この前図書館から借りて読んでいた名著普及会の『世界神話伝説大系41, アイルランドの神話伝説 II』。初版はなんと80年前(!)に出た本で、すでに『メルドゥーンの航海』が邦訳されていたとは、いまごろではあるけれどようやく知るにいたる(苦笑)。編者の八住氏ってどんな人なのかさっぱりなんですが、アイルランドのケルト部族を評して、「制度があまりに強い権威をもち、人々の上に君臨する時、それは常に冷厳な公式と化し、人間の心を解放する代りに鎖を与えるものである。…しかしケルト族は、その中に本当の人間らしい生活の息吹をもっていないところの一切のものに対しては、反抗したのであった。非精神的であり、そして単に外部的な形式にのみ流れる一切のものの支配に対しては、敵対したのであった(p.209)」という一文は、ある時代におけるひとつの「ケルト受容史」ともとれるけれども、かなり正鵠を射た言い方のような気がします。
ラテン語版『聖ブレンダンの航海』の祖形ではないかと言われる古アイルランド語で書かれた航海譚(immram、複数形はimmrama)、『メルドゥーンの航海』。あらためて読んでみると…やっぱりよく似ています。もっともモティーフによっては現存するimmramaに共通して出てくるものもあります。たとえば『メルドゥーンの航海(以下、『メルドゥーン』)』「女人の島」の挿話は、話の内容もほぼそのままに『ブランの航海』にも登場します。また「常若の国、ティール・ナ・ノーグ(Thír na nÓg)」から帰ってきた主人公が「浦島太郎」状態で帰ってきて、禁を破って故国の土を踏んだ瞬間に300歳の年寄りになったり、灰と化したりというのも有名な『常若の国オシーンの物語』にも出てくるし、『ブランの航海』にも出てきます。なので『メルドゥーン』と『航海』がよく似ていると言ってもとくに不思議はないかもしれない。でも両者は物語の構成においてかなり似通っています。『メルドゥーン』の場合、主人公はいかにもという感じの典型的なケルトの若武者。父親を殺した連中に仇討ちするために3年と7か月あてどなく航海する物語が、『航海』では修道院長が「聖人たちの約束の地」を求めて7年航海する物語に変わっています。『メルドゥーン』と『航海』ともに、元来はおんなじひとつの「原型」から派生したものではないかと考える人もいます。いずれにせよこのへんの写本どうしのつながりというか、関係についてはたいへんむつかしい問題なので、いまだに結論は出ていませんが、『メルドゥーン』と『航海』には密接な関係があるという一点においては意見が一致しています。現存するヴァージョンはふたつあり、ひとつは8-9世紀ごろ成立したと考えられる散文版、いまひとつは10世紀初頭に成立したと考えられている韻文版です。
以下、『メルドゥーン』のおおまかな構成と、あきらかにおなじモティーフと考えられる挿話を記してみます(以下は、中央大学人文科学研究所編 『ケルト――伝統と民俗の想像力』所収の松村賢一「冒険と航海の物語」から抜粋。底本は、『レカン黄書』その他に収められた写本から校合したホイットリー・ストークス校訂による『メルドゥーン』。丸括弧は対応する『航海』の章)。
メルドゥーンの出自。アリルはアラン島の勇敢な族長で、ほかの封建領主の王国を略奪するため王につき従ってきた。そのとき彼はある修道女を手篭めにした。メルドゥーンはそのとき生まれた子で、アリルはその後部族の襲撃にあい、教会で焼き殺されてしまう。修道女はひそかに親しい王妃にメルドゥーンを養育してもらうことにした。ある日、メルドゥーンに負かされた戦士仲間が腹立ち紛れに「おまえは王妃のほんとうの息子ではない」とほのめかし、ショックを受けたメルドゥーンはそのことを王妃に問いただす。やむなく王妃は真実を告げる。それを聞いたメルドゥーンは三人の乳兄弟とともに父親の国を訪ねた。父親が焼き殺された教会の廃墟で、ある男から仇討ちするよう言われ、ドルイドから舟の建造と日取り、乗船者の人数についてお告げを受けた。ドルイドによると乗船者は17人にせよという。彼らが船出するとき、三人の乳兄弟が汀へ駆け寄り、どうしても乗船させてくれと懇願する。やむなくメルドゥーンは三人を乗船させ、ドルイドの禁を破ったまま出発する(chp1-5,「三人の余所者」)。
