2009年03月22日

特異な地質景観を生かせないか

 伊豆半島は温泉保養地として長い歴史があり、かつては文人墨客が静養のため、あるいは執筆の構想を練るために足しげく来訪してはこの地の風習や文化を織りこんださまざまな傑作を残してきました。最近では「グリーンツーリズム」が注目され、いままであまりにも当たり前すぎて見過ごされてきたものを生かすこと、たとえば漁師体験とか「棚田オーナー」として米作りに参加してもらうとか、また自然観察を兼ねたハイキングで汗を流したあとは温泉宿に泊まってもらうといった、あたらしいタイプの観光産業が伊豆半島でも盛んになってきました。以前より自分も環境破壊を伴い、一部の利害関係者の利益にしかならない従来型の「観光開発」というものでは伊豆半島にもともとある「かけがえのない宝」をどんどん失うだけと考えてきたから、「もともと地元にある'宝'を再発見してこれを観光客誘客に生かそう」という発想がようやく定着してきたかもしれない、とひそかに期待しています。

 でもひとつだけ、なぜかいまだに有効活用されていない気がするものがあります――それが伊豆半島そのものをかたち作っている特異な「地学的景観」です。伊豆半島にはなぜ温泉がそこここで湧出しているのか。いま松崎の休耕田を利用した「花畑」が見ごろを迎えていますが、田んぼのすぐ脇に松崎温泉の源泉が湧いていたりします。またなぜ堂ヶ島の「天窓洞(てんそうどう)」はなぜあのような美しい白色の岩からできているのか。なぜ「天窓」が口を開けた大規模な海蝕洞窟になっているのか。大潮の時期になると海面がふたつに割れて沖の島まで道ができる三四郎島の「トンボロ現象」は世界的に見てもひじょうに珍しいし、ここでも何度か書いた黄金崎(こがねざき)のあの奇観はどのようにしてできたのか。またなんで伊豆西海岸には沼津市の大瀬崎や戸田漁港の御浜(みはま)岬、安良里(あらり)漁港の網屋岬のような「北へ伸びる砂嘴」が発達して独特な景観を作っているのか。また「掘れば金が出て、温泉まで出た」土肥金山をはじめ、伊豆半島にはかつて金・銀・銅・マンガンなどの鉱山がいたるところにあったし、アスベスト処理工場建設予定地にされてしまった宇久須(うぐす)の白土山は、ほぼ100%に近い珪石を産出して日本のガラス産業を支えてきた歴史がある(河津温泉では、かつての金鉱の坑道から湧いた源泉を引く設備がいまだに現役)。伊豆西海岸にかぎっても、北は大瀬崎(おせざき)から南の波勝崎(はがちざき)まで、ひと目で見てそれとわかるほど多種多様な地学的景観の連続で、これだけでもツアーが組めるのではないかといつも思っています。半島一円を見てみれば、北の三島には新富士火山の「三島熔岩流」終端からこんこんと湧き出す「三島湧水群」と有名な「柿田川」があり、半島中央の田方平野には函南町から伊豆市修善寺にかけて30km以上にもわたって伸びる「丹那(たんな)断層(露頭の一部は国指定天然記念物)」があり、その先の旧中伊豆町下白岩(しもしらいわ)地区には古代の海に生息していた熱帯性大型有孔虫の「レピドサイクリナ」化石の産地もある(有孔虫化石は地層の堆積年代を示す「示準化石」として貴重なもの)。伊東市や東伊豆町あたりは「東伊豆単成火山群」がひしめいて、山焼きで知られる大室山はプリンみたいなかたちの独特な山容を見せているし、それらあたらしい時代の火山群から流出した大量の玄武岩熔岩が相模灘に雪崩れこんでできたのが城ケ崎海岸。「雛のつるし飾り」でも知られる稲取漁港北側にある通称「トモロ岬」にはこれまた珍しい「奇岩・はさみ石」があり、大川温泉手前の国道沿いには「ライオン岩」なる奇岩もある。また南伊豆町の下賀茂温泉は、半島一「自噴泉」が多いと言われていて、文字どおり下賀茂地区のあちらこちらで自噴泉が湯煙を上げていますし、「弓ヶ浜」や「白浜」、下田市田牛(とうじ)地区は美しい白砂の浜で有名です。また西伊豆(とくに沼津市内浦湾)は典型的な「沈降海岸(リアス式)」であるのにたいし、下田から伊豆東海岸へまわるとあきらかに地層が持ち上がり、それが波蝕を受けて台地状になっている「隆起海岸」に変わっているのも半島の海岸地形の特徴でもある。これはもちろん、太平洋側で繰り返し起きる「海溝型大地震」に起因するものです。とにかくかぎられた範囲でこれだけヴァラエティに富んだ火山地形と岩石層が見られる場所というのは全国的に見てもそう多くはないはず。地学好きにとっては伊豆半島はまさに「楽園」みたいなところです。バラバラになった点と点とを一本に結びつける試みがもっとあっていいのではないか、と思います。「自然観察」とくると植生や動物の観察とかになりがちですが、伊豆半島では植物相もこの特異な地質構造に由来する場合がとても多い。やはり地学的景観もふくめて企画化したほうがいいように思う。シーカヤッカーにとっても、このアプローチはけっこうおもしろいのではないかとも思います。げんにカヤックでしか行けない海蝕洞窟はたくさんあるし、記事中引用したブログの掲載写真を見まして、その造形美と透き通ったエメラルド色の海の対比はまさに強烈な印象です。

