2007年01月08日

The Sea Craft of Prehistory

 昨年暮れの話で恐縮ですが、モスクワアカデミー公演(12月1日)に出かける前、国会図書館にちょっと立ち寄って調べ物。こんどはすこしは新方式にも慣れ(?)、その前に来館した折複写できなかった諸宗教における修道制度(日本の禅宗もふくむ)について書かれた事典の「アイルランド」項目とかをわりとスムースに複写してもらい、出来上がり待ちのとき、ふと複写室のまん前にある昔ながらの洋著者カードのキャビネットに目がとまり、英国人船舶史研究家Paul Johnstone の著作とかはないかな♪ とじつに軽ーい気分でカードを繰っているうち、ひょっとしたら…とオンライン検索にかけてみるとなんと出てくるではないですか。The Sea Craft of Prehistoryという本。!! と即閲覧手続き。パラパラめくると、さっそくアイルランド・ブリテン諸島の獣皮船について書かれた章が目に飛びこむ。時間がなくなってきたのでとり急ぎこの章のみ複写してもらいました。午後4時近かったけれどもなんとか即日受け取り扱いになりぶじ複写を受け取るとそのまま有楽町線に飛び乗って演奏会場のカテドラルマリア大聖堂へ向かいました。

 この本はひらたく言えば世界中の古代船について、徹底したフィールドワークにもとづく研究成果の集大成みたいな本です。著者ポール・ジョンストン氏は英国海軍時代に古代船に興味を抱き、以来BBCの考古学番組のホストを務めるかたわら、いわば一介のアマチュアの視点からいままで本格的に調査されることもなかった古代船について研究したきた人です。この本は草稿のみ書き上げられたあと、著者が亡くなってしまったため、著者の友人だった編者マグレイル氏が校訂出版したもの。編者は明らかな重複・書き損じ以外、なるべく著者の残した草稿の形を尊重したとのことで、いわば古代船の調査研究に生涯を捧げた著者ジョンストン氏渾身の「白鳥の歌」、とにかく労作です(編者によると草稿にあった4章と10章は4章として統合、8および10-12章にはあらたな知見を追加、18章は独自に追加したもの)。

 日本の古代船についてももちろん章が割かれてまして、太平洋のカタマランやカヌー、丸木舟(刳り舟)に中国のジャンク船の原型になったと言われる東南アジアの竹筏、さらにはいまだにイヌイットがアザラシ漁に使う獣皮船ウミアクも網羅してあります…これほど世界中の古代船について包括的に書かれた類書はおそらくないだろうと思います。

 複写したのは'The British Isles : skin boats' と題された章。アイルランドでいまだに使用されている伝統漁船カラフおよび英ウェールズ地方の「お椀型」小型網代舟コラクルの起源と歴史が、これら古代船をかたどった出土品も交えて論じられていて、起源は中石器時代にまで遡る可能性が高いこと、紀元前4千年前に伝わった農耕文化によって獣皮船がさかんに用いられるようになったこと、ストラボンなど古代ギリシャ人による記録とデザイン上の共通点から、ブリテン諸島のケルト人が紀元前からすでに地中海地方と活発な交易活動をおこなっていたことなどを指摘しています。

 これを読んで収穫だったのが、アイルランド国立博物館に収蔵されている「デリー州ブロイター出土の黄金のカラフ」についても書かれてあったこと。いままで、この金でかたどられたカラフが紀元前1世紀ごろの作ということしか知らなかったのですが、これが1891年に農夫によって発見されたこととか、さらにはマストやオールがのちの時代に追加されたものではなくこのカラフの模型にもともと備わっていたもの…ということもはじめて知りました。つまりカラフはラテン語版『航海』に書かれてあるとおり、りっぱな「帆船」として使われていたということで、これはきわめて重要な部分です。それと「バントリーカラフ」も。ブレンダンゆかりのディングル半島・バントリー湾を見下ろす高台の牧草地にひっそりと佇む石柱の片面に、まるで天をめざして漕いでいくかのようにカラフが生き生きと浮き彫りにされているんですが、この舟については考古学専門誌Antiquity にもジョンストン氏自身がさらに詳しく分析した論考を寄稿しています。こちらの石柱はもとは十字架型だったみたいで、8世紀ごろ、ちょうど『ブランの航海』やラテン語版『航海』のプロトタイプが書かれたと推定される時代に建てられたものと言われています。

 それといまひとつおもしろかったのはアダムナン作『聖コルンバ(コルム・キレ)伝』に出てくるコルマックという修道士の挿話。わりと有名な話ではありますが、『聖コルンバ伝』にはかの有名なネス湖の怪物も出てきます。お話はコルマックという修道士が「絶海の砂漠」を求めてひとり漂流するというもので、ブレンダンのときと同様に「ともに船出することができない者supernumeraries」というのが出てきてコルマックの船出はそのせいで2回とも失敗に終わる(このモチーフは現存する航海譚immrama の多くに共通して現れます)。3度目にしてようやく船出するわけですが、セイルを目いっぱい張って2週間航海したとき時化に遭遇、舟ははるか北、「人間の住む世界の境界を越えた」海域へと流される。そこでこんどはいまだかつてだれも見たことのない恐ろしい「海の怪物」がわんさか大群をなして舟にやってきて、船体を覆う革をいまにも破りそうな勢いで襲いかかってくる。その姿は「蛙くらいの大きさで、恐ろしい棘をもち、空を飛ぶというより泳ぐように、いっせいにオールに群がった」。そのときコルマックの窮状を察知した聖コルンバが神に祈ると、このけだものどもはいっせいに退散、風向きも北に転じて、からくもコルマックのカラフはこの危険な海から脱出した…。

 一見奔放な想像力の産物と思われる記述も、じっさいの北大西洋の地理と当時の漂流者の体験談にもとづくとした上で、この身の毛もよだつような怪物についても現実の目撃談から生まれたものと示唆しています。で、ここでジョンストン氏が提示した怪物の正体というのが…なんとカツオノエボシ!! この猛毒の電気クラゲはメキシコ湾流に乗ってはるかアイスランド沖にまで運ばれることがあるという事実からも可能性は高いとしています…たしかにカエルみたいにブヨブヨだし、おそろしい棘(触手)もありますねぇ…ちなみにこの毒クラゲ、駿河湾にもけっこう多くいまして、ときおり海岸に打ち上げられています。目にも鮮やかなブルーの風船みたいな物体を見たら要注意! 触らないでください。

 それと、カラフを駆ってケルト修道士がアイスランドにまで達していた可能性についても、『植民の書』とかディクイルの『地球の計測』を引き、さらにはアイスランド南東岸に多く見られるアイルランド人聖職者を連想させる地名と関連づけて述べています。ここで興味を惹かれたのはうちパパフィヨルドPapafjord の一角にある「数軒の円形の石室」とおぼしき遺跡がいまだ――この本が書かれたのは四半世紀以上前だが――きちんと調査もされずにいると書かれた箇所。アイスランドにはこうした「ヴァイキング以前に来島したかもしれない先行移民」の住居跡というのがほかにもあり、いずれも本格的な調査もされずに放置されているらしい。もしいまだにそうだとしたら、なんだかひじょうにもったいないというか、残念な話ですね…。

 …と、300ページ近い本のうち読んだのはここまで(それと図書館内で読んだ日本の古代船についての章)。厳密に言えば「最近読んだ本」とは言えないのですが、個人的にはひじょうに印象に残った本だ、ということであえて書いておきました。図版多数で眺めるだけでもけっこう楽しめます。

posted by Curragh at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本
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