民にとって必須の義務なら、学校の必修科目にするべき! だけど自分の税額は自分で計算しなきゃいけないのが現実。
「英国の医療費無料制度(NHS のことね)は百害あって一利なし」と言い切った夫ロブ・フランスのお父さん(つまり義父)に、タンさんは「英国に何年お住まいでした?」と訊く。すると義父は「住んだことはない」。「だったら医療費の話は誰から聞いたんです?」。「FOXニュースでやってた」!!! 

 …… 当たり前のことですけれども、新聞掲載のコラムだからって鵜呑みにするな、批判的に読め、ってことですかね。で、当方も昨年夏からフリーランスになったんで、この前はじめて(!)、「いーたっくす」なるものを恐る恐る使って申告したんですけど……申告じたいはわりとスムーズだったかな。でも、マイナカードの取得やら申告のために必要なオンラインツールがこれでもかってあって、そっちの下準備がタイヘンだった。もう少しなんとかならんのかねぇ …… って嘆息混じりだったんですけれども、ここで得難い教訓もありました。貧乏人こそ、しっかり確定申告すべきですゾ(還付金は貴重です、あと控除申告で使う領収書ももちろん忘れちゃいけない)!! 

評価:るんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

posted by Curragh at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本
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