 以下、ざっと伊豆半島の成り立ちについてメモしておきます。伊豆半島の基本的地質構造は三階建て。土台の「湯ヶ島層群(西伊豆町仁科川沿いにはさらに古いと言われる「仁科層群」の露頭があるけれど、いまのところは「湯ヶ島層」を最古層とする見方が一般的)」、その上を不整合に堆積して覆っている「白浜層群」、その上に乗っているのは鮮新世−更新世のあたらしい火山群。西伊豆の「猫越(ねっこ)火山」、「棚場火山」、「達磨火山」、「蛇石(じゃいし)火山」とか、中伊豆から東伊豆にかけては「天城火山」、「宇佐美火山」、「多賀火山」とかがあります。伊東あたりはさっき書いた「東伊豆単成火山群」がさらに乗って、1989年7月に突如噴火してわれわれを驚かせた「手石海丘」もこれら単成火山群の活動と考えられています。大室山もあたらしい単成火山(スコリア丘と呼ばれるもので、活動したのは4000 - 3500年くらい前。地学的にはつい最近のことで、時代的にはツタンカーメン王あたりが生きていたころ。「東伊豆単成火山群」のひとつ「カワゴ平」火口からは、石英安山岩質軽石からなる大火砕流が発生して現在の伊豆市筏場(いかだば)地区を埋め尽くした。その規模は雲仙普賢岳火砕流の2倍と言われる。そのとき蒸し焼きにされて埋没した「神代杉(じんだいすぎ)」と呼ばれる巨大な炭化木がときおり掘り起こされたりもしている(→伊豆半島地質略図[出典:『ふるさとの自然 伊豆編』静岡県 1988])。→地層全般についてWikipedia記事

