B: 「うん。基本的に売れている本は買わないほうだけど、たまには例外もある。次期米国大統領の代表的演説を集めた本で、薄っぺらいんだけど、CDまでついて、千円。これで米国英語の勉強ができるなら安いもんだよ」
A: 「かんじんの中身は?」
B: 「CNN記者の書いたバラク・オバマの生い立ちからはじまって、あとは2004年民主党大会での伝説的演説とか、大統領候補指名競争での演説とか、指名受諾演説、そして11月4日の『勝利宣言』までを収録してある。もっとも全文を掲載してあるのは伝説的な名演説として知られる2004年の党大会基調演説だけだけれどもね」
A: 「一読してどうだった?」
B: 「けっこう勉強になるよ。とくに英語らしい発想が。こういうときはこう言えば通じるのか、みたいな」
A: 「具体的には?」
B: 「たとえば、'The American Promise'と題された指名受諾のスピーチ。『共和党ブッシュ政権二期8年で、米国民の生活は急激に悪化した。まさしくこの国は正念場に来ている。この国は、もっとよくなるはずだ』という趣旨のことを言ったあと、具体例としてまずオハイオ在住の定年を間近にひかえたある女性のことを引き合いに出している。
This country is more decent than one where a woman in Ohio, on the brink of retirement, finds herself one illness away from disaster after a lifetime of hard work.
下線部、英語を学ぶ日本人にはちょっと思いつかない、ひじょうにcolloquialな発想の構文だと思う。意味わかる?」
A: 「ええっと、『病気ひとつ分だけ、disasterから離れている自分に気づいた』?」
B: 「そういうこと。ようするに、いまの共和党政権下の米国では、いままで骨身を削って国のために働いてきたというのに、いざ退職目前になって、病気ひとつでもしたらとんでもないことに陥ってしまう現実に気づいた、ってこと。すごく英語らしい発想だなあと感心しましたよ。おんなじこと言うのにこういう発想は思いつかなかった。とはいえ内容は深刻。米国のことというより、日本のことを言われてるみたいな気がして」
A: 「すでに地方医療は疲弊しているし、医療保険制度も危なっかしいよね。ほかには?」
B: 「やっぱり米国人というのは、子どものころからdebateとかで鍛えられているから、聞いている人を納得させるような話の技術がしっかりしているというか、内容も理路整然としていてとてもわかりやすい。中学生にはまだむりだけれど、高校生のリーダーとして勧めたいくらい。日本の報道ではやたらに'Change!'を連発する『ワンフレーズ政治家』ではないか、みたいな言われ方をされていたけれど、自分がブチあげた定額給付金にかんする発言がそれこそ猫の目みたいにころころ変わる『矜持』首相とぜんぜん『器』がちがうよ。市井の人の目線に立った具体的な発言が多いし、なにしろ自分の足で見て歩いて、市民の意見をちゃんと聞いているってことがよくわかるんだ。たとえば2004年の民主党大会基調演説で、
Now, don’t get me wrong. The people I meet -- in small towns and big cities, in diners and office parks -- they don’t expect government to solve all their problems. They know they have to work hard to get ahead, and they want to. Go into the collar counties around Chicago, and people will tell you they don’t want their tax money wasted, by a welfare agency or by the Pentagon. Go in -- Go into any inner city neighborhood, and folks will tell you that government alone can’t teach our kids to learn; they know that parents have to teach, that children can’t achieve unless we raise their expectations and turn off the television sets and eradicate the slander that says a black youth with a book is acting white. They know those things.