1. 殺害者の島 一行は上陸しようとするも、暴風が吹き荒れてはるか沖に流される。怒ったメルドゥーンは三人の乳兄弟に向かって、「きみたちのせいでこうなったのだ」と責める。
2. 巨大な蟻の島。三日目の朝、波の砕ける音が聞こえてきたかと思うと巨大な蟻がメルドゥーンたちを食べようと海になだれこんだ。恐ろしくなって逃れ、三日三晩逃げつづけた。
3. 大きな鳥の島。三日目の朝、木々が繁った島におびただしい数の色鮮やかな鳥の群れがいた。数羽捕まえて舟に持ちこんだ。
4. 馬の形をした怪物の島。四日目の朝、大きな砂地の島に着く。体は馬で、犬のような脚を持った怪物がいた。ふたたび沖へ舟を出すと、怪物は大きな丸石を投げつけた。
5. 巨大な馬が疾走する島。一行は広大な島に着いた。ふたりが上陸するが、巨大な足跡や風よりも速い馬の疾走を見てあわてて舟にもどる。
6. 鮭の家の島。飲まず食わずの一週間が過ぎ、巌の聳え立つ島に着く。崖っぷちには無人の家があった。高波とともに無数の鮭が転がりこんだ。ひとりひとりに酒と食べ物、寝台が用意してあった(chp.6)。
7. 林檎の島。長い航海で一行が飢えに苦しんでいると、高い崖で囲まれた島を見た。メルドゥーンひとりが上陸して、林檎をとる。これが四十日間の食糧となる。
8. 体を回転させる野獣の島。こんどは石垣をめぐらせた島を見た。島では一頭の獣が、表皮はそのままで内側の骨と肉がぐるぐる回転し、小休止ののちに肉と骨は静止して皮のほうが水車のように回転した。メルドゥーンたちに気づいた野獣は逃げる彼らに石を投げつけた。ひとつがメルドゥーンの盾を突き抜けて舟の竜骨に食いこんだ。
9. 咬みあう馬たちの島。しばらくして馬の格好をした動物がたがいに咬みあい、血潮の海になっている島を見た。恐ろしくなって早々に離れた。
10. 獰猛な豚と黄金の林檎の島。飢えと乾きの船旅ののち、一行は黄金色の林檎がたわわに実った美しい島にやってきた。日中は洞穴にすむ獰猛な豚が林檎を貪り食っていて、地面が焼けつくほど熱かったので夜のうちに上陸して林檎をもいで舟に積みこみ、出発した。
11. 監視猫の島。林檎が尽きてひどい飢えと乾きに苦しんでいたとき、一行の前にちいさな島が見えた。真っ白で雲にも届くほど高い城壁に囲まれていて、周囲に家が集まっていた。そのうちもっとも大きな家に入ったが、だれもいなかった。しかし一同の食事と酒、寝台が用意してあった。部屋の中央には四本の柱が立ち、その上を猫が跳び回っていた。乳兄弟のひとりが首飾りを盗んで出ようとすると、猫は火のついた矢のごとく彼に跳びかかり、彼は燃えて灰になってしまった。メルドゥーンは猫に非礼を詫びて首飾りをもどすと、灰を海岸にまいて島を離れた(chp.7)。
12. 黒と白の羊の島。三日目の早朝、一行は青銅の塁壁で仕切られた島に着いた。仕切りの中には黒と白の羊がいて、大男が羊を分けていた。ためしに枝を投げ入れたらそれぞれの色に変色したので、恐ろしくなって島を離れた。
13. 豚と大きな牛の島。三日目、一行は美しい豚が群れる大きな島に来た。子豚を捕らえて調理し、舟に持ちこんだ。大きな牛もいた。山から流れる川に槍の柄を浸すと、火で燃えたように消滅した。このことを残りの者に伝えると、一行はこの島から離れた。
14. 水車の島。ほどなくして彼らは水車のある島に着いた。ひとりの巨人が水車番をしていて、おまえたちの国の穀物の半分はここで碾かれ、妬ましいものもすべてここで碾かれると言った。
15. 嘆き悲しむ者の島。つづいて黒装束をまとった人たちが嘆き悲しむ島に来た。くじびきで、メルドゥーンの乳兄弟のひとりが島に上陸してようすを見ることになった。すると彼も島の人とおなじように泣きはじめた。彼を連れもどそうとしたふたりもまた泣きはじめた。四人の従者がすっぽりときれをかぶって上陸、ふたりを連れ帰ったが乳兄弟は残した。