 最下層の「湯ヶ島層」が海底火山として活動したのは2000万年くらい前から1600万年前にかけて。そのころの地球は超温暖気候で、日本列島あたりは小島が点在する多島海だったと推定されています。伊豆半島はフィリピン海プレートの最北端に位置し、プレート北進とともに日本列島付近までやってきた、いわば「ひょっこりひょうたん島」。「湯ヶ島層」堆積後、ふたたび沈降した「湯ヶ島層」の浅い海ではあらたな火山活動がはじまった。これが白浜や堂ヶ島などで見られる、美しい模様(クロスラミナ、斜交層理)の目立つ白色砂質凝灰岩からなる「白浜(原田)層群」。このとき以降、鮮新世あたりにかけての火山活動による貫入岩や熱水活動によって土台の「湯ヶ島層」をつくる安山岩が激しい変質を受けて、緑色がかった変朽安山岩(プロピライト)に変化しているのも大きな特徴。黄金崎一帯ではその後硫化作用(箱根大涌谷の光景をイメージするとわかりやすいかも。また箱根火山の土台も湯ヶ島層群)・珪酸分(SiO2)に富む熱水の影響(珪化作用)が強く働き、硫黄や酸化鉄などでさらに変質と風化が著しく進んで、黄褐色・赤褐色のたいへんめずらしい色の大露頭を見せている(静岡県指定天然記念物。かつては旧国道がここの深い切り通しを抜けて走っていたが、風化の激しい岩石ゆえに崖崩れもたびたびで、残念ながらいまは廃道)。また宇久須(うぐす)の白土山や西天城高原ではこの「湯ヶ島層」が稜線を形づくり、「猫越火山」などのあたらしい鮮新世火山によっておなじような変質作用を受け、岩石中の二酸化珪素以外の成分が抜けてスカスカになった「珪石」になっている。またこの周辺では明礬石も産出している。猫越岳の火口湖は「伊豆山稜線歩道」沿いにあって、観察できる(→伊豆半島の生い立ち)。

 「白浜層」堆積後、鮮新世−更新世にかけて大規模な火山活動がはじまる。天城山や達磨山などがこの時期に形成された。達磨山ではハワイの火山に見られる「アア熔岩」などのきわめて粘り気のない熔岩が流出したため、ひじょうになだらかな山容になっている。また一説では戸田(へだ)漁港の入り江はかつての火口の一部で、火口は海に向かって口を開けていたらしい(楯状火山と言われる)。その後、現在の伊東市−東伊豆町を中心に「単成火山群」の活動が活発化し、大室山から流れ出た玄武岩質熔岩は八幡野(やわたの)・先原の台地や、城ケ崎海岸を形成した。伊豆半島が本州と衝突したのは約100万年前。これより先に丹沢山地が500万年くらい前に本州と衝突している。フィリピン海プレートの北上ともぐりこみがあっても伊豆半島が消滅しなかったのは、半島全体が熱水で温められた「軽い地殻構造」だったからだと言われている。南アルプスの急激な隆起と、富士・箱根・愛鷹といった大火山が伊豆半島の北側に集中している理由もフィリピン海プレート、北米(オホーツク)プレート、ユーラシア(アムール)プレートの三つがここで衝突しているから。それゆえ富士川より東側の静岡県東部地域には新生代第三紀中新世以前の古い地層はなく、中生代以前の古い地層群は富士川から西側、静岡−糸魚川構造線(フォッサマグナ)より西側に露出している(→参考ページ)。本州弧が逆「くの字型」にゆがんでいるのも伊豆半島の衝突が原因。

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最後に参考プランをちょっと追加しておきます。

1). 沼津市香貫山から南へ伸びる通称「沼津アルプス(香貫山地)」。白浜層からなる起伏に富んだ低山の連続で、一部湯ヶ島層の「プロピライト」が露出している(徳倉変朽安山岩層。八重坂峠・横山付近、下画像参照)。また田方平野から西側に連なる「香貫山地」の侵食の進んだ山並みと、反対側の玄岳(くろたけ)など更新世に活動したあたらしい「多賀火山・宇佐美火山」のなだらかな稜線を見れば、前者のほうがはるかに古い火山であることは一目瞭然。狩野川をはさんで西と東とで、時代の異なる火山が相対している。

徳倉変朽安山岩層の露頭


2). 淡島から西浦の海岸線、大瀬崎まで。淡島はいわゆる「溺れ谷」地形で、海に沈んだ白浜層群静浦山地をつらぬく複輝石安山岩からなる「貫入岩体」の一部。近くの伊豆の国市・大仁城山(おおひとじょうやま)の垂直にそそり立つ岩山は、周囲の凝灰岩などの柔らかい岩が侵食されてなくなったあとに取り残された安山岩質のマグマ部分が露出したもの(差別侵食)。ダイバーでにぎわう大瀬崎には、国指定天然記念物のビャクシンの最北限自生地であり、「伊豆の七不思議」のひとつ「神池」と呼ばれる真水の湧水池にはコイやフナが生息している。大瀬崎の付け根付近の海蝕崖には更新世に活動したとされる大瀬火山のアア熔岩層が美しいバウムクーヘン上の模様をなして露出している(↓は井田火山噴出物からなる絶壁に自生するヤマザクラやオオシマザクラ)。

