ムツミ。あなたにはギターを弾く真似をしていただきますわ、ムツミ。……ただ、一度のズレも許しません。できますわね? あなたなら ……もちろん祥子は、いま目の前で寝ているのが幼馴染の睦その人ではなく、交代人格にすぎないことをわかったうえでこう宣告している。
再結成したメタルバンド Ave Mujica は、復活公演をホームグラウンド的なライヴハウスの RiNG で開催する。これまでの大規模会場とは異なりちんまりした会場で予算も限られ、セットも必要最低限。初華が作詞した激重(!)のリリックをハ長調の美しいバラード調に仕上げたリーダーの祥子。そんな祥子に、初華は楽屋の控室でお礼を言う。いっぽう睦/モーティスはひとり、照明テストでどす黒い赤(!!)一色となったステージ上でギターの当てフリを練習していた。そこへ近づいてきたのがドラムスの祐天寺にゃむ。にゃむはモーティスに向かってこう言う。
…… ホントに消えちゃったんだぁ、ムーコ。この先ずっと若葉睦を演じるつもり? …… あんたの演技見てると、アタシって何、ってなる。ずるいよ …… ずるくて、うらやましくて …… 愛してるそうささやいたにゃむは、演劇の科白の練習を始める。思いがけない告白を受けたモーティスは不意に何かに気がついたような顔つきとなり、練習するにゃむを振り返り、そしてギター(=主人格)に視線を落として、こうひとりごちる。
──ムツミちゃんに、言ってほしかったな ……ワタシは当初、「いまのことばをモーティスがムツミに言ってほしかった」という意味にとっていたが、公式さんの英訳字幕を見て取り違えていたことに気づいた。…… 科白じたいがあいまい・両義的言い回しで、あえてそう言わせたのかもしれないが、この科白の正しい解釈は「それはわたしではなく、ムツミちゃんに言ってほしかった」だった。
──I wish you had told this to Mutsumi-chan.モーティスは、精神世界の舞台セットから主人格が転落したのは「わたしのせいじゃないもん! 勝手に落ちたんだもん!」とムジカメンバーの前で思わず叫んだように、守るべきはずのムツミ❶をギターもろとも意識下の奈落へと落としてしまったことに強い衝撃を受けていた。「わたしの役とらないでッ!」という歪んだ声※とともに、睦に似た巨大な影がセット背後の大窓に立ち上がる。「ムツミちゃんがいなければ、わたしがその役をやればいいんだ …… わたしが、若葉睦を ……」。しかし悲壮な決意とは裏腹に、ムツミの仮面は早々に剥がれ落ちた。常識人で、演技の勉強に打ち込んできたにゃむ(と、そのうしろで見ていた要楽奈)の目はたちどころにこの三文芝居を見抜き、ビジネスライクな交渉に来たはずがいっきに興ざめしたのか、「なにソレ …… きんも!」と吐き捨てる。ようするにモーティスは祥子訪問時にはすっかり弱っていたので、寝込んでいたんだと思う。
そこへもってきて、ムツミ相手に言ってほしかったことをまたしても自分に言われてしまった(海鈴宅での当てフリ練習を終えて電車に乗っていたときも、「あれ! ヤッバ〜、睦ちゃんだ!」「ギター持ってる」と興奮気味に話す女生徒らの声を聞いたモーティスは、「…… 違うもん」とつぶやく)。けっきょく、にゃむの「愛してる」告白と、ステージ上で「Imprisoned XII」の演奏が始まり、初華の歌うリリックが心に文字どおり突き刺さったのだろう。足許にぽっかりと口を開けた奈落へ吸い込まれるようにして自ら身投げして(Cf. ムジカメンバーとしてのモーティスの決めゼリフは「われ、死を恐れることなかれ」)、先に落ち、いまや消えかかっているそれまでの主人格とギターが深い深い「無意識の海」の中で漂っているのを見つける。
電車のシーンはこのひとつ前のエピソード(「Ne vivam si abis.」、「あなたが去るなら、わたしは生きられない」)の話で、主人格の転落はその後半(Bパート)に起こる。転落する直前がまたゾっとさせられるカットで、なんと主人格が、倒れているモーティスの首をぐいぐい締め付けているのだ(!!!)。でもいまや対立する相手はなく、求められているのはそのいなくなった相手のムツミのほう。ふたりのあいだにはもはや対立する理由もなく、モーティスは消えつつある主人格をしっかと抱きしめ、「愛してる」と言わんばかりに涙を散らして、ふたりとも消滅する …… 。
…… その刹那、当てフリだったはずの睦の指はしっかりとギターを爪弾いていた。ベースの海鈴がいち早くそれに気づき、にゃむは、ドラムセットを叩きながらなぜかうつむく。そして大多数の睦ファンにとってそれは、かんたんには答えの出ないモーむつ問題というミノタウロスの迷宮の始まりだった(と、思う) …… ここで、モーむつファンのひとりとしてひとこと言わせてもらえれば ──「誰かムツミちゃんをほんとうのお医者さんに診せてあげて!!」
※ 「歪んだ声」は、おそらく元ネタのひとつっぽい『サスペリア』(1977)に登場する「闇の女王」こと、魔女ヘレナ・マルコスの殺害場面をも想起させる。また「モーティスにギターの当てフリを要求しに来た祥子」「無意識の水の中を落ちてゆくモーティス」、「にゃむから『愛してる』と告白されるモーティス」などの場面で流れるオルゴールのような劇伴も、個人的には「サスペリアのテーマ」を奏でるチェレスタの旋律を思い起こさせる。
追記:第9話のラストで、ライヴハウス RiNG のカフェラウンジに集まったムジカメンバーと、かつて結成した学生バンドの CRYCHIC(クライシック)復活の相談に来ていた祥子とが、モーティスの処遇をめぐって鋭く対立する場面があるが、そこで繰り出されるのが、従来のバンドリ!シリーズを知っている人なら仰天しそうな、およそバンドストーリーらしからぬことばの応酬となる。
祥子:モーティス …… あなたの願いは、睦を苦しめることですわ!教養小説的にはトーマス・マンの『魔の山』あたりを連想するけれども、日本にも超絶スゴい大作がある。埴谷雄高(はにや・ゆたか)の『死霊』(「しれい」と読む)だ。バンドアニメでまさか生き死にをめぐる論争が出てくるとは想像すらしていなかった。おかげで考察がはかどる(微苦笑)。
海鈴:どういうことですか?
祥子:モーティスは、苦しむ睦を助けるために生まれた。だから、睦が苦しみ続けることになる Ave Mujica の復活を望んでいるのです。自分が消えないために …… わたくしは、睦を苦しめる選択などぜったいにしない。幸せにしなくては ……
海鈴:幸せである必要はあるんですか? 満たされたら、終わりじゃないですか! Ave Mujica をすれば、モーティスさんは生きられる。2人とも生き続けられる …… 生きていないと、幸せにだってなれないんですよ!
祥子:それでも、わたくしに Ave Mujica は選べませんわ ……
(ここでモーティスの精神世界の舞台へカットバック。存在理由を失いつつあるモーティスの立っている舞台セットが崩れはじめる ── ここのシーンも、魔女殺しを終えたアメリカ娘のスージーが「赤い館」から脱出する『サスペリア』のラストと重なる。魔女という「蛇の胴体」でもある「赤い館」は頭を失い、崩壊しはじめる ── わたしの役とらないでッ!!」)
海鈴:豊川さんはモーティスさんを見殺しにするんですかッ!
祥子:覚悟のうえですわ!
