今月4日はシュヴァイツァー博士の命日( 1965年没 )。というわけで、「阿修羅展」の帰りに買ってきたシュヴァイツァー博士の3枚組CDを聴いています。前にも書いたけれどもこちらの録音は戦後まもないころのもので、以前東芝 EMI から LPで出ていたものより新しい。よく見かける「グンスバッシュ教区教会のオルガンを弾くシュヴァイツァー博士」という写真も、じつはそのときに撮られたもの( →こちらの画像 )。
博士はアフリカ大陸の仏領赤道アフリカ(いまのガボン共和国)で黒人たちの医療奉仕の道に進むと決めたとき、オルガンの師匠ヴィドールから、「音楽家のおまえになにができるんだ、銃も持たずに戦場に行くようなもんだ!」と頑強に反対された。けれどもヴィドールは愛弟子の意思が揺らがないことを知ると、こんどは逆に資金集めのオルガンリサイタルを開いたりと奔走してくれたという。ある意味このふたりは、理想的な師弟関係だったのかもしれない。けれどもシュヴァイツァー博士も人の子、やはり音楽との「今生の別れ」はさぞつらかったろうと思う。かつて「古オルガンを守れ!」と欧州中を駆け回っては歴史的オルガン保護のカンパのための演奏会を開いたり、また名著『ヨハン・ゼバスティアン・バッハ』を世に問うなど、まさに音楽家として脂の乗り切っていたそのときに医者になることを決意し、大学に入りなおして医学の勉強をし、医師となってひとり密林のただなかへ飛びこんでいったのだから(「オルガン小曲集」の本質を見抜いた『バッハ』の記述は有名 )。現地の黒人社会特有の慣習に戸惑いつつも懸命に診療に当たっていたある日、フランスの友人たちから思いがけずすばらしいプレゼントを贈られた ―― 足鍵盤つきのアップライトピアノ! 高温多湿の熱帯での使用に耐えられるように特注で製作された楽器でした。しかし当初、博士はあまり喜んでいなかったらしい。「もう音楽家としての生命は終わったのだ。はやく手と足を鈍らせたほうがあきらめもつくだろう」、そんなふうに考えていたそうです。ところが仕事上でどうしても苛立ちが押さえきれずに悶々としていたある日のこと、ふと思い立った。「そうだ、こういうときこそ偉大なバッハの音楽を研究すべきではないか」。考え直して贈られたピアノに向かうと、不思議と気持ちもやわらいでいった。以後、博士はすこしでも時間ができると、この熱帯仕様足鍵盤つき特製ピアノでバッハの鍵盤作品の研究に没頭したと言います( →そのピアノを弾くシュヴァイツァー博士 )。
シュヴァイツァーの演奏は、こんにちの聴き手の耳からすると、たとえばヴァルヒャやリヒターの比ではなく、ましてや超絶技巧でその名を知られるヴァージル・フォックスとは比べものにならない。スタイルも古くて、ロマン派的な発想を随所に引き摺ってもいる( 有名な「ニ短調のトッカータ BWV.565 」も収録されているけれども、テンポが異様に遅く感じられる )。シュヴァイツァーは医師として活動しはじめたあとは一介のアマチュア演奏家として、帰国した折にランバレネ病院の運営資金集めの手段としてオルガン演奏会を開くていどでした。そんなシュヴァイツァーの演奏に感銘を受けていた若き音楽家がいました ―― それが 20世紀を代表する「バッハ弾き」と言ってもよい、ヘルムート・ヴァルヒャその人でした。ギュンター・ラミンのもとで必死にバッハのポリフォニーの糸を手繰り寄せて吸収していったヴァルヒャ青年にとっては、まさにこのシュヴァイツァーの演奏こそお手本だったという。それはサイモン・プレストンのことばを借りれば、「気取らない演奏」*。厚ぼったいごてごてしたライプツィッヒオルガン楽派の演奏スタイルに疑問を感じていたヴァルヒャは、やがてフランクフルトでシュヴァイツァーを道しるべとして、独自の道を歩むようになる。このとき師匠のラミンは弟子の離反を決して許そうとはしなかったと言われています( 日本語版Wikipedia記事を見たら、最初の音楽の師オイゲン・ミュンヒが名指揮者シャルル・ミュンシュの叔父だったとは知らなかった )。
たしかにこうしてシュヴァイツァーの弾くバッハに耳を傾けていると、人間的な温かみ、精神性というものを強く感じます。これで録音がもっと響きのいいステレオだったらさぞや…と思う。前にも書いたけれども演奏もまた人なり、ですね。とにかくこの3枚組のアルバムはすばらしい。買って正解でした。
*…『バッハ全集』小学館刊から。
2009年09月06日
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