井田火山噴出物の海蝕崖に咲く自生のさくら


3). 土肥金山めぐり。伊豆半島の温泉の泉源はすべて湯ヶ島層からで、近くの安楽寺にある「まぶ湯」もその名残り。また「龕(がん)附き天正金鉱」も貴重で一見の価値あり。熱水変質作用が広範囲におよんだ地域では石英脈に金銀鉱床を生じることが多いから、掘れば温泉のみならず、金・銀・銅・マンガン・硫黄鉱床も産出した。

4). 黄金崎から安良里港。黄金崎で典型的な珪化作用を受けた湯ヶ島層の「プロピライト」大露頭を観察したあと、「きんちゃく港」を形づくる網屋岬の砂嘴に立ち寄るコース。網屋岬にある「浦守神社」付近はウバメガシとハマボウ・ハイビスカスの大群落地。入り江の反対側になるので、歩くより手っ取り早く行ける貸しボート利用がおすすめ(ただし地元漁船の航行に注意。3枚目の画像がハマボウ・ハイビスカスの自生群落)。

黄金崎プロピライトの海蝕崖

夕映えの黄金崎プロピライト

網屋岬のハマボウ・ハイビスカス群落


5). 瀬浜のトンポロ現象。沖に浮かぶ三つの石英安山岩の島まで地つづきになる「トンボロ現象」が見られる。春と秋の大潮の時期がおすすめ。潮溜まりでは色鮮やかなウミウシなどの生物も観察できる。北隣の浮島(ふとう)海岸には逆断層つきの海蝕洞門があり、ボートで通り抜けられる。

浮島海岸の海蝕洞門から三四郎島


6). 堂ヶ島洞窟めぐり。くわしくはこちらで。南側の安城岬も近年整備されて、岬先端まで楽に行けるようになったのでこちらもおすすめ。亀の甲羅のかっこうをした「亀甲岩」が見られる(→行った方の記事)。最初の画像は、蛇島(じゃじま)に見られる地層の乱れ、「スランプ構造」。これは激しい火山活動のさい巻き上げられた浅海底堆積物、あるいは海底地すべりですべった堆積物の地層で、白浜層群の活動期にここが浅い海だったことを示す証拠。二枚目は天窓洞入り口付近で見られるクロスラミナ(斜交層理)。

蛇島(じゃじま)のスランプ構造

堂ヶ島天窓洞のクロスラミナの発達した白色砂質凝灰岩層

堂ヶ島の白色砂質凝灰岩層


7). 南伊豆町波勝崎と入間(いるま)の千畳敷めぐり。波勝崎はお猿さんで有名ですが、「伊豆の赤壁」と呼ばれる落差250m以上の赤みがかった石英安山岩の大絶壁がすばらしい(→シーカヤックで行った方の記事。昔は堂ヶ島から遊覧船が出ていたけれども、いまは廃止されたのかな?)。その先の妻良漁港には石英安山岩の貫入岩体が見られる。奥石廊崎の「あいあい岬」北側の入間地区から三ツ石岬にかけて遊歩道を進むと江戸時代の石切り場跡の「入間千畳敷」に出られる。ここは南伊豆では数少ない砂岩層(下賀茂砂岩層)の大露頭で、海食台地形をなしている。

奥石廊崎海岸から見た三ツ石岬方面


*…引用参考サイト: 「伊豆の大地の物語」。ほかにも数冊の関連文献ならびにコピーを参照しました。↓は、おまけ画像。昭和30年代後半の黄金崎切り通しを抜ける旧国道136号線。

おまけ:昭和30年代の黄金崎旧国道


この記事へのコメント
はじめまして。こんにちは。
沼津市民なので興味深く拝見しました。

画像の八重・横山のプロピライトがどの町内付近で見れるのか教えていただけませんか?
あのあたり一帯どこでも見れるものでしょうか?
Posted by yaxi at 2010年09月23日 03:54
yaxiさん

