1). 「芸術劇場」でオルガンリサイタルを放映するのはいったい何年ぶりだろう…と思いましたが、地上波で見られるのはやはりうれしいのでしっかり見ておきました(笑)。オルガンは、サン-サーンスの「オルガンつき」とかならたびたびTVでも拝見しますし、正月恒例の「NHKナゴヤ・ニューイヤー・コンサート」でも短いながらオルガン独奏曲が披露されたりするけれど、こういう単独の演奏会を地上波で流すのはおそらく「サイモン・プレストン & ハーデンベルガー デュオリサイタル」以来ではないかな(何年前??)。
今宵の「芸術劇場」は、今年が生誕100年目のオリヴィエ・メシアン作品の特集でした(今年は指揮者の朝比奈隆氏も生誕100年)。最初が「世の終わりのための四重奏曲」、後半がギロックによるメシアンのオルガン作品演奏でした。「世の終わりの…」のほうは生前のメシアンも好きだったという軽井沢にあるカトリック教会から。メシアンの愛弟子のひとり、ピアニストの藤井一興氏が、「メシアンの音楽にはステンドグラスの色彩というのがつねにあったと思う」というようなことをおっしゃっていて、なるほどなーと感じました。たしかにメシアン作品には――といっても代表的なオルガン曲しか聴いてないけど――陽光差し込むステンドグラスのあの幻想的な光、というものを感じます。でもこれはせまい意味でのカトリシズムではない。おなじくメシアンに師事したギロック氏がインタヴューで師匠の思い出話を語っていましたが、メシアンの音楽はけっして「神」にのみ向けられていたわけではなく、ローマカトリックの信徒のみに向けられていたわけでもない。'My music is for all people.'というメシアンのことばを引用していたのが印象的でした。そのいっぽう、「メシアンは難解な部分を作品冒頭部に据える傾向がある。これは聴き手を自分の作品世界へといざなう手段としてあえてそうしていた」といったような、たいへん興味深いお話もされていた。また自分が演奏でしくじったとき、抱擁して慰めてくれたとも。ギロック氏はそんな師匠の懐かしい思いがこみ上げてきたのでしょう、不意に涙ぐまれてもいた。メシアンの人柄がにじみ出ている、いいお話です。
「世の終わりのための…」ももちろんよかったですが、ギロック氏のオルガンもすばらしかった。使用楽器はミューザ川崎シンフォニーホールのスイス・クーン社建造の楽器(大阪のザ・シンフォニーホールにもここの会社の楽器が入っている)。近くの横浜みなとみらいのオルガンは何度か聴いたけれども、残念ながらここのはまだ聴いたことなし。クーン社の楽器はじっさいに聴いたことがないから、機会があればぜひ。TVで聴いたかぎりでは、コンサートホールとしてはわりと残響時間が長いのではないか、という気がしました。オルガン演奏にとっては最適なホールのような気がします。ギロック氏は、移動式コンソール(演奏台)を使ってステージ上で演奏してました。移動式コンソール…というのは、NHKホールやサントリーホールにもあるけれど、オルガニスト側からするとあれはかなりやっかいな代物らしい。楽器本体とは電気信号を送るケーブルでつながっているのですが、楽器に作りつけになっているコンソールとちがって、微妙に――ときにそれとはっきりわかるほど――音がズレる。中央ラの音健を押すと一拍ややおいてからラー…と出るみたいです。しかたないといえばしかたないですが、聴いているほうはぜんぜん気にならないので、演奏者はきっとうまいぐあいに調節しながら弾いているんだと思う。オルガン弾きってたいへんだ。なにしろ楽器じたいが場所によってぜんぜんちがうし、残響時間もちがう。足鍵盤の形状ひとつとってもかなりちがうし、ストップの組み合わせを決めるのも一苦労。ヴァイオリン一丁担いで世界をひとっ飛び…というわけにはぜったいにいかない。自分が楽器にあわせるしかない(バロック時代のチェンバロも似たようなもので、現代ピアノとちがって制作された地域や製作者の「個性」がまともに出ているので、やはり演奏者自身が一台一台、楽器に慣れる必要がある)。
メシアンのオルガン曲とくると、反射的に「キリストの昇天」かしら、と思うけれど、いますこし調べたらこれってもとは管弦楽作品だったみたい。それをオルガン用に編曲したということらしい。自分は、3楽章の「キリストの栄光をみずからのものとした魂の高まり(長い…)」のあの分厚い和音の出だしと強烈な足鍵盤のリードストップの響きをすぐ思い浮かべるけれど、こうして全曲とおして聴いてみると、なるほどたしかにギロック氏がインタヴューで言っていたとおりのことを感じますね。以前AOIで実演を聴いた「鳥たちの歌」もそうだけど、メシアン作品とくるとすぐ「難解だ」という思いこみがあったので、これを機会にもうすこしいろいろ聴いてみようかな。メシアンは師匠のトゥルヌミールとならんで、オルガン即興演奏のものすごい大家でもあった。もっともオルガン単独よりは、たとえば「トゥランガリラ交響曲」のほうがオンド・マルトノというヘンテコな電子楽器なんかも大活躍するので、聴いて楽しい、という点ではこっちのほうが勝っているとは思うけれども。
