A. 有名なエジプト考古学者ザヒ・ハワスによって書かれたツタンカーメンの生涯を描いたオペラが、11 月5日にルクソールで初演される。ツタンカーメン王の墓の発見 100 周年を記念して、このオペラはハトシェプスト神殿の前で5日間上演される
B. 著名なエジプト考古学者ザヒ・ハワスが作曲したツタンカーメンの生涯を描いたオペラが、11 月5日にルクソールで初演されます。ツタンカーメン王の墓発見 100 周年を記念したこのオペラは、ハトシェプスト女王葬祭殿前で5日間上演されます。まさに壮大な舞台と言えるでしょう
いきなり失礼。これは DeePL 翻訳と Google 翻訳にそれぞれ投入した英文記事の出だしを比較したもの。なんでこの記事を選んだかについては、昔、まだ Google 翻訳サービスが出始めた頃に「エジプトのショウビズファラオ」なる見出しの NYT 原文を放りこんだらザヒ・ハワス博士(!)を「ザヒ・家博士」(!!!)なんてやっていてのけぞった記憶があったもので、では最新版はどんなものなのかとちょっと試してみた、ただそれだけの理由から。
singularity だかなんだか知りませんが、巷にはどうも AI 支援による機械翻訳(MT、マシン・トランスレーション)に対して過大と思えるほど期待をかけている言説が大多数のような気がする。たしかにイマドキの機械翻訳はスゴイ。それを利用するのにもはや PC も必要なし。日本で利用者の多い iPhone にも標準搭載され、SNS に流れてくる中国語や韓国語やアラビア語の投稿やコメントをとりあえず(あくまでもとりあえずね)確認するのにこれほど便利な機能はないし、アニメムジカ(「BanGDream! Ave Mujica」)を通じてアニメ考察組を中心に注目が集まったラテン語(!)まで邦訳可能ときている(ラテン語邦訳機能が実装されたのはここ数年の話)。
ここまで多種多芸となれば、Trados のような翻訳支援メモリ(TM/翻訳支援ツール)ならまだしも、いよいよ「人間の」翻訳者はお役御免になりかねない、とは思う。
しかしながら機械翻訳/自動翻訳スゴイみたいな話はじつはずいぶん昔から喧伝され続けてきたんです。たとえばいま手許にある、40 年も前(!)に出ていた翻訳批評本(1985 年発行)を見ますと、なんでも当時の新聞1面にデカデカと「新型自動翻訳機」が開発されたとかって載っていたんだそうですよ。何新聞かは書かれてないからわからないけれども、おそらく全国紙のどれかだろう。
その翻訳批評本は、「…… 改めて自動翻訳機のことを考えてみると、こういうどちらにもとれる of の解釈だとか、全体の論旨だとか、…… コンピューターはいったい正しく判断できるようになるものだろうか。それもまた『メタレベルの活動で、コンピューターやコンピューターになりたがる人の能力のとうてい及ぶところではない』ような気がする」と疑問視していた。
最後に以前、ここでもちょこっと触れた英ガーディアン紙の調査報道記事のこの一文(We don’t know if the discussion with Putin was friendly, or a dressing down. )をそれぞれの AI 翻訳にかけてみたら──
A. プーチンとの話し合いが友好的だったのか、それとも着服だったのかはわからない“a dressing down” を前後の文脈もムシして「着服」はないでしょう! あとなぜか勝手に端折るのもなんでって思う(最初の訳例)。もっとも、最近のネット証券などの取引口座乗っ取りの報道でも感じてはいるが、いままで「非関税障壁」として日本語の特殊性がおおいに機能してきたわけだけれども、AI 翻訳の進化とともにこちらもいよいよ風前の灯となるのだろうか。
B. プーチン大統領との会談が友好的なものだったのか、それとも叱責だったのかは不明だ
