2009年09月13日

阿修羅さんのCTスキャン画像

 先日、地元紙夕刊を見たら、いま九州へ「出張中の」国宝阿修羅立像(りゅうぞう)がCTスキャン検査を受けていたことをはじめて知った。残念ながらWebサイトでは掲載画像とおんなじものは見つけられなかったけれども、あの大きく盛り上がった髪の毛のてっぺん部分、その内部には太い心棒が写ってまして、三つのお顔をしっかりと支えていました。全身画像のほうはAFPBBサイトにありました。

 また今回のCTスキャンで、阿修羅像の「原型」となったもともとの「顔」についても撮影画像をもとに復元されて、そちらのほうも興味深いものがありました。今回のCTスキャン調査の結果、1400歳という高齢の割には心棒の木材には「虫食い」もなく、健康状態はきわめて良好とのことで、まずはひと安心、といったところですか。でも間近で見た者の感想としては、阿修羅さんのお顔には「モナ・リザ」よろしく、細かなひび割れないし亀裂があちこち走っていて、そっちのほうは大丈夫なんだろうかとも思うのだけれども、なにも言及していないところを見ると、そのまま放っておいてもかまわない、ということなんだろう(たぶん)。しかしそれにしても昔の仏師の技には驚かされる。脱活乾漆造りと呼ばれるひじょうに繊細かつ高度な技法を駆使して心をこめて制作したことが素人目でもよくわかります。ほんとうにすごいとしか言いようがない。まさに日本の宝です。

 古いもの、とくるとこちらのニュースも目を惹きました…『伊勢物語』の「定家本」とは別系統(ステマ)らしい古写本が発見された、という! 『源氏物語』のときもそうだったけれども、探せばまだまだ出てくるかも。「探す」ついでに、音楽用語のricercar(ricercare)ももとは正しい音を「探し当てる」ことから転じて、謎かけ要素の濃い多声器楽曲、とくにフーガを指すことばになった。だからバッハは「音楽の捧げもの」の3声と6声のフーガにあえてリチェルカーレなる古風な言い方を採用している、とまたしても脱線失礼しました。『聖ブレンダンの航海』もなんかあたらしい写本とか出てこないかしら? 『伊勢物語』については、この前連載の終わった司修氏の『蕪村へのタイムトンネル』でも最初の十段がひじょうに効果的に引用されていました。連載開始時からずっと読み進めていた者の感想としてはすこぶる簡単ながら、こちらの作品もまたすばらしく、深い感銘を受けた。とくに終戦直後の混乱期の描写には、戦争を知らない世代には突き刺すほどの衝撃力があったし、若き蕪村とほとんど生き写しと言える自身の「人には言えなかった過去」を告白する展開と完結部にも感動をおぼえました。バッハの「バビロン川のほとりにて(オルガンコラール前奏曲)」と「マタイ受難曲」も出てきましたね。

 音楽ついでにまた脱線すると、先週の「N響定演」のベートーヴェンはよかったなあ。大好きな「7番」だったし。ゲストに呼ばれていた音楽評論家の諸石幸生さんが、「ダンス音楽のように指揮している」とかなんとか言っていたけれども、まさにそのとおりで、この作品はまさに小躍りしたくなるようなリズム感、ビート感が最大の特徴と言ってもいいんじゃないかって思ってます。グールドだって「ディスコ音楽だ」とか言っていたし、また19世紀ドイツにおいては「呑んだくれの歌」なるあだ名までちょうだいしていたという。ベートーヴェンはこの「7番」を1813年12月8日、「ハーナウの戦い」で負傷した兵士たちを慰めるための慈善演奏会で「ウェリントンの勝利」とともに初演したから、聴く者の心を鼓舞し、勇気づけてくれる音楽に仕上がっているのもうなづけるお話ではある(場所はヴィーン大学講堂だった)。最近、「のだめ」の影響か、若い人の間でこの7番が人気があるとか。いいことですよ。もっと肩肘張らず、どんどん聴いてほしいですね、とかなり本題からそれたところで、阿修羅はじめ八部衆の皆さん方がお務めを果たされて、ぶじ興福寺に帰還されるように(けさの「バロックの森」でかかった「オルガン協奏曲」。てっきりヘンデルの作品かと思いきや、「四季」の声楽ヴァージョンをこさえたコレットの作品でしたorz)。

posted by Curragh at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
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