とか」
A: 「ちょっと見せて…フーン、2004年の演説って自分の両親のことから話しはじめているね。お父さんって、英国領ケニアの掘っ立て小屋で、山羊を追う生活をしながら学校に通ってたんだ。爺さんは英国人の召使い兼料理人で、息子、つまりバラクの父親にもっと大きな夢を託していた。そんな期待にこたえて息子は苦学して米国へ留学、そこで運命の人と出逢ったということか。母親はカンザス出身で、その父親って、パットン将軍の部隊に所属してヨーロッパ戦線を行軍してたんだ。母親は銃後の守りについていて、戦後、連邦住宅局(FHA)の援助で家を買ったけれども、けっきょく一家はハワイへ移住したんだね」
B: 「そのあとで、こんな文章がくる。
My parents shared not only an improbable love, they shared an abiding faith in the possibilities of this nation. They would give me an African name, Barack, or ”blessed,” believing that in a tolerant America your name is no barrier to success. They imagined -- They imagined me going to the best schools in the land, even though they weren’t rich, because in a generous America you don’t have to be rich to achieve your potential.
They're both passed away now. And yet, I know that on this night they look down on me with great pride.
They stand here -- And I stand here today, grateful for the diversity of my heritage, aware that my parents’ dreams live on in my two precious daughters. I stand here knowing that my story is part of the larger American story, that I owe a debt to all of those who came before me, and that, in no other country on earth, is my story even possible.
下線部なんか、日本人でもなんかグッときちゃうよね。こうつづけたあとで、200年前の「独立宣言」から「われわれはみな平等であり、生命・自由・幸福の追求という侵されざるべき権利を創造主からあたえられている」を引用している。うまいと思わない? またイラク戦争については、こう言っている。
And John Kerry believes that in a dangerous world war must be an option sometimes, but it should never be the first option. 」
A: 「戦争はあくまで最終手段であって、最初に戦争ありきじゃない、ってことだね。こういう視点はたしかに一匹狼的カウボーイのような現大統領にはなかった」
B: 「選挙演説だから、たとえば指名受諾演説では中低所得者層には減税をおこなうとか、聞こえのいいこともたしかに言っているとは思う。でもどの演説も一貫して筋道が通っているし、これはたんなる党利党略の小手先のレトリックじゃなくて、人柄がにじみ出ているからだと思うよ。前回の日本の衆院選挙を引き合いに出して、オバマ演説に魅了された人々を『ワンフレーズに踊らされているだけなんじゃないのか』ってコメントしてた人がいるけれど、そうだろうか。米国民、とくに勝利の原動力となった若い有権者が、オバマさんの演説を真摯に受け止め、この人に賭けてみよう、いまこそ過去のもろもろのしがらみを捨てて、『米国の進むべき道を変えなくては』って考えたから、オバマさんが勝ったんだと思うよ」
A: 「対訳形式で、とてもわかりやすい。訳はどう?」
B: 「お手本みたいな邦訳で、翻訳の勉強にもなるとは思う。ただひとつだけわからないのは、22ページ冒頭部、'Thank you, Dick Durbin. You make us all proud.'の訳が、『あなたはわれわれ全員に誇りを与えてくれています』になってること。自分は'You make us all proud of you.'の省略した言い方だと思ったが、どうなんだろ?」
A: 「それだと意味が逆になるね。それはそうと、ほかに印象に残ったフレーズとかある?」
B: 「そうね、『指名受諾演説』で環境政策についてはこんなふうに言っている。
And for the sake of our economy, our security, and the future of our planet, I will set a clear goal as President: in ten years, we will finally end our dependence on oil from the Middle East.
Washington's been talking about our oil addiction for the last thirty years, and John McCain has been there for twenty-six of them. In that time, he's said no to higher fuel-efficiency standards for cars, no to investments in renewable energy, no to renewable fuels. And today, we import triple the amount of oil as the day that Senator McCain took office.
