2009年02月08日

アイルランドもたいへんだ

 かなり前なんですが、NYTimes電子版にアイルランド経済の窮地について報じた記事がありました。記事が掲載されたあと、先月中旬に現アイルランド首相カウエン氏が来日していたことはあいにく知らなかったけれども。寡聞にしていまのアイルランドについては現地に住まわれている邦人の方のブログとか、あるいはこんなニュース速報サイトとかで知るのみではなはだ心許ないけれども、Times記事を見るかぎりでは日本にも増してかなり深刻な事態に陥っているようです。とくに南西部の地方都市リメリック(ブレンダンを養育した聖女イタ[祝日1月15日]ゆかりの地)の窮状は酷い。失業率なんと14%、地区によっては70%にも跳ね上がっているというから驚く。記事でも紹介されている不動産王の話とかを額面どおりに受け取るかぎりでは、「ケルトの虎」と呼ばれた経済成長も、けっきょくのところ「アイルランド版不動産バブル」に踊っていたふしがある。もっともこれはアイルランドだけの現象ではなくて、ITの普及に伴って加速度的に「金融のグローバル化」が波及したいまでは全世界的に「同時不況」の荒波に呑みこまれている。スペインやフランスなどほかのEU諸国もアイルランドと似たような苦境に陥っています。アイルランドは1990年代までは欧州一の最貧国と言ってもいい状態だったから、「ケルトの虎」と呼ばれるまでに建て直した政府の政策じたいは評価していいように思う。でもなんでもそうだけど、ここにも落とし穴があった。外資依存経済だったから、いざ金融危機が表面化するとみんないっせいに自分の手許に資金を残そうとあせるから、アイルランド経済へ投資されていた資金がこんどはいっせいに逆流しはじめる。「サブプライムローン」の証券化なんて、はっきり言って米国はじめ実体経済(メインストリート)から乖離し、欲望の赴くままに暴走した金融機関の身から出た錆で、われわれ庶民にはあずかり知らぬことなんですが、いったん信用収縮がはじまると外貨依存度の高い国ほど、いままでとってきた政策が裏目に出てしまう。アイスランドがその典型的な例で、国じたいが資金枯渇状態になってしまった(そのアイスランドでは女性首相が誕生しましたね)。アイルランドはEU加盟国ではもっとも早く「国内銀行口座の預金全額保護」を打ち出して国民には歓迎されたけれども、ほかのEU諸国の金融機関や預金者、とくにとなりの英国の銀行と預金者はこのとばっちりをもろに喰らうことになって、当たり前だが顰蹙を買う結果にもなった(→参考記事)。さらにドイツもアイルランドにならえとばかりに自国銀行口座の全額保護に走ったから、EU諸国の足並みは乱れっぱなし。そんなこんなでいま、対円ユーロ安になってるんだろうか? …先日、Amazonの「買い物かご」をチェックしたら、ユーロ圏の本やらCDやらのあまりの値崩れに驚愕した(最大2000円も安くなっていた商品があった)。そういえばポンドも対円相場が値崩れして、英国国内盤CDも安くなっている。このようにモノもカネも一瞬のうちに世界を駆け巡ってしまうところが、80年前の大恐慌時とは決定的に異なるところ。なので「この世界同時不況から最速で脱出する」なんてことはだれが見たって――経済にまるでうとい自分でさえ――笑止千万なことは一目瞭然。自分だけお先に失礼、なんて芸当は「グローバル経済」にどっぷりつかってしまっている現状ではどう考えてもできっこない。地方銀行でさえサブプライムローンの不良債権を抱え、われわれの働く賃金だって低賃金の国に引っぱられる時代なんですから。それにこのたびの金融危機だって、もとをたどっていったらじつは日銀が長年取ってきた「ゼロ金利政策」ではないかと指摘する声もあったりする。ツケがまわりまわってきたということか。

 いずれにせよいまの経済構造は望ましい方向へと変えていかないと、もっとたいへんなことになりかねないと思います。マッキベンやオバマ新大統領じゃないけれども、いまの経済構造は「ほんの一握りの人のみ」にカネが集中し、あまねく人間を幸福にはしないシステムだし、また温暖化もふくめて「持続可能なシステム」とはとうてい思えない。たぶん何十年か後には、まさしくいまこのときが、人間の歴史の分岐点だったと書かれるでしょうね。もっともこんなこと書くと反論がくるかもしれない。あまねく人間を幸福にする、なんてことはできない、と。でもいままでのやり方が行き詰っている以上、「もうすこしましな」方向へと進むべきだと思う。

 Times記事にもどると、リメリックの最貧地区で一所懸命、奉仕するニューヨーカーのフランシスコ会青年修道士の話が紹介されています。「ある男性が奥さんと息子と娘を射殺した話がありました。彼は借金漬けだったんです。富の追求に汲々となる人々が見出すのは、けっきょくこれではまだ足りない、まだ足りないという渇望感だけなんですね」。いまこそ「足るを知る」という発想が世界規模で必要とされている時代もないのかもしれない。

参考文献:浜矩子著『グローバル恐慌――金融暴走時代の果てに』(岩波書店、2009)

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