2). 話変わって、せんだって検索でたどり着いたこちらのオルガニストの方が綴っているブログ記事を見てひじょうに驚いた。フライベルク大聖堂のゴットフリート・ジルバーマン製作のオルガン…はひじょうに有名で、たとえば旧東独時代に故ハンス・オットーがこの歴史的名器でバッハ作品を弾いた録音とかがあります。で、この楽器の特徴はなんといってもプリンシパル系のあの特有の輝かしい響き。じつはこれたんに音色の問題ではなくて、音高、ピッチじたいが高かったという!! そうか、だからあんなにキンキンに聴こえたのか…と思ったしだい。もっともこれは絶対音感のある人だったら一発でそのことに気づいていたところでもある。でもバロック時代ってたしかA4がいまより半音、フランスになると一全音低かったんじゃなかったっけ…と思っていたら、ことはそんなに単純ではなかったみたいです。勉強不足を反省…orz。でもジルバーマンオルガンのピッチがなんで高かったのか、その理由ははっきり言ってあんまり音楽には関係なかったのもちょっとびっくり。材料費の節約のため…というのは、いまも昔も楽器制作者を悩ませる問題ですよね。ちなみにヴァルヒャが弾いた、ストラスブールにある兄アンドレアス製作の楽器のピッチは現代のもので、調律も平均律です。
2008年11月08日
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そういえばそんなこと言ってましたね! メシアンにも色聴があったのでしょうね。たしかにメシアンのオルガン曲にはステンドグラスの七色に変化する光というのが感じられます。そういった効果も意識して作曲したのでしょうか…。
書き方からしますと、cephaさまは、一台一台のピアノの音の微妙なちがいを「色」として感じる力がおありのようですね。残念ながら当方にはそのような力はないですが、オルガンや人の歌声から受ける冷たさや暖かさ、あるいはかたさ・柔らかさといった印象から色を連想することはあります。暖色系の音とか冷色系の音とか。「音色」ということばもあることですし、耳から入った音がある特定の色の像を結ぶというのはあると思います。たとえばキンキンに響き渡るミクスチュアストップの輝かしい音色は気持ちを鼓舞する効果があると思いますが、いくらオルガン好きでもこの強烈な音ばかりでは耳が疲れてしまいます(キーを押しつづけているかぎり永久に音が出つづけるというのが生理的に嫌い、という人もいます)。ひるがえって柔らかいフルーストップ系の音は、暖かさを感じるとともに気持ちがとてもなごみます。こういった「効果」も色で表現できるような気がしますね。
色調についてはだいぶ前
http://ken-hongou.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_6902.html
オルガンを含むピッチの問題についてはつい最近
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-c972.html
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-6a51.html
ブログにまとめてみたことがあります。
内容につき、ご教示頂けることがあれば有り難い、と存じております。
お暇な折に。
こちらこそいつも読んでためになる記事を読ませていただいて、ありがたく思っております。Merci! m(_ _)m
オルガンのピッチの問題についてははっきり言って盲点でした。ゴットフリート・ジルバーマンの楽器のピッチがA=462Hzだったことをいまごろ教えられるとは神慮と言うべきか、己のilliteracyと言うべきか…最近、ひじょうにお安い電子ピアノみたいなもの(76鍵タイプ)を買ったので、手持ちのCDをかけつつ音を合わせてみようかと考えているところです(トランスポーズも微調整もできます)。はたして当時のオルガンは、みんな半音高めのピッチだったのでしょうか…。当時の室内楽ピッチとの差がちょうど一全音くらいなので、オルガニストが即席で移調しながら弾くには都合がよかったのかもしれませんね。北ドイツのオルガン、シュニットガーはどうなんだろう…。
オーケストラのK先生…日本での「ヨーロッパ古楽」演奏に先鞭をつけたおひとり、とはこれは恐れ入りました。名前を聞けば自分でもどなたかわかるかしら…とにかく先生のお話についてのくだりは脱帽! でした(そして遁走)。とくにフランス古典音楽については納得です。いまの標準ピッチとくらべて、一全音低かったそうですから。国が豊かだったということですね。
秋山先生の本はもちろんもってまして、たしかにそう書いてありますね。いずれにせよバロック音楽の「半音低い」ピッチは室内楽の話で、それもかなり地域差があるということを認識しないといけないということでしょうか。ひょっとするとこれはおなじウィンナワルツを演奏しても、地元の人が演奏するのとドイツやフランスの人が演奏するのとでは拍子の取り方が微妙にちがう、というのとあまり変わらない次元の話なのかもしれません。
それと、ご教示いただいた『ドイツ・バロック器楽論』という本はおもしろそうですね! もっと読まないといけませんね…反省。とはいえ、バロックピッチの問題についてかなり突っこんだ本というのは絶対数じたいがないような…案外そんな論文がWebの海に、「聖エルベの島」よろしくぽかっと浮かんでいたりして(あったとしてもたぶん横文字)。