16. 四つの柵の島。一行は金と銀と銅と水晶の四つの柵で仕切られた島にやってきた。それぞれに王、女王、戦士、乙女がいて、乙女たちのひとりが一行に食べ物と酒を運んできた。三日間もてなされたのちに目が覚めると島も乙女の姿もなく、海上の舟にいた。
17. ガラスの橋の島。その後、一行はガラスの橋がかかり青銅の扉で閉ざされた要塞のある島に着いた。白い衣を着た乙女が出てきて、一同を海辺の大きな家に招きいれた。翌朝目が覚めると、彼らは海上の舟にいた。
18. 鳥の歌う島。かなたから鳥の歌う声が聞こえた。島に近づくと、さまざまな色をした無数の鳥が木々に見え、賛美歌のような歌も聞こえた(chp.11)。
19. 隠者の島。鳥の歌う島からすこし離れた海上に無数の木の繁る島があった。そこで彼らは衣服の代わりに長い白髪で全身を覆った隠者に遭遇した。隠者はアイルランドからカラフで巡礼の船旅に出たが、神の定めによりこの島に留まっていると話した。三晩の歓待ののち暇を告げると、隠者は「ひとりをのぞいて、あなたがたは全員故国へ帰ることができるだろう」と予言した(chp.26)。
20. 不思議な泉の島。三日後、黄金の壁が張りめぐらされた島を見た。ここにもうひとりの隠者が住んでいて、やはり長い髪の毛で全身覆われていた。泉があり、教会暦にしたがって乳漿水、ミルク、ビール、葡萄酒が湧き出していた。ここでも天使に食べ物を与えられ、三日間滞在した。
21. 巨人の鍛冶屋の島。また長い航海をつづけていると、はるかかなたに島が見えた。巨人の鍛冶屋は接近してきたメルドゥーンたちめがけて真っ赤に焼けた鉄の塊を投げつけた。塊が落下した海は瞬く間に煮え繰り返った(chp.23)。
22. 透き通った海。それから一行は水晶のような透き通った海に出た。海底の小石までよく見通せたが、怪物も生き物もいなかった。(chp.21)。
23. 雲の海。つづいて一行は雲か霧のかかったような海に出た。海底には要塞と美しい国、高い木に棲む恐ろしい怪物を見たので、早々にここを離れた。
24. 予言の島。また海中に島が見え、こんどは島の住人が「やつらだ、やつらだ」と叫んでいた。ひとりの大女が木の実を投げつけてきた。波間に浮かんだ木の実を拾い集めてその場を離れた。島民たちは、メルドゥーン一行を予言に出てくる島を滅ぼしに来た者たちと思っていたらしい。
25. 水のアーチの島。この島では一方から川が噴き上がり、虹のように弧を描いて反対側の岸へ流れ落ちていた。その下にいても濡れず、槍で鮭を刺すこともできた。無数の鮭が地面に落ちていたから、一行は拾い集めて島を後にした。
26. 銀の柱と銀の網。一行が舟を漕いでいると、巨大な銀の柱を見た。各面の幅が櫂二本分の長さで、四方あわせて八本分だった。柱の頂はひじょうに高くて見えない。柱の頂上からは巨大な銀の網がかかっていた。一行の舟が網目を通りぬけたとき、従者のひとりが網目を切り取った。「故郷に帰りついたら、これをアーマーの聖パトリックの祭壇に置こう。この不思議な体験を皆に信じてもらうために」。すると柱の上のほうから力強い、澄んだ声が聞こえたが、なにを言っているのかはわからなかった(chp.22)。
27. 柱の上の島。やがて彼らは一本の柱が支えている島にやってきた。島の入り口は閉ざされていたため、彼らはそのまま航海をつづけた。
28. 女人の島。やがて一行は広大な島に着いた。大きな要塞があり、中では17人の乙女が風呂の用意をしていた。乙女の一人がメルドゥーンたちを招き、女王の歓待を受けた。食事が終わるとそれぞれ寝室へ行き、夜をともにした。女王はメルドゥーンに、ここでは生老病死もなく、夜ごと宴があり、なんの苦役もなく、とこしえの命を授けられる、と言ってここにずっととどまるようにと言った。一行は島に三か月とどまったが、彼らには3年の月日が過ぎ去ったように感じた。故国へ帰りたいと訴えるものが出てきて、メルドゥーンは女王が留守のうちに舟に乗って島を離れようとした。馬に乗って海岸へやってきた女王は糸巻きの毬をメルドゥーンに投げつけた。毬球はメルドゥーンの手に張りつき、女王は毬玉をたぐり寄せてふたたび彼らを3か月、とどまらせた。こんなことが三度つづいたあと、従者のひとりが女王の投げた毬球を受けた手を切り落とした。女王は悲鳴をあげて泣き出した。メルドゥーンたちはようやくこの島から離れた。