Now is the time to end this addiction, and to understand that drilling is a stop-gap measure, not a long-term solution. Not even close. 」
A: 「おおッ?! たった10年でアラブのあぶら売りとは手を切るってホント?」
B: 「本気じゃないかな…環境問題ではいまや欧州がもっとも進んでいる。マッキベンの本じゃないけど、いまが原油埋蔵量のピークで、いずれ枯渇することは昔から言われつづけていることだしね。日本は太陽光発電とか、省エネ技術はひじょうに高いものをもっているのに、国を挙げて売りこみをかけるとか、そういう意気ごみというか働きかけが弱い気がする。もっとも太陽光発電については、補助金制度が復活するみたいだが。このままだと排出量取り引きでも損をするような気がするね。ついでに最後の'Not even close.'は、'Not even (a) close solution.'を省略した言い方ね。おんなじ名詞にかかるから、close一語だけでわかる」
A: 「'cap & trade'ね。批判的な人も多いけれど、げんに世界はそういう方向に動きはじめている。後ろ向きなことばっか言っててもはじまらないんじゃないかな。このままではいいように使われて、そのまま捨てられるような気がするよ」
B: 「排出量取り引きはあくまで暫定的なものだと割り切ったほうがいいと思うよ」
A: 「おや、環境には背を向けてきた現大統領、なにを思ったのかこんな記事が」
B: 「NYTimesの社説でも取り上げられてるよ。米国にあるすべての自然保護区を合わせた合計面積よりも広い、北マリアナ諸島周辺海域を天然記念物として残し、この海域での漁業や鉱物資源の掘削を禁ずるって。でもまたなんでいまかな(笑)? 社説によると、たしかにひとつの自然保護区としては世界最大級だけど、じっさいに保護される海域は200海里制限いっぱいではなくて50海里まで、商業目的ではない『釣り』はOK、マリアナ海溝直上の海域は対象外…らしいよ」
A: 「なにもしないよりはましか。それに、タイムズって民主党寄りの論説書くでしょ。あんなでかい本社ビル建てたはいいけれど、いまや逼迫する運転資金の担保になってるって言うじゃない」
B: 「たしかにここは民主党寄りだよね」
A: 「でも『オバマ演説集』はおもしろそうだな。思うんだがこの本、英語でプレゼンとかスピーチとかしなくちゃいけない人にとっても役に立つよね? ならオレも読んでみるか――買わずに、図書館で(笑)」
評価:

オバマネタやはり話題ですね。
勝利宣言の時のスピーチで
young and old ,rich and poor,Democrat and Republican, black, white, hispanic, asian, native-american, gay,straight......
という一説があったのですが、さすが人種の坩堝のアメリカ。ここまで言わないと人種差別などと、言われてしますんでしょうね。大変だなぁと苦笑してしまいました。
(メモしておいたものの引用なので、スペルミスはご容赦ください。)
結構、面白そうですね。
どうしても関心のあるジャンルしか見てませんでしたが、興味が湧きました。
最近は、イスラエルの行動をBBCで少し見てるだけで英語から離れていましたけど、いろいろと興味深いですね。リンク先のspeech bankっていうのも初めて知りました。便利ですねぇ〜。今、聞きながらコメントを書かせていただいてます。
コメントありがとうございます。
OSのlicense agreementの「免責事項」とか見ますと、「核戦争や化学兵器などの戦争災害」とかいったことまでいちいち書いてあったりするので、ここまで書かなければ訴えられるのかと勘繰りたくなるくらい、ほんとうに事細かに列挙されたりしますね。'...gay, straight...'というあたりは、いかにも民主党の次期大統領らしいですね。日本で政治家がこんなこと言ったらどうなるんでしょうか…??
alice-roomさん
本文100ページ足らずですし、CDの音源を携帯プレーヤーに入れて文字どおりオバマさんの名調子を持ち歩いている人までいるみたいです。これには当の次期大統領も仰天するんじゃないでしょうか。外国人でもっともオバマ氏の演説を聞いているのは、じつは日本人だったりして。げんにこれ書いた翌日、地元紙日曜版にさっそく「売れている本」として紹介されてました(苦笑)。それによると、発行部数が版元もびっくりの40万部超えだそうですよ。これに気をよくして(?)、第二弾ではもうすぐおこなわれる就任式演説を収録するそうです。