コメントありがとうございます。m(_ _)m

ご質問の画像ですが、あの写真を撮ったのはもうかれこれ20年(!)くらい前でして、本城山から八重坂峠を越えるときに、切通しの崖を撮影したものです。でもたしかあの道路はその後、拡幅されたような気が…最近のようすをぜんぜん知らないので、ひょっとしたらもうこの露頭は消滅してしまっているかもしれません。

徳倉変朽安山岩層は八重坂-横山、清水町の本城山付近で見られると思います。たとえばこれもだいぶ前なんですが、本城山の狩野川に面した南側斜面の脇道にも露頭はありましたし、幹線道路から遊歩道入口のある北側の宅地に入るあたりにも露頭を見かけた記憶があります。横山にハイキングで登られる機会があれば、おそらく歩道沿いに黄褐色の露頭が観察できるのではないかとは思いますが…書いた以上は自分の目でも最新状況を確認する必要がありそうですね。来月になればハイキングには絶好の季節になると思いますので(笑)、露頭探しにあのへんを見て回りたいと思います。…だいぶ変わってしまったかもしれないですねぇ。
Posted by Curragh at 2010年09月23日 10:22
はじめまして。私は伊東に住んで5年ほどになります。

地質や地形については全くの素人ですが、貴サイトで伊豆半島の奥深さに驚きました。
私は最近、伊豆のジオ的な背景に興味を持ち学び始めましたが、専門的な用語や事象が難しいです。

色々教えていただけるとありがたいです。
Posted by たあたん at 2010年10月01日 22:50
たあたんさま

コメントありがとうございます。m(_ _)m

伊東市民なのですね。それでしたら、『火山が作った伊東の風景』がおすすめです! ↓は、関連拙記事です。

http://curragh.sblo.jp/article/28290462.html

伊豆半島の地形地質については、図書館の「郷土資料コーナー」に行けばたくさん出てきますと思いますので、ご利用されることもおすすめします。あとはフィールドワーク、というと大袈裟ですが、大室山とか近場を踏破してみるのもおもしろいかと思います。城ヶ崎海岸の「ポットホール」というのもありますよ。

http://curragh.sblo.jp/article/4387600.html

Posted by Curragh at 2010年10月02日 15:57
早速にお返事いただきありがとうございます。こんなに興味深い所に住んでいることを知って幸せに感じます。

私は伊豆の地図も不慣れで運転も下手ですが、これから来年の2月までかけて、月1〜2回出回りたいと思っています。まずは路面が凍結する前(12月)今月と来月で伊東の反対側(西伊豆)を回ろうと思っています。

上記の御記事の3)にある今土肥金山と大正金鉱に来週行ってみようと思います。西伊豆になぜ金脈があるのでしょうか(なぜ東伊豆にはないのですか)。金などが熱水で運ばれてくると貴解説にありますが、どこから来たのでしょう。

素人の質問ですみません。
他に近くで見るべき場所がありましたらご紹介いただけるとうれしいです。
Posted by たあたん at 2010年10月02日 17:20
ご質問の件ですが、熱水活動と金鉱床については、「伊豆の大地の物語」サイトにかんたんですが説明があります。↓

http://sk01.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/Izu/Izushin/daichi/daichi6.html

伊豆半島の場合、箱根の大涌谷と同様に後火山活動の盛んな地層が半島の土台をなす湯ヶ島層群なので、温泉の泉源も湯ヶ島層の分布している場所に集中しています。正確な数は忘れましたが、泉源は60くらいあったと思います。金鉱についてですが、東海岸の場合、河津の縄地鉱山がかつて金の採掘をおこなってました。

http://wing.zero.ad.jp/~zbc54213/nawati-oomatu-01.html

土肥金山の場合、最後まで操業していたのが土肥新田地区にあった清越(せいごし)鉱山でした(↓は、「探検」に行かれた方の記事です)。

http://yosuzume2.web.infoseek.co.jp/kouzan/toi_seigoshi/toi_seigoshi_3.htm

現在の土肥金山はいわゆる観光客向け施設で、「世界一の巨大金塊」とかもあって楽しめますが(笑)、江戸時代そのままの坑道跡を見るのであればそのすぐ南隣にある天正金鉱がおすすめです(R136沿い、ホテル明治館の反対側の山の斜面)。

http://www.toispa.com/kankouchi/104%20toi_tenshou_kinkou.html
Posted by Curragh at 2010年10月03日 04:10
ご説明をいただきありがとうございました。各サイトもとても勉強になりました。