29. 酔いを誘う果実の島。長いあいだ波間に揺られ航海していると、うっそうとした森の島に来た。果実をたわわに実らせた木を見てこれをもぎ取った。果汁を絞り出して飲むと、前後不覚の深い眠りに落ちてしまった。メルドゥーンは水で薄めるように指示し、この薄めた果汁をいくつも容器に入れて出発した(chp.13)。
30. 隠者と鷲の島。やがて一行は湖のある大きな島に上陸した。島にはちいさな教会があり、教会に入るとバーの聖ブレンダンの巡礼でただひとり生き残った者だという隠者に出会った。一行は羊の肉を食べて三か月を過ごしたが、ある日、南西から飛んできた大きな年取った鳥を見た。嘴には大きな枝をくわえ、枝の先には大きな果実がたわわになっていた。つづいて大きな鷲が二羽加わり、鳥たちは枝から身を取っては岩に叩きつけて割り、湖にほうりこんだ。湖は果実の汁で真っ赤に染まり、大きな老鳥はその湖に入った。三日間浸ったのち、若返って飛び立った。これを見た従者が湖に入って水を飲むと、視力が強くなり、歯も髪の毛も抜け落ちない体になった。一行は隠者に別れを告げ、羊の食糧をもって出発した。
31. 笑いの島。広大な島に着いた。おびただしい人の群れが笑っているのを見て、ふたたびくじびきでだれが上陸するか決めた。こんどは最後まで残っていた乳兄弟が当たり、彼が上陸すると彼もまたおなじように笑いはじめた。舟にもどろうともしなかったので、一行は彼を残して島を離れた。
32. 炎の城壁の島。それから一行は炎の城壁が張り巡らされた島にやってきた。この城壁は回転し、入り口が彼らの目の前に来ると、黄金の楽器をもった人たちが楽しげに宴会を開いているなど、島の光景がよく見えた。
33. トラハの隠者の島。長い航海のすえに、波間はるかかなたに白い鳥のようなものを見た。近づくとそれは全身白髪に覆われた人間だった。隠者はかつてトラハの島の修道院で料理番をしていたが、食べ物を勝手に換金して得た金とともに島から逃げ出したと語った。その後時化にあい、波間に座っていた人が現れ、おまえは悪霊のうごめく海に流されてしまったのだと言い、この人の言われるとおりに木のコップだけ残してすべてを海中へ放りこみ、波が砕ける小さな岩に降り立った。それ以来このかた7年ものあいだ、川獺が鮭と美酒を運んできて自分はそれを口にして生きてきたのだと語った。そして、「あなたがたは全員、故国へ帰り着くだろう。そしてあなたは父上を殺した者どもを要塞で見つけるであろう。だが彼らを殺してはならぬ、許しなさい。神がこれまで幾多の危難からあなたを救ったのだから」と言い聞かせた(chp.26)。
34. 鷹の島。ある島に着くと、牝牛や牡牛、羊がいるだけで家も城砦もなかった。そこで羊の肉を食べ、鷹の飛んでいく南東のエリンへと舟を進めた。
35. 殺害者の島と一行の帰還。夕方、ちいさな島を見た。最初に上陸しようとして失敗した、殺害者たちの島だった。一行は上陸して城砦に向かった。城砦では夕食の最中で、メルドゥーンの父を殺した者もいた。族長はメルドゥーン一行の苦難に満ちた航海をたたえて歓待し、彼らのために新しい着物も用意した。
帰還。メルドゥーンは自分の国へと帰り、人々にこの航海のことを話した。切り取られた銀の網は、アーマーの聖パトリックの教会の祭壇に捧げられた(chp.29)。
この航海譚の結末で、作者(?)らしい人が名乗ってこう結んでいます。「かくしてエリン(アイルランド)の大賢者『麗しのエー』は、この物語をかくのごとく綴った。みずからの心の喜びのためのみならず、のちの世に生きるエリンの人々の喜びのためにそうしたのだ」(→『メルドゥーンの航海』現代英語訳ページ)。
2009年08月02日
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