2024年04月11日

『シリコンバレー式 よい休息』

 最近、仕事の裏をとるための読書がよくあります。これはこれで「知は楽しみなり」で良しとしても、なかにはなんてヒデぇ本! みたいな噴飯ものもある。本を読みなさい、とは言うものの、明らかに良書どころか悪書のたぐいは昔から引きも切らずでして、「読書案内」的なガイド本より、「☓☓☓という本が本屋に平積みされているが、貴重な人生の時間のムダ遣いだから読まんでいい」的な、反面教師的反骨精神的忖度一切ナッシングの読書案内本もあっていいような …… 気がする今日このごろ。

 今回はラッキーなことに、真に掘り出し物とでも言うべき1冊と巡り会えた。それがお題の本(日本語版は 2017 年 刊行)。原題はあっさり Rest でして、ひと口に言えば、「正しい休息のとり方指南書」といった本。著者は邦題にもあるように、シリコンバレーを拠点に活動してきたコンサルだから、ある意味ハウツー系、自己啓発系のビジネス書と言えるかもしれない(しかし『シリコンバレー式◯◯』という書名の本のなんと多いこと)。

 それでものっけからディケンズ、ポワンカレ、ダーウィンとジョン・ラボック、ベルイマンなど錚々たる面々の休息にまつわる興味深いエピソードが最後の章までてんこ盛りで、読んでいて飽きない。経験上、この手の本はなんとか科学と銘打って、「成功の法則」を伝授します的な胡散臭さが漂うものなんですが、それはこちらの思い過ごしだった(この点で、個人的な基準はパスした本)。物理学者のアルバート・マイケルソンという人の逸話も、映画『リバー・ランズ・スルー・イット』原作本を書いたノーマン・マクリーンの思い出話(!)というかたちで出てきたり、トーマス・マンやアンソニー・トロロープにヘミングウェイ、最近ではスティーヴン・キング、そしてあの村上春樹氏(『走ることについて語るときに僕の語ること』、2007)や、IPS 細胞で一躍時の人になった、山中伸弥氏のエピソードまで出てくる! 

 ただし、休息というのはなにもシエスタをとれとか体を休めろ、と言っているのではない(短い昼寝は創造力を回復させるから有効、とこの本でも推奨されてはいるが)。つまり休息とは必ずしも「物理的に体を休める」ことではない。チャーチルのように風景画を描いたり、名著『夜と霧』で知られる精神科医のヴィクトール・フランクルのように山登りをしたり、クォークに関する先駆的実験で 1990 年のノーベル物理学賞共同受賞したヘンリー・ケンドールのようにフリークライミングに興じたりするのも、りっぱな休息≠スりえるのだということを、最新の脳科学実験の結果も交えて楽しく語り聞かせてくれる(DMN[デフォルトモード・ネットワーク]の働きとか)。

 そうは言っても、たとえば「戦略的休息」といったキーワードを見ると、やはりこの本の想定読者はビジネスパーソンなのだ、ということに気づく。だから広義のビジネス書と言っても間違いではないが、べつに会社で働いてなくてももっと健康的に過ごしたい、と願う一般庶民にとってもいますぐ実行可能なヒントがたくさん詰まっているし、ときには「これってオラも実践しているじゃん」みたいに膝を叩く場面もあった。また、「仕事と休息は対立するものではない」という主張もすばらしい。誰しも経験的に納得しているはずなのに、社会的要請に人間関係のシガラミといった、さまざまなプレッシャーをかけられて、いつの間にか「仕事 vs. 休息」という二項対立のワナにはまりこんで身動きがとれなくなっているのかもしれない。
労働と休息は白と黒、あるいは善と悪のように対立するものではない。むしろ両者は、生活の波の異なるポイントと見なすことができる。谷のない山頂はなく、低地のない高地はない。どちらも、互いがなければ存在し得ないのである。(p.6)

 休息法≠フ具体例としてこの本が提案しているのは……
❶ 仕事や研究に集中的に取り組むのは、4時間が限度。有名な「1万時間の法則」も出てくるが、じつは適切に休息をとることではじめて最高のパフォーマンスを発揮できることが判明している(ラボック、スコット・アダムズ)、トロロープ、ディケンズ、ヘミングウェイ、アリス・マンロー、サマセット・モーム、ノーマン・マクリーン、ソール・ベロー、エドナ・オブライエンガブリエル・ガルシア=マルケスなど)
❷ 歩くこと(キルケゴール、トーマス・ジェファーソン、ベートーヴェン、C・S・ルイス、スティーブ・ジョブズ[ウォーキング会議]、ダニエル・カーネマン、チャイコフスキーなど)
❸ 昼寝をとること(チャーチル、J・F・ケネディ、リンドン・ジョンソン[あとのふたりはチャーチルの習慣にならって昼寝をとっていた]、レイ・ブラッドベリ、J・R・R・トールキン、村上春樹、ウィリアム・ギブスン、トーマス・マン、S・キング、サルバドール・ダリなど)
❹ 中断すること(ヘミングウェイ「次にどうなるかがわかっている時に、その日の仕事を終える」、サルマン・ラシュディ、ロアルド・ダール、マリオ・バルガス・リョサなど)
❺ 息抜きと回復(アイゼンハワー、ライマン・スピッツァー、ケビン・シストロム[Instagram 創業者。2010 年にメキシコにて休暇中に写真共有型 SNS を着想した]、ブライアン・メイ、ベン・カゼズ[コンピューター科学者でバリトン歌手]など)
❻ 遊ぶこと(この本で「ディープ・プレイ」と呼ばれる活動的休息のことだが、ようするに仕事以外に何かライフワークを持て、ということ。そういえば昔、翻訳教室の先輩生徒だった方が「SE はライスワーク、翻訳はライフワーク」とすばらしいことをおっしゃっていたのを思い出す。出てくる人はマクリーンのシカゴ大学時代の先輩マイケルソン、トールキン、ブラム・ストーカー、フランクル、ヘンリー・ケンドール[ハーケンの発明者でもある])

あと、「長期休暇」に関して述べた章もあるけれども、これはいわゆる「研究休暇(サバティカル休暇)のことで、バカンスではない。でもこの本が引用した実験結果によれば、バカンスがもたらす幸福感って、せいぜい1週間が限界らしいですよ。休暇は長ければ長いほどよいわけじゃないってことです。言われればたしかにそうだろうとは思いますが(もうすぐ皆さんの大好きな GW が巡ってくるけれども、連休明けのあのグッタリ感を思い出せば納得されるでしょう)。

 そして最終章の「現在、わたしたちは、ストレスと過剰労働を名誉なこと、真面目さと献身の証しと見なしているが、それは近年の傾向にすぎない」「疲れ果ててパニックになっている人を、最も真剣に働いていると見なすのは、間違いだ」(p.283)という指摘と警告はまったくそのとおりで、とくに日本企業に言えるのではないかと強く感じたしだい。最後の「遊び」については、1970 年代に書かれた古い本ながら、日本人の「間違った遊び方」に警鐘を鳴らしているという点でいまも読む価値があると思っている、こちらの文庫本も併読されることをお勧めしたい(「日本の古本屋」サイトで探せばあるかも。かく言うワタシも何度かお世話になっている)。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるん
posted by Curragh at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本
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