まるで探険に行くような気分です。東伊豆にも金鉱があったのですね。早速庭を掘ってみようかと思いました(笑)。
Posted by たあたん at 2010年10月03日 13:12
さきほど土肥から戻りました。
天城では持越金鉱跡に行きました。
土肥では土肥金山と天正金鉱の両方を見学しました。
前者が近代的な掘削を行ったものであるのに対し、後者は江戸時代の手彫りの後も生々しく、またご主人の解説は歴史も織り交ぜた興味深いもので感動しました。私は地質学には素人ですが観光の穴場だと感じました。
地質学的な意義も深いものだと思われます。Miscellanous Thoughtsのご主人のご見解を聞きたいです。
P.S. 象牙美術宝庫も素晴らしいの一言です。
Posted by たあたん at 2010年10月09日 17:56
再び追伸です。
天城での昼食は観光協会の事務局長さんのご紹介で浄蓮の滝駐車場前の佐太郎に行き、猪鍋をいただきました。
めちゃめちゃおいしかったです。日本の猪肉市場では天城の猪が一番高価だそうです。なぜなら、タケノコを食べている京都の猪と違って、天城のはズガニを食べているからだそうです。思わず納得。
運転さえなければ、熱燗か焼酎を所望したかったです!
Posted by たあたん at 2010年10月09日 21:01
たあたんさん

持越金鉱跡にも行かれたのですね。あそこはいまだに入ったことがないのですが、見学とかできるようになっているのでしょうか? 

土肥金山の坑道では熱水作用による金鉱脈とかも解説付きで見られるようになってますね。天正金鉱跡は、ほんとうに貴重な地学遺産だと思います。

次回西海岸に行かれたら、黄金崎へもぜひ立ち寄ってみてください。これからの季節は名物のイソギク(城ヶ崎海岸にも自生していますが)が咲きますし、11月から冬至にかけては夕陽のベストシーズンです。伊豆半島の土台をなす湯ヶ島層のプロピライトからなる岬の絶壁が文字どおり金色に染まりますよ。

猪鍋ですかー…まだ味わったことがないのですが、くせがなくて美味みたいですね! ズガニも高級食材ですよね。なるほど、納得しました。とにかく楽しまれたみたいで、よかったですね。
Posted by Curragh at 2010年10月10日 21:21
お忙しい所、お返事いただきありがとうございます。色々教えていただき、お陰様で楽しい旅でした。
初めての長距離の山道の運転で次の日はぐったりしてしまいました(恥っ)。だんだんと「運転力」を身に付けたいと思います。

持越金鉱跡は観光協会の人に連れて行ってもらいましたが、現在某会社の管理下にあり、その場所に行きましたが、写真も撮らずに帰りました。

もしまだでしたら、是非象牙美術宝庫も立ち寄られてみて下さい。北京の故宮や台北の故宮博物館の所蔵品に勝る彫刻の数々に圧倒されました(中国人がどうしてこんな所にとびっくりされるそうです)。美術館の玄関前にある2坪ほどの茶店の「桜餅」。巻かれた桜葉の塩漬けが何とも良い香りでおいしかったです。桜餅を買いに再度訪れてもいいくらいです。(食べることばかりですみません)。
自然に恵まれた伊東に住み幸せですが、文化的な刺激(美術館やA級映画、大きな本屋さん)に飢えているのです。

西海岸の夕日・・・あこがれです。何しろ伊東では夕日は拝めません。ロマンチックな場所には場違いな自分をいい子いい子しつつ、年内中に是非行ってみたいです。
Posted by たあたん at 2010年10月13日 10:40
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