2008年12月31日

ブクステフーデに慰められるデミアン

 けさ、うとうとしながら聴いていた「気まクラ」再放送。しばらくしたら、昨年が記念イヤーだったブクステフーデの「パッサカリア ニ短調 BuxWV 161」がかかった。なんでもこれ、ヘルマン・ヘッセの小説『デミアン』に出てくるんだとか。デミアンが、つらいことがあったとき、教会の外にひとり佇んでいたら、教会からこのオルガン曲が流れてきて慰められた、という一節があるらしい(→関連ブログ記事)。年始明けに図書館に行ったら読んでみよう(とはいえきのうから風邪気味 orz)。ちなみにこの「パッサカリア」、バッハの「パッサカリア BWV.582」の着想源ではないかとされている曲でもある(ただし出だしはブクステフーデとはちがって、バッハのパッサカリアでは低音主題がまず単独で堂々と提示される→拙記事)。

 それはそうと、きのう、「4時間以上もまるごとザヒ・ハワス」みたいな番組をまた放映していたので、つい見てしまった(とはいえさすがに最後までは見ていない)。感想としては、前のよりよかったかも。ハワス博士本人が出演していた(!)のは、メディア露出好きだからともかくとして、どうせなら吉村先生も出て欲しかったところ。それでもとてもおもしろかったし、ふだんはぜったい見ることのできない「屈折ピラミッド」の内部とか、「階段式ピラミッド」や「赤のピラミッド」とかの内部も見ることができてよかった。最古のジェセル王の階段式ピラミッドって、内部があんなに複雑にできていたなんていままで知らなかった。クフ王の大ピラミッドで有名な「持ち送り積み」工法って、すでに「屈折ピラミッド」でも使われていたこともはじめて知った。なるほど、アーチ工法ってこれが進化したものだったのか。もっともいちばん驚いたのは「王家の谷」であたらしい墓(?)が見つかるかも、というくだり。そしてセティ1世王墓の地下深くへ延々とつづく坑道みたいなせまい地下通路の存在にも驚いた。仕事とはいえ、これ見たときには正直、えなりさんをうらやましく思ったものだ。これでも小学生時分は古代エジプト、とくにツタンカーメン王にはずいぶんハマっていたものだから…。『ツタンカーメン王のひみつ』なんか、もうボロボロながらまだ持っていたりする。

 どうでもいいけど、KV63ってほんとうに墓なんだろうか? シロアリさんに喰われちゃった、みたいな木製の人形(ひとがた)棺はいくつか出てきたけれども、たしかミイラは一体も出てこなかったんじゃなかったかしら(→関連ページ)。ツタンカーメン生みの親キヤの墓である可能性はあるとは思うが…それと、1907年にKV55から見つかったとされる破損したミイラ。米国地理学協会(NG)からもらった独シーメンス社の移動式CTスキャン装置にかけたら、なんとなんと頭蓋骨の形がツタンカーメンのものとうりふたつ!!! これにも驚く。どうもこのミイラ、父親のアクエンアテン(イクナートン)王のものらしい。となれば、ツタンカーメン王墓を取り巻くように一族の墓が配置されているかもしれない…というわけで、また大胆にもツタンカーメン王墓のすぐ隣り、観光客が行きかう道のど真ん中に穴を掘ってしまうところがいかにもハワス博士らしいやり方。もっとも科学的確証があってのことなんでしょうけれども…ここを通ったらフォースの揺らぎを感じたから掘ってみた、なんてことはないとは思うけれども…もうひとつ、ここの上のほうでもハワス博士は発掘調査をつづけていて、なんと墓の入り口らしいものが出てきたという(!)。かりに墓だとして、いったいだれの墓なんでしょうか…。「新王国時代」には150人以上のファラオがいて、うち墓が見つかっているのが62人だから、理屈の上では埋もれたままになっている墓はたしかにあるとは思う。こっちも追跡取材してくれないとね。

 最後になりましたが、今年もいろいろな方に支えられ、またすてきな出逢いのあった一年でありました。それぞれの方に心から感謝、そしてよき新年をお迎えくださるようにお祈りしまして、拙い記事を終えたいと思います。いつもここで一年を締めくくる引用を掲げるのですが、今年はこちらのサイトさまにリンクさせていただきます。「今年の漢字」に選ばれたのは「変」。どちらか言うと悪い方向へ「変じた」ことの多かった一年だったような気がしますが、来たる年こそは、オバマ次期米国大統領じゃないけれども、望ましい方向へ人も社会も「変じる」年でありますようにと祈念して。

[ 2012 年 5 月 28 日 追記 ] ヘルマン・ヘッセの『デミアン』。本人はしっかり記憶していたので、ようやっといつも行ってる図書館にて新潮文庫版 ( 高橋健二訳 ) を借りました。パラパラと繰ってみたら … ブクステフーデに慰められるのはデミアンにあらず。orz orz この物語の主人公はデミアンだとばっかり思っていたら、ほんとうの主人公にして語り手はエーミール・シンクレール少年で、彼が「悩ましいときは、ピストーリウスに古いブックステフーデのパッサカーリヤをひいてくれるように頼んだ」のでした。悪しからず訂正させていただきます。m(_ _)m 

 … しかし奥付を見ると刷りも刷ったり、1994 年時点で 80 刷 !! 奇しくも今年はヘッセ没後 50 年、ということは国内での版権は切れるわけだから、この『デミアン』もそろそろ新訳が … ほしいところ。ちなみにこの作品、発表当時はたいへんな問題作だったらしく、キャンベル本にもたびたび言及があるオズヴァルト・シュペングラーの『西洋の没落』とならんで、当時のドイツの若い読者に衝撃を与えた作品のようです。『ヴェーダ』とか「グノーシス派」とかはては「オーム」まで出てきて、なんだかキャンベル本みたい ( 笑 ) 。でも内容は、21 世紀を生きるわれわれにもじゅうぶんすぎるほど当てはまる普遍的な事柄を扱っているので、これはじっくり読む価値ありと思ったしだい。

posted by Curragh at